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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第4章 パンとサーカス編
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第188話 コロネ、コンソメスープを配る

「コロネ、白パン食ったぞ。あれ、すごいなあ。俺たちがクエストで作った小麦粉が、あんな感じになるのか? ありゃあ、うまいぜ」


「そうそう。私なんか、二種類とも全部食べちゃったもの。うう、ジャムパンだけのつもりが……恐ろしい魔力よね。アズ、許すまじ」


 コンソメスープの入った、少し小さめの寸胴。

 そして、山と積まれたスープ皿。

 それらをカートに載せて、テーブルを巡っていたコロネに、トライとローズが話しかけてきた。

 ふたりとも、白パンの定食を食べて、ごきげんという感じだね。顔もちょっとだけ赤らめているみたいだし、どうやら、お酒とかカクテルも入っているみたいだ。

 ま、何はともあれ、白パンを喜んでもらえるとこっちもうれしいよ。

 もっと頑張ろうって気持ちになるものね。

 ローズの場合、ちょっとだけ、別の感情が混じっているみたいだけど。

 ちなみに、お試しメニューのコンソメスープは、小さ目の寸胴に分けられて、リリックとコロネとジルバ、三人で手分けして配っている感じだ。


「それは良かったです。この調子で、白パンが定着してくれるといいんですけどね」


「ま、それは大丈夫だろ? 昨日の時点で食べた連中からも、噂は聞いていたしな。だから、朝っぱらから、この騒ぎと言うか。ほら、ドムさんの店の常連だけじゃなくて、普段はあんまり店にやってこないようなやつらも来てるもんな」


「そうね。たぶん、町の外からも来てるわよね、今日の顔ぶれを見ると。ロンさんのとこの人がこの時間に、こんなにいっぱいいるのはめずらしいもの。ほんと、アズのやつ、許すまじだわ」


 へえ、どうやら、今日のお客さんは町の外の人が多いらしいね。

 まあ、うさぎ商隊さんとか、その辺りだろうけど。

 というか、ローズが向こうで接客しているアズのことをにらみつけるようにしているのが、けっこう怖い。何というか、静かな怒りというか、この後どうなっちゃうんだろ、的な読めない怖さがある。

 プリム同様、何をしでかしてくるのか、分からない感じと言うか。


「いや、ローズ、お前いつまで、アズのこと怒ってるんだよ? そもそも、お前、料理とか、家事とか苦手だろ。正直、アルバイトに行っても、あんまり戦力にならないような気がするんだが」


「そんなことないわよ! まあ、料理関係以外のお仕事の方がうれしいけど。と言うか、他人事にみたいに言ってるけど、隠してた時点で、トライも同罪だからね? 後で覚えてなさいよ。まったく、アズったら、許すまじなんだから」


「やれやれ、やぶ蛇だったか……で、コロネ、さっきから気になってはいたんだが、もしかして、その運んでいるやつって、あれか?」


 話をそらすように、トライが寸胴に注意を向けた。

 あれ、っていうのは、当然、お試しメニューのことだろうね。


「はい。オサムさんの、本日のお試しメニューですよ。ハーブ入りの新作コンソメスープですね。お一人様につき、スープ一杯まで、とのことです」


「おっ!? やっぱり、そうか! コンソメだよな!? うん、俺も今日の感じでそうじゃないかって思ってたんだよ。やったな、ローズ!」


「ほんと、何か月ぶりかしらね! 何で、こんなに人気なのに、オサムったら、もう少し頻繁に作らないのかしら? あのね、コロネ、コンソメの日って、別名『亡者の日』って言われてるのよ」


「え? 『亡者の日』ですか?」


 何だか、ものすごく響きが物騒なんだけど、どういうことだろう。

 いや、さっき食べた身としては、オサムのコンソメスープが人気なのはわかってるけど、それにしてはどう聞いても、褒め言葉じゃないよね。


「はは、それはな、コロネ。噂を聞きそびれて、スープを飲みそこなった連中が、翌日に亡者のように町を歩いているからだよ。まあ、あれだな。うますぎるスープの呪いってやつだ。その匂いをかいだだけで、病院で死にかけていたじいさんが、病院の塀を乗り越えて店までやってきたとか、幽霊種のやつが、一口食べて生き返ったとか。まあ、その手の噂が出るくらいのスープってわけさ」


 なるほど。

 まあ、後半の話は単なる誇張らしいけど、そのくらい美味しいっていう認識で広まっているスープらしい。

 というか、塀を乗り越えるうんぬんは、何か中華料理か何かで聞いたことがあるような気がするんだけど。

 幽霊種は幽霊種で、アノンが太鼓判を押してるし。いや、すでに幽霊種になってる人って、生き返るとか、そっちの話ってどうなのかな。ネタに突っ込むのもアレだけど、別の意味でちょっと気にはなるよね。こっちの世界の場合。

 一応、トライによれば、基本のコンソメスープは、ガゼルのお店でも飲むことはできるんだけど、オサムの作るスープは毎回味が違うので、どうしても、店の常連客としては、外すことができないメニューらしい。


「まあ、そのせいでひとつの不文律があってな。それを破った場合、というか、それが発覚した場合、他のみんなから袋叩きにされるんだ。『コンソメスープは必ず、ひとり一杯まで』。これだ」


「そうなんですか?」


 何か、配る前にオサムもそんなことを言ってた気がするけど。

 というか、一杯以上、こっそり飲んでもわからないと思うんだけど。


「いえ、この件に関しては、ふわわにも協力してもらうから。あの子、良い香りの料理が大好きだから、今もスープに集中しているはずよ。決まりを破ったら、必ず、見つけ出してくれるわ」


 トライとローズがそろって力説している。

 やっぱりひとりでも多くの人がスープを飲めるようにする配慮なのだとか。

 下手をすると、スープを巡って、血で血を洗うようなことになりかねないのだとか。

 いや、何で、美味しい料理を前にそんな物騒なことになるのかな。

 まあ、その辺はさておき、ローズのアズへの恨みはちょっとだけ収まったみたいだけど。


「まあ、それはさておき、スープをどうぞ。トライさんとローズさんの分です」


 スープ皿に一杯分を丁寧に注ぎこむ。

 というか、そんな話を聞かされたら、こっちも慎重にならざるを得ないよね。量の差で変なことに発展しかねないもの。

 オサムから言われた分量をしっかり守ることにしよう。


「ああ、いいよな。この色、この輝き。ほんと、これは俺たちといえども、襟を正して飲みたいスープだぜ」


「そうねえ。オサムが本気を出したメニューって、そういうのが多いけど。このスープって、これ一杯で幸せになれるから、すごいのよね。では、早速……」


 そう言って、慎重に一口目を、口へと運ぶトライとローズ。

 一瞬の沈黙の後、顔をほころばせて、うれしそうに震えているふたりの姿があった。


「はあ……ため息しか出ねえよ。普段の料理もすごいんだが、何だろうな、たった一口で全部持っていかれるような感じは」


「そうよね。たまにしか食べられないせいか、全然、食べた時の感動が薄れないもの。たぶん、他のみんなもそうかも知れないけど、私たちはガゼルのお店で、コンソメスープを頼んだりはしないわ。たまに、それもいつ出てくるかわからないからこそ、美味しいものってあると思うのよ」


 それがこのスープね、とローズが笑う。

 もちろん、ガゼルのお店のフルコースなどで付いてきた時は、喜んで飲むので、それはそれ、らしいのだが。


「ですよね。わたしも、これほどのコンソメスープは初めて食べました。やっぱり、オサムさんの料理って改めてすごいなあ、って思いましたよ」


「へえ、コロネでもそう思うってことは、本当にすごそうだな。俺たちなんか、何食っても美味いってって思うからな。本職が一目置くってのは大したもんだ」


「まあ、私にとっては、コロネの料理もそうだけどね。噂の今日の新メニュー、楽しみしてるわね! ああ、まったく、アズのやつったら、しょうがないわね」


 あ、ちょっとだけ、アズへのトーンが落ち着いてるね。

 これもコンソメスープの力かな。

 と言うか、あれだ。

 薄々感じてはいたんだけど、トライやローズと話している間も、周囲からの視線がすごいことになっているのだ。

 いや、これ、気のせいじゃないよね。

 まずい、あんまり、のんびりしていると、コンソメスープが原因で、コロネが襲われるかもしれない。


「あ、トライさん、ローズさん、ごゆっくりどうぞ。わたしはスープを配らないといけませんので」


「ああ。はは、周りの殺気がすごいよな。悪い悪い」


「ほんとほんと、視線で人が殺せそうな感じよね。まったく、剣呑なんだから」


 そんなこんなで、ふたりに頭を下げて、慌ててスープ配りを再開するコロネなのだった。





「でも、リディアさんも一杯で我慢するんですね」


「ん、さすがにこれは我慢。スープ事件を忘れてはいけない」


 トライとローズと別れて、その後、あちこちのテーブルで、コンソメスープを配っていたのだが、やっぱり、お客さんみんな、一口飲んで、本当に至福の時、という感じの表情を浮かべるのだ。

 こちらとしても、ただ配っているだけなのにうれしくなってしまう。

 本当に、このコンソメスープはすごいよね。

 次から次へと配っているうちに、コロネの担当の寸胴がもう半分くらいの量になっている。ひとり一杯の幸せ。それをおすそ分けしている感じかな。

 このメニューは、お試しメニューだから、オサムのサービスってわけだしね。

 原価に関しては、聞いてはいけませんって感じらしいけど。


「スープ事件ですか?」


 で、リディアが、いや、あのリディアが、一口一口味わって食べているのも驚きだよね。さすがにいつもの無表情は変わらないけど、どことなくうれしそうだし。

 何となく、ここ一週間の付き合いだけど、リディアの表情が少しずつわかるようになってきたのだ。

 感情が起伏が少ないだけで、喜びの感情については、ふわっと浮かんでくる感じなんだよね。というか、怒ったり悲しんだりしているリディアは見たことがないけど。

 さておき、スープ事件についてだ。


「ん、スープの事件があったの」


 そう言って、リディアがまたゆっくりとスープを口に運んでいく。

 え? これで終わり?


「え? リディアさん、それってどういう事件なんですか?」


「うん? スープの事件」


 うん、リディアにとっては、それで説明終わりらしい。

 ああ、なるほど。オサムが真空調理の時に困ったのがよくわかる。

 リディアにとって、説明っていう感覚はあんまりないみたいなんだよね。その言葉がすべてというか。だから、細かくたずねても、リディアも困ってしまうという感じだ。

 いや、単に、説明するのが苦手で、面倒なだけなのかもしれないけど。

 まあ、仕方ない。

 コンソメスープを巡って、何かしら事件があったってことだろうね。

 今でこそ、ある程度、コンソメスープが配られたから、みんな目の前のスープに集中しているけど、さっきまでは、どこにいても、周りからの視線を感じたもの。

 これは、コロネが周辺警戒の訓練をしているのとは、あんまり関係ない気がする。どちらかと言えば、放置すると身の危険という感じのシグナルだったもの。


「あ、リディアさん、残りのスープを配りましたら、本日のメニューに取り掛かりますね。もうちょっとだけお待ちください」


「ん、大丈夫。そろそろ、ハンバーグが自由になるから。待ってる」


 改めて、リディアに頭を下げて、コロネは次のテーブルへと向かった。

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