第22話 コロネ、小麦粉に挑む
料理人たちは自分のお店へと帰って行った。
これから、それぞれのお店で朝ごはんを提供するのだそうだ。
ちなみに、アイテム袋は短時間で使用する場合は、劣化が少ないため、みんなお店へパンや味噌汁を運ぶ際は使っているらしい。
コロネはみんなが帰るのを見送った後、パン工房へと足を運んでみた。
すでに朝食の時間は終わっていて、残っていたのはピーニャだけだった。
「あ、コロネさん。ちょうど良かったのです! このパン食べてみてほしいのです」
差し出されたのは、背の部分に切れ込みを入れて、そこへ昨日作ったジャムを入れられたパンだ。
朝ごはんがまだだったため、喜んでそれを受け取る。
まず、一口食べてみる。
焼きたてのライ麦パンは、香ばしい風味を伴っていて、それだけでも十分美味しい。
そう。焼きたてのパンはそれだけで、ひとつの味を持っているのだ。
口の中で噛みしめると、力強く押し返してくる食感がある。
おそらく、冷めてしまうと、ちょっと硬いかな、くらいのパンでも、この時点では十分に美味しいのだ。
そのパンに、挟まっているのは、プルーンとハチミツのジャムだ。
ああ、こっちではプルーンのことをやまぶどうと言うんだっけ。
ジャムだけで味見した時は、少し甘味が強かったが、パンと組み合わせることによって、ハチミツそのものの甘さがまろやかになる。
焼きたてのライ麦パンとよく合っていた。
「うん、美味しいね。思っていた以上の味が出てるよ」
「良かったのです。さっき、アルバイトの皆さんにも試食してもらったのですが、皆さん喜んでくださったのです。これは、甘いパンとしていけるのです!」
ピーニャが嬉しそうに羽ばたいている。
いつもよりも飛んでいる高さが高いし。
「オサムさんとも、後で相談して、メニューを増やしてみるのです。あのジャムでしたら、果物とハチミツがあれば作れるので、いっぱい作ることもできるのです」
「そうだね。ジャムなら、冷蔵庫に入れておけば前日から用意していても大丈夫だしね。調理もそれほど難しくないから、ピーニャが教えれば量産できるかな」
一瞬、ジャム自体を売ってもいいかと思ったが、それだとパンが売れなくなるか。
却下だ。
あと、冷めたパンに対応するなら、もうひと工夫だ。
「ピーニャ、ジャムだけでも美味しいけど、一緒にバターを挟んでみてもいいと思うよ。このパンだと、パン本来のうまみが強いから、バターでちょっと柔らかくした方が、口当たりがよくなると思うんだ」
ジャムパンにバター。
邪道だとか、身体に悪いとか言われるが、バターとジャムの組み合わせは、なかなか侮れないものなのだ。
カロリー的には、色々とまずいけど、まあ、美味しいのに間違いはない。
「バターなのですね? わかったのです。それも試してからメニューを検討してみるのです」
やっぱり、ピーニャがうれしそうだ。
自分が作りたいパンが作れるからだろう。
「ところで、コロネさん。『ヨークのパン』はいつ作るのですか?」
「うん、今日の夕方からパンの仕込みに入るよ。焼き上げるのは、明日の朝だね」
「そんなにかかるのですか。さすが『ヨークのパン』なのです」
「ピーニャにも作り方を教えるから、夕方、時間とれるかな?」
「もちろんなのです! パン屋を少し早く閉めてでも、時間を作るのです!」
いや、そこまでしなくても、時間を合わせるけど。
とは言え、とコロネは冷静に考える。
『ヨークのパン』、向こうで言うところのブリオッシュは、時間をかけてゆっくりと発酵をさせるパンだ。どうやっても、半日以上かかってしまうため、普通は朝に時間を合わせて、前日の夜から仕込んでいくのだ。
これをオーバーナイト製法という。
夜越しで焼くパン、という意味だ。
他にオーバーナイト製法で有名なのは、クロワッサンなどだろうか。
話を戻そう。
夕方までの時間で、手持ちの小麦粉をできるだけ強力粉に近づける必要がある。
改めて、小麦粉の作り方についてだ。
向こうの世界でも、普段から家でパンを作ったり、食べたりしている人は多いだろうが、その作り方を把握している人はあまり多くはないのではないだろうか。
コロネも、向こうの店長に連れていかれた工場で、その手順を見たときは驚かされたものだ。
スーパーなどで手頃な値段で買える小麦粉が、こんなに手間がかかっているのかと。
細かい手順は割愛するが、単純に何種類もの機械を使って、二十以上の工程を経て、ようやく市販の小麦粉が完成するのだ。
挽いて、砕いて、ふるいにかけ、風で分離して。
これをひたすら繰り返す、というのを想像してほしい。
ほらね。
手作業だと、うんざりすること間違いなし、だ。
パンとお菓子の根本の材料が、一番難しい、と言っても過言ではない。
まあ、この作業にはピーニャは巻き込めないから、コロネひとりでやろう。
小麦粉をつかんだ感触で、どの粉に相当するか、という判断は経験がないとどうしようもないし。
「とりあえず、準備自体はわたしがやるから、ピーニャは普段のお仕事をしてて。用意ができたら、声をかけるから」
「わかったのです! なるべく早く仕事を片付けるのです!」
そう言うなり、ピーニャがお店へと飛んで行ってしまった。
わかってない気がするが、まあ、いいか。
せっかくのやる気に水を差すのも悪いと思うし。
発酵までの時間は幅があるため、数時間の調整くらいは何とでもなるんだけどね。
「さて、始めるか」
朝食はジャムパン一個で済ませたことにして、コロネは調理場へと戻った。
「うわあ、もうこんな時間だよ」
作業に熱中して、ふと時計を見ると、すでに午後二時をまわっていた。
しかしながら、それだけの時間をかけた甲斐があったと言えるだろう。
昨日、ブランから受け取った小麦粉一袋で、基本サイズのブリオッシュが十個は作れるほどの粉へと分離できていた。
元々、この町で取れる小麦粉の品種が強力粉に向いていた、というのもあるのだろう。逆に言えば、同じやり方では薄力粉を精製するのは難しい粉でもあるのだが。
どうも、硬質小麦っぽい。
そもそも、オサムはこの小麦からどうやって薄力粉を作っているのだろうか。
もしかすると、別の種類の小麦を使っているのかもしれない。
「まあ、砕く前に粉にしちゃってるから、これ以上は分離のしようがないんだけどね」
どうしても、ふすまと呼ばれる表皮が混じってしまう。
今のコロネにとって、これが限界だ。
ともあれ。
今から作ると、一次発酵が終わるのが朝の四時半ごろになってしまう。
さすがに少し早いような気がする。
「あ、そうだ。そろそろ、プリンがいい感じだよね」
ちょっと、プリンの味見をしてから、パン作りに取り掛かるとしよう。
そう考え、コロネは冷蔵庫からプリンを取り出して、ピーニャの元へと向かった。




