第20話 コロネ、プリンを作る
コロネが塔へと戻ると、ちょうど朝食の調理の真っ最中だった。
パン工房は昨日と同様、ピーニャを中心に、アルバイトの人たちが一生懸命にパンを作ってる。今日は十人くらいだろうか。
ブランやミキらと目が合ったので、挨拶だけして、仕事の邪魔をしないように三階の調理場へと向かう。
まあ、向かった先もなかなかの修羅場だったのだが。
「よーし。ハンバーグは一丁上がりじゃ! サンドイッチの材料に移るぞい」
「お味噌汁のほうも大丈夫なのですにゃ。いいダシが出てますのにゃ」
「野菜の下処理はもう少しよ。ムサシー、余裕があるなら、こっちも手伝ってよ。トマトをいつものサイズにお願いー」
「承知した。早速、取り掛かるでござるよ」
「………………ベーコン……いい」
「サイくん、それもらっていくわね。あっ、パンが届き始めたわ。アルバイトの皆さん、順次、セットしていってくださーい」
うん。
むしろ、パン工房より忙しそうだ。
コロネが邪魔しないように、保管庫に向かおうとするとオサムがやってきた。
「おはようございます、オサムさん」
「おう、おはよう。何とか、買えたようだな。良かったぜ。もう少し落ち着いたら、ゆっくり話ができると思うから、コロネは別ラインとして動いてくれ。あっちの方のスペースは確保してある。一応、使いそうな器具も置いておいた。自分の判断で適当にやってくれ」
「わかりました」
コロネに言うだけ言って、オサムも調理へと戻っていく。
スペースとやらに目を向けると、端の方の使われていない調理台の上に、スイーツ作りで使えそうな器具が乗せられているのが見える。
朝食準備の区画とはちょっと離れていて、お互いが邪魔しないスペースだ。
「よし! わたしも頑張ろう!」
慌ただしい雰囲気に触発され、コロネは着替えに向かった。
着替えた後で、冷蔵庫に買ってきた牛乳の半分とバターを保管する。
ブリオッシュ作りに着手するのは、夕方になる。
そのため、その時使う牛乳はまだ保存しておく必要があるからだ。
なぜ、今から作らないかと言うと、今から準備すると、ブリオッシュが完成するのが夜中になってしまうからだ。
オサムだけならまだしも、ピーニャに付き合ってもらうには辛い時間だ。それなら、明日のパン焼きに合わせて準備した方がいい。
ちょうど、朝のアルバイトのみんなも来ているだろうし。
「それじゃあ、まずやるべきことは、っと」
買ってきた牛乳のうち、二本分を底の浅いバットに入れていく。
それを保管庫の涼しいエリアに持っていき保管する。
ゴミなどが入らないように、ペーパーを上からかけて、保管完了だ。
現在の時間をメモして、注意書きをつける。
『バター&クリーム製造中。30時間保管が必要。注意。コロネ』
「まずはこれでよし、かな」
生乳からバターを作るのは難しくない。
そして、バターを作る際の副産物として、クリームなども作ることができるのだ。
これは、向こうの世界の市販の牛乳では不可能な作業と言える。
牛乳からバターを作るための条件は、余計な処理をされていないこと、だからだ。
お店で買うことができる牛乳は、味が均一になるように、調整がされている。
ホモジナイズ、という処理。
複数の牛乳を混ぜた後、撹拌したり、超音波を当てて、牛乳に含まれる脂肪球を細かく砕いて均一化する処理のことだ。
ちなみに、ホモジナイズは『均一化』を意味する。
市販の牛乳は、この処理をされたことで、分離しづらくなっているため、バターを作るためには生乳か、もしくはノンホモ牛乳と呼ばれる、処理をしていない牛乳を選ぶ必要がある。
さておき。
教会から買った牛乳は生乳であるため、何も問題がない。
ただ、涼しいところに置いておけば、クリームが分離してくれるのだ。
大事なのは温度管理のみ、だ。
「これで、時間がかかる下準備は終わりかな」
そうして、また調理台へと戻る。
今、コロネの手元にある材料は、たまご、牛乳、ハチミツ、小麦粉だ。
ふむ。
これで作れる甘い物、となると限られてくるわけだが、最初はシンプルなものから作っていくとしようか。
「プリンだね」
やっぱり初めの一歩はプリンでしょ。
昨日の時点で、オサムからもプリン用の容器を借りている。
茶碗蒸しに使っていた陶器の器だ。
これなら大きさも手頃だし、何より陶器というのがいい。
では、早速作業に取り掛かろう。
「まずは、カラメルソースを、っと」
本当は砂糖の方が良いが、ここはハチミツを使ってカラメルソースを作ることにする。小さい鍋にハチミツと水を入れて、強火にかける。
「少し色づいてきたら弱火にして、焦げ色がついたところでお湯を入れる、っと」
ちなみにお湯は、朝食で沸かしていたものを分けてもらった。
トンデモ動力で、お湯が出る蛇口もあるけど、もう突っ込まないよ。
これでカラメルソースが完成だ。
熱いうちにプリンを入れる陶器に均等に入れていく。
「今度はプリン本体の準備だね」
鍋に牛乳とハチミツを入れて、弱火にかけて混ぜ合わせながら温めていく。沸騰する直前を見計らって火を止め、たまごの作業へと移る。
たまごは泡立てないように解きほぐし、温めておいた牛乳と混ぜていく。
この時、牛乳はひと肌くらいまで冷ますのが大事だ。
「そして、割と大事なのが裏ごしを忘れないことだね」
混ぜ合わせたのちに、裏ごしをすることで滑らかになるのだ。
表面にアクなども浮かんでくるので、これもペーパーで丁寧に取り除く。
シンプルな料理ほど、細かな手順が味に直結してしまう。
簡単だからこそ、気を抜いてはいけないのだ。
コロネはそう教わっている。
あとは、オーブンで焼くだけなのだが、ここにも重要なポイントがある。
加熱する際に温度が急上昇してしまうと、小さい穴、いわゆる『す』がたってしまう。これは料理科学でいうと、炭酸ガスが原因ということらしい。
実は、新鮮なたまごほど、中に炭酸ガスが残っているため、良いたまごを使うことで『す』がたたないプリンを作ることの難易度があがってしまう。
面白いことに。
焼く時の温度変化をいかに緩やかにして、炭酸ガスを上手に抜けさせるか、それがプリンの舌触りの大事なポイントなのだ。
何で、料理科学かというと、向こうの店長がそういうのが好きな人だったからだ。
なかば無理やり、本などを読まされたためにコロネも頭に残っている。
まあ、読んでみると意外と面白かったんだけど。
さておき。
温度変化を緩やかにする工夫をしよう。
プリンを並べるバットの底に布巾を敷き、バットの中にプリン容器の半分が浸かるくらいのお湯を入れる。なお、陶器の方が金属製より熱が伝わりにくいため、美味しいプリンが作りやすかったりする。
壺プリンなどは、その典型だろう。
ともあれ、これで準備は完了だ。
後は焼くだけだ。
コロネはプリンが焼けるのをじっくり待った。




