第1話 コロネ、狼さんに乗られる
歩き始めて、わずか数分でそれは起こった。
そして、コロネがなす術もなく、地面に転がされたことで、それは終わった。
コロネは自分を上から爪で押さえつけるように唸っている生き物を見ながら、どこか他人事のように今の出来事を振り返っていた。
ガサガサと茂みから音がしたかと思うと、真っ黒い毛で覆われた一匹の狼のような生き物が姿を現したのだ。
狼のような、というのは、その生き物が優に5メートルはあろうかという大きさだったからで、その時コロネが思ったのは、「え、狼ってこんなに大きかったっけ?」ということと、「ああ、飢え死にはしないけど、これで私死んだな」ということだった。
その黒い狼の大きな口から発せられる咆哮。
その叫びだけで、コロネの身体は飛ばされていた。
痛みを感じるどころではなく、現実感が喪失したせいで、逆に冷静になっているようだ。諦めていると言ってもいい。
そのまま、爪で押さえつけられ、狼の口が迫って。
そのまま、黒い狼は動きを止めた。
「あれ?」
死んでない。
息遣いが近いせいか、とてもとても怖いのだけど、それよりも不思議さがまさって、狼の顔を見ると、目が合ってしまった。
遭遇した時の血走ったような目が少し穏やかになっているみたいだ。
「あの、狼さん? 食べるのやめたなら、離れてくれるとうれしいな」
ゲームなら、言葉が通じるかも。
そんな気持ちでコロネが話しかけると、黒い狼は頷いて離れてくれた。
なぜか尻尾まで振っている。
そこまで見て、コロネはひとつの可能性に気付く。
手には匂いが残っている。
「チョコ魔法!」
一口大のチョコを出して、狼に口へと投げてみた。
食べた。
心なしか、黒い狼はうれしそうにしている。
「……つまり、チョコ魔法って、そういうものなのかな?」
コロネの疑問に狼は答えてくれないが、どうもコロネのことを気に入ってくれたようだ。それならちょうどいい。
「狼さん、このあたりに人の住んでそうなところ知らない?」
「ガウ」
また頷いた。
コロネが来た道の反対の方へと首を向けている。
そして、その方向へと歩き始めた。
どうやら案内してくれているらしい。
では、気を取り直してついて行ってみよう。
しばらく歩くと町が見えてきた。
周囲が壁で囲まれていて、簡単な門のような入り口も見える。
と、黒い狼が「ガウ」と鳴いたかと思うと、森の方へと帰って行った。
「ありがとうね、狼さん」
黒い狼はモンスターというやつなのだろう。
ゲームをほとんどしたことがないコロネも、テレビのニュースなどで目にしたことくらいはあるので、その程度は知っている。まだまだ謎は多いが、町で人に聞けばこの世界のことがもう少しわかるかもしれない。
「おーい、そこのお嬢さん」
少し離れたところから、門番の人が話しかけてきた。
「ダークウルフに案内されてきたってことは、あんた、迷い人だろ?」
「……迷い人、ですか?」
「そうそう。さっきの狼はこの辺にいるモンスターでダークウルフっていうんだが、何かの間違いでこのあたりに迷い込んだ人間を案内するようになっているんだ」
そうだったのか。
つまり、さっきのはチョコのおかげで懐いたわけじゃなかったんだ。
「迷い人かもしれないですけど、案内って、最初は襲われましたけど」
「ああ、低レベルを偽装して、町に近づこうとする奴らもいるからな。最初に脅かして、近づいて、レベルを確認するようになってるのさ。それでレベルが低ければ警戒を解くし、そうでなければガブリってな」
そう言って、門番さんが笑う。
食べられかけたコロネとしては、あまり笑えないのだが。
「まあいいや、迷い人なら、通行料はただだ。その代わりに、冒険者ギルドの方に登録してもらうことになる。そうやって身分証を発行するんだ」
詳しく聞いてみると、身分証を発行するために、簡単な手続きとチェックが必要なのだそうだ。門番の人はダンテというらしい。もうかれこれ五年近く門番の仕事を続けているのだとか。
そのまま、詰所に案内され、椅子に座るよう促される。
「それじゃ、このカードに触れてみてくれ」
出されたのは、ごく普通の真っ白なカードだ。大きさはトランプと同じくらい。
コロネは言われた通りに、カードに触れてみた。
するとカードが光り出し、しばらくするとその光が消えた。
「はい、ありがと。ふむ、名前はコロネ・スガ、年齢は19、レベルは1か。光が白かったから、属性特化はなし。犯罪歴もなし。よし、転写もされてるな。じゃあ、これ。あんたの身分証だ。冒険者登録も済ませたことになる」
カードをコロネに手渡しながら、ダンテが笑う。
「驚いたかい? 冒険者ギルドのカードは特別製でね。カード自体にステータス認証の機能がつけられているのさ。ただし、一回だけな。あとは読み取ったステータスをそのまま登録してくれるってわけだ」
「そうなんですか。あれ? ダンテさんも触れてましたよね?」
「俺はテーブルに置くときに、カードを起動させただけだよ。その後に触れた者のステータスが読み取られるんだ。まあ、こういうカードだから便利な反面、気を付けないとな。無くしても罰則はないが盗まれたり紛失したら、持ち主の現在のレベルやランクがだだ漏れになるから」
なるほど。コロネは心の手帳に刻み込む。
改めてカードを見ると、ステータスと同じ内容が記されていた。それともう一つ、冒険者のランクの欄が増えていた。ランクはFのようだ。
「もし冒険者としてのクエストを受けたければ、ギルドに行ってみると良い。詳しい話はそこで聞かせてもらえるはずだ」
他にも、ダンテが町について教えてくれた。
迷い人ならただと泊まれる宿屋や、冒険者ギルドの場所など、一通りの話が終わる。
「こんなとこか。じゃあ、改めて、歓迎しよう」
「ようこそ、サイファートの町へ」