第193話 コロネ、新メニューを提供する
「リディアさん、お待たせしました。バナナを使ったメニューです。右から、『ふわふわ』フレンチトースト、バナナチップス、フルーツグラタンですね」
「ん、どれも美味しそう」
「あと、バナナとサンベリーとミルクの三色アイスもありますが、そちらは後ほどでよろしいですか? それとも、今お持ちしますか?」
「食べ終わってからでいい。コロネ、これ、お代わりはある?」
「はい、大丈夫です、それぞれ、ある程度は用意してますよ」
「ん、ありがと」
リディアの待つテーブルに、アイス以外のメニューが並んべられた。
まずは、フレンチトーストだ。
こちらの世界では貴重な、白い小麦粉を使ったパンを、生クリーム入りのフラン生地、つまり卵液で、まる一日浸したものを、これまたたっぷりのバターで揚げ焼きする。
焼きあがったフレンチトーストは表面はこんがりときつね色になっていて、一見、カリッとした感じに仕上がっているが、ナイフを入れるとその感触は、大きく色を変える。
染み込んで、パンと一体となったミルクとたまご。
それに生クリームだ。
それらが、ふわふわっとした食感を作り出していく。
添えられているのは、ほんの少しあぶって、焼き色を付けたバナナと、バナナで作ったコンフィチュール、つまりはバナナジャムだ。
焼いたバナナは、わずかに甘く香ばしい香りを発して、それが食欲をそそる。
フレンチトーストそのものの、バターの焦げる香り、たまごやミルクの風味、それらが織り交じって、甘く香ばしい匂いを演出している。
では、早速と言う感じで、リディアがフレンチトーストへとナイフとフォークを伸ばす。
カリカリっという音。
ナイフがすっと入っていく、その手の感触すら、見ているだけで伝わってくる。
パンそのものにもわずかに弾力性があって、もちっという感じと、ふわっという感じが同居していうかのようだ。
一口大に切られるフレンチトースト。
まずは、何も付けずに実食、という感じだろうか。
ふと、気付けば、コロネだけではなく、何となく、周囲からもリディアの食べる姿への注目が集まっているみたいだ。
作り手としては、ドキドキもしているのだけど、他のお客さんにしてみれば、初めてこの料理を目にする人も多いはずだし。
ゆっくりとリディアの口元に、フレンチトーストが運ばれて。
何度か、咀嚼された後で、ようやく、リディアがこちらを見た。
「ん、美味しい。これが、フレンチトースト?」
表情がわずかながら、微笑んでいるのを見ると、リディア的にもまずまずの味だったのだろう。
相変わらず、言葉少なだけど、それでも、何となく気持ちは伝わってくるかな。
「はい。横に添えてあるものが、バナナを焼いたものと、バナナで作ったジャムですね。お好みで、そちらもご一緒にどうぞ」
「ん。……うん、パンだけじゃなくて、一緒だと、なお良い」
言いながら、一口一口、ゆっくりと口へと運んでいくリディア。
そこには、大食い大会などで、あっという間に食べ物を食べてしまうような、そんな姿とはまったく違い、食べ物を大切に味わう、そんなリディアの姿があった。
うん、やっぱり、本当に美味しいものが好きなんだね。
目の前の、白い女性はただたくさん物を食べるだけの人じゃない。
きちんと、食べ物に関して、敬意を払っているのだ。
とは言え、ゆっくりではあるが、フレンチトーストがなくなっていき、周りの人たちがつばを飲み込む音が聞こえている。
そこで、ようやく、コロネも振り返って。
「あの、今の時間から、パン工房のコーナーで、リディアさんが召し上がっているものとは少し違いますが、同様の『ふわふわ』フレンチトーストの販売をスタートしましたので、皆様、そちらの方もよろしく……って、あれ?」
よろしくお願いします、と言い終わる前に、遠巻きに見ていた人たちが、慌てて、パン工房の方へと向かって行ってしまった。
いやいや、あ、そうか。
パン工房の方でも、お店にいる人には伝え始めたけど、大々的に説明したのは、今が初めてなのか。
ええと、ここからでも、ちょっとわかるんだけど、パン工房のコーナーへとかなりのお客さんが集まってきているのだ。
あー、ちょっとしまったかな。
いやいや、嬉しいのは確かだけど、今の状態だと、またピーニャたちに負担をかけてしまっているかな。
ごめんごめん。
と、リディアの方はと言えば、ポリポリとバナナチップスを食べている。
ゆっくり食べているにも関わらず、もうすでにフレンチトーストを平らげるあたり、さすがはリディアと思わないでもない。
というか、バナナチップスの一枚あたりの大きさが、大きめのおせんべいくらいになってるからねえ。種の部分は穴が開いているとはいえ、これはどう考えてもチップスって感じじゃないよね。
まあ、お菓子には変わりないけど。
ただ、リディアはその固めの食感が気に入ったらしく。
「コロネ、これ、おいしい」
もっとあるの? という感じで聞いてきた。
一応、バナナ一本分は、チップスにしてあるけどね。
「はい。まだ、ありますけど、大丈夫ですか? リディアさん」
「ん? 何が?」
まあ、そうだろうね。
この人がこのくらいでおなかいっぱいになるわけがないか。
「リリック、バナナのフレンチトーストとバナナチップスのおかわりを持ってきてもらってもいいかな? あと、用意しておいた三色アイスも」
「はい、わかりました」
リリックに取ってきてもらっている間に、フルーツグラタンの方を食べてもらおう。
フルーツグラタンというか、やっぱりパンプディングという感じかな。
グラタン皿にバターを塗って、その上に、食べやすいように切った果物やパンを並べて、フラン生地をかけて焼く。
この時、パンはブリオッシュなどを使ってもいいんだよね。
ブリオッシュ、こっちの世界だと『ヨークのパン』か。
それを使ったお菓子、という位置づけでパンプディングだ。
果物には、甘いものと酸味のものを使うと良いので、今日のところはバナナと杏系のやまぶどうを使っている。
生地そのものの滑らかな食感に、火の通ったバナナのとろっとした感覚、それにやまぶどうの甘酸っぱさも加わり、バナナとのアクセントも絶妙な感じに仕上がっている。フルーティなさわやかな味が、パンにも染み込んで、ふんわりと包み込まれているというか。
バナナの味を活かした、優しいお菓子という感じかな。
案外、プリンが好きな人なら喜びそうだから、そちら寄りかもしれない。
そう言えば、リディアもギルド『プリンクラブ』の一員だったっけ。
「ん、似てるけど、違う。それぞれ、良い味が出てる」
フルーツグラタンを食べながら、リディアが改めて、コロネの顔を見て頷いた。
「文句なし。食材をコロネに持ってきて、良かった。また持ってくる」
「ありがとうございます」
良かった。
そのリディアの言葉を聞いて、ようやく、内心でホッと一息つく。
やっぱり、多少は緊張するんだよね。
こちらの期待通りにいかないかもしれないドキドキ感。何だかんだ言っても、その緊張感のような感覚は嫌いじゃない。
その上で、喜んでもらえれば、言うことなしだ。
「リディアさん、お代わりと、アイスの方をお持ちしましたよ。三色アイスです」
「ん、このアイスは、この前のアイス?」
白いミルクアイスを指差して、リディアが問う。
「はい、そうですね。そして、その横のほんのり黄色くなっているのがバナナのアイスで、赤いのが、サンベリーのアイスです」
「うん、では……やっぱり白いのは、この前と同じでおいしい……ん、バナナのもいい味。うん、こっちの赤いのもまる」
白、黄色、赤の三色アイス。
こっちは、今日のところは、リディアとアルルたち限定かな。
とりあえず、ある分は自由にお代わりしても大丈夫、とリディアに伝える。
「ん、わかった。なら、こっちの料理と一緒に、ゆっくり味わう」
あ、そっか。
リディアはオサムの定食も頼んでいるんだものね。
お菓子類は、アクセントとして、時々お代わりするという感じみたいだね。
まあ、これで、リディアには一通り説明は済んだかな。
「では、ごゆっくりどうぞ。お代わりがご希望でしたら、パン工房の方までお願いします」
「ん、ありがと、コロネ」
ゆっくりと料理を味わっているリディアにお辞儀して、コロネたちはテーブルから離れた。
「はい、お待たせしました。アルルさん、ウルルさん、シモーヌさん。三色アイスをお持ちしましたよ」
「やったね! うわ、コロネすごいね! 今日のアイスは三種類もあるんだ!」
「わぁい! あ、この赤いのがサンベリーだねー。うんうん、白いアイスもいいけど、赤いアイスって美味しそうだよー」
「そういえば、希望でしたので、先にアイスをお持ちしましたけど、他に二品ありますが、そちらはどうします? サンベリーのフレンチトーストと、フルーツサンドですね」
リディアのところを後にして、引き続き、『あめつちの手』のところへと、ご注文の品を持ってきたのだ。
いつもはアイスは最後なんだけど、ここの場合、アルルとウルルのたっての希望により、真っ先に三色アイスを持ってきている。
というか、もうすでに、説明する前から、ふたりともアイスを口に運んでるし。
そのふたりの精霊の姿に、保護者でもあるシモーヌも苦笑している。
「あー、美味しいわ! コロネ! この間のアイスもすごかったけど、このサンベリーのアイスすごいわね!? 口に入れた瞬間に、サンベリーの甘酸っぱい感じが口いっぱいに広がるんだけど、どこか柔らかい感じなのよね。ああ、おいしい!」
「アルル、こっちのバナナのアイスもすごいよねー! これ、取って来たのってリディアさんなんでしょ? バナナなんて、どこに生えてるんだろー? この町の周りじゃ見たことないよねー?」
「ふふ、コロネ、ごめんなさいね。騒がしくて。私としては、サンベリーのフレンチトーストってのに興味があるんだけど、まあ、このふたりが暴走しちゃうから、とりあえず、アイスを先にしっかりと食べさせないと、って感じかしら。ちなみに、アイスって、もうちょっとは頼めるの?」
「はい。と言いますか、サンベリーのアイスに関しては、お三方が優先ですから、在庫がある分は大丈夫ですよ。もし余ったら、他の方にもお売りしますけど」
コロネの言葉に、アルルとウルルの目がキランと光る。
あれ? ちょっと嫌な予感が。
「聞き捨てならないわね、コロネ! もちろん、在庫全部とは言わないわ。わたしも別に独り占めしたいわけじゃないし。でもね!」
「そう! もうちょっとだけ、多めに食べても、バチは当たらないと思うんだよー。ね、ね、コロネ、お願い。わたしたちにアイスを!」
「まったく、しょうがないわね。でも、あんたたちもほどほどにしなさいよ。さもないと、他の精霊たちから恨まれるわよ?」
「わかってるってば、シモーヌ!」「その辺は気を付けるもんねー」
「ふふ、というわけで、コロネ。他の料理とセットで、アイスのおかわりを頼めるかしら? サンベリーのアイスだけでも構わないから」
「はい、わかりました。今、お持ちしますね」
アイスアイスー、というふたりの声を尻目に、厨房へと戻るコロネなのだった。




