第170話 コロネ、砂糖の可能性に喜ぶ
「まあ、挨拶はそのくらいで、ちょっとコロネへの説明が残っていたから続けるね。西大陸の話が出たってことは、今度は東大陸の話もしないとね」
アノンがそう言って、さっきの話の続きを語り始めた。
西大陸は神族関係ってことは、東大陸は、おそらく、ってことだよね。
「まあ、さすがにこのサイファートの町にいれば、自然とその存在を意識しないといけないだろうけど、東大陸ってのは、魔族が多く住んでいる大陸だね。いわゆる、『魔王領』ってやつ。一応、うーちゃんとかに言わせると、この辺りまで含めて『魔王領』らしいけど、この町ができちゃったから、便宜上、大陸で分けさせてもらうね。一応、東大陸全域と、その周辺海域が『魔王領』ってくくりで問題ないかな」
「東大陸って、この町から近いんですか?」
「うん、普通に王都に行くよりもずっとね。海を挟んではいるけど、この町がある辺りって、実は、東大陸からもっとも近い位置にあるんだよ。だから、この町の別名が『中央大陸の最前線』って言うんだよ」
なるほど。
一応、ざっくりと区分けすると、西が神族、中央が人間中心で他種族混成、東が魔族って感じかな。もちろん、神族と魔族も他種族が混じっているのは変わりないのだそうだ。ただ、出身がどこの大陸かによっても、別の意味で、神族、魔族、という称号で呼ばれることもあり、定義としては曖昧なものらしい。
アノンによれば、妖精種の魔族とかもいるらしい。
つまり、魔族っていうのは、正式な種族名ではないってことか。
「一応は、東大陸も、西大陸も、厳密に言えば、南の『幻獣島』もそうかな。それらは、少しずつ、『空虚の海』が開けていって、到達が可能になったエリアだね。だから、中央の大陸とは別の進化を遂げたって感じかな。たぶん、それぞれの大陸がまずできて、少しずつ、お互いの範囲が広がってきて、今みたいになったんだろうってのが、幻獣種とかの推測だね。だからこそ、それ以外の大陸が他にもある可能性は否定できないかな。そもそもが『世界は広がっているもの』だからね」
結局のところ、いまだにこの世界については謎だらけなのだそうだ。
飛行系のスキルだけでは到達できない地域も多いため、本腰を入れて、調べるためにはそれなりに、準備などが必要で、だけれども、そのためにはまだ、大陸の中が安定しているとは言い難いので、なかなか進められないというのが現状らしい。
「まあ、世界の謎も結構だけど、そもそも、衣食足りない状態で、そんなことしてられないよって感じかな。まだまだ、礼節を知って、次のステップに進むのは先になりそうだねえ」
そう言って、アノンも苦笑する。
一番頼りになりそうな、竜族もゲルドニアとの間で、交流を閉ざしてしまっているので、今はもう少し状況が良くならないと厳しい、とのこと。
そう考えると、大航海時代ってすごかったんだね。
「おっと、大分話が逸れちゃったかな。この手の話って、ボクも嫌いじゃないから、つい、ね。コロネも天気については、もうちょっと注意した方がいいって話だったよね? 天候によって、それぞれの属性魔法にも影響が出てくるから、その辺りは、よく知っておいた方がいいかな」
「その辺りは、コロネさんが外に出られるようになったら、『竜の牙』でも実地で付き合ってもいいぞ。今後も、プリンとかで世話になるだろうしな」
「ですね。そのうち、スライムさんの村に行く時にでも、コロネさんにこの辺りをご案内しますよ。何でしたら、『最果てのダンジョン』までどうですか?」
「まあ、どっちにしろ、村はダンジョンの中にあるから、足を踏み入れないといけないんだけどね。恐かったら、あんまり焦らない方がいいんじゃない? ミストもそういう意味ではちょっとスパルタだもんね」
「失礼な! 変なこと言わないでよ、ピエロ! さすがにみんなで護れば大丈夫でしょ?」
あ、結局、ミストとピエロの言い争いになっちゃった。
まあ、それについては、もうちょっとメイデンとの訓練を進めてからかな。
まだ、町の中でも色々とすることがあるし、慌てない慌てない。
「おい、お前ら、その辺にしろよ。まあ、あんまり長居すると、コロネさんたちにも迷惑だろうから、俺たちもそろそろ行くよ。その前に……ミスト、『粘粉』を渡したせいで、もうひとつの食材を忘れてるぞ。本当は、そっちが俺たちの本命だろうが」
「いや、アランの方が『粘粉』に興奮してたじゃない。まったく……あ、すみません、コロネさん。実はもうひとつ食材、というか、ちょっと面白いものを見つけましたのので、持ってきたんですよ。こちらです」
そう言って、ミストが取り出したのは、大きめのビンに入った液体だった。
えーと、何だろう、これ?
ハチミツ、じゃないよね。
「スライムさんたちに教わって、取って来た、甘い樹の樹液です。たぶん、『最果てのダンジョン』でしか取れないんじゃないですかね? 私たちも試しになめてみましたけど、ハチミツとはちょっと違う感じで美味しかったですよ」
「え!? ほんとですか!? ちょっといいですか?」
そうか、これって、もしかすると、まだ濃縮前の樹液か。
慌てて、中身の液体を確認して、試しに味を見てみる。
「甘い……! あ、やっぱりこれは、ちょっと風味が違うけど、間違いない」
向こうの世界ではカエデの樹から採れる、甘い物。
こっちの世界でもカエデから採れているのかはわからないけど、限りなく、その風味に近い味がする。
当然、濃縮前の樹液がそのままの状態だから、色とか品質はちょっと違うけど、間違いない。
メープルシロップだ。
うん、と頷く。
ハチミツのみの状態から、大分選択肢が広がるね。
「ミストさん、これ、大当たりです。わたしが探していた食材のひとつですね。本当にうれしいですよ」
「それは良かったです。やっぱり、コロネさんでしたら、甘い物の方が喜ばれると思いまして、スライムさんに相談したところ、この樹液が採れる秘密の場所を教えてくれたんですよ。スライムさんたちにとっても、貴重な甘い液ですので、大量には、難しいですけど、詳しいお話を聞いたところ、ダンジョンの奥にも生えている可能性がありそうですので、頑張って、そちらも見つけられれば、と」
「ということは、コロネさんはこの樹液については知っていたってことか。俺なんかは、初めて出会った感じだがな」
「はい。わたしのいたところでは、この樹液を煮詰めたものをメープルシロップと呼んでいたんですよ。本当にうれしいですよ。もしも、量の問題さえ解決できれば、砂糖が手に入りますから。そうすれば、もっともっと色々なお菓子が作れるようになりますよ」
ただ、少し落ち着いた方がいいだろう。
メープルシロップから砂糖を作るには、かなりの量の樹液が必要になる。
普通のシロップですら、樹液を煮詰めて四十分の一の量しか取れないのだ。
メープルシュガーを作るとなれば、相応の樹液が必要になる。
さとうきびとは違って、量産体制がとりにくいので焦ってはいけない。
とは言え、だ。
やった!
お砂糖だ! お砂糖だよ!
パティシエとして、うれしくないはずがない。
「というか、この樹液はオサムさんも知っているんですかね?」
「いや、たぶん、『最果てのダンジョン』でメープルシロップが採れるっていうのは知らないんじゃない? ま、他の場所では似たようなものが採れないわけじゃないけど。良かったね、コロネ。思いがけず、ショートカットできたって感じ?」
アノン曰く、オサムも砂糖の量産には、かなり苦労していたとのこと。
まあ、もちろん、コロネはいまだにさとうきびにはたどりついてすらいないけど、それはそれで、という感じだ。
少量とはいえ、お菓子作りに使える砂糖が手に入ったというのが大きい。
「たぶん、『最果てのダンジョン』に挑戦している他の冒険者でも、気付かなかっただろうな。正直、俺たちも、何度もダンジョンを探索していたが、まったく気が付かなかったぞ。ほとんど隠しエリアだよな。村の人からの情報がなければ、おそらくたどりつけなかっただろう」
「そう。ヨルの探知でもまったくわからなかったの。ちょっとくやしい。でも、これでパターンはわかったから、今度は頑張るの」
「本当、ダンジョンって奥が深いよね。特に『最果てのダンジョン』は、って言うべきかな。僕もこんなよくわからないダンジョンは初めてだよ」
どうも、普通のダンジョンとは色合いが大分違うらしい。
探索に慣れている『竜の牙』の人たちが、口をそろえて、そう言っているから、それで間違いがないんだろうけど、コロネは普通のダンジョンにも入ったことがないからね。
なるほど、そういうものか、としか思えないかな。
聞いている限りだと、ドロシーが言うところの『幻獣島』の方がヘンテコな感じがするしね。
「それで、このシロップは、明日のための食材ってことですか?」
太陽の日に向けての食材って、思えばいいんだろうか。
ただ、シロップならまだしも、砂糖を作るには、もうちょっと時間が欲しいかな。
どうせなら、新しいお菓子を食べてもらいたしね。
「いや、元々はプリンのお礼のつもりだよ。これを使って、何か作ってくれって話じゃないさ。粘性種の村との交流がうまくいったのも含めて、むしろ感謝しているのはこっちだしな。まあ、コロネさんがそれで何か作ってくれるっていうのなら、ありがたい。ぜひ食べさせてもらいたいもんだ」
「うんうん、おねえちゃんの作った料理は食べてみたいかな」
「必要なら、お金も払うの。せめて、アイだけでも、食べさせてあげて欲しいの」
「わかりました。そういうことでしたら、少し時間を頂けますか? 提供できるお菓子ができましたら、プリンなどと一緒にお渡ししますので。さすがに、明日はもうすでに作るものが決まっていますので、それ以上、別の作業は難しいですし」
とはいえ、明日は明日で、フレンチトーストとかは出せるから、と伝える。
一応、材料がなくなり次第、終了と言うことも含めて。
「それじゃあ、朝の開店を狙って、また来るか」
「ですね。それではコロネさん、また明日よろしくお願いしますね」
「はい、お待ちしておりますね。それと……このシロップが入手できましたら、そちらもよろしくお願いします」
砂糖を作るためには、とにかく量が必要だ。
今のままでは、試作品を作っておしまい、という感じだろう。
まあ、それだけでも十分、うれしいんだけどね。
「わかりました。私たちも新しいお菓子のために頑張りますよ。コロネさんにも喜んでもらいたいですしね。それでは、また」
そう言い残して、『竜の牙』に人々は帰って行った。
後に残ったのは、ゼラチンと片栗粉とメープルウォーターだ。
いや、すごいね。
もうちょっと先になるかな、と思っていたうちのふたつをゲットできてしまった。
量的な問題もあるから、まだまだだけど、オサムも知らないルートっていうのが、あるかもしれないってのは大きい。
これで可能性が広がったもの。
ようし、もっともっと頑張ろう。
そう思うコロネなのだった。




