第166話 コロネ、雨具の話を聞く
「やれやれ、すっかり遅くなっちまったな。悪い悪い」
「あ、オサムさん、お帰りなさい」
酵母作りもひと段落して、まったりしているところにオサムが帰って来た。
もうすっかり日も落ちて、夜って感じの時刻だ。
雨の方は、まだ少し降り続いているのかな。
オサムも雨具のようなものを脱いで、その手に持っている。
あ、一応、雨具みたいなものもあるんだ。てっきり、魔法か何かで、みんな雨を何とかしているのかな、と思っていたし。オサムはそういうのは使っていないんだね。
ちなみに、朝が早いという理由で、ピーニャはもうすでに休んでいる。
「オサム、ボクも来てるよー」
「げっ!? 一瞬、誰かと思ったじゃねえか、アノンかよ」
「そうだけど……会って早々、『げっ!?』ってのは無いんじゃない? さすがにちょっと失礼だよ」
「いやいや、すまんすまん。つい、な。というか、お前さんが事あるごとに俺のことをからかうから悪いんだぜ。こっちも、多少はいたずらを警戒してるって言うかな。つーか、知らないやつに変化してるなら、まず名乗れよ。こっちもいちいち、看破しなきゃいけねえのは大変なんだよ」
「まったく、人間種ってのは不便だよね。色自体は近しいんだから、一目見たらわかりそうなものなんだけど」
「無茶言うな。そういうのが得意なのは精霊だろうが。そもそも、人間の場合、若返ったりしないし、ガラッと外見が変わるやつもいるんだ。けっこう、わからないぞ。まあ、その姿はコロネのか、多少は面影があるな」
「あ、わかりますか、オサムさん」
いや、コロネ自身も多少は昔とは変わった気がするので、当の本人でも、気付きにくかったくらいなんだけど。
まあ、それは、こっちがうっかりしてただけか。
それにしても、オサムとアノンはやっぱり親しそうだ。
一緒のパーティーで旅をしていたのは、伊達じゃないみたいだね。
「まあ、さすがにふたり並んでればな。雰囲気が近い。昔の方が髪が短くて、今よりもちょっと痩せっぽちって感じだがな」
おお、鋭い。
当時はもっと今よりも食が細かったからねえ。
おかげで、燃費性能はすごくいいんだけど、料理人としてはちょっと、という感じだったしね、今思うと。
初めて、向こうの店長に会った時に言われたのが、『モデルでも目指してたのか?』みたいな感じだったし。せめて、筋肉でもいいから、もう少し肉を付けろと言われて、せっせと修行したら、今みたいな感じになった、というか。
ふふ、今言われたら、単なるセクハラかも。
だけど、『子供が遠慮するな。しっかり食べないと仕事中に倒れる。パティシエの仕事量を甘く見るな』って感じだったから、結局は、子供扱いだったのかなとも思う。
いや、実際、しっかり食べないともたないのも事実だったけど。
「そうですよ。パティシエの修行でたくましくなったんですよ、これでも」
まあ、胸は成長しなかったけどね。
それは、どうでもいい話か。
「なるほどな。それで、アノンが来てるってことは、新聞がらみか?」
「そだよ。次の特集記事の企画で、コロネに密着するんだ。しばらく、塔の部屋で厄介になるからね。どうせ、まだ空いてるでしょ?」
「まあ、別に構わないが、一言ぐらい言っとけよな。ちょうど今、リリックとかも受け入れることになったから、こっちも色々あるんだからな」
「あ! そうですよ、オサムさんも一言ぐらい言っておいてくださいよね。リリックから聞いて初めて知りましたよ。塔で一緒に暮らすって」
てっきり、教会から通いになるのだとばかり思っていたもの。
アノンに苦言を呈するなら、自分のそういうところも治してもらいたいものだ。
「あれ? 俺言ってなかったか?」
「はい、ピーニャも一切聞いていないって言ってましたよ」
「あー、そいつはすまなかったな。まあ、ぶっちゃけ団体さんがやってきても大丈夫なくらいは、部屋に余裕があるからな。基本は飛び込みもオーケーだし、割とそういうのは適当なんだよ。ま、次からは気を付けるさ」
そう言いながら、屈託のない笑みを浮かべるオサム。
あ、これは、気をつける気がない顔だ。
オサム必殺、謝ったふりして明後日の方向を向く、って感じだよ。
まあ、仕方ない。そういう人だしね。
「ははは、やーい、オサム、怒られた」
「やかましいわ、まったく……まあ、それはさておき、ちょっと遅くなったのは、あちこちに顔を出してたからだ。ま、そのおかげで、色々と話が進んだって感じか。まず、コロネ、教会の冷蔵庫の件は、そういうものを置いている倉庫の方から持ってきた。ま、明日にでも持っていくとするか。今は、まだ雨が降っているしな。さすがにそこまで焦るもんでもないだろ」
「あ、ありがとうございます。塔の外に倉庫があるんですか?」
てっきり、塔の保管庫とかで事足りていると思ったんだけど、町の外にもそういうものがあるんだね。知らなかったよ。
「まあな、貴重品のたぐいは、色々とリスク分散してるって感じか。何ヶ所かに分けて、倉庫を置いているんだ。もしかして、コロネも話は聞いたか? こっちの世界だと、空間が詰まったり、広がったりするんだと。まだ、俺もあんまりお目にかかったわけじゃないが、大きいものだと、空間ごと持っていかれることもあるらしいな。ま、めったに起こらないだろうが、念のため、だ」
あ、なるほど。
確か『空間変動』だっけ。
オサム曰く、それとは別に、この町に色々と集中させすぎると、ロクなことにならないから、って理由もあるらしい。
詳しくは教えてもらえなかったけど、各地に秘密基地みたいなものもあるのかな。
何だか、そういうのって、オサムが死んだあとで、謎のダンジョン化しそうだよね。
「ま、オサムの倉庫って、この町から結構離れているからね。いちいち取りに行くのは面倒だと思うけどね」
「今日のところは、遠出する連中に便乗させてもらったから、そんなに大したことにはならなかったけどな。まあ、雨が降って来たのは予想外か。こういう時、水魔法とか色々工夫できるやつらはいいよな」
「あ、水魔法で、雨を防ぐことができるんですか」
さっき、メイデンがやっていたのも、そんな感じなのかな。
案外、雨を弾いたりする魔法とかもあるのかも知れない。
「そだね。一般的な生活魔法としては、水魔法が主流かな。水の結界か、障壁を身体から薄皮一枚隔てて、発生させることで水を弾いたりすることができるんだよ。ちょっと応用すると、水中に入る時に濡れなくて済んだりとか、水の中を歩いたりとか、そういう使い方も可能っちゃ可能だよね」
「その辺は、少し工夫しないといけないけどな。まあ、ずぶ濡れになっても、すぐ乾かせばいいって考え方もあるな。もちろん、こういう雨具、レインコートみたいなものや、傘とかもあるぞ。水棲のモンスターから、水を弾く素材とかも手に入れられるからな」
なるほどね。
やはり、魔法を駆使した方法は、あんまり普及されてないみたいだ。
雨具にしたところで、防水加工自体は、なかなか難しいらしく、オサムが言ったようにモンスター素材を使うか、定期的に生活魔法を服にかけるなどの方法があるらしい。
普通は、やっぱり傘が多いとのこと。
どうも、化学繊維のたぐいはあんまり作られていないって感じかな。
それにしても、前にドロシーから聞いたことがあったけど、生活魔法ってやっぱり便利そうだ。言葉の響きとは違って、なかなかに難易度が高いらしいけど。
「そうだな、他にもひとりひとり違うやり方をしているって感じか。得意な魔法をうまく使って、工夫すれば、雨とかは対策は取れるぜ。ピーニャとかなら、火魔法弱めに展開で、雨そのものを即座に蒸発とかな。まあ、このやり方だと、一歩間違うと周囲に燃え広がることがあるから、コントロールに自信がなければ、禁止だけどな」
「え、ピーニャがコントロールですか?」
いや、普段から時々燃えている気がするんだけど。
あんまり、火魔法のコントロールが上手ってイメージがないよね。
「いやいや、コロネ、ピーニャはああ見えて、火魔法に関してはなかなかなんだよ。あれにしたところで、一見暴走状態だけど、触れたものを燃やさないでしょ? パン作りに関しては興奮状態になりやすいってのもあるけど、それ以上に、制御が難しい火魔法の使い手って感じなんだよ。あの程度で済んでいるのは、本当にすごいと思うもの」
そうなんだ。
そっか、普段はのほほんとしているピーニャしか見たことがなかったけど、ああ見えて、オサムと一緒に旅していたんだものね。それなりには実力者ってことなんだろう。
そもそも、このサイファートの町の外へもひとりで行けるみたいだし。
つまりは、そういうことなのか。
「まあ、ピーニャも場合、ハーフだから、特性が化けているところがあるんだよ。ま、あんまり気にする必要はないが、人に歴史ありってやつだな。前にコロネたちが、俺のことをクセ者とか言ってただろうが、基本、この町にいるような連中は、クセの強いのが多いのさ」
俺なんか、かわいい方さ、とオサムが笑う。
いやいや、それに関してはさすがに頷けないんですけど。
「まったく、どの口で、そういうことを言うかな、この男は。いわゆる典型的な、お前が言うな、って感じだよね」
「いや、アノン、お前さんにだけは言われたくないぞ。このひとりパーフェクト超人が。どう考えても、お前さんの場合、壊れ性能だろうが」
「何言ってるのさ。オサムの『包丁人』の方が、ひどいじゃない。ああいうのを壊れ性能って言うんだよ」
何だか、横で聞いていると、どっちもどっちって感じだよね。
まあ、コロネはひとり一般人として、普通に頑張ることにしよう。
「そういえば、オサムさんには紹介しましたっけ? こっちがわたしの召喚獣のショコラです。種族は不明ですけど、たぶん、チョコレートモンスターじゃないかって」
「ぷるるーん!」
朝はちょっとすれ違い気味になっちゃったから、オサムには紹介できていなかったと思うんだけど。
改めて、ショコラの紹介だ。
「おっ!? 朝、何となくそれっぽいのがいるなあ、とは思っていたんだよ。やっぱり、召喚獣で間違いないのか。というか、チョコのフードモンスターかよ」
「はい。ぷにぷにしてて、触り心地がすごいいいんですよ、ショコラ」
「どれどれ……ははは! すごいな、この感触は。抱き枕よりふかふかしているじゃねえか。それにしても、あれだな。チョコ魔法に、チョコレートの召喚獣か。ある意味、コロネのスキルは一貫しているよな。さすがはパティシエってところか」
「どうなんでしょうね? やっぱり、他の迷い人の場合も、それまでの経験とかが影響しているんですか?」
それについては、少し気になる。
オサムの場合は、料理人だから『包丁人』か。
他のケースはどうなっているんだろう。
「まあ、例が少なすぎて何とも言えないな。確かにそういう傾向はあるみたいだが。だとすれば、こっちの世界で生まれた人間の場合ってのが、よくわからないぜ?」
「あー、そうですよね」
「まあ、ちょっと得したなくらいに思っているといいさ。最初からユニークに目覚めているのはめずらしいみたいだしな。精々、使えるものは鍛えておけって、そんな感じだな」
「わかりました」
そうだよね。
まだ、コロネにしても、チョコ魔法のスタートラインに立ったばかりだ。
この能力と上手に付き合っていけるよう、頑張ろう。
そう思った。




