第180話 コロネ、つくもがみの話を聞く
「おー、すごいなあ。どんどん、ふっくらとしてきたぞ!」
「うんうん、良い香りだよね」
「形もどこか面白い感じですよね」
白パン、まあ、白い小麦粉を使った食パンと丸パンだよね。
それを焼き上げている間の時間を使って、手の空いている人たち総出で、朝食用のフレンチトーストを作っているのだ。
一応、卵液の作り方を簡単に見せて説明して、後は、昨日からじっくりと浸しておいたパンの耳を、ぐるぐるっとやって焼いていく感じだね。
まだまだ、ピーニャの講習を受けている人たちは、普通のパンの作業とかやってるし、まあ、全員ではないんだけど、白パン組は二手に分かれて、白パン作りとフレンチトーストを交互にやるって感じだろうか。
寝かせの時間と、焼き上げ時間の合間を上手に使って、ってところだね。
ふふ、パン屋さんは効率よく作業するためのスキルって大事だからねえ。
そうしないと、様々な種類のパンを次々と焼いていくことができないのだ。
その辺は、パティシエもおんなじだけど。
「交代で、どんどん、焼いていっちゃいましょうね。頑張って、早番さん全員分のフレンチトーストを作りますから」
さすがに、この大人数でいっぺんに焼くと量が確保できるよね。
一人前はフライパン半分として、あっという間に焼き上げることができそうだ。
「コロネの姉ちゃん、これ、もうひっくり返してもいいか?」
「うん、そのくらいで大丈夫だよ、ラビ君。さっきわたしが見せたように、ふたを使って、ひっくり返す感じかな。まあ、フライ返しを使ってやってもいいけど」
さすがに、このフライパンいっぱいの大きさだと、パンケーキみたいに、鍋の振りだけで半回転させる技は難しいけどね。
柔らかい部分が、ベチャってなっちゃうし、なるべくふんわり仕上げたいし。
それにしても、ラビって、実は色々と器用なんだよね。
それは、前々からパン作りの時とか、うどんを打つときとかも見ていたんだけど、覚えが早いと言うか。
話し方とかは、年相応のやんちゃさがあるけど、料理とかの手の動きとか見ていると、案外、料理人には向いているのかもしれないよね。
まあ、これでもデザートデザートの王家の血統なんだっけ?
そういうイメージとは、どんどんかけ離れてる感じはあるけど。
で、その向かいで、ミキの方もそつなくこなしている感じかな。
基本は、このパン工房のアルバイトと温泉のお手伝いだけど、たまにコノミさんのうどん屋でも料理をしたりしているらしいしね。
さっき話していたんだけど、近いうちにミキと仲がいい妖怪の子たちが、この町に遊びに来るらしい。
名目上は、召喚師と妖怪って関係だけど、ミキたちにとっては、そういうのはさておき、信頼できるお友達って感じらしい。
「ミキちゃん、そのお友達の妖怪さんって、絵を通って来るの?」
ショコラの召喚の時に、ポン太がそういう感じでやってきていたみたいだけど、他の妖怪もそういうことはできないのかな。
確か『絵渡り』とか言っていたけど。
「いえ、コロネさん。たぶん、普通に陸路で来ると思いますよ。絵を渡ってくる場合、その存在を百パーセント保ったまま移ってくるのが難しいんですよ。ポン太くんの場合、そういう属性持ちですから、あんな感じですけど、そういうのはサクラちゃんと一緒に来るとかじゃないと厳しいと思います」
あ、私のフレンチトーストもひっくり返しますね、とミキ。
こちらもラビ同様、手際よく、トーストをひっくり返していく。
再び、フライパンを火に戻して、コロネの方を見て。
「でも、サクラちゃんは、コトノハでもお偉いさんなので、いそがしいんですよ。本当にたまに、絵を通って遊びに来てくれるんですけど、すぐに見つかって連れ戻されちゃう感じですね。見た目は私たちとおんなじくらいの子なんですけどね」
「サクラちゃんって、あの地下の絵を描いた妖怪さんだよね? 確か、つくもがみって聞いたけど」
「はい。絵筆のつくもがみです。実際、どのくらい生きているのかは、私もわかりません。が、本人は生まれて十年くらいだって言ってますよ。で、そういう年として対応しないと、むくれちゃうんです」
そういう意味では、性格はかなり子供っぽいのだとか。
ただ、ミキによれば、妖怪というのは記憶を継いで、別の存在として生まれ直す者もいるため、そういう意味では、新しい命としては、子供という妖怪でもおかしくはないのだとか。
「そもそも、コトノハの場合、能力があれば、年齢はあんまり関係ないですからね。年の功は大切ですが、当のご高齢の妖怪さんたちは、国の偉い立場とかは、面倒くさがってたりしますので、その辺は色々みたいです。サクラちゃんが大臣のひとりであるのも、そういうことみたいですね」
「あ、大臣なんだね」
「はい。コトノハの芸術庁長官です。まあ、サクラちゃんの場合、長距離の行き来とかもできますので、外交的な部分も一緒にやってるみたいですけどね」
だから、普段はとってもいそがしいんです、とミキが苦笑する。
何だかんだ言って、ミキと仲の良いお友達のひとりなのだそうだ。
もしかしたら、仕事を抜け出して、今度遊びに来るかもしれないとのこと。
「せっかくですから、そういう時に備えて、わたしもこのフレンチトーストみたいな料理を、もっと作れるようになりたいですね。知ってますか、コロネさん? 妖怪も甘いものが弱点の人が多いんですよ」
神がかりな能力を持つ妖怪も、甘いお供え物にはニッコリと微笑むし、美味しい食べ物をあげたら、それが恩返しとして返ってきたりもするらしい。
妖怪って、基本的に因果応報。
良いことをすれば、良いこととなって返ってくるし、悪いことをすれば、悪いこととなって返ってくるとのこと。
だから、コトノハに住む人間種の基本は、妖怪が喜ぶことをしてあげることなのだそうだ。
「そうなんだ。うん、一応、ピーニャもパン工房の新しいメニューを増やしていくみたいだし、ミキちゃんみたいにベテランさんの人には、パンを使った料理の調理担当もお願いしていくみたいだよ? 今のところは、フレンチトーストしか決まってないけど、今後は色々と料理が増えていくかもって」
「わかりました。ぜひ、お願いします。あ、そうそう、コロネさん。うちのお母さんが言っていたんですけど、うどんの試作品ができたそうです。今日は、塔のお店でお手伝いですが、明日の午後にでも、お店でお披露目会をするので、良かったら来てくださいって」
「あっ! そうなんだ。それはぜひ行かせてもらうね」
すごい、コノミさん、もう白い小麦粉でうどんを作ったのか。
お店で出せるってことは、満足のいく出来になったのかな。
うんうん、あの白い小麦粉はうどんとかに向いていると思ってたから、ちょっと楽しみだよ。
全粒粉のうどんでも十分美味しかったから、すごく期待できそうだし。
「はい。ふふっ、そのせいでポン太くんが目を回しちゃいましたから」
試食のし過ぎです、とミキが笑う。
何でも、式神のふたりが、片っ端からポン太に味見させたのだそうだ。
終わるころには、完全にグロッキー状態のポン太でありましたとさ。
「ともあれ、新しい小麦粉が広がりを見せているのはうれしいね。オサムさんも、今度の水の日で何か企んでいるみたいだし。面白くなりそうだよ」
まあ、それよりもまずは、今日の太陽の日の営業だけどね。
本日のお試しメニューもまだ、極秘の状態だし、そっちも興味があるかな。
途中の作業については、ガゼルも手伝っていたみたいだし。
三日かあ、そこまで手の込んだ料理って、どんなものなんだろう。
ま、今は朝食分のフレンチトーストを完成させるのが先かな。
「うん、大分みんなの作っているフレンチトーストもいい感じになってきたから、この調子で、もう少しだけ頑張ろうね」
『『『はい!』』』
そんなこんなで、せっせとぐるぐるフレンチトーストを焼いていくのだった。
「うわ、相変わらず、こっちもいそがしそうだねえ」
「いや、コロネ先生。パン工房も嵐みたいでしたけど、三階の方もすごいんですね」
これが朝の厨房ですか、とリリックが感心している。
ひとまず、ピーニャが講習を終わらせて、フレンチトーストの方へと来てくれたので、コロネとリリック、それにアノンは、再び三階の方へと戻って来た。
アイスのかき混ぜ作業があるからだ。
ただ、上がって来たコロネたちを待っていたのは、以前よりもドタバタした感じの料理人軍団の姿だった。
というか、パン工房に負けず劣らず、人数が増えているよね?
コロネがまだ知らない人も多いし。
この町って、まだこんなに料理人がいたんだね。ちょっとびっくりだよ。
「よう、コロネ、お前さんもいそがしそうだな」
ちょうど近くを通った際、オサムとあいさつした。
こちらをねぎらってくれているが、どう見ても、オサムたちの方が大変そうだ。
いや、人数はいつもより増えているけど、パンの量がねえ。
そうだよね。下の人員が増えたってことは、できるパンの数も増えるってことだものね。
見れば、ミーアやイグナシアスとか、ムサシとか、知っている顔も額に汗かいて、料理を用意しているって感じだ。
普通のパンにはさむ惣菜とか、白パン用のサンドイッチの具材とか、オサムが作っているのは汁物と、並行して惣菜かな。
これは大変そうだよ。
「オサムさんもすごいですね。というか、料理人の人って、こんなにいたんですね」
「ああ。パン工房の増員を見込んで、普段は店をやっていない連中にも声をかけたんだ。不定期で、家を店風にしているやつとかな。実際、冒険者の中にも、料理に興味があったり、たまにバイトして学んでいってくれた面々がいてな。こっちが困った時は手伝ってもらっているのさ」
へえ、そうなんだね。
確かにお店を持っている人だけが、料理上手じゃないものね。
「後は、定期で出張料理に出張っているやつらもいるしな。ちょうど今のタイミングだと、あちこちを転々としてるから、町に戻って来たら、コロネにも紹介するぜ」
「はい、わかりました」
なるほど、出張料理とかもやってるのか。
もしかすると、王都とかにも行っているのかな。
まだまだ、この町の料理人さんはいっぱいいるってことなんだね。
「ねえねえ、オサム。どうする? ボクもこっち手伝おうか? たぶん、コロネのやることって、アイスとフレンチトーストを交互に作る感じでしょ? だったら、ボクが手薄な方に入った方がいいかな、って」
この時間帯の密着取材はだいたい完了したし、とアノン。
確かにね。ちょっと見た感じ、余裕がなさそうだもの。この三階の厨房。
アノンなら、オサムと同じことができるから、戦力として申し分ないし。
「あ、頼めるか? というか、コロネ、それで大丈夫か?」
「あ、はい。わたしの方は、リリックとふたりで問題ないですよ。もう十分手伝ってもらいましたし」
そもそも、最初はふたりでってつもりだったしね。
アノンのおかげで、もう作業がちょっと前倒しになったくらいだし。
本当に助かったよ。
「アノンさん、こっちはもう大丈夫ですので、オサムさんの方をお願いします。お互いひと段落つきましたら、朝食の時に合流しましょう」
「了解。それじゃ、オサム、指示出して。ガンガンいくよー」
「よし! じゃあ、遠慮なくいくぞ。あ、コロネ、ありがとうな。今はいそがしいから、また後でな」
「はい、お疲れ様です」
慌ただしく動き始めるオサムとアノン。
そのふたりと別れて、アイス作業に向かうコロネたちなのだった。




