第198話 コロネ、サーカスの始まりを待つ
「オサムさんのコンソメスープは、すごいですね。あれは、社長も言ってましたが、単なるスープの域を越えていますよ。超ぐらうまーです」
「今までも美味しかったですけど、今回のコンソメスープは、ハーブが自然な形で含まれてますよね。あれ、もし売り出せば、普通に回復アイテムとしても行けるはずですよ」
サーカスが始まるのを待っている間に、リッチーとアンジュから、オサムのスープの話を聞いていた。
ふたりが言うには、何でも、あのコンソメスープ、一杯で魔力と疲労の両方の回復が見込めるのだそうだ。しかも、魔力に関しては、ハーブティーとかの振れ幅よりも多いのだとか。
あー、なるほど。
そういう側面もあるのか。
コロネが飲んでも、味がものすごくおいしいってことぐらいしかわからないけど、こっちの世界だと、おいしいだけじゃなくて、それ自体が大事になりそうな、そんな料理なのだとか。
「まあ、実際、オサムの料理のファンが多いのは、美味しいっていう味だけじゃないしなあ。いや、第一に、美味しいから、ってのは間違いないんだが、種族によっては、『大当たり』って感じの効果がある料理もあってな。それで、ってことが多いみたいだな」
「へえ、『大当たり』ですか」
アランも楽しそうに教えてくれた。
野生のモンスターでも『まっしぐら!』な料理とかもあったらしい。
普段は懐かないような狂暴なはずのモンスターが、尻尾を振ってきたり、ちょっとありえない反応をされて驚いた、と笑っている。
なるほど、そういう料理もあるんだ。
そう考えると、料理も奥が深いよね。
「いやいや、コロネさんのアイスもそうだろ。あれ、精霊種の『大当たり』だぜ? うちのミストだって、表向きは、クールビューティーを気取ってるだろ。まあ、根っこの部分がそんな感じじゃないから、それなりにって感じだが。そのミストがアイスのためなら、人も殺せそうな感じになってるからな。はは、それがちょっと言い過ぎだが、何なんだろな。ほんと、精霊にとってのアイスって、かなりのものらしいぜ」
いや、まあ、その辺は薄々感じてはいましたよ。
アルルやウルルもそうだけど、目の色が変わるって感じなんだもの。
あー、あれが『大当たり』か。
「ただ、オサムさんの料理に関しては、冒険者ギルドとしても、商品化を打診したこともありますね。回復効果のあるアイテム、と言いますか、お弁当として、ですね」
「あ、確かにそれは売れそうですよね」
どんな疲労も大丈夫。
一口食べて、体力も魔力も回復。
冒険者のお供に、オサム印のお弁当。
うん、まあ、売れそうな気がするよねえ。
だけども、ディーディーが苦笑しつつ、首を横に振って。
「ですが、諸問題が発生したために、あえなく却下になりましたけどね。そもそも、オサムさん自身も、『弁当は弁当で良いが、回復アイテムって前面に出されるとな』って感じでしたしね。特に、冒険者の場合、いつどこで食べるかが怪しいですから、そうなると味の保証ができなくなるから、って仰ってましたね」
「今もソーザイパンとかは、テイクアウトはできるが、弁当みたいものを売り出すつもりはないようだな、オサムのやつ。まあ、ムサシのとこで、マクノウチってのを売り出してるから、そっちに配慮してる部分もあるようだが」
「ああ、ムサシさんのマクノウチもぐらうまーですよ。日替わりでおかずが違うのも、食べていて楽しい要素ですねえ」
おお、ムサシは幕の内弁当も売っているのか。
ただ、やっぱりそのお弁当も、基本は町の中で食べてほしいそうだ。
まあ、それは仕方ないかな。
食べ物系って、アイテム袋に入れても味が落ちるんでしょ?
ということは、常温保存が基本だから、パンとかにしたところで、あんまり後で食べるとかは厳しそうだしね。防腐剤とかも入ってないし。
一応、ディーディーとかに言わせると、そもそも、一部の食材を使った料理が、この町の外に出回るとまずいので、そっち方面からも横やりが入ったらしいけど。
あれかな? オサムの原産地問題に引っかかる食材かな。
ていうか、お米がそもそもそうだし。
「何だかんだ言っても、この町じゃあ、冒険者ギルドもあんまり強くないですからねえ。まあ、波風立てずにひっそりと、って感じですよ。ね? ディーディー姉?」
「まあ、そうですね。その辺り、色々と気を遣うんですよね……はぁ。なのに、マスターったら、普段はそういう話から逃げるんですもの。泣きたいのはこっちですよ」
あらら、今度は泣き上戸の方にスイッチが入っちゃったみたい。
慌てて、ワーグがディーディーをあやしている。
普段はとても頼りになるお姉さんだけど、お酒が入るとからっきしなんだって。
まあ、そういうところはかわいいと思うけど。
「ははは、まあ、ディーディーも今日は、普段のことは忘れて、飲め飲め。そういうために酒はあるからな。何かあったら、俺たち冒険者も力になってやるからよ」
「ううう、ありがとうございます、アランさん。今日は人の情けが身に染みます」
そう言いながら、テーブルの上のカクテルを飲み干すディーディー。
いや、何のカクテルかはわからないけど、今日のお酒って、アビーたちの自信作の新しいお酒なんだって。それを果汁で割って作ったんだとか。
何となく、度数が強そうな感じがするねえ。
大丈夫かな?
「それにしても、そろそろサーカスが始まるんですかね?」
気が付くと、さっきまでステージがあったはずの場所が、闇というか、真っ黒い球で覆われているんだけど、あれはいったい何なのかな?
見たことがあるかと言えば、ウーヴがまとっていたものに近い気がするから、もしかすると、闇魔法か何かなのかな。
けっこう、ちょっとした演劇とかコンサートができるくらいの大きめのステージだったんだけど、それがすっぽりと闇に覆われているのだ。
形はきれいに真ん丸な闇というか、半球の上半分というか。
ドーム状の黒い球体って感じだね。
「ああ、もう、術自体は準備が整ったようだな。ほら、コロネさん。あのステージを覆っている黒いのに注目だ。あの中でピエロたちが準備してるからな」
へえ、そうなんだ。
周りを見ると、お客さんの多くも、ステージの方を見ているようだ。
あ、一応、三百六十度どこからでも見えるようになっているのかな。
と、少しずつ、天井から照らしていた照明が暗くなってきた。
「あ、いよいよ始まるんですね?」
「ああ。ま、お楽しみはこれからだ、って感じだな」
静かに見ようぜ、とアランに促されつつ。
少しわくわくした気持ちで、謎の黒い闇を見つめるコロネなのだった。
「レディース、アンド、ジェントルメン。大変長らくお待たせいたしました。これより『黄昏のサーカス団』による、ちょっとした余興を皆様にご覧に入れたいと思います。あー、まあ、堅っ苦しいのは、そんな感じでいいかい? ちょいとお時間頂きましょうか、ご来場の皆様。ここからは、我らが一座と、この場よりの良き協力者の共演で、ひと時の夢の世界へと、皆様を誘おう」
闇の球体の中央から、ゆっくりと浮かび上がる人影。
ちょっとだけ、芝居がかった雰囲気と、普段のおちゃらかな感じを織り交ぜつつ、ピエロの姿がゆっくりゆっくりと、顔、身体という感じで、姿を現していく。
そのまま、ドーム状の中央部分に立ったような状態まで浮かんで。
次の瞬間、パン、という音と共に、ピエロへと天井から、一筋のスポットライトが注がれた。
「本日の興行の案内人は、わたくし、副団長のピエロと」
パンという音が響いて、人影がふたつに分かれたかと思うと、ピエロの横に、新しく白い衣装を身にまとった男の人が現れた。
コロネも初めて見る人だ。
ピエロの衣装がカラフルに富んだ、道化師の感じだとすれば、その男性のまとっているのは白を基調とした、だが、どこかおどけたような、そんな不思議な雰囲気の服だ。
見た目は聖職者が着るようなローブなのだがどこかダボダボで、左右非対称で、本来のそういった服をからかっているような、そんな印象を与える。
いや、注目すべきはそれだけではない、いつの間にか、二筋となったスポットライトに照らされた、その男の人の周囲をたくさんの仮面がふわふわと漂っている。
その人を取り囲むように、周囲をぐるぐると巡る仮面。
それが、非日常の不思議な空気を漂わせている。
「同じく、副団長のクラウと」
クラウ、と男性が名乗るのと同時に、パンという音がもう一度響く。
再び、ピエロが立っていたはずの場所から、さらにもうひとり、今度は明らかに普通の人間とは異なる姿見の女性が現れた。
あれは、リザードマンというやつなのかな。
いや、女性だから、リザードウーマンとかリザードレディと言うべきか。
爬虫類を基調とした顔。
恐竜とかを、そういうものを擬人化すると、そんな感じになるのかな。
まあ、たぶん、獣人種の一種だよね。細かい部分はわからないけど、そういう人が普通にいる世界だってことは知っているし。
なぜ、その人が女性だとわかったか。
服装と、胸だ。
色気のある踊り子風の衣装、それに、大ぶりの胸。それらが、彼女が女性であることを明確に主張しているというか、そんな感じだ。
ただ、他の獣人種、ミーアやナズナちゃんの半獣化した状態よりも、爬虫類感が強いので、獣人種ではなく、そういう種族なのかも知れないけど。
三本に分かれたスポットライトのもと、その女性がまた、口を開く。
「同じく、副団長のピース」
「今宵の舞台は」
「我ら三人が」
「皆様を夢の世界へ誘う案内人」
「「「では、どなた様も、お見逃しがないよう」」」
三人の声が揃い、それぞれが三方向のお客さんに向けて、お辞儀をする。
その瞬間、パン、という音が響いて。
ドームの少し上に浮いた状態で経っていた三人が、飛び降りるようにそれぞれの前方の地面へと回転しながら、降り立ったかと思うと。
黒い闇全体へと光が当たるように、スポットライトが大きくなって。
その直後に、ピエロの大きな声が、このフロア全体にこだました。
「行くぞ! 黄昏時に集いし、サーカス団よ!」
「「「『トワイライト・サーカス』開演!」」」
案内人三人の唱和によって。
それがまるで、魔法の合図であるかのように。
フロア全体に、空間が弾けるような衝撃が走ったかと思うと。
照明が反転して、辺りが光に包まれて。
気が付けば、辺り一面を花吹雪が舞っていた。
色とりどりの花びら……いや、違う、コロネの身体に触れた瞬間、かすかな光を発して消えてしまう。空中を舞っているのは、本物の花びらではなく、魔法か何かで作られた光の奔流だ。
ひらひらと、風に舞うように、それでいて、何かに触れると儚く消える。
水中で発光するプランクトンが織りなす幻想的な光景のように。
あるいは、桜の花びらが空間を覆い尽くすかのように散っていく風情のような。
ほのかな赤色、柔らかな黄色、凛とした青色。
まるで生きた妖精がくるくると、光りながら飛び回っているかのように。
そんな光景が広がって。
ゆっくりと淡い光となって消えていく。
ああ、と思う。
これがこっちの世界のサーカスなんだ、と。
幻想的な光景による興奮が、心に残ったままの状態で。
『黄昏のサーカス団』の興行が始まった。




