第176話 コロネ、教会の受け入れ話を聞く
「あ、それじゃあ、教会と孤児院でそれぞれ十数人って感じなんだ」
「はい。出身地は混成みたいですけどね。さっき、戻って来たカミュさんがそんなことを言ってました」
カミュが帰ってから、しばらくしてリリックも塔の方へと帰って来た。
今日のバターとチーズ作りについては完了したそうだ。
表向きは元気はつらつって感じだけど、ちょっと疲れも見えるかな。
とりあえず、今日のお仕事はおしまいって感じだね。
コロネの方も、余裕があるタイミングでちょこちょこ、明日に向けて、仕込みもやっておいたから、これでひと段落といったところだ。
もうすでに、ショコラは眠ってしまっていたため、かごにクッションを敷いたようなところを寝床にして、休んでもらっている。
その時、ちょっと抱え上げたんだけど、やっぱり抱くと気持ちいいんだよね。
なんだろう、このクッションより触り心地のいい生き物は。
さておき。
リリックから、今後の孤児たちの受け入れの話を聞いた。
いわゆる、戦争中の西側諸国というのは、何か国かあって、移民として逃げ出した人などを教会が受け入れているのだそうだ。
家族単位の場合は、西側の教会とか、本部の方で受け入れるみたいだけど、色々と事情があって、子供だけになっていた場合は、カミュの見立てで問題がなければ、サイファートの町まで連れてくるとのこと。
地理的には、完全に離れているため、戦争で心に傷を負ったとか、そういうケアとかも兼ねているのかな。
まあ、子供ばっかりなのは、この町の事情とかも絡んでいるみたいだけど。
あと、この町の教会や孤児院の都合も、かな。
人手が不足していたこともあり、カミュがそういう風に動いたのも、嘘ではないみたい。もちろん、そんな打算的な話ばかりじゃないだろうけどね。
どうも、カミュって、偽悪者ぶるのが好きみたいだし。
「そういうケースって、今までもあったの?」
「まあ、そうですね。教会っていうのはそういう組織ですから。国と国とのしがらみはさておき、困っている人にてを差し伸べる。言うなれば、中立の組織ですね。一応は、名目上、教会の従事者の出身地に関して、それを理由に区別のようなことをするのは禁止されています」
とは言え、敵対していた国同士の面々では、どうしてもしこりというか、溝のようなものは、少なからずあってはしまうらしいのだが。
別に教会の人間といっても、聖人君子というわけでもないし。
その辺りは仕方ないみたい。
「大切なのは、自分の中で折り合いをつけて、その感情を教会内に持ち込まない、ということですかね。他の人にわかるレベルで、そういう行為をしていた場合、処罰の対象となります」
「そうなんだ」
「はい。別に仲良くする必要はありません。ただ、同じ教会の一員である、という事実を受け入れるのが大事というわけです。それができないなら、教会から去って頂くしかないですから」
そういう意味では、教会も割とドライみたいだね。
手を差し伸べるけど、別にその手を振り払ってくれても構わない、と。
それなら、ご自由に、という感じみたい。
「ふふ、コロネ。別に教会は優しいだけの組織じゃないからね。平和を願っているのは、純粋に、その方が発展したり、メリットが多いからだから。ほら、教会って、モンスターの襲撃については、それぞれの町に任せているでしょ? 平和的なことについては、肯定的でありながらも、ひとりひとりが強くなることも必要と考えているんだ。闇雲な平和っていうのは、毒にも薬にもなるからね」
「ふうん、そういうものですかね。わたしとかは、平和なのに越したことはないと思うんですけどね」
アノンの言葉に、今ひとつ納得がいかないというか。
平和が毒になる、か。
コロネの場合、料理人だから、平和じゃないと、おちおち料理にも集中できないだろうし、食材の生産にも悪影響だから、戦争とか百害あって一利なし、って感じなんだけど。違う考え方もあるんだね。
「ま、見方の違いだね。平和ってのは惰性と怠惰を助長する側面もあるから。環境をより良くする必要がなければ、単なる足の引っ張り合いが横行するというか。今の、王都でも似たような問題は残ってるしね」
アノンが言うには、王都の場合も諸外国との戦争状態から久しいせいか、ちょっとばかり権力が腐ってしまう状態になりつつあったそうだ。
今は、新しい王様になってから、持ち直しつつあるみたいだけど、まあ、そういう問題はまだ残ってはいるらしい。
そっちの権力闘争みたいなのは、あんまりよくわからないけど、良くも悪くも、変化にはきっかけが必要とのこと。
教会が、モンスターについては淡泊なのは、程よい緊張状態を維持するため、みたいな思惑が裏にあるんじゃないか、と。
ただ、そのアノンの意見については、リリックも少し首をかしげているけど。
「そういうもんなの? リリック」
「いえ、コロネ先生。その辺りは、どちらかと言えば、獣人種の歴史に起因すると思うんですけど。自分の身は自分で護る。シンプルな理由だけだと思いますよ?」
「ふふ、だから、見方の違いだってば。そういう見方もできるってだけ。ボクの言葉を鵜呑みにする必要もないけど、視野狭窄には注意ってところかな。平和ってのは良いものだ。そのイメージにだけ踊らされるのは、気を付けた方がいいよ」
そう言って、アノンが皮肉っぽい笑みを浮かべる。
いや、コロネの小さい頃の姿で、ものすごく悪そうに笑うのはやめてもらえないかな。
何となく、イメージが悪いんだけど。
「まあ、話を戻しますと、とにかく受け入れの方は進むみたいですね。しばらくは、小さなトラブルがあるかもしれません、ってカミュさんが言ってました」
「その辺は、カミュやカウベルに任せておけば大丈夫じゃない? 後は、オサムが美味いものを食べさせれば、一発で落ちるって」
「おいおい、人の料理を変な風に言うんじゃねえよ」
「ですが、割と効果的ですよ、オサムさん。美味しい食事と横にある恨みを天秤にかけると、心の中ではさておき、こらえてくれる子も多いですから。何せ、ろくにごはんも食べられなかった状況っていうのがありますし。コロネ先生のお菓子とか、面白いと私も思いますよ」
「まあね、安全と食事、その両方が保障されれば、だいぶ違ってはくるだろうね。そういうことだから、コロネも気が向いたら、お菓子を持って行ってあげれば? 少しは厄介な状況を乗り越えるきっかけぐらいにはなるかもね。たぶん、そういうことを望んでいるから、カミュも、受け入れを決めたんだろうし」
「そうですね。わたしも手伝えることがありましたら、やりますよ」
元々、色んな人にお菓子を食べてもらうつもりだったしね。
ま、思惑は色々あるんだろうけど、やることはひとつだ。
難しいことを考えていても、キリがないもの。
「ま、この件については、そのくらいにしとくか。てか、コロネにリリック、明日は朝から忙しいから、そっちも頼むぜ。今日のところはそろそろ休んだ方が良いと思うぞ」
「ですね。リリックも、初日から色々と引っ張りまわしちゃって、大変だったでしょ? 明日に備えて、そろそろ休もうか」
「わかりました! しっかり休んで、明日も頑張りますよ、コロネ先生、オサムさん」
「ああ。今日から、きちんとリリックにも給料を出すから、そっちも安心してくれ。コロネの弟子って言っても、塔の従業員であることに変わりないからな」
「ほんとですか!? ありがとうございます! オサムさん!」
あ、それは良かったね。
まあ、住み込みの弟子っていうか、従業員だものね。
向こうのコロネの時とおんなじだ。
ただ、その分、仕事の方も容赦がないんだけどね。
ふふふ、まあ、リリックも喜んでいるみたいだし、いいのかな。
「オサムー、ボクは?」
「おい、アノン。お前さんは、密着取材だろうが。そういうのは、お前さんのやってる会社から、個人的に給料を出せよ。そういうもんだろ? まあ、宿代と食事代くらいはただにしてやるから、ぜいたく言うなよ」
「うん、まあ、そんな感じだよね。わかったよ、食事食べ放題ってだけでもありがたいからいいけど。でも、こういう時、社長って損だって、思うよね」
何か、けっこうタダ働きが多い気がするもん、とアノン。
その言葉に少し呆れたような、オサムが返す。
「あのな、その分、利益が出たら、自分のプラスだろうが。まあ、それも色々と還元したりしないといけないから、因果な商売って感じはするがな」
「てかね、オサムの場合、自分の利益が少なすぎでしょ? もうちょっと稼ごうと思えば稼げるんだから。ボクも、オサムの真似をしてるから、あんまり儲からないんだよ」
ふと、アノンの言葉を聞いて考える。
そういえば、オサムってどのくらいの収入があるんだろ?
実際、料理で稼ごうと思えば、いくらでも稼げるよね。
向こうの世界の技術を使えるような競合店がほとんどないわけだし、王都にもファンがいっぱいいるわけだしね。
この町にしたところで、フランチャイズみたいな形式を取っているから、普通にロイヤリティとか考えれば、かなりの稼ぎになる気がするんだけど。
だけど……まあ、オサムを見ていると、あんまりそういう感じがしないんだよね。
イメージだけの話だけど。
「いや、俺だって、十分儲けているぜ? 向こうで構えていた時に比べれば、何十倍って感じだしな」
「いやいや、そっちと比べてどうすんのさ。食材の単価にしても全然違うじゃない。機材とかそっちの方にも、馬鹿みたいにお金かけるし、お店の料理にしたって、質の割には値段がびっくりするほど安いし。保険とかそっちもあったよね? この町の発展にも色々寄付してるし、まあ、あれだね。お人好しって感じだよね」
「いいんだよ。俺だって、ちょっとは粋ってもんを大事にしたいんだよ。別にお前さんが真似する必要はないんだし、その辺はほっとけよ」
恥ずかしいだろ、とオサムが苦笑いしている。
その辺が、オサムの性格が出ているよね。
ただ、まあ、そういう話を聞いていると、安心できるかな。
この人なら、ついて行って大丈夫というか、そんな感じだ。
「まったく……コロネは真似しちゃダメだよ? お金に苦労することになるからね。何事もほどほどが一番だよ」
「それについては、俺も同意だな。あんまり無理はするんじゃないぞ? 俺の場合、困った時は、討伐クエストとかで稼いで誤魔化してたからな。はは、今でこそ何とかなってるが、こっちの食材を甘く見てると痛い目見るからな、そっちは気を付けろよ」
「はい、見習うべきとこだけ見習わせてもらいますよ」
にっこり笑って答えつつ。
そんなこんなで、この場はお開きとなった。
こうして、コロネが異世界にやって来て、一週間目の夜は更けていった。




