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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第4章 パンとサーカス編
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第184話 コロネ、魔女の切り札に驚く

「やっほー、コロネ。いよいよ、ドタバタが始まるねー。楽しんでる?」


「いや、楽しんでるけど、ドタバタって何さ、ドロシー」


 パン工房のセクションで待っていたのは、ピーニャだけじゃなくて、ドロシーたち普通番もそうだったんだよね。

 と言うか、ドロシーのテンションが高い。

 どっちかと言えば、コロネよりもドロシーの方が楽しんでいる感じだよね。

 その横では、メイデンが苦笑しているし、今日から普通番のお仕事に加わったアズやナズナも笑みを浮かべたり、ほんのちょっとだけ緊張気味だったりと、まあ、何というか、お祭りの前の準備みたいな感じかな。

 まあ、その気持ちはよくわからるけどね。

 何となく、コロネ自身、どこか浮足立っているのがわかるもの。


「と言うかね、それなりにわたしも初めての営業スタイルで緊張しているんだよ? 今日、初めてお目見えする料理だってあるし、そっちの方は完成品を味見してないんだから。ほんと、もうちょっと余裕があるといいんだけど」


 ある意味、料理人泣かせな展開が続いているんだよね。

 向こうのテレビ番組とかで、いきなりお題を発表されて、それに挑戦している感じもしないでもない。

 まあ、それは半分冗談だけど。

 どっちかと言えば、自業自得な感じだものね。

 でも、やっぱり、こういうのってネタの鮮度もあるから、いち早く、誰かの望みに応えて、メニューを提供するっていうのは大事だと思うんだ。

 だから、後悔はしていないかな。


「ふーん、コロネの場合、ひょうひょうとしてるから、そういうのわかんないよねー。白パンとかの試作品食べてる時も、『あー、おいしいですね』って淡々と言ってる感じだし。何というか、あんまり動じないイメージがあるんだよね」


「え? そう……かな?」


 自分では、割と表情に出やすいと思っていたんだけど。

 基本、ポーカーフェイスとかやろうとしても顔に出ちゃうタイプなんだよね。

 まあ、味に関してはねえ。

 確かに、多少はハードル高めなのは自覚してるよ?

 どうしても、向こうでの味と比較しちゃうからね。

 それでも、ドムさんの肉料理とか、そういうのを食べた時は、純粋な感動があったから、感じ方が鈍くなっているというより、舌が肥えちゃってきているのかなあ。

 うーん、あんまり良くないよね、そういうの。


「いやいや、ドロシーさん、それはコロネさんだけではないのですよ。たぶん、この町で食事を取っている人全般に言える問題なのです。美味しい料理を追求する、それ自体は崇高なことだとは思うのですが、他の町などに行ってみると、はっきりと問題がわかるのですよ」


「そうだ、ね。わたしも気をつけなきゃ、って思う時があるもの、ね」


「ああ、確かに私も他の町の教会とかで、感じることがありますね。いえ、食べ物はすべて、世界からの恵みなのですが、どこか脳裏によぎることはあります」


 ピーニャだけではなく、メイデンもリリックも、この町の料理を基準に味を考えてしまうことがあるのだそうだ。

 どこまで行っても、この手の問題は付きまとうのかな。

 まあ、味に対する感動っていう意味では仕方ないんだけど。

 難しい話だよね。


「そう? 私の場合、味と費用対効果で、考えてるから、その基準をクリアしていれば、何を食べても美味しいよ? そういう意味ではオサムさんの料理は完璧だねっ。あの材料で、あの味、あの値段。ぜいたくな感じだよねー」


 ケロリとした感じで、ドロシーが笑う。

 まあ、それもそうか。物は考えようだねえ。

 B級グルメとか、安くて美味しいっていうのは、そっちの感覚もあるものね。

 安い部位や値がつかない食材を、料理人の腕で、より美味しく仕上げる。

 たぶん、それによって、食べた人の心が動くんだよね。

 感動は最大のソースなり、ってやつだ。


「ま、その辺は人それぞれだよん。それにね、どんなに食べ慣れても、美味しいものは美味しいって感じるよ? 今日から白パンのセットが販売になるけど、このセットもそうなってくれるといいよねえ」


「そうだね。もちろん、少しずつでも美味しくする努力はしないとだけど、白い小麦粉を使った新しいパンが、町に溶け込んでくれると、わたしもうれしいよ。作った甲斐があるものね」


 パン工房に並んでいる、パンのセットメニュー。

 普段のパンを使ったハンバーガーや、コロッケパンなどの惣菜セットが三つと、白パンを使ったサンドイッチのセットがふたつだ。

 サンドイッチは、ジャムを挟んだ甘いメニューと、照り焼きチキンを挟んだ惣菜系のサンドイッチが用意されている。

 計五種類かな。

 いや、三階で料理人の皆さん、頑張りましたねって感じだよ。

 朝定食が五種類なんて、普段ではあんまり見られないものね。

 いつもは、惣菜は多彩に用意こそしているけど、日替わりメニューとかでランダムに提供したり、数を確保できた惣菜パンを、セットメニューとかとは別に単品で提供している感じだもの。

 普段のセットも、今までのご贔屓さんのためにしっかりと確保しているあたり、朝のパン定食は、この町に根付いているって感じがするよ。

 ふふ、もちろん、売れ残ったものは、買い手がいるしね。

 そう、ピーニャも笑っていたし。


「なのです! 本当にすごい量のパンなのですよ! これは、ピーニャが夢見ていたパン工房の姿という感じなのです。たくさんのパンがあって、来たお客さん誰もが好きなパンを自由に選べて、そのパンを食べて皆さんが喜んでくれて。オサムさんから、町のパン屋さんというのは、そういうものだと聞いていたのです。まだまだ、自由にパンを選ぶだけの種類まではたどりついていないのですが、それでも、なのです。コロネさんのおかげで、はっきりとその未来が描けるのですよ」


 満面の笑みを浮かべて、ピーニャが続ける。


「プリムさんが、プリンに囲まれるのが夢だって言っていたのと同じなのです。ピーニャにとっては、オサムさんが初めて料理してくれた揚げたパンと、小麦粉から作ってくれたオサムさんの故郷のパンと、そのふたつですね。その衝撃があったから、今のピーニャがあるのですよ。美味しいパンを作る。それはピーニャにとって、一番大事なことなのです。そして、あの時と同じ感動を、他の人たちにも伝えていきたいのです」


 小さいかも知れないけど、それがピーニャの夢なのだそうだ。

 なるほど。

 いや、全然小さくないけどね。

 少なくとも、それだけ情熱を燃やせることがはっきりと見えているのは素晴らしいことだと思う。

 コロネも見習わないといけないと思うもの。

 そうだよね。

 自分がどうして、パティシエになりたいと思ったのか。

 その最初のきっかけっていうのは、コロネにもしっかりとあるし、たぶん、他の料理人を目指して頑張っているみんな、誰にでもあるんだろうね。

 原体験となった料理ってものが。

 うん、とピーニャの意見に同意する。

 自分も、そんな他の人の原体験になるような料理を作っていきたい。

 そう思うよ。


「そのためにも、まずは、今日の営業を成功させるのです。一日一日、頑張っていくことが大事なのですよ。そうすれば、それが積み重なって、いつか、夢に届くのです」


「うんうん、良いこと言うねえ、ピーニャ。となれば、私も今日の営業は頑張らないとねえ。さっき、オサムさんと話をして、許可取って来たよー。いざという時は、本気を出すから、接客の方は心配しないで大丈夫だよん」


「なのですか!? ありがとうなのです、ドロシーさん。とっても助かるのですよ」


「あれ? ドロシーの本気って、どういうこと?」


 別に普段は手を抜いているってわけじゃないんだよね。

 仕事を一生懸命やるのは普通のことだし、パン工房の普通番のいそがしさだと、全力じゃないと、かなり大変だと思うんだけど。

 そう尋ねると、ドロシーも、ピーニャも、メイデンにもだね。

 三人に苦笑されてしまった。


「あのね、コロネ。もちろん、普段は普段で一生懸命やってるよ? でもね、私も色々と切り札ってものがあるのね。一応、魔女の端くれだし。今日、使ってみせるのは、その切り札の一端って感じかなあ。ふっふっふ、まあ、見て驚いてくれたまえ、コロネくん」


「普段から、ドロシーがそれをしないのは、そもそも、普通はわたしとドロシーとピーニャで、十分仕事をまわせるからだ、よ。別に、お客さんを早くさばけばいいってわけじゃないし、ね。ゆっくりとお客さんがメニューを選んだりするのは大事だもの、ね」


「それに、コロネさん。ドロシーさんの本気って、かなり、ドロシーさんに負担もかけるのですよ。長時間やっていると、ぐったりなのですよ」


「あ、そっか。ドロシーの本気って、そういうことか。なるほどね」


 今の三人の話だけで、アズにはそれが何なのかわかったのかな。

 コロネと、リリックとナズナ、その三人にはさっぱりなんだけど。

 あ、そういえば、今更だけど、アノンはオサムのところで、仕事を手伝っているのだ。

 他の料理人とか、サポートが増えて、余裕ができたら戻ってくると言っていた。

 何だか、密着取材のついでで、色々とこき使われているみたい。

 ちょっと申し訳ないかな。


 まあ、それはさておき。

 さっぱりわからない、という風にしていたコロネたちに、ドロシーがその本気をちょっとだけ見せてくれた。


「じゃあ、行くよ。『リモートドール:ファミリアーズ』」


『お呼びでしょうか、お嬢様』


「と、まあ、こんな感じね」


 ドロシーが魔法、かな? それを使ったと同時に、突然、ドロシーの横に、執事服を着た黒髪の紳士が現れたのだ。

 うん?

 あれ、猫耳が付いているってことは、もしかして。


「あれ? ドロシー、この方って、ルナルさん?」


 ドロシーのことを、お嬢様、って呼ぶのは、彼女の使い魔……ファミリアだったっけ、で、ケットシーのルナルさんだよね。

 妖精猫の姿のまま、二足歩行したり、お茶を入れてくれたり、それだけでもびっくりではあったんだけど、いや、ルナルが人化すると、こんなにかっこよくなるんだね。

 すごい。言葉遣いともピッタリで、本当に若執事って感じだ。

 というか、ドロシーと並んでいると、何となく背徳的な雰囲気がなくもないんだけど。


「そうだよん。ま、本人じゃないけどね。幻獣種って、人化が嫌いだから、あんまりルナル自身は、この姿にならないんだけど、人化した姿がこれだね。これはあくまでも、ただの人形。ほら、コロネは私がほうきを使って、遠隔操作をしているのは、何度か目にしてるよね?」


「うん、ほうきが一斉にお辞儀するのとかね……って!? え!? このルナルさんもドロシーが動かしてるの?」


『仰る通りです、コロネ様』


「そうそう。というわけなんだよん。これが私の切り札のひとつ。まあ、細かいやり方は省くけど、自分の意識と同時に、もうひとつの身体を操るって感じ? ふふ、さすがに、想像しにくいだろうけどね」


 え、これでお人形?

 呆気に取られているコロネに対し、ただ微笑みかけるドロシーとルナルの人形なのだった。

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