第194話 コロネ、精霊に料理を振る舞う
「はい、お待たせしました。サンベリーのアイスの追加と、サンベリーのフレンチトースト。それに、フルーツサンドです」
一度、厨房の方に戻ってみると、アノンがすごい量のフレンチトーストを焼いていた。それが次から次へと、パン工房へと運ばれていくって感じだね。
他人事みたいに言っているけど、これ、コロネが原因だから、早いとこ何とかしないといけないんだけど。
とりあえず、『あめつちの手』の三人に料理を届けるのが先決なので、持ってきたんだけどね。
なお、フルーツサンドは、リリックに作ってもらった。
白パンのサンドイッチに生クリームを使うというだけのシンプルな料理だ。
まあ、ここからは生クリームを直で使う料理も増えてくるから、その前哨戦って感じかな。元々、教会のシスターのリリックにとって、生クリームは身近なものだし。
さておき、今は目の前に集中だ。
「あっ、これが噂のコロネの新しい料理ね! フレンチトーストについては、パン工房のアルバイトの人から噂が流れてたのよね」
「うんうん、カリカリっとして、ふわふわっとして、とっても美味しいんだってー」
「あら、こっちのフルーツサンドって、初めて聞くわね。これって、パン工房で売り出したサンドイッチと何か違うの?」
さっき、私たちも食べたけど、とシモーヌ。
あ、そっか。朝定食がジャムパンだったっけ。
「ええ、こっちのフルーツサンドは、果物を白パンと生クリームで包んだものです。生クリームっていうのは、アイスやプリンにも使われているもので、ミルクから作る乳製品の一種ですね。よくかき混ぜることで、ふわふわっとした泡のような食感になるんです」
「えっ!? アイスもこの泡みたいなのが使われてるの!? どれどれ……おおっ! 何これ!? ジャムのソーザイパンと全然違うじゃない!? この泡……生クリームも甘いのね! あっ、これ、すごい! 中に入っているのはサンベリーだけど、それと白パンと生クリームですごくよく合う感じ!?」
「あー、ほんとだー。ふわふわっとして、サンベリーともよく合うしー。あ、わたし、ジャムパンより、こっちの方が好きかなー。口の中で、甘く溶けていく感じが、やっぱりアイスに近いもん。あー、そっかー、アイスの溶けていく感じって、こんな感じだねえ」
「へえ、どれどれ……あれ、ほんと。口の中で甘さが広がって溶けるのね。サンベリーだけがしっかりと味を主張しているっていうのかしら。それを白パンが上手に包み込んで。うん、いいわね、このフルーツサンド。これ、パン工房じゃ、売り出さないの?」
「まだ、ピーニャに伝えてませんけど、生クリームはピーニャも作れますから、たぶん、そのうち、お店に並ぶと思いますよ」
果物のサンドイッチの応用例だしね。
今のパン工房でも十分作れるから、これはこれで製品化かな。
たぶん、作る手間を考えれば、フレンチトーストより簡単だし、何より、中のフルーツを工夫すれば、色々なフルーツサンドにできるしね。
これも、うまくやれば人気が出そうだね。
「ねえねえ、コロネ。これって、生クリームの代わりにアイスじゃダメなの? 白パンに果物とアイスでサンドって」
「ああ、そういうのもありますよ。ブリオッシュ……『ヨークのパン』に切れ目を入れて、アイスと果物を挟み込む料理ですね」
向こうで言うところの、ブリオッシュ・コン・ジェラート。
温かいパンに冷たいアイスをはさむ、イタリアのスイーツだね。
果物をはさむというか、どちらかと言えば、アイス自体に季節の果物をふんだんに混ぜ込んで、という感じかな。
そういう意味では、アルルも目の付け所がシャープだね。
「えええ!? あるの!? パンにアイスをはさむのってアリなんだー。うわあ、アイスって色々な食べ方があるんだねー」
「ね、ね、コロネ。そっちはどうなの? メニュー化できるの?」
「まあ、そうですね。アルルさんたちでしたら、ほら、リリックの制服の報酬の件がありますから、それで提供できますよ? さすがに、まだ『ヨークのパン』を量産できる状態ではありませんから、別口でって感じですけど」
小麦粉の件は解決したけど、パン工房の新体制がもうちょっと安定しないとね。
そうすれば、クロワッサンとか、ブリオッシュとか、そういった、オーバーナイト製法のパンもお店に並べられるようになると思うけど。
まあ、その前に、白い小麦粉を使った、もうちょっと手のかからないパンから、スタートかな。
惣菜を焼く前から、中に埋め込んだ系統とか。
ともあれ、少量だったら、今でも作ることは可能だ。
そのついでに、その手のパンを作れる人を増やしていくのもいいしね。
「まったく、コロネったら! わたしたちをどこまで喜ばせる気!? ああ、アイス入りの『ヨークのパン』ってすごいわね! そんなのたぶん、この国の王様だって食べたことないわよ! うわあ、ちょっと興奮してきた! っていうか、コロネ、頼んでいいの?」
「はい、アルルさん。毎日はちょっと厳しいですけどね。あのパンも一日がかりですから。でも、できますよ。アイスはもう毎日作る予定でしたし、パンがあればって感じです」
「やったー! そういうことなら、制服の方も頑張っちゃうよー。よーし、今日は徹夜だー。やるよー、アルル」
「ふっふっふ、もちろんよ、ウルル。というか、コロネ、精霊鍛冶がらみで、困ったことがあったら、わたしに言いなさい。何か、もう、うれしくて、何でも手伝っちゃう気分なのよね。アイスだけでも、よかったのに」
「はい、今のところはまだ、精霊金属がらみの話は特にありませんので、そちらで何かありましたら、相談に乗ってください。ありがとうございます」
本当にありがたい話だよ。
とは言え、まだコロネのレベルじゃ、精霊金属をどうこうって話にはならなそうだから、いつかそういう時は、って感じだね。
ちなみに、シモーヌはと言えば、そんなふたりを微笑ましそうに見つめながら、ひとり黙々とフレンチトーストを食べていた。
「うーん、やっぱり、噂通りおいしいわね。この、フレンチトースト、本当にすごくふわふわしてるのね。それだけで食べてもおいしいんだけど……うん! やっぱり、このサンベリーのソースと一緒に食べると、ものすごくおいしいわ! ああ、幸せー」
「って、シモーヌひとりで、何食べてんのよ! こっちは一生懸命アイスの話をしてるのに!」
「あっ、でも、これ、おいしいよー、アルル。表面はサクッとしてるのに、中はほらふわふわだよー。うわあ、口の中がもちもちで、バターの感じとかパンのおいしさとかー、これもいいねえ」
「……どれどれ……って、何よ、これ! ああ、もう! いい加減にしなさいよ、コロネ! こんなにいっぺんに持ってこられても、どれに喜んでいいんだか! ああ、もう! おいしいわね!」
「というか、やっぱり、コロネもオサムに似てるわ。今も、ちょっとだけ、人を驚かせて喜んでいるじゃない? そういうとこは、そっくりよ?」
「えっ!? そうですか?」
いやいや、それはどうかな。
さすがに、そこまでオサムっぽくないと思うんだけど。
コロネの場合、純粋に、喜んでもらえればそれでうれしいんだから。
……似てないよね?
うーん、ちょっとずつ、塔の空気に染まってきているのかな。
オサムの周りって、けっこうそういう人が多いし。
「まあ、それはそれとして。フレンチトーストに、アイスっていうのもいいですよ。アイスがソースの代わりって感じですね。温かいフレンチトーストとアイス、この組み合わせもなかなかですよ」
温度差を利用したスイーツって増えてきているもの。
アイスが溶けかけの食感とか、そういうのも含めて美味しいんだよね。
「それでは、ごゆっくりどうぞ。お代わり等は、パン工房の方までお願いしますね。今からわたしも、パン工房のフレンチトースト作りに取り掛かりますし」
さすがにそろそろ戻らないと、アノンが大変だし。
リリックも何とか、ヘルプに入ってもらっているけど、まあ、遠巻きに見えるパン工房の様子からは、もう大変というか、喧騒というか、そういう雰囲気しか感じ取れない。
ここから先は、そちらの調理に集中するべきだろう。
「ああ、そうね。コロネも大変そうだものね。ふふ、料理頑張ってね」
「アイスのお代わりは、もうちょっともらうけどね!」
「うんうん、アイスー!」
「はい、わかりました」
『あめつちの手』の三人にお礼を言って。
コロネはそのまま、厨房へと戻った。
「あっ、コロネ。今、どんな感じ?」
厨房に入って早々、アノンが声をかけてきた。
周囲には、けっこうな量のフライパンと、焼いている途中のフレンチトーストがあった。今、アノンはコロネの小さい頃の姿だから、こっちの能力を使っているのだろうけど、やっぱり、ちょっと大変そうだね。
「とりあえず、調理依頼の方はひと段落です。後は、パン工房の『ふわふわ』に集中しますよ」
「了解。それじゃあ、この後はコロネのペースで頼むね。もうちょっとしたら、ボクもオサムの手伝いに回るから。ちょっとずつ、大変になってきているみたいだし」
まあ、まだ、パン工房の騒ぎの方がすごそうだけどね、とアノンが苦笑する。
と言っても、注文は一通り聞き終えたせいか、お客さんはみんな、番号札を持って、テーブルの方で待っているので、後は数をこなしていけば何とかなりそうだ。
いや、待ってもらうのも悪いんだけど。
「ちなみに、注文ってどのくらいの数が入っているんですか?」
「うーんと、たぶん、百は余裕で越えてるよね? まあ、それでも材料の残りよりは少ないかなってくらい。いや、コロネとピーニャでどれだけ、フレンチトーストの用意をしたのさ。さすがに数的に危ないかなって思ったら、そうでもないし」
アノンが呆れているが、その辺りは、伊達にピーニャは、パン工房の工房主として、塔の防波堤を担当しているわけではないのだ。
この町のパニック状態については、本当に第一人者と言ってもいい。
いざとなれば、プリムに丸投げする、というお題目で、かなりの量を確保したわけだしね。むしろ、アイスの方が先になくなるかな、って感じだし。
「まあ、数はさておき、あんまりお客さんを待ちぼうけにさせるのもまずいですよね」
「その辺は、ステージで色々やってるから大丈夫なんじゃない? ほら、もうじきピエロの催しも始まるみたいだし」
「ピエロさんの催し、ですか?」
そういえば、『竜の牙』のアランからもそんな話を聞いていた気がするけど。
ピエロの催しって何だろう。
モンスターがらみかな?
「それって、召喚モンスターとかと関係があるんですか?」
「あ、コロネはまだピエロの興行を見たことがなかったんだっけ。オサムのお店でもたまに頼んでやってもらっているんだけど」
「興行ですか? ピエロさんで、興行ってことは……」
「うん、サーカスだよ。ピエロも副団長として所属している『黄昏のサーカス団』。その興行ってやつだね。そうだね、見たことがないんだったら、今のうちに調理の方を頑張って、ちょっと時間を作った方がいいかもね。あれ、けっこうすごいから。色んな意味で」
へえ、それはちょっと面白そうだね。
ショコラのこともあるし、召喚モンスターには興味があったんだ。
「だったら、調理を頑張らないといけませんね」
「そうそう、さっさと積みあがっている注文を片付けるよ!」
「はい! 頑張ります!」
「コロネ先生、私もいますよー!」
そんなこんなで、改めて気合を入れて、頑張るコロネなのだった。




