第19話 コロネ、シスターに会う
「神聖教会には、獣人の従事者が多いのですよ」
意外かもしれないが、教会関係者の多くは獣人なのだそうだ。
理由はいろいろあるが、教会が求めていたスキルを持っている者の多くが獣人だったというのも理由のひとつだ。
食料を生産するのに役立つスキル。
それを教会は求めているのだとか。
たとえば、カウベルの場合、スキル『牛の気持ち』を持っている。このスキルは牛系のモンスターと共感同調することができ、酪農で活用すれば、得られる牛乳の量が大幅に跳ね上がるのだそうだ。
そのため、カウベルは牛を食べるのは苦手で、基本、そういう状況を避けているとのこと。ホルスンが亡くなった場合は、それを孤児たちに提供することはあっても、自分は食べないそうなのだ。まあ、当然の感情だろうが。
「教会は困っている人びとに、神さまに代わり、手を差し伸べる場所です。そして、この場合、困っている、というのは第一に、食べることができないというのが多いのです」
そのため、食に対して力を注いでいるのだそうだ。
そうすること自体が神からの教えであり、その結果が現在の教会の権勢である、と。
世界中に国家を問わずして、神聖教会の支部が存在できるのも、その土地土地に合った形で、食に関する諸問題を解決してきた経緯があるからなのだそうだ。
本当に一部の国や、できたばかりの新しい国を除けば、ほとんどの場所に教会と呼べる施設があるのだとか。
「こちらの世界では神様っているんですか?」
「難しい質問ですね」
カウベルが少し困ったような、よくある質問に苦笑しているような感じで応える。
「神さまがいらっしゃるかどうか、はっきりとしたことは申し上げられませんが、その片鱗とも言えるものは実在しておりますよ。ただ、正確なところはやはり、わかりません、としか答えられませんね。わたしたちが祈りを捧げているのは神さまであり、同時に世界に対してでありますから」
教会は特定の神を崇めているわけではないそうだ。
この世界そのものが神であり、そのことに感謝しましょう、というのが神聖教会の教義なのだとか。
だからこそ、他の宗教を否定するわけでもなく、衝突が起こりにくい。
もちろん、別の宗教の神は世界そのものであるケースもあり、その土地とはうまくいっていないそうで、完全なものではないのだが。
向こうの日本のように割とゆるい宗教観ではあるようだ。
「コロネさん、こちらへよろしいですか?」
ふと、カウベルがコロネを中庭へと案内してくれた。
よく分からないながらも、ついていくと、そこでは孤児たちがホルスンから乳しぼりをしている光景が広がっていた。
「彼らは、王都や森の中で見つかった孤児でした。ひとりひとり、境遇は違いますが、大変な苦労をしていたようです。ですが、教会の手が届けば、彼らもその境遇から救われることもあるのです。少なくともわたしはそこに神さまの意思、というものが働いていると信じられるのですよ」
カウベルが微笑を浮かべながら言う。
自然な感じでとてもいい笑顔だ。
本来、聖職者ってこういう感じであるべきなような。
あくまで、コロネの理想というか、偏見だけど。
「王都の子もこの町に来るんですか?」
サイファートの町から王都までは、かなり離れていると聞いていたのだが。
各地に教会があるということは、そこではダメなのだろうか。
「その辺りは、巡礼のシスターの権限ですね。この町の巡礼シスターは、その、少々行動力があると言いますか。たまたま、救いの手を差し伸べた場所が王都であったとか、そういうことです。それにこの町ですと、養うのに困るということが起こりにくい側面がありますしね。オサムさんのおかげですが」
少し困ったようにカウベルが言う。
つまり、そのシスターとオサムが理由なのだそうだ。
ちなみに巡礼シスターとは、担当地区を転々とし、各地の支部をチェックしたり、孤児などを見つけたら救いの手を差し伸べるのが仕事なのだそうだ。
「あはは、カウベル、困ってるね」
「……シスターカミュ。またお酒ですか? 子供たちによくないからやめてくださいって言いましたよね?」
「悪いね。あたしはお酒を通じて、神に祈りを捧げているのさ。こればかりはやめられないね」
後ろからカウベルに声をかけてきたのは、ひとりのシスターだった。
修道服は着ているが、カウベルとは異なりフードをかぶっていない。少し長めの金髪の女性だ。背はコロネより少し小さいくらいで、年も同じくらいかそれより若いくらいだ。何より特徴的なのは、手に持った酒瓶とほんのり赤ら顔になっていることだ。
何だかあまりシスターっぽくない気がする。
見ると、カウベルもため息をついて。
「コロネさん、こちらが今話していた巡礼シスターのシスターカミュです。そして、シスターカミュ、こちらがオサムさんのところに新しく入った料理人のコロネさんです」
「へえ……あんたがオサム二世ってわけか。噂には聞いてたけどねえ。あたしはカミュ。しがないシスターやらせてもらってる、ケチな女だよ」
「料理人のコロネです。よろしくお願いします、シスターカミュ」
「カミュ、でいいって。シスターってつけるのは教会のしきたりさ。あんたまで従ういわれのないものだ。何なら、酔いどれカミュちゃんでもかまわないぞ」
「自覚があるなら、やめてくださいね。シスターカミュ」
何だか、すごそうな人だ。
確かに型破りな感じがする。口を開かなければ、きれいなシスターに見えるのに。
まあ、お酒の匂いで台無しなのだが。
それにしても、オサム二世って、同郷だからだろうか。謎だ。
「わかったわかった。善処するよ。さてと、おーいガキどもー! そろそろ終わったか?」
カミュが大声で、乳しぼりをしていた子供たちに向かって叫ぶ。
どうやら、子供たちの監督が彼女の仕事だったようだ。
そりゃ、カウベルがあきれるわけだ。
程なくして、バケツを持った子供たちがカミュの前に集合する。
驚いたことに全員が薄い光を放っている。
身体強化の魔法だ。
こういうところでも定着しているようだ。
「よーし、大分魔法もうまくなってきたようだな。トビー、乳の量が少ないぞ。『同調』魔法がまだまだ不十分だな。もう少しがんばれ」
「わかってるよ、カミュ。てか、あんたもサボってるじゃんか」
「あたしはあんたたちを教えるのが仕事。酒飲んでるのも仕事。これでいいの」
「いや、よくないですからね。シスターカミュ」
何か、お疲れ様です、カウベルさん。
ちなみに、ここにいる子供たちは三人で、今応えたのがトビー君。王都でカミュに拾われたのだそうだ。あとは、西の方の山でモンスターに襲われていたところを助けられたのが、レンちゃん。そして別の教会支部からお願いされてやってきたアイシャちゃんだ。
全員が小学生くらいの人間種だそうだ。
みんなカミュに対して文句を言ったりしているが、実のところ、彼らに手を差し伸べたのも、そのカミュなのだそうだ。
口では色々言っていても、一応は感謝しているらしい。
これでちゃんとしてくれれば、とはカウベルの嘆きである。
ちなみに『同調』は魔法の一種で、許可を得た相手からスキルを微弱ながら借り受けることができるのだそうだ。今、使っているのはカウベルの『牛の気持ち』スキルである。
「そだそだ。こっちのお姉さんが、オサムのとこの新しい料理人でコロネだ。みんな挨拶しな」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
あれ、カミュに対するのと違って、普通にあいさつされた。
その辺りは、カウベルがきっちりしつけているのだそうだ。
「じゃあ、ガキども、乳を置いたら手を洗ってきな。食堂でごはんだよ」
わーい、と喜んで子供たちが去っていく。
その姿に笑顔を浮かべながら、手を振るカミュ。
そういう姿だけ見れば、いいシスターなのに。
「それじゃ、カウベル。あたしも出かけてくるぞ。色々と回らにゃいかん。正直、面倒だがな」
「わかりました。神父さんと子供たちにもよろしくお伝えください」
「おうよ。で、コロネだったな。今度、あんたの料理も食べに行くぞ。よろしくな」
「はい。準備があるので、すぐにとはいきませんが、なるべく早く料理をお出しできるように頑張ります」
「ああ、期待してるぞ。それじゃあな」
言うなり、そのまま行ってしまった。
酒瓶を持ったまま。
「すみません、コロネさん。シスターカミュはその、少し変わっておりますので」
カウベルが謝ってくるが、コロネは気にしていなかった。
むしろ、面白い人だな、と思ったくらいだ。
カミュは教会の体裁を崩しながらも、本質的なところはきっちり押さえていた。
つまり、彼女の存在が親しみやすさを演出しているようなものだ。
意図しているかどうかは別にして。
やっぱり、この世界は面白い。
本当に色々な人たちがいるからだ。
そう思い、コロネはカウベルにお礼を言って、教会を後にした。