第195話 コロネ、フレンチトーストを量産する
「はい、こっち、フレンチトーストが十人前できたよ」
「コロネさん、それをお客さんに持っていきますね」
「うん、お願いね、ナズナちゃん」
「はい! 頑張りますー!」
元気ハツラツ、笑顔を浮かべて、ナズナが焼きたてのフレンチトーストをカートで運んでいく。
一応、プレーンのものにハチミツをかけるところまでは終わっているので、後は、注文と照らし合わせつつ、パン工房の方で、ジャムなり、ミルクアイスなりをトッピングする感じになっている。
うん、流れ作業が完成しているね。
できれば、コロネもお客さんひとりひとりとあいさつしたいけど、さすがにそれが許される状況じゃないしねえ。
アルルたちの注文がひと段落してから、もうかれこれ、七十枚以上は焼いているんだけど、まだ注文は終わらないみたいだ。
というか、お店の方に午後になってからも、お客さんが次々とやってきているって感じ?
かなりの数を準備していたつもりだけど、さすがに足りるかな、とちょっと心配だ。
特にアイスの方が。
「コロネ先生、ミルクアイスの方を冷やしてきますね」
「うん、よろしくね、リリック。とりあえず、夜までには間に合わせようか」
急遽、追加のアイスをリリックに作ってもらっている。
これで、リリックにとっては、アイス作りは三回目かな。
大分、アングレーズを作る時の温度の見極めが安定してきたような感じを受ける。
ほんと、すごいね、視覚強化って。
やっぱり、こっちだとスキルとか能力を上手に使わないと大変だよね。
さすがに途中でばてるのが怖いから、コロネも身体強化は控えめにしているんだけど。
さて、冷凍庫にアイスを持っていくリリックを見送りつつ、コロネは次のフレンチトーストの準備に入る。
アノンも、かれこれ五十枚ほど手伝ってくれた後、オサムの手伝いに行ってしまった。
また、いそがしくなったら、手を貸してくれるそうだ。
ちょっとずつではあるけど、オサムへの注文も増えてきているみたいだしね。
午後になってから、給仕として、エルフのサーファが。あとは、料理人として、うどん屋のコノミと、その式神のふたりがオサムのヘルプに回ってくれているらしい。
うどん屋のイメージが強いコノミだけど、普通の料理も作れるんだよね。
そういう意味では、さすがはミキのお母さんだ。
たぶん、妖怪の国コトノハでの料理とかも知っているだろうから、今度、もうちょっと詳しく話を聞いてみたいかな。
コトノハって、どっちかと言えば、向こうの日本に近い食材が多そうだし。
「コロネー、フレンチトーストの方はどう?」
ぱぱぱっと、バターを熱して、並べられたフライパンに新しいフレンチトーストを投入していると、今度はドロシーがやってきた。
「どうって、まあ、次々と作ってるよ? というか、今、ナズナちゃんに持って行ってもらったばかりなんだけど?」
「いや、それもあるんだけど、そうじゃなくて、ひとまずフレンチトーストの注文をストップしようかって、ピーニャから」
「え? 何で? まだ三時にもなってないよね」
あれ、お客さんも待ってるよね。
ドロシーもピーニャも何を言っているんだろうか。
「いや、あのね、コロネ。一応、普段のパン工房とは違うんだから、どこかで昼休憩を取らないと。お客さんからの注文も一通り受けたから、後は、夕方の営業から再開って感じにするんだよ」
夕方で店じまいじゃないんだし、とドロシーが苦笑する。
あ、そう言えばそうだよね。
今日は、普通番の人も朝から働き通しだものね。
朝ごはんは、『ぐるぐる』フレンチトーストとか、白パンのサンドイッチを回してもらって、食べているけど、そろそろ、お腹が空く時間帯だよね。
いけないいけない。
コロネの場合、いそがしい状況というか、向こうのお店でたまにやらかす店長の修羅場に慣れてしまっていたから、気にもしていなかったよ。
まずい、ワーカーホリックは新人さんの教育には、よくないよね。
「あ、ごめん、普通に忘れていたよ、ドロシー」
「ふふ、何というか、コロネらしいねえ。ま、私も休憩は取りたいんだけど、それ以上に、アズとナズナちゃんを休ませてあげないと。この手の話は、お客さんもわかってくれているから、その辺の心配はないんだよ。というか、だから、今までフレンチトーストの注文が殺到していたんだけどね。朝昼の営業は一時中断します、って、ピーニャの方から説明があったしねー」
なるほど。
それで、何となくお客さんの数以上のフレンチトーストが頼まれていたんだね。
パン工房の休憩時間を使って、ゆっくりと食事を楽しみたいお客さんがけっこういるらしい。
「それにね。アイスの方が残りわずかなんだよね。ひとまず、だから、そっちの方も理由のひとつかな。さすがに、注文を受けて、ありませんでしたってのはまずいから」
「うん、わかったよ。ちなみにドロシー、残りのフレンチトーストの注文って、あとどのくらいなの?」
「もう打ち切っているから、まあ、五十枚ってとこかな。コロネのペースだったら、三時までには終わると思うよ? だから、そこから五時まで休憩だよん。ふふ、ほら、アノンから聞いたんだけど、コロネもピエロのサーカスが見たいんでしょ? あれ、ちょうど三時頃からだから、頑張って終わらせれば間に合うんじゃない?」
おお、それを聞いたら、頑張って間に合わせたいかな。
っていうか、もしかして、それに合わせて休憩時間をとってくれたのかな?
「ドロシー、もしかして、休憩ってわたしのため?」
「ま、それもあるけど、どっちかと言えば、コロネだけじゃなくて、みんなのって感じかなー。あのサーカスはなかなかだからねえ。だから、暗黙の了解って感じ? お客さんも、その辺はわかっていてくれるから、三時からはちょっと注文が控えめだよん。そうだね、お酒とかのお代わりくらいかな」
何でも、ドロシーによれば、ステージは中央に確保してあるけど、ピエロのサーカスはこの空間全域まで広がることもあるのだそうだ。
お客さんが料理を食べている席とか、後は、けっこう高くなっている天井とかの方まで使って、見世物をしてくれるのだとか。
なるほどね。
というか、二階のお店って、天井がなかなか高いんだよね。
たぶん、三階の調理場がお店の奥側だから、フロア自体がずれてる感じなんだろうけど、普通に二、三階分の高さはあるんだよね。
あんまり、塔の構造については、気にしたことがなかったけど、たぶん、そういう風になっているんだと思う。
まあ、空間そのものをいじっている可能性も否定しないけどね。
今日の営業とか、明らかに柱の位置がおかしいし。
内装を変えることはできるだろうけど、さすがに柱は動かせないでしょ、普通は。
「だから、もうちょっと頑張ろうか。オサムさんも、スタッフ用に、ごはんを作ってくれるって。それ食べながら、サーカスを見よう、ってねー」
「うん、そういうことなら、あと五十枚、頑張るよ」
そう、ドロシーに答えながら、今焼いている分の十枚ちょっとのフレンチトーストをどんどんひっくり返していく。
元からやる気はあったけど、より一層テンションがあがってる感じかな。
「はあ、相変わらず、コロネの手際はすごいねえ。料理の動きに、ほんと無駄がないよね。オサムさんもそうだけど、そういう動き方って、私としても勉強になるんだよ。今のコロネの動きを、人形で再現できたら、かなり便利だからねー」
「いや、ドロシー、今もルナルさんの人形を動かしているんでしょ? そっちの方がすごいと思うんだけど」
ちょっと人間業じゃないよね。
こっちのコロネのは、料理人の基本とか、応用とか、そんなスキルだし。
いや、スキルっていうか、普通の技術ね。
と言っても、普通のパティスリーでそこまで、短時間に大量のお客さんの料理を作るってあんまりない気もするから、向こうの店長がちょっと変わっていたのかも知れないけど。
その辺はよくわからないや。
コロネも他のお店で修行したことがないし。
「いやいや、さすがにもう、解除したよ。白パンの定食と、フレンチトーストの注文がひと段落したしね。あんまり頑張りすぎると、ナズナちゃんとかの仕事も奪っちゃうしね。それに、オサムさんのお店の方も、フレンチトーストとかのおかげか、いつもよりも流れが穏やかだものね」
作る方に、アノンとかが加われば大丈夫、とドロシーが笑う。
今のところはドロシーの本気を出すほどではないみたいだね。
「でも、傍から見ているだけで、頭が痛くなってくるんだけど、大丈夫なの?」
「うーん、今は大丈夫になったって感じかなー。コロネはブラックアウトって、知ってる? 視界が周りの方から黒く覆われて、どんどん真ん中の方へとちっちゃくなっていく感じなんだけど」
「あー、聞いたことはあるよ。なったことはないけどね」
ダイバーさんとかが、潜水中に起こったりするんだよね。
映画とかの最後みたいな感じで、丸い視界がどんどん小さくなって、最後は中央の点になって、ぷつんという感じだ。
意識消失の一歩手前だったっけ。
「限界まで、脳を酷使すると、そんな感じになるのね。そうなりかけたら、『あっ、やばい!』って感じで、慌てて能力を解除するの。で、ギリギリセーフか、そのまま気絶しちゃうか、どっちかね。ふふ、そのギリギリ感がたまらないんだよー」
まあ、冗談だけどね、とドロシー。
ちょっとずつ、慣らしていくことで、使える時間が伸びていくのだそうだ。
そういうのは、魔法と同じみたいだね。
「まあ、それはともかく、人間の限界は、自分で決めてるってことかな。無理だと思っている限りは無理ってこと。別に、可能性は無限大とか言うつもりはないけどね。ちょっとずつ限界を伸ばしていけば、その先に進めるって感じかな。魔女が代々やっていることって、そういうことだし」
「なるほどね、そういうことなら、今はまだ難しいけど、そのうち、その使い方を教えてよ。チャレンジはしてみたいからね……よっと」
話をしながら、次々とフレンチトーストをお皿へと移していく。
今、焼いている分はこれで完成だ。
「よーし、これであと四十枚くらいだね」
「おっ! 早いねえ。ま、使い方については、そのうちにね。コロネがアイテム袋を作れるようになったら、教えてあげるよ。うちのお店のお客さんになったらねー。それじゃあ、こっちのフレンチトーストはもらっていくよん」
「うん、お願いね、ドロシー」
カートでフレンチトーストを運ぶドロシーにお礼を言って。
残りの注文のために、料理を続けるコロネなのだった。




