第172話 コロネ、ドワーフの話を聞く
「へえ! ゼラチンがな。そいつは知らなかったぜ。早くも新発見とは大したもんだな、コロネ」
さっきのゼラチンとメイプルウォーターをオサムにも見せたところ、えらく驚かれた。というか、えらく喜ばれた。
カエデの樹液もそうだけど、やっぱり、粘性種の『粘粉生成』については、初耳だったらしい。
「ちなみに、オサムさんはゼラチンとかは、もう作っていたんですか?」
「一応はな。コラーゲンから化学的に抽出するやり方だ。酸については、そういうのを出せるモンスターがいてな。そっちを使いつつって感じだな」
ただ、どうしても、手順的に大掛かりになってしまうのと、手間暇もかかるため、作ってはみたものの、あんまり活用はしていなかったそうだ。
そもそも、オサムのお店で出す料理の場合、そこまでひねった料理は少ないため、ゼラチンも量産については後回しになっていたのだそうだ。
味付きという条件なら、わざわざゼラチンにしなくても、煮凝りの要領で応用できるので、そっちのやり方を主流にしていたのだそうだ。
まあ、そうだよね。
純粋なゼラチンは、お菓子の方がよく使う気がするし。
というか、酸を吐くモンスターもいるのか。
まあ、人間も体内で胃酸とか作ってるのかな。
冷静に考えると、酸で攻撃って、人間でも可能って言えば可能なのかな。
絵的にあんまり想像したくないけど。
「酸ですか、何だか怖いですね」
「まあ、武器とか装備品をダメにしやすいよな。さすがに酸による腐食とかは、修理が難しいしな。とは言え、ミスリル系統とか、精霊金属はその手の攻撃にも、多少は強い素材だぜ。加工が難しい素材っていうのは、そういう特性が強いからな」
「だから、人気があるって感じだよね。どうしても、職人さんが限られてくるから、鉱石が商人の倉庫で眠ってるケースも多いんだけど」
あ、そうなんだ。
ジーナとか、割とお気軽な感じでミスリルのことを言っていたから、そうでもないのかと思っていたけど、やっぱり扱うのには相応の技術が必要なんだね。
「大体、ドワーフの場合、そっち系にスキルが特化してるからな。おかげで、職人としては引く手あまたなんだが、まあ、そのせいで今も問題発生中って感じだな」
「え? 問題ってどういうことですか?」
「うーんとね、コロネはドワーフたちが住んでいる国について、聞いたことはある? まあ、正式な国っていうより、ひとつの峡谷というか、場所というか」
「いえ、まったく知らないですね」
そういえば、まだドワーフについては詳しく聞いたことはないよね。エルフは『大樹海』の側に町があるって聞いたけど、そっちもどの辺りに『大樹海』があるとかは、まったく聞いてないしね。
まあ、そもそも、この町のことすら、まだよくわかっていないんだけど。
果樹園もそうだけど、他にも色々と秘密がありそうだし。
「あのね、ドワーフの住んでいる峡谷があるのは、大陸の西側だよ。今、ちょっと複数の国の小競り合いというか、もう、戦争だよね。そういう状況のちょうど、ど真ん中にあるのがドワーフの住む峡谷なんだ。周囲は『鉱物種の聖域』と呼ばれる山々に囲まれていて、そう簡単には足を踏み入れられないようにはなっているかな」
そういえば、西側諸国で戦争が起こっているって話だものね。
教会が新しい孤児を受け入れるのって、その辺から来ているんだっけ。
つまり、ドワーフのいる峡谷は、そのまっただ中のあるって感じなんだね。
「まあ、地理的には、いわゆる天然の要害ってやつだな。そもそも、周囲の山脈は鉱物種の大切な場所だから、連中が必死に護るし、地形そのものも、ものすごく険しいから、周りがごたごたしているからって、そう簡単には攻め込まれはしないんだがな。まあ、今はさすがにちょっと面倒なことになってるって感じだぜ」
「面倒なこと、ですか?」
「うん、周辺国から、こぞってラブコールというかね、同盟を組んでくださいって話になってるみたい。元々は、ドワーフって、各国から必要に応じて、武器とか道具類を売買する関係だったんだけど、まあ、端的に言えば、自分たち以外の国とは交流を絶ってくれって感じ? 直接、戦争に関与しているわけじゃないんだけど、まあ、物資という意味では無関係ってわけでもないし、難しい立場というか」
「それにしたって、元々の交流自体、消極的にやってたみたいだけどな。断ったら、戦争の矛先が自分たちに向くから、仕方なくって感じだったとさ。一応、交流は続けますから、こっちを巻き込まないでください、ってな」
そもそも、ドワーフの場合、その周囲の山脈と峡谷で、自己完結していたとのこと。
その辺は、妖怪の国コトノハと同じかな。
基本的に自給自足で事足りるというか。
雪解け水が川となって、峡谷ができて、その辺りを住みかとしている感じらしい。後は、鉱物種がある程度、外との交流をして、必要な物資は手に入るので、大きな問題までは発展していないというか。
一応、王都ともつながりがあるとのこと。
それも、王都の方からぜひにって感じらしいし。
まあ、それだけドワーフのものづくりスキルが抜きん出ているってことだよね。
「何だか、ドワーフさんたち大人気ですね」
「ああ、実際、コロネもジーナとかのスキルを見たろ? あれでも、ドワーフの中では、まだまだ未熟者らしいぞ。だが、それでも、日本刀を一目見ただけで、ある程度のコピーはできたからな、こと金属加工系に関しては、かなりのレベルと言ってもいいだろうな。武器、防具、生活必需品、何でもござれ、だ。そりゃ、仲良くなりたいと思うやつは多いだろ」
「まあ、おかげで、面倒くさいことになっちゃってるけどね。とりあえず、『もー限界!』って感じに、ドワーフの本国っていうか、まあ、国じゃないけど、そっちがブチ切れちゃって、いよいよ、これからどうするか、って話が進んでいるってとこかな」
「その辺りは、教会から、孤児の件とは別に話が来ているんだ。この町にもドワーフはいるし、何か手伝えることがあったら、ってとこか。まだ、確定じゃないし、あっちの状況がどうなるかもわからないからな、詳しくは話せないが」
はあ、なるほど。
そう言えば、メイデンも何か、そんなこと言ってたっけ。
ドワーフの人たちがらみで、何かアクションを起こそうって感じなのかな。
まあ、こういう時のオサムは細かいことを一切話してくれないから、ここまでって感じだろうけど。
ふむ、今度、ミキサー関係でジーナのところに行った時にでも聞いてみよう。
「まあ、話を戻すか。スライムたちの協力があれば、ゼラチンが簡単に作れるかも、ってのは朗報だな。俺も知らなかったんだが、『粘粉生成』ってのは、色々な粉を作れるのか?」
「いえ、わたしもまた聞きですから、詳しいことは何とも……。ただ、かなり応用が利くみたいですよね。これを見る限りは」
そう言って、オサムの片栗粉を見せる。
たぶん、オサムもじゃがいもから片栗粉は作っていたとは思うけど、問題はスライムさんたちの製法だ。
「おっ、片栗粉か」
「はい。ただ、これ、ここのパン工房で売っていた、コロッケパンのコロッケから作ったらしいですよ。スライムさんがコロッケを食べて、それからって感じで。さすがに、ちょっとびっくりですよ」
「おいおい、何だよそれ。すげえな、『粘粉』。ってことは、ゼラチンの原料を食べさせれば、それからも『粘粉』を作れるってことか?」
「可能性としては。まだ、試してもらってませんけど、コラーゲンたっぷりのスープとかを食べてもらえば、そのまま、粉ゼラチンとか生み出すことができるんじゃないですかね? 今度、『竜の牙』の人たちに、プリンと一緒に、スープとかも持って行ってもらおうかと考えているところです」
まあ、食べ物を食べてもらうだけだしね。
もしかしたら、使用制限とか色々とあるのかも知れないけど、それならそれで、料理を持って行って食べてもらうだけで終わりだから、どうという話でもないし。
「ははは、わかった。そういうことなら、しばらくは、そっち系のスープを作ってみるか。ま、ちょうどいいと言えば、ちょうどいいしな。しばらくは、汁物に工夫を凝らすつもりだったしな」
だから、それを『竜の牙』の連中に渡してくれ、とオサム。
「あ、何だかすみません、オサムさん。助かります」
「まあ、この件については、基本はコロネに頑張ってもらうけどな。プリンを使って、スライムたちと仲良くなったのはお前さんだろ? だったら、この『粘粉』の件は、任せるさ。その代わり、俺もちょっとは手伝えるところで、手伝うって感じだな」
「偉そうに言ってるけど、オサムも『粘粉』が欲しいだけだよね?」
「はは、ばれたか。ま、そんなとこだ。だから、コロネは気にしなくていいぞ。色々、それっぽい料理を作ってみるから、それを渡して、どうなったか。結果を教えてくれ。ついでに、ある程度、『粘粉』が確保できたら、こっちにも融通してくれるとありがたい」
「わかりました。というか、いつもオサムさんにはお世話になりっぱなしですから、このぐらいお安い御用ですよ」
どう考えても、借りている分の方が大きいものね。
というか、あくまでもコロネは、塔の従業員って感じだし。
それでも、ひとつひとつ頭を下げてくるオサムの、その気配りがうれしい。
何となく、アットホームな会社って感じだ。
「おう、ありがとうなコロネ。後は、何だ? 『粘粉』ってことは、とろみがつくものなら何でもいいのか? 色々と試してみたいものはあるんだが」
海藻類とか、豆類とか、とオサムが笑う。
あ、豆類って、増粘剤とかゲル化剤のことだよね。
なんとかガムって感じのもののことだ。
ガムって聞くと、ちょっとイメージが固定化されちゃうかもしれないけど、アイスクリームとかに使ったりもするんだよね。冷凍中の結晶化を遅らせて、食感を滑らかにするためだ。
うん、いいかもしれない。
「そうですね、少しずつですが、増粘剤についても試してみたいとは思いますね。ただ、原料の豆に関しては、わたしではちょっと用意できませんよ」
というか、大豆の時点で難易度が高いものね。
グアーガムとかキャロブガムの原料の豆なんて、どこにあるんだか。
「まあ、そっちの方は、俺の方でも探してみるさ。色々と豆料理でも出していけば、そのうちヒットするかもな。幸いと言うか、こっち原産の豆とかも、色々あるしな」
大豆とか、そういうのとは違うが、豆っぽい食材は王都などでも出回っているのだそうだ。
なるほど。
結局、空大豆みたいなのが、特殊食材になってるってことか。
向こうで言う、南米とかの豆はけっこうあったりするのかも。
ていうか、何で普通の大豆はないんだろ。
謎だ。
「でも、オサムさん、まだ全然話が進んでませんよ? そういうのは、わたしとかもスライムさんたちに、あいさつしてからになると思うんですけど」
「まあな。ただ、こういうのは色々とアイデアを出してる時が楽しいのさ。実際のところは、コロネが外に出られるようになってからでいいさ。何度も言うようだが、慌てるなよ? 命はひとつしかないからな」
「はい。今は、まずメイデンさんの訓練を頑張りますよ」
スライムさんとの交流は『竜の牙』の人たちにお任せだ。
まずは、できることから、ひとつひとつやっていこう。
そう思った。




