第186話 コロネ、接客を頑張る
『お嬢様、お待たせいたしました。白パンのサンドイッチAセットです』
「はい、こちら、ハンバーガーセットです。ごゆっくりどうぞ」
あ、ドロシーとルナルの執事型人形がそれぞれ接客してるね。
それぞれが独立して、ちゃんと対応できてるんだ。
やっぱりすごいよね。
というか、ルナルって、ドロシーだけじゃなくて、女性のお客さん相手だと、基本、呼び方が『お嬢様』なんだねえ。
いや、その声の響きとか、スタイルとかとはピッタリなんだけど、どっちかと言えば、ホストっぽいと言うか、どこかの司会者の人みたいで、何というかって感じだけど。
言われた側も喜んでいるから、良いのかもしれないけど。
ドロシーの方は、男性のお客さんが多いかな。
あの、パン工房って、そういうサービスも少しは考慮してるのかな。
アズがふりふりの給仕服着て、笑顔を振りまいているのって、何となく、色っぽいし、ナズナはナズナで、新米ウェイトレスさんみたいな感じで、ほんわか感を振りまいているし。給仕服をメイデンとか、ドロシーとかと色違いというか、ちょっと変えてきているのも、狙ってる気がしないでもないよね。
一応、オサムの発案なのかな?
その辺は、詳しくは聞いていないけど。
「お待たせしました。白パンのサンドイッチBセットです、イーさん」
一方のコロネも、そんなことを考えながらも、ちゃんとお仕事してるからね。
こういうのも並列思考って言うのかな。
いや、これはただ、色々考えているだけか。
気が散っているだけ、とも言う。
「ふふ、ありがと。これが、噂の新メニューですのね。ちょっとだけ、乗り遅れてしまうところでしたわ。やっぱり、もう少し、町に来るのを増やした方がいいのかしら」
コロネさんが来てから、新しい料理がどんどん増えてますものね、とイーが微笑む。
しゃなりとした、目の前のきれいなお姉さんが、イーさんだ。
どこか気品がある雰囲気というか、良いとこのお嬢様なのかな、という感じがしないでもない。
そういう意味ではメイデンに近いのかな?
まあ、コロネの印象なんて、あんまり当てにならないかもだけど。メイデンにしたところで、普通のお嬢様だと思っていたし。
緑系統のちょっと長めの髪に、ほっそりとしたスタイル。その身体を包んでいる衣装は、向こうの世界で言う、アオザイのような感じなのかな。エキゾチックな魅力というか、身体の線が見えそうで見えない、ちょっとした妖艶さを含んだ衣装だ。
それらが組み合わさっているせいか、普通のお嬢様というのとは、ちょっと違う感じの人ではある。
まあ、そもそも、こっちだと緑色の髪って普通みたいだけど、それだけでもコロネにとっては、インパクトが強いんだけどね。
「どうでしょうか? あ、パン工房の方でしたら、不意に新メニューということがあるかもしれませんね。一応、ピーニャたちにもお菓子作りを手伝ってもらってますし」
その際に、レシピも教えていると伝える。
ふむふむと、イーも頷きつつ。
「なるほど、そういうことでしたら、普段のパン工房にも注目ですわね。ふふ、私も色々とありましてね。あまり、自由にこの町にやってくるのが難しくて。オサムさんのお店の時だけでも、と楽しみにしてますのよ」
「ということは、イーさんは町の外に住んでいるんですね?」
へえ、それは知らなかったかな。
確かに、塔の営業日にしか見たことがなかったし。
前回のご来店も、太陽の日の営業だったよね。
「ええ。ですが、あんまり頻繁に外出は難しいですわ。この町にお料理を求める時、くらいですわね。後は、うるさい人に怒られてしまいますの。ふふ、まったく、困ったものですわね」
あんまり困っていなさそうな口調で、イーが笑う。
何というか、気品がある人だよね。
この人が怒っている姿を想像できないもの。
ちなみに、イーが町にやってくるときは、飛行系のモンスターに乗せてもらって、という感じらしい。マギーたちのような竜とは違うみたいだけど、こっちの世界の移動手段って色々あるようだね。
一応、馬車のようなものはあるって聞いているし、竜曳航船だっけ? 飛竜が飛行船を引っ張っていくみたいなのもあるらしい。
まあ、ドロシーの話だと、『学園』とこの大陸を結ぶ路線以外は機能していないみたいだけど。元々は、とある冒険者が好んで使っていた移動手段らしい。その人が『学園』の教職に就くことになって、それで、南の島への航路として使われるようになったみたいだね。
そもそも、はぐれ飛竜以外は、ゲルドニアにしかいないらしいし、普通の飛竜では、とてもじゃないけど、飛行船を引っ張るみたいなことはできないそうだ。
いや、飛行船ってところがネックになっているのかもしれないけど。
ただ、詳しくは聞いてないけど、飛行船ってことは、案外、向こうの世界の出身者が絡んでいるのかもね。
相変わらず、技術レベルがちぐはぐというか。
「あ、イーさん。ちょうどいいですから、伝言の方をお伝えしますね。吟遊詩人のニコさんの使い魔のアンプさん。そのアンプさんから、よろしく、って言っておいてくれって言われてまして」
そうそう、何とかアンプとの約束は忘れていなかったから、それだけでも伝えておこう。ひとつひとつこなしていかないと、約束ばかり増えていっちゃうし。
ただ、目の前の女性と、使い魔のアンプとの関連性が今ひとつ、よくわからない。
あんまり接点がなさそうに見えるんだけどね。
「あら、アンプがやって来ましたのね。そう言えば、生誕祭の季節ですものね」
「イーさんとアンプさんって、どういうお知り合いなんですか?」
「ええ、ちょっとした知り合いですわ。私の生まれ故郷とアンプの故郷が近かったので、その縁で、ですわね。まあ、今のアンプと再会してからは、あまり経っておりませんわね。久しぶりに会った時、使い魔になったことを喜んでいたのが印象的ですわ」
つまり、幼馴染って感じなのかな。
アンプもしっかり言葉を話していたし、たぶん、人化とかもできるだろうから、あの白い鳥の見た目とか、あんまり関係なさそうだし。
「それにしても、『よろしく』ですか。また、困りごとを相談してこないといいのですけど」
そう言って、イーが苦笑する。
いつも、事あるごとに、アンプには泣きつかれているのだとか。
なるほどね。
「まあ、アンプのことは今日は結構ですわ。コロネさんの新メニューも用意されているとのお話ですので、このサンドイッチを頂きながら、ゆっくりさせてもらいますわね」
「はい、ごゆっくりどうぞ。じきにフレンチトーストとアイスの販売に移りますので。ただ、こちら、材料持ち込みでご注文頂いた方が優先ですので、その後で、ですね」
パン工房とかと一緒の変則営業だから、普通にセットメニューを打っているけど、本来の太陽の日って、材料持ち込みが基本だからね。
オサムのお店もまだ、夜の営業に入っていないから、朝定食とドムさんからの持ち込みの食材を使った料理を出しているわけだし。
たぶん、午後からは、持ち込まれた食材を使ったメニューが軸になるはずだ。
「ええ。その点はご心配なく。ゆっくりと待たせて頂きますわ」
そんなこんなで、料理を持って、イーが席の方へと行ってしまった。
と、ステージの方に目をやると、どうやら、歌の方が始まるみたいだ。
さっき、鳥人種の人がオサムと話をしていたみたいだし。
確か、ハーピーのツバサさんだっけ。
まだ、お話はしたことがないけど、ピーニャから話は聞いている。果樹園で働く、歌が得意な従業員さんだ。
というか、今日は果樹園からも、けっこう人がやって来ているみたいだね。
ジュースのコーナーにも人だかりができているし、いや、さっき酒蔵のアビーたちも加わって、カクテル作りが始まったんだよね。
果樹園と酒蔵のコラボレーションってやつだ。
そもそも、果物関係のお酒については、原料の多くを果樹園から卸してもらっているみたいだし、元から、そのふたつについては仲がいいんだけどね。
さておき。
今日の営業では、中央のステージを使って、好きに芸を披露していいらしい。
後で、ピエロもちょっとしたものをやるって、『竜の牙』のアランから聞いている。
そういう点では、今日のフードコートスタイルって、お祭りっぽいよね。
さすがに料理人以外の出店はなさそうだけど、何だか、ちょっとしたフリーマーケットとか始まりそうな雰囲気もなくはないし。
まあ、あんまりそっちに偏ると、オサムのお店っていうのが薄れちゃうけどね。
「あ、コロネ先生、コロネ先生」
「うん? どうしたの、リリック」
コロネの、というか、パン工房の手伝いで、リディアのところに白パンセットを持って行っていたリリックが戻って来た。
何だろう、何かあったのかな?
「はい、あの、ジルバさんから伝言です。もうそろそろ、オサムさんがお試しメニューを配っていくので、そちらを手伝ってほしい、とのことです」
「あ、いよいよ、お試しメニューなんだね」
コロネとかにも秘密にしていたメニューが早くもお目見えって感じだね。
ちょっと時間的に早い気もするけど、朝だけ食事をしに来て、帰ってしまうお客さんとかもいるみたいだし、この形式での営業の場合は、仕方ないそうだ。
サプライズに懲りすぎていると、タイミングを逃してしまうので、早め早めに動いていくのだとか。
なるほどね。
「開店前から、ずっと漂ってるこのいい匂いと関係があるのかな」
「たぶん、そうだと思いますよ。と言いますか、お腹が空いてくる香りですよね。香ばしいというのともちょっと違いますし、不思議な匂いです」
「まあ、オサムさんが三日がかりって言ってたから、たぶん、煮込み料理だと思うけどね。ハーブがメインって話だから、そっちの香りもあるだろうし」
料理としては、よく耳にする、普通の料理なんだっけ。
まあ、行ってみればわかるよね。
「それじゃあ、わたしとリリックは、そっちのヘルプに回ろうか。パン工房の方は、今のメンバーで何とかなりそうだしね」
「はい、わかりました」
一応、ピーニャの方には、その旨を伝えて。
コロネたちは、お試しメニューの手伝いへと向かった。




