第185話 コロネ、太陽の日の営業を始める
「普段のほうきとかは、掃除するだけだから、簡単な行動パターンをオートで組み込んで操ってるって感じなんだけど、さすがにそれじゃあ、接客はできないからねえ。どうしても、こっちの使い方になるって感じかな。ま、マニュアル操作って感じだよん」
『まあ、お嬢様は小さいころから、ずっと遠隔操作の訓練をされていましたから。そうでなければ、人間種の場合、同じような操作の仕方はできないでしょう』
ドロシーの言葉を、ルナルの人形が補足している、っていうか、それもドロシーがしゃべらせているってことだよね。
何だか、ちょっとややっこしいけど。
「そうだ、ね。コロネ、今のドロシーの技術はかなり特殊なものだと思っていた方がいいかも、ね。普通の人間種では、たぶん、その脳の使い方に耐えられないから」
わたしも難しくてできない、とメイデンが言う。
まあ、それは何となくわからないでもないかな。
さっき、ドロシーもマニュアルって言っていたから、今のルナルの操作の場合、ドロシーが自分の身体を動かしつつ、外にある、もうひとつの別の身体を同じやり方で動かしているってことなんだろう。
いやいや、そんなことどうやったらできるのさ。
「うん、普通は、操作系の能力って、自分の意識は寝かせて、別の身体を操るって感じか、な。だから、そのスキル自体、リスクが高くなっちゃうし、もしかすると、元に戻れなくなるかもしれない、よ。だから、その手の力って、よっぽど相性がいい場合でもないと、封印するのが普通か、な」
「でも、メイデンさん。ドロシーの場合は違うってことですよね?」
今、もうちょっとでお店が開店して、いそがしくなるっていうのは十分承知だけど、さすがに、この驚きのままで、お仕事に身が入るとも思えないので、もうちょっとだけ、話を聞いてみる。
いや、大変なのは、よくわかっているんだけど。
「ま、機会があったら、詳しいことも説明するけどね。今は何となくそういうものだって、思ってもらうしかないかなあ。いわゆる、脳の並列処理ってやつなんだけどね。私の場合は、五感をそれぞれ、操る人数分に分割して、処理するって感じかなあ。まあ、コロネの場合、魔法もあんまり深くまで踏み込んでないしねえ。この並列処理って、一定レベル以上の魔法を使う時に必要になってくるんだよ。ほら、メルさんの『複合術』みたいに、複数の上級魔法を同時使用する時とかね」
メイデンの代わりに、自らドロシーが、そう答えてくれた。
だから、言葉の響きはものすごく難しそうに聞こえるけど、決して、不可能なことではない、とのこと。
まあ、それも、それだけドロシーが魔法を修めているから言えることらしいけど。
横で、メイデンもそれに関しては苦笑しているという感じだ。
まず、上級魔法を単独で使用するのが、かなり難しいらしい。
ちょっと、ドロシーが要求しているレベルは高いような気がするよね。
ただ、それでちょっと納得したのは、ドロシーが常に、アルバイトの間ですら、大量のほうきの遠隔操作をトレーニングしていることについてだ。
それも、その並列処理の訓練だったのだろう。
いや、何となくはわかったけど、どういう感覚なのかは、まったく想像できないけど。
「ふわあ、聞いていてびっくりの話ばっかりですー。わたし、ここにいて大丈夫なんでしょうか?」
あ、ずっと黙り込んでいたナズナが、思わずため息をついてる。
確かに、コロネもそうだけど、聞けば聞くほど、未熟な者には遠い話なんだよね。
だが、それに関しては、ピーニャたちも首を横に振って。
「心配いらないのです、ナズナさん。できるできないは関係なく、そういうものだと、割り切るのが大事なのです。そうしないと、キリがないのですよ、この町の場合」
「そうそう。それについては、コロネを見習った方がいいよん。今の自分にできることとできないことをはっきりと自覚しておけば、大丈夫大丈夫ー」
まあ、そうだよね。
何というか、クセ者が多いからねえ、この町。
何だかんだ言って、ピーニャもドロシーもそっち側だし。
実際、普通の一般市民にとっては、色々と大変なんだぞ、とだけはふたりにも言っておきたいかな。まあ、良いこと言ってるから、ここでは黙ってるけど。
というか、コロネもへこんだりするんだけど、ドロシーってば、人を能天気みたいに言って、失礼な。
別に、こっちはレベル1だし、仕方ないって、開き直ってるだけだってば。
「うん、今日はまだ初日だから、無理せずに、ね。困った時は、わたしたちもフォローするし。そもそも、接客にそんなスキルとか、能力は求めてないから、ね。もしそうなら、わたしも普通番失格だ、よ?」
だから、大丈夫、とメイデンが笑う。
「そうそう、ナズナはそのまんまでいいんだよ。ほら、大食い大会でリディア相手にいい勝負まで行ったじゃない。あのリディアに勝てるかもしれないって、僕から見たら、それだってれっきとした才能なんだから」
「いや、アズさん、それはちょっと恥ずかしいですよー。でも、はい、です。そもそも、わたしも、ラビとかミキちゃんに支えてもらってる状況を変えたくて、アルバイトに参加しましたし。少しでも成長しないと、みんなに笑われちゃいます」
『その意気です、ナズナ様。それに、お嬢様もあなたぐらいの時は、本当にどうしようもなかったですよ。トレーニングからもすぐに逃げ出してましたし。ですから、やる気になられた、その気持ちだけでも、それが尊いのですよ』
あ、ルナルの言葉に、ナズナが頷いている。
良かった。何とか、落ち着いたみたいだね。
と言うか、ドロシーも笑ってるし。
あの、ルナルの人形の言葉もドロシーの言葉なんだよね。
何だかんだ言って、自分のことを客観的に見えているあたり、すごいと思うけど。
ただ、結局、ドロシーの遠隔操作については、中途半端になっちゃったか。
仕方ない、次の機会で、だね。
アイテム袋の話といい、聞きたいけど、後回しになっている話が増えてきた気がするけど、もう時間もないし。
「それでは、雑談はそこまでなのです。お店のオープンの時間なのですよ。もう、外には待っている人がいるのです」
ピーニャの言葉に、その場にいる全員が頷いて。
こうして、太陽の日の営業は始まった。
「おーい、コロネさん、約束通り、ギルドみんなで来たぞ。まだ、メニューは出せないんだって? とりあえず、他のもんをつまみつつ、ゆっくりとさせてもらうな」
「ん、ジルバ、ハンバーグ定食おかわり」
「はっはっは、アズがバイトしてるって聞いたから、真っ先に来ちまったぜ、なあ、ローズ?」
「オサムさーん、果樹園からお手伝いに来ましたよー。ジュースとカクテル用に、ひとつコーナーを使わせてもらっていいですか?」
「コロネ、来たわよ! アイスはもうちょっとかかるんですって!? サンベリーの料理ができるまで、白パンのジャムパン食べてるからねっ!」
「アルルー、先に行かないでよー。わたしも食べるー」
「トライ……知ってて、黙ってたわね? アズ! ずるいじゃない、私もアルバイトやりたいわ! 甘いもの食べたいもの!」
「ん、ジルバ、ハンバーグ定食おかわり」
「あ、コロネさん。うちも家族で来ちゃいました。やっぱり、あの小麦粉を使った白パンの味を確かめたいですしね」
「ほっほう、白パンのセットがついにお目見えですか。これまた、ぐらうまーな感じがしますねえ。一通り頂けますか?」
「リッチー、あそこで、社長がへたってるけど、どうしよう? いつものように見て見ぬふりでいいのかな?」
「いや、ちょっとは手加減しなさいよ、リディア! ほんとはハンバーグ定食は、朝定食じゃないんだから」
「おっ!? サイくん、また腕あげたなあ。このたまごのダシの染み具合は絶妙だな。いや、仕事終わりの酒が進むってもんよ」
「ふふ、このおでん、お米のお酒とよく合うんだよ。ピエロも一杯どう?」
「むぅ……仕方ない。朝定食を全種類」
「ジュース! ジュースはいかがですか? 朝しぼりたてで、パンとの相性も抜群ですよー」
「おーい、オサム。新しい酒持ってきたぞ。ふふ、今日はちょっと機嫌がいいんだ。ほら、くろとしろも好きなもん頼んでいいぞ」
「坊ちゃん……どこが仕事終わりですか? ふぅ……仕方ありませんね。折檻は後回しにしますので、わたくしにも、つまめるものを。コロネ様の料理ができるまで、待たせて頂きます」
「もきゅもきゅ」
「おっ、今日は新人さんもいるのか。それじゃあ、白パンの惣菜セットを三人分、テイクアウトで。家で家族が待ってるんでな」
いや、本当にすごいね。
こっちも、あいさつしてくれた人にはあいさつをして、状況を説明したりもしているんだけど、お客さんがいつもよりも多いもの。
さっき、オサムに聞いたら、この昼営業の日は、普段の常連ではない人たちも、けっこうやってくるらしい。
アビーとか、普段はあんまりお店にやってこないんだとか。
というか、『竜の牙』に『三羽烏』に『あめつちの手』に、リディアや『ジンカー』の人たちもって、この町の純粋な冒険者の人が、ほとんどそろってないかな。
あ、そうそう、冒険者と言えば、冒険者ギルドのディーディーさんとワーグさんも、さっきやってきたんだよね。
アイスのことを気にしていたから、今日はアイスを出そうと思っていたんだ。
この混沌とした状況の中、リリックと最後のアイスのかき混ぜ作業も終わらせてきたから、何とか、準備が整ったって感じだしね。
時間帯を見て、アイスとフレンチトーストの提供もスタートだ。
「コロネ先生、これ本当にちょっとしたお祭りですね」
「そうだね。普段のお店の給仕と全然違うもの」
いつもは、お客さんが料理が届くのを待ってくれているのだが、今日の場合は、みんなも心得たもので、定食類の持ち運びも自分でやってくれるのだ。
リディアにしたところで、注文が用意されると、自分で運んでるしね。
たまにお皿がふわふわと浮いているし。
というか、そのせいで、ペースがいつもよりも早いのかな。
さっき、めずらしく、ジルバの怒鳴り声が聞こえたし。
結局、フードコート方式のおかげで、みんなが好きなペースでって感じなのだ。おかげで、収拾がつかなくなってしまってはいる。
「まあ、わたしたちも、ほのぼのとしてる場合じゃないよね。色々、手伝いつつ、タイミングを見て、料理の準備を始めるよ」
「はい、わかりました! でも、コロネ先生、こういう雰囲気っていいですよね」
「うん、そうだね。やっぱり楽しいのが一番だよ」
笑顔のリリックに、笑顔を返しつつ。
遠くの方から聞こえる、自分を呼ぶ声に対応しつつ。
そんなこんなで、太陽の日の営業は続くのだった。




