第189話 コロネ、ドワーフたちにスープを振る舞う
「あ、コロネさん、こっちこっち。こっちにもスープお願いー」
『ジーナ、そんなに慌てなくてもスープは逃げないよ』
「いやいや、スープは逃げないけど、売り切れごめんだよ、旦那様」
リディアと別れて、次のテーブルにいたのは、ドワーフで鍛冶職人のジーナと、その夫で、ミスリルゴーレムのグレーンだ。
そう言えば、鉱物種の人もコンソメスープは飲めるんだっけ。
さっき、オサムもそんなことを言っていたし。
というか、グレーンが、あの丸文字が表示されるボードを持っているのに気付く。
「いらっしゃいませ、ジーナさん、グレーンさん。あの、グレーンさんが持っている、そのボードって」
「そうそう。試作とチェックが終わったから、旦那様の分も作ってもらったの。アビーさんが頼めばいっぱつだったよ。アビーさんが本気で迫ったら、断れる人ってなかなかいないもんね」
『ええ、特にお酒好きに人は、ね。この町でもお酒絡みのことなら、アビーさんだから』
なるほど。
アビーが怒ると、お酒を卸してもらえなくなるので、お酒好きの職人さんとかには死活問題なんだとか。いや、作った人がこの町にいるかどうかは知らないけど、話を聞く限りだと、どうも、そっちのお酒の流通に関しても、アビーは力を持っているらしい。
うん。
今後のことを考えると、絶対に怒らせてはいけない人だね。
ラム酒、ラム酒。
「まあ、そんなことより、コロネさん。コンソメスープ、コンソメスープ。ずっと待っていたんだから。旦那様に悪いから、お酒しか飲んでないし」
『別にジーナが気にする必要はないんだけどね』
「わたしが気にするの。いいからいいから、コロネさん、スープスープ」
「はい、わかりました」
こちらも待たせるはあれなので、すぐにスープ皿に注いで、提供する。
「はい、ハーブ入りのコンソメスープです」
「うわあ、やっぱり、きれいな色だよね。どうやったら、こんなきれいな黄金色になるんだろ。何となく、金属加工の専門職としては、うっとりしちゃうんだよね」
『澄んだ色が特に映えるよね。まじりっ気なしの金属という感じかな。いや、コロネさん、ごめんね。僕らにとっては、立派な褒め言葉なんだけど』
失言失言、とグレーンが頭を下げてくる。
グレーンにとっては、金属もれっきとしたごはんなので、そういう認識なのだとか。つまり、鉱物種にとっての美味しそうっていう感じなのかな。
というか、グレーンのしゃべり方というか、浮かんでくる言葉が、大分砕けてて、ちょっとびっくりではあるかな。見た目、重厚そうなミスリルゴーレムさんで、どっちかと言えば、無口で優しい感じをイメージしていたから、あ、こういう話し方なんだ、と少しだけ違和感があるというか。
そういえば、今日のグレーンは着流しというか、着物を着ているね。
普通の服よりも、包み込む感じのものの方が相性がいいのかな。
その辺は、大柄なお相撲さんとかに近い気がするよ。
「いえ、わたしもきれいな黄金色だと思いますよ。どう感じるかは皆さんの自由ですから」
「そうそう、じゃあ、そういうわけだから、はい、旦那様、あーん」
おお。ジーナがグレーンにスプーンを差し出した。
いや、夫婦だから、こういうのは普通なのかな。
何となく、見ているこっちの方が照れくさいけど、ふたりにとっては当たり前の光景みたい。
ほんと、仲の良い夫婦だよね。
ちょっとだけ、うらやましいかな。
『はい、あーん』
ただ、ちょっと気になったのは、別に口元を意識しているわけじゃないってことかな。グレーンの顔の部分には、口らしきものはあるにはあるんだけど、そこから、ごはんを飲み込むって感じではないみたい。
触れたスープが、直接皮膚というか、金属部分に触れた瞬間、吸収される感じかな。
そういえば、鉱物種が食事しているを見るのって、これが初めての気がする。
アズはあんな感じだし、ジーナの家の時もお酒を口にしているのは見てなかったし。
ああ、お酒を手のひらに触れさせていたかな。
いや、あれはやっぱり、あんまり食事って感じじゃないよね。
「どう? 美味しい?」
『そうだね。こっちの身体でも、かなり美味しく感じるね。これはハーブがしっかり染みているのかな。飲んだ瞬間に全身に魔素が満たされるような感じで、幸せかな。まあ、できれば、繁殖期に飲みたかったけどね』
へえ、やっぱり、形態によって、味覚もちょっと違いがあるんだね。
グレーンによれば、今の姿の時は、魔素の濃度とかが味に影響してくるのだそうだ。普通のお肉や野菜の味は、あまり影響されないらしい。
で、繁殖期になると、普通の人間と同じように味を感じられるそうだ。
「でも、良かった。やっぱり、コンソメスープはすごいよね。普通、お酒以外で、鉱物種に美味しいって言わせる料理はあんまりないんだもの」
『最近だったら、ハーブティーはなかなかだね。じゃあ、僕はいいから、ジーナの番ね。はい。あーん』
「あーん……うわっ!? このスープ美味しいね! もしかすると、今までのコンソメスープの中でも一番好きな味かも。あ、確かにハーブの風味が残ってるね。お肉の味のエキスを食べるスープって思っていたけど、さらに一層、味が深い感じかな。すごいなあ、オサムさん」
まだまだ、進化しているんだね、とジーナが笑う。
いや、というか、仲良きことは美しきかな、って感じだ。
うん。
この空気の中で、コロネはどうしようって感じだけど。
「まあ、そうだよね。そう言えば、オサムさんから聞いたよ? 例のガストロバックが完成したんだってね。あれさ、ジーナも再現がちょっと難しいんじゃないかなあ、と思っていただけにびっくりだよ。たぶん、ジーナのお師さんとかじゃないと、厳しいと思っていたもの」
『実際、機構の方は、かなり複雑とは聞いてたからね。ドワーフのジーナたちに、そう言わせるのは、すごいことだよ』
「まあ、コロネさんのパコジェットもかなりなものだけどねー。あれはあれで、完成までちょっと時間がかかりそうだよね」
なるほど。
あ、そうだ。ちょうど良かった。
近いうちにジーナのところに相談に行こうと思っていたのだ。
今ちょっとだけなら、時間大丈夫だよね?
周囲からのプレッシャーとかもなくなってるし。
「あの、ジーナさん、後で相談しようと思っていたことがあるんですけど、今、ちょっといいですか?」
「うん? なになに? 別に話を聞くだけならいくらでも聞くよ? 他ならぬ、コロネさんの頼みだもの。その代わり、後でお菓子ちょうだいってね」
半分冗談だけど、とジーナが悪戯っぽく笑う。
いや、もちろん、コロネとしても、お菓子くらいならいくらでも提供する用意があるよ、うん。
「あのですね。先日の生誕祭で、がらくた屋がありましたよね? そこで、わたしがいた世界の道具が売っていたんですよ。ミキサーとかフードプロセッサーとか言って、食べ物を自動で、切り刻んだり、粉々に撹拌する機械なんですけど。あ、一応、魔法の『ワールプール』を再現する感じですかね」
こっちだと、魔法の方がイメージしやすいかな。
かき混ぜる、撹拌する、そういうことができるのが『ワールプール』らしいし。
「コロネさん、それって物はあるのかな?」
「はい。ただ、電源……こっちで言うところの魔晶系のアイテムみたいなものがないので、動かせないと思うんですけど。動力を何かに置き換える必要がありますね」
後は、そもそも、魔晶系のアイテムを組み込むというのが、コロネにはよくわからないのだ。そっちはこの世界のオリジナルの技術だろうし、それについては、ジーナの方が詳しいかなあ、と。
あ、ジーナは金属加工専門だっけ。
その辺りはどうなのかな。
「ふむふむ、そうだね。まあ、機構の方はそっちの専門の人に回すとして、あれでしょ? コンセントとか、そういうのでしょ? そっちの部分を変形させたり、壊れている部分の修復とかは、何とかできるかな」
『そうだ、ジーナ。おやっさんから、新しい職人の話があったよね?』
「あっ! そうだね、旦那様。うんうん、コロネさん、案外、いつもの人に回さなくてもうまく行くかもしれないよ? この間ね、新しい職人さんが入植したんだって。エドガーさんが言ってたもの。その人が確か、魔道具技師だって言ってたよ」
「え! そうなんですか!?」
それはいいかも知れないね。
この町にも魔道具技師がいるんだね。
いや、ドロシーも一応は、アイテム袋とか作っているから、魔道具技師なのかも知れないけど、ちょっと毛色が違うみたいだし。
機構より、魔法寄りの処置って感じだしね。
「まあ、腕については未知数だろうけどね。この町に住めるってことは、そういう意味では基準は満たしていると思うから、ま、だいじょぶなんじゃない?」
『いい機会だから、話をしてみてもいいかもね』
結果的に、ジーナのお仕事の幅も広がる、とグレーン。
今のお得意さんというか、付き合いのある魔道具技師さんは腕はいいんだけど、という人らしい。
いや、それに関しては、コロネもところどころで耳にしている感じだけど。
「まあ、何にせよ、物を見ないと、だね。コロネさんが都合のいい時でいいよ。うちの工房まで持ってきてもらってもいいかな? その時に改めて、話を進めていこ?」
「はい、わかりました。その時でお願いします」
今は、ふたりとも、スープを楽しむ時間だものね。
あんまり、コロネが邪魔しても悪いし。
というか、ずっと見ていると火傷しそうだし。
「ほいほい。まあね、今、ドワーフの谷も色々とバタバタしてるからね。ジーナたちも、こっちはこっちで頑張らないといけないからね。いざとなったら、コロネさんとかオサムさんとかの力も借りたりするかもだから、そっちもよろしくね」
「あ、はい。わたしにできることでしたら。と言っても微力ですけどね」
ジーナが言っているのは、ドワーフの故郷のトラブルかな。
できることがあれば、手伝うけど、でも、コロネって、お菓子作り以外はあんまり得意じゃないからねえ、オサムと違って、あんまり力になれない気がする。
一応、詳しい話は、そのうちって感じらしい。
『ふふ、コロネさんは自分のことをそう思っているんだ。なるほどね』
「ふふふ、ねえ? 旦那様。まあ、わかってないのは無理ないと思うけど」
うん?
何だろう、ふたりの言葉に含みがある気がするんだけど。
どうも、これ以上は説明してくれないみたいだ。
まあ、いいや。こういう時あんまり気にしないのが、コロネ流だ。
「では、ごゆっくりどうぞ」
そんなこんなで、ふたりにお礼を言いつつ。
残りのコンソメスープを配りに行くコロネなのだった。




