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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第4章 パンとサーカス編
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第167話 コロネ、果樹園の主の話を聞く

「それでだ、さっきの話の続きだが、知り合いのところに行って、面白いもんを受け取って来たんだよ。きっと、コロネも驚くと思うぜ」


 そう言いながら、オサムがアイテム袋から取り出したのは、コロネも見覚えがある機械だった。いや、ちょっと形状とか、細部に違いはあるかな。

 そもそも、向こうだと電源が必要だし、こっちだと、コードはないみたいだしね。


「オサムさん、これって」


「ああ、もしかしたら知っているかもしれないが、ガストロバックだ。こっちの世界版のな。動力は魔晶系アイテムで補って、金属部分には、精霊金属を混ぜて合金化してある。後は、まあ、なんだな、吸引機能のところで、風魔法がちょっとだけ応用されている以外は、ほとんど向こうのと同じ機能だな。ちなみにコロネは、ガストロバックについては知っているか?」


「はい、向こうでも店長が使っていましたし、わたしも割と、という感じですね。それに、オサムさんがこれを作っているのは、ガゼルさんからも聞いていますよ」


 正真正銘、ガストロバックだ。

 密封ができる専用のお鍋から、一本の管が本体の機械へと伸びている。

 そこから中の空気を吸い出して、真空状態を作り出すんだよね。

 後は、鍋ごと加熱調理をすれば、それで、低圧調理ができるようになる。

 まあ、もちろん、コロネがお店で使っていたのとは、少し違うけど、基本、やれることはそれほど変わらないだろう。


「そっかそっか。そいつは何よりだ。あー、そうだ。ガゼルで思い出したぜ。夕食は大丈夫だったか? さすがにもう終わっている時間だと思うがな」


 今日はあいつに世話になりっぱなしだ、とオサムが苦笑する。

 本当は、夕方までに用事を済ませるつもりだったのだが、大分時間も遅くなって、結果的に、明日の料理の仕込みにずっと付き合わせてしまったらしい。


「そだね。ガゼルの料理も美味しかったよ。まあ、この町の食事レベル自体が、当初よりも大分向上してきたって感じかな。これは、オサムが片っ端から、料理を手解きしまくったおかげだよね、うん」


「他のみんなにも好評でしたよ。熱風調理っていうのには少し驚きましたけど」


 たぶん、純粋な魔法による料理って初めての気がするし。

 塔の調理場は、何だかんだ言っても、向こうの世界の器具に準じているしね。

 ドムのお店で食べたのは、炭火焼きとかだったから、魔法じゃないと思うし。


「とは言え、真空調理機の話の方が驚きましたけどね。オサムさん、これ、パコジェットよりも再現が難しいやつじゃないですか」


「まあ、なあ。最初は冗談のつもりだったんだよ。いつだったか、話の種に、こういう調理法があるんだよ、みたいなことを言ったら、一緒にいたリディアのやつが、変に食いついてきて、それじゃあやってみようって話になってな」


「それ、さっきもガゼルさんに聞きましたけど、どうやって、真空を生み出したんですか? さすがに普通のところだと難しいと思うんですけど」


 一体、どんな魔法を使ったら、真空なんて生み出せるのだろうか。

 いや、今日のクエストの時にも思ったんだけど、リディアの魔法が何なのか、さっぱり理屈がわからないのだ。

 まあ、そんなことを言ってしまえば、他の魔法も、例えば、アイの氷魔法とかも、理屈となると、さっぱりではあるんだけどね。

 ただ、それを見て、氷魔法だろうな、とか、風魔法だろうな、とか、そういう意味では何となくわからないでもないのだ。

 正直、リディアのは、見ても本当によくわからないのだ。

 重いものと軽いものを分離するって、土魔法の系統なのかな?

 そういう感じでもなかった気がするんだけど。


「あー、コロネ、リディアのはユニーク系統っぽいから、本人がどういう風に認識しているかによって、大分変わってくるから、説明のしようがないかも。これに関しては、正直に言っておくけど、ボクでも、リディアのスキルはコピーできなかったから。そもそも、今のボクでは、使うことすらできないってことみたいだね」


 相当に燃費が悪いスキルみたいだね、とアノンが苦笑する。

 そのため、どういうスキルなのかの情報もまったく不明とのこと。

 ちなみに、アノンの模写の能力も、アノン自身の魔力を越える能力は、そもそもコピーできないので、こういうケースはけっこうあるのだそうだ。

 その辺りが、制約というものらしい。


「俺も、詳しい理屈はわからなかったぜ? 蓋をした鍋の周囲を、結界みたいなもので囲んで、鍋の中に残っていた空気を抜き取ったって感じだと思うんだが、肝心のリディアの説明がなあ、言葉足らずというか何というか。『ん、鍋の中は空気がない状態』くらいしか、言わないしな。とりあえず、いきなり加熱するのは危なかったから、果物と酒を使っての浸透調理を試してみた。まあ、あれだ。真空状態を使って、短時間で果実酒を作るってやつだな」


「あ、真空浸透ですね」


 あれだ。

 果実酒というか、真空調理を利用した、カクテルの応用編という感じのやつだ。

 繊維質の果物の場合、減圧によって、果物の繊維に含まれる空気が抜け出して、その分、一緒に漬けてあるお酒がその部分へと染み込むのだ。

 それがいわゆる、浸透と呼ばれる調理法だ。

 果物の風味がお酒に染み出るというより、お酒の風味を果物の方へと染み込ませるという感じかな。

 こうすることで、お酒の味と風味が活きた果物ができあがるんだよね。

 そうそう、これ、けっこう、お菓子との相性がいいのだ。

 向こうの店長も、色々とチャレンジしていたし。

 お酒を活かした大人向けのお菓子の材料って感じかな。


「ああ。後は、野菜とだし汁か。そういう組み合わせとかな。一応は、リディアの魔法っていうか、スキルか、それでも真空調理みたいなのは再現できたんだ。ただな、再現はできたものの、どうやってるのか説明ができないから、結局、リディア以外には、どうしようもないだろ。仕方ないから、結局、地道に器具を開発するしかないからなあ。かれこれ、試作に何十回もかかって、ようやく、それっぽいものにたどり着いたって感じか」


「へえ、何十回も、ですか?」


 いや、普通はそうなんだろうけど、この世界の場合、パコジェットと同じようなことはできなかったのかな。

 オサムの記憶から、ジーナが再現、みたいな感じで。

 そう、コロネが聞くと。


「いや、それで試して、これだけかかったんだよ。吸引するところとか、真空状態を維持する部分とか、あとは、計器のたぐいだな。そっちの再現にすごく苦戦してな。さすがにこの手の機械を並行して開発できないからなあ。コロネがパコジェットの内部まで把握してくれていて助かったってのはあるな」


 何とか、パコジェットの方は順調に進みそうだ、とのこと。

 さすがものづくり。

 スキルで手順をいかさましても、いざ機構の部分は手を抜けないって感じだね。

 そうだよね。こんなの一筋縄でいくはずがないもの。


「で、オサム、その試作品はちゃんと動いたの?」


「まあな。さっきチェックはしてきた。そうでなけりゃ、ここに持ってこないさ。ぶっちゃけ、そのチェックというか、調理で時間がかかったってとこだな。今後は、ガゼルと真空状態での揚げ物も試してみるさ。コロネも、器具に関しては制限をするつもりはないから、余裕がある時は、色々と試してくれないか? とりあえず、もう少し情報を集める必要がありそうだからな」


「えっ!? いいんですか?」


 ちょっとうれしいかな。

 あー、それだったら、浸透で、お酒と果物の組み合わせを試してみようかな。

 ドムさんからもらった『ベネの酒』もまだ使わずに残っているしね。

 果樹園に行って、どういう果物が手に入るか、調べてみてから、それでって感じだね。


「それでしたら、わたしは果物とお酒で、試してみます。ちょうど、そろそろ、お酒を使ったお菓子を検討してましたし、果樹園にも行ってみたいと思ってましたので、ものすごくタイミングがいいですね」


「ああ、真空浸透について、だな。というか、コロネ。お前さん、まだ果樹園には行ったことがなかったのか?」


「はい、果物は大体が青空市で購入してましたし」


 そもそも、果樹園の詳しい話を聞いたのも、少し後だったしね。

 最初から知っていれば、すぐ向かったかもしれないけど。


「そうかそうか、だったら、初めて行った時は、ちょっとびっくりするかもな。あそこは、外から見るとカモフラージュしてるからわかりにくいが、中の方がすごいことになってるからな」


「え? カモフラージュ、ですか?」


 いや、そんなことは初めて聞いたけど。

 というか、この町、普通に町づくりはできないのかな。

 『夜の森』もそうだけど、果樹園は果樹園で一ひねりあるの?


「ああ。町の外からは、この塔が一番目立つだろ? だが、この町で一番大きいのは、この塔じゃないからな。はは、後は、果樹園に行ってからのお楽しみって感じか。あそこの責任者はレーゼの婆様だな。会ったら、よろしく言っておいてくれよ」


「うん、そだね。レーゼさんは、ものすごく包容力のある人だから、たぶん、会いに行ったら喜んでくれるんじゃないかな。さすがにあの人の模写は、ボクでも無理だね。正直、存在感が違いすぎるから」


 そうなんだ。

 というか、このふたりをして、ものすごく、そのレーゼさんには敬意を払っている感じだね。何だか、すごそうな人だ。

 うん、ちょっと会うのが楽しみだよ。


「はい、わかりました。レーゼさんですね」


 名前自体は、何度か耳にしたことがあったかな。

 あ、そういえば、ピーニャからドリアードだって聞いていたかも。


「たぶん、ここからだと、職人街経由で向かった方がいいな。職人街の大通りを南に向かえば、果樹園の入り口に着けるはずだ。ま、他にもルートはあるんだが、変なところから入ると、ちょっと面倒な感じになるところだしな」


「え、そうなんですか?」


 いや、面倒なことってどういうことだろう。

 町の南東部に位置するのがわかっているのに、ルートが決まっているってこと?


「そうそう。コロネは、この町に入るには、門をくぐらないといけないって話は知ってる? 周囲の壁を越えて入ることはできないってやつ」


「あ、それは聞いたことがありますよ」


 アノンの問いかけに頷く。

 確か、メイデンとウーヴが言っていたんだよね。

 壁を乗り越えて入ることはできないって。


「うん、それ、この町を囲んでいる結界術のせいなんだけど、それをやっているのがレーゼさんたちだから。つまりはそういうこと。果樹園の方にも、同じような結界が張られているんだよ」


「そうなんですか」


 へえ、結界術か。

 というか、この町もめちゃくちゃ大きいってわけではないけど、それでも町だからね。それなりには広いよ? その全域を網羅する結界って、すごい大きさだよね。


「ああ。変なところから侵入しようとしたら、迷いの森化したところへご案内って感じだな。あれ、大変だぞ。試しに町の有志を集めて、オリエンテーリングをやってみたんだが、遭難者続出だったからな。笑い事じゃなくて、気を付けろよ。まあ、普通は弾かれるだけで済むんだが、万が一、転送されると、かなり面倒だからな」


 さすがに死ぬことはないだろうけどな、とオサムが苦笑する。

 えー、町の中でもそういうところがあるのか。

 あ、そう言えば、『夜の森』も鍵なしだと外に飛ばされるんだよね。

 意外と危険がいっぱいな感じがするなあ。


「まあ、果樹園のこともそうだが、ガストロバックの方も頼むな。早いとこ、試作のチェックを終わらせたいからな」


「わかりました。頑張りますよ」


 こちらとしても、願ったり叶ったりだ。

 うまく行けば、新しいパン用の果物の加工もできるかな。

 ちょっと楽しみに思うコロネなのだった。

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