第18話 コロネ、お祈りをする
「ここが、教会だね」
朝起きて、身支度を整えてから、コロネは町の北側に位置する教会へとやってきた。
昨日もブランの家に行く途中で前を通ったので、場所についてはバッチリだった。
正式には、神聖教会サイファート支部というそうだ。
今日は少しだけ寝覚めが悪かった。
というのも昨日は、魔法屋でフィナに言われた通り、寝る前に魔力が切れるまで、身体強化の練習をしたのだが、それが終わった時、初めて『枯渇酔い』の状態を体験することとなったためだ。
うん。あれは気持ち悪い。
貧血状態の立ちくらみのような感じなのだが、意識がしっかり残っているのだ。
おかげで余計に不快感が襲ってくる。
とてもではないが、あの状態でまともに仕事なんてできるわけがない。
とりあえず、二十分ほどで症状が治まったのだが、注意する必要がありそうだ。
『魔法残量を身体で覚えるのは大事だよ。それができるかできないかが、冒険者としてやっていけるかどうかの分かれ目さ。そういう意味では身体強化は大事な魔法だね』
フィナの言葉を思い出す。
慣れてくると、魔力という感覚をつかめてくるのだそうだ。
そして、魔法残量は枯渇させないと、レベルアップ以外では増えにくいのだそうだ。日々、気持ち悪さと戦いながら、成長していくのは誰もが通る道なのだとか。
頑張ろう、と心に誓う。
では、教会だ。
さすがに塔ほどではないが、イメージ通りの立派な教会が建てられている。
正面には聖堂があり、横に併設されている建物は教会に従事する人たちの住まいとなっている。ここは孤児も泊まれるようになっており、迷い人もただで泊まれる施設のひとつなのだとか。
そして、教会の裏手の庭で、牛が放牧されている。
暴れ牛とは別種の、乳が出やすい穏やかな牛系モンスターで、ホルスンというらしい。
さて、朝のお祈りに参加するにはどうすればいいのか。
ふむ。
見ると、玄関前に衛士のような人が立っていた。
全身鎧、というのだろうか。映画などで見た騎士のようなイメージの服装をした男性だ。そういえば、ここまできっちりとした鎧を着ている人は初めて見たような気がする。門番のダンテは部分的な鎧だけだったし、冒険者の人たちも比較的身軽な服装が多かったような気がする。
こう、いかにも本格的な武装、といった人はあまり見かけない。
何となく、かっこいい気がする。重そうだけど。
とりあえず、この人に聞いてみよう。
「あの、すみません。朝のお祈りに参加するにはどうすればいいのでしょうか?」
「お祈りの方ですね。もうシスターが祈っておりますので、後ろのお席に座って一緒に祈りを捧げてください。ここから聖堂へと入れますよ」
「あ、もう始まっていたのですね」
時刻は午前六時半だ。
少し来るのが遅かったようだ。
「いえ、シスターのお祈りは一時間近くになりますので、町の方がずっと一緒にお祈りする必要はありません。祈りを捧げるという、その気持ちこそが大事なのであって、神様も形にこだわる必要はないとおっしゃられてます。ですから、あなたにとって、あなた自身の祈りを捧げるだけでいいのです。さもなければ、ずっとここに立っている私こそが不信心者となってしまいます」
そう衛士さんが笑って教えてくれた。
「そういえば、初めての方ですね? この町でもあまりお見かけしませんが、新しく町に来られた方ですか?」
「はい、二日前から生活させてもらってます。料理人のコロネと言います」
「ああ、あなたが。娘と義母がお世話になりました。私はミキの父親のマクシミリアンと申します。マックスとお呼びください」
「あ、ミキちゃんのお父さんなんですか」
そういえば、表情などがどこか似ている気がする。
マックスさんは、元々は地方と聖地にある教会本部を結ぶ、巡礼路を護る巡礼騎士さんだったのだそうだ。地方都市を行き来する際、妖怪の国コトノハで、今の奥さんのコノミさんと知り合って結婚したのだとか。
今は巡礼騎士の立場はそのままで、このサイファートの町に常駐しているそうだ。
「娘が喜んでいましたよ。『こんな甘くて美味しいものは食べたことがなかった』と。新しい甘いものを生み出す料理人さん、とお聞きしております」
「あはは……それはここだけの話でお願いします」
やっぱり、チョコレートの衝撃は大きいらしい。
取り扱いには注意しないといけないようだ。
魔法で生み出すなんて、パティシエとして自慢にもならない。
「では、お祈りに参加させてもらいますね」
「どうぞ、ごゆっくり」
マックスにお礼を言って、コロネは聖堂の中へと入った。
教会と言っていたが、聖堂の中には、神様の像のようなものは見受けられない。天井の一部がステンドグラスになっており、そこから差し込む光に向かって、ひとりの女性が祈りを捧げているのが見えた。
この人がシスターなのだろう。
いわゆる修道服を身に着けている。
その後ろ側には、椅子に座って、手を合わせている人が数名いた。
その端の方に、コロネも加わって、祈りを捧げる。
「神さま、この新しい朝も、命を与えられ、目覚めることができました。心より感謝いたします。あなたはこの世界となられ、私が眠っている間も共にいてくださり、守ってくださりました。この一日もあなたの支えと導きによって、歩ませてください。そして、神さまからいただいている多くの恵みに感謝し、その恵みに応えて、与えられたこの一日を過ごすことができますように」
シスターが聖句、というか、祈りの言葉を繰り返し捧げている。
それにコロネも合わせ、同じように心の中で祈る。
神様、という存在がいるのかどうかはわからないが、何者かに導かれたように自分はこの世界で、今生きている。そのことに対する感謝の気持ちはあったから。
そうして、お祈りの時間は過ぎていった。
「皆様ありがとうございました。今日も一日を喜びと感謝をもって過ごすことができますように」
そう、シスターがコロネたちの方を振り返って言って、お祈りは終わった。
周りにはそこそこの町の人が集まっていた。
「では、本日の糧を希望される方は、こちらへどうぞ」
シスターが教会裏手のひとつの建物へと案内してくれる。
正面からはわからなかったが、ここが乳製品を作る場所で、保管や販売などを行なっている建物のようだ。
すでに、もうひとりのシスターと数名の子供たちがいて、準備は整っているようだ。
バターは大きいサイズが銀貨一枚、小さいサイズが銅貨五枚。
ミルクは大きいビンが銅貨二枚、小さいビンが銅貨一枚。
チーズは今日は売っていないとのこと。
なお、一人当たりの購入量は決められており、お祈りに参加した人数で総数を割った数以上は購入できない決まりだそうだ。ちなみに今日は、バターは大きいサイズがふたつまで。ミルクは大きいビンが十本まで。
コロネも自分の順番で、バター大をふたつとミルク大を十本購入した。
しめて、銀貨四枚、四千円である。
「それにしても、ミルクはあまり売れていないみたいだね」
周りの人を見ると、ほとんどがバター目当ての人ばかりだ。牛乳を買っているのはコロネの他にはほとんどいない。この町では割と使われているという話だったが、それほどでもない気がする。
「大丈夫ですよ。売れ残ったものはオサムさんが買い上げてくださいますから」
コロネに声をかけてきたのは、先程のシスターだ。
シスターカウベル。
髪の長さなどはベールで隠れて分からないが、一目見て、目を引かれる場所がある。胸だ。女性のフェロモンが凝縮されているんじゃないかな、と思うほどの大きさだ。
修道服という清楚な服装にも関わらず、これはちょっと、どうなのだろうか。
いや、半分は傷ついているだけなんだけど。
さておき。
「はじめまして。コロネさん、ですね? オサムさんから聞いてます。わたしはこの教会のシスターでカウベルと申します。種族は牛の獣人です」
「はじめまして。よろしくお願いします。料理人のコロネです」
この教会には神父はおらず、カウベルが一応責任者なのだそうだ。
ちなみに神父はというと、東の森の孤児院に常駐しているのだとか。
「わたしはあくまでも代理です。場所が場所だけに、神父さんでないと孤児院の院長は務まりませんので」
カウベルの下には、向こうで乳製品の販売を行なっているシスターリリックがおり、それとは別に巡礼シスターとして、もうひとりいるのだとか。
ちなみに、牛の乳を搾ったりするのは孤児たちの仕事だそうだ。
加工などはシスターが行なっているが、一部は手伝ってもらったりもするらしい。
「コロネさんはご存知かもしれませんが、ミルクはアイテム袋に入れられませんのでご注意ください。なるべく、当日中にお召し上がりいただくのがよろしいかと」
「ちなみに、牛乳は煮沸されているんですか?」
「いいえ、そのまま提供させていただいております。ですから、オサムさんの申し出には教会としても助かっておりますね」
なるほど、生乳か。
向こうの世界では、生乳は基本販売を禁止されている。
ただし、農家にて自分で自己責任で飲む分には何も問題はない。
搾りたての牛乳は風味が強く、コクがあって美味しいのも事実だ。クセが強い場合もあるので牛乳が苦手な人がどう感じるかは別だけど。
ふむ。
生乳なら、自分でクリームを作ることができそうだ。
またひとつ、扉が開いていく感じがするコロネであった。




