第161話 コロネ、もんカフェの話をする
「ふうん、リリックちゃんって、そういう感じだったのねー。知らなかったわ」
「はい、隠していて、すみません」
シャワー室の一件の後、リリックも覚悟を決めたとのことで、今、夕食の食卓を囲んで、自分のことを話していた。
今、同じテーブルにいるのは、コロネとピーニャ、アノンとリリック、あとはジルバとショコラといった感じだ。ガゼルは、向こうのオーブンの前で、肉料理の焼き上がりを待っている。
結局、あの後、リリックがピーニャにも話をしに行って、その間にコロネとアノンとショコラがシャワーと着替えを済ませたのだ。その時には、同じく着替えが終わったジルバとも合流していた。
さっきとは打って変わって、リリックもすっきりした表情を浮かべている。
まあ、何だね。隠し事をしているのって、親しい間柄だと、ちょっと後ろめたい感じになっちゃうから、これで良かったのかもしれない。
そこまで、気にする人もいないだろうし。
「まあ、清楚な美少女って感じの子が、そうだって聞いたらびっくりもするでしょうけど。私にとってはそんなことより、やっぱり中性体って、身体が整っている子が多いのかしらって、感心しているところよ。ふふふ、いいわねえ、リリックちゃんも綺麗なんだから、そんな些細なことは気にしない気にしない」
「いや、あの、私の場合、男の子の部分も付いているんですけど……」
「そこがいいじゃない! 何事も普通じゃつまらないのよ」
「というか、ジルバさんの場合、肌がきれいな人が好きなので、その辺りはどうでもいいのですよ、きっと。何かをなでるのが大好きなのです」
「ふふふ、いいじゃない、ピーニャちゃん。やっぱり、つやつやっとした肌触りって、癒しになるのよー。大丈夫、あたしだけじゃなくて、ちゃんと気持ちよくなるようにしてあげるから、ね」
へえ、ジルバってそういうところがあったのか。
そういえば、コロネも最初に温泉で触られたような気がするし。
「ということは、ジルバさん、ショコラのことも気に入るかもしれませんね。この子、ものすごく触り心地がいいですよ」
「ぷるるーん!」
それについては、コロネもそうだが、ドロシーやその他の人からも一定以上の評価を得ている。ショコラの感触はまさしく、癒しそのものだ。
もしかすると、さっきの訓練で、コロネが正気を保てていたのも、ショコラをぷにぷにしていたからじゃないかって、思わなくもないし。
「へえ、どれどれ……? うわっ!? きゃあ、何これ何これ!? すごいじゃないの! ショコラちゃん! この子、いいわあー。ぷにぷにしているだけじゃなくて、指を押し返してくる力も絶妙な感じよね。あー、なでているだけで幸せになってくるわあ。ね、ね、コロネちゃん、この子、あたしにちょうだい!」
「いや、あげませんよ」
確かに、ショコラの仮設定として、ジルバが発見して、コロネが引き取ることになったって説明したけど、それはあくまでも粘性種としての説得力のためだ。
もちろん、冗談だとわかっているけど、それでも、頷けないくらいには、コロネ自身もショコラに対して愛着を持っているのだ。
自分の召喚獣だから、というよりも、何となく可愛くて仕方ないという感じだし。
「ぷるるーん!」
「むぅ、残念ねえ。あー、でもいいわね、この子。いっそのこと、あたしもモンスターを育ててみようかしら。スライムって、あんまり気にしていなかったけど、ここまで触り心地がいいのなら、一考の余地あり、ね!」
あ、ジルバがちょっと本気になっている。
というか、ショコラは別に粘性種じゃないから、本当のスライムもこんな触り心地なのかまではわからないんだけど。
「あ、それなら、ジルバさん、フードモンスターを探してみるのですよ。たぶん、スライムさんだと、そっちの村の人が託してくれないと、この辺りのスライムさんは捕まえてきてはダメなはずなのです」
「うん、そだね。あと、普通の粘性種だと、この感触にはならないと思うよ。まったく、ジルバったら、ふわわのせいで、変に感触フェチになっちゃったよね。隙あらば、触り心地のいいものを探しに行ってるでしょ?」
「いやいや、もちろん、ふわわの感触は最高よ? でもね、あの子の場合、こちらからなでている感触が薄いというか、どっちかと言えばなでられている感じだから、それはそれで、なのよね。ほら、アノンちゃんに変身してもらっても、やっぱり本物とはちょっと違うのよねー。もちろん、ちっちゃいころのみんなもかわいいんだけど」
「そこは仕方ないよ。ボクもふわわも幽霊種だし。実体化はできるけど、普通の肉体とはちょっと違うもの。というか、ジルバ、そのくらいの違いはほんのわずかなものなんだけど、それに気付けるとは、大したもんだね。いよいよ、なでなでマイスターへの道を突き進んでいるなあ」
「ふふふ、そんなに褒めないでね」
「いや、呆れているんだってば」
何でも、ピーニャによれば、ジルバを始め、可愛い子を愛でたり、なでたりするための愛好家の集団とかもあるらしい。ジルバの他には、『竜の牙』のヨルとか、まあ、他にも色々いるとのこと。
さすがにそれについては、ギルドじゃないみたいだけど、お互いに情報を伝え合ったり、暇さえあれば、そういう癒しを求めて動いているのだとか。
ふうん、何だか、猫カフェとかあったら流行りそうだよね。
こっちの世界だと、ショコラみたいな、人懐っこいモンスターを集めて、モンスターカフェ、もんカフェかな。
あれ、もしかして、ちょっと面白いかな?
「ねえ、ジルバさん。ショコラみたいなモンスターを集めて、カフェでもやってみます? 可愛いモンスターをお店で自由になでたり、触れ合ったりできるお店ですけど。わたしがいたところでは、動物とカフェの組み合わせとかが流行っていたことがあったんですけど。こっちの世界ってそういうお店はもうありますか?」
「なんですって!? コロネちゃん、後で詳しく話を聞かせてもらうわよ。いや、そういうお店は聞いたことがないわね。ふむふむ、どういうモンスターを集めるべきか、できれば、友好的であんまり大きくない方がいいかしらね……そうね、そうね。今はちょうど、何でも屋みたいなことしかやってなかったし、塔の護りはほとんど、ふわわひとりで事足りるし、ああ、そうね、いっそのこと、塔の中で……」
予想通り、というか思った以上に、ジルバが真剣に食いついてしまったよ。
というか、本気で、もんカフェを立ち上げる可能性を探っているみたいだし。
いや、何気なく言っただけだけど、いざモンスターを集めるとしても、それを育てるのとか、けっこう大変だと思うんだけど、どうなのかな。
そもそも、詳しく説明をしないうちに、ジルバの中では、そのイメージが膨らんできているみたいだ。
何だか、コロネには想像できないようなお店っぽいんだけど。
「……後は、みんなとも相談して、そうね、アランやピエロにも手伝ってもらえば……うん、行けるかも! コロネちゃん! コロネちゃんもお店の件が進みそうだったら、手伝ってね。カフェってことは何か出した方がいいってことだものね」
「それは構いませんけど、ジルバさん、お店を開くってことですか?」
「みんなにも相談してからだけどね。そもそも、マスターにも相談しないと、あたしの場合、ちょっとまずいし。でも、今って、空き時間とか、何となく、何でも屋をして過ごしていたから、ちょうどいいと言えば、ちょうどいいわ。そういうカフェだったら、お客さんがあんまり来なくても、可愛い子に囲まれて、ちょっと幸せだもの」
そう言って、満面の笑みを浮かべるジルバ。
まあ、やりたいことが見つかったなら、それでいいのかな。
ショコラへの関心も少し逸らせたみたいだし。
「でも、カフェってことは、パン工房の営業と被らないようにした方がいいかもしれませんね」
ピーニャはピーニャで、フレンチトーストとかお菓子を使って、イートイン営業の強化を狙っているみたいだし、その辺りの棲み分けは大事だろう。
まあ、もんカフェの場合、食べ物はおまけみたいなものだから、そこまで気を遣わなくてもいいのかもしれないけど。
「別に、コロネさん、パン工房は問題ないのですよ。そもそも、売上が落ち着いても、プリムさんが買っていってくれるのです。まだまだ、向こうが求めている量にはまったく足りていないのです」
「え? そうなの?」
コロネとしては、プリムの買い上げに頼りきりの状態は、あんまり良くないと思っていたんだけど、あれでもかなり手加減しているってことなのか。
え、そもそも、プリムはどのくらいのパンが必要なの?
王都にも、パン屋はいくつかあるって聞いていたのに、それでも足りないのかな。
「なのです。特に、新しいパンについては、いくらあっても大丈夫なのだそうです」
「というか、王都に白パンを流しちゃって、大丈夫なの?」
そっちの方が問題のような気がするんだけど。
今、ドムさんが行ってくれているのも、その件だったよね。
「あ、そっちの件は、プリムさんがうまくやってくれているので、心配ないのです。はい、大丈夫なのですよ」
「まあ、ピーニャがそう言うなら、いいけど」
何だか、今の返事に違和感があったんだけど、気のせいなのかな?
さすがにプリムのことだから、心配はないんだろうけど、危ない橋とか渡ったりしてないよね?
あの、行動力が暴走したらと思うと、なかなか恐ろしいよ。
「大丈夫よ、コロネちゃん。カフェをやるとしたら、夜の営業にするから。その日、冒険とか、お仕事で疲れたみんなに、可愛いモンスターで癒しを提供。うん、そうね、そんな感じを狙ってみるわね。それに、コロネちゃんのお菓子とかもちょっと出せれば……これは、流行るかも! そうすれば、もっともっと、なでなで愛好家も増えるわね」
「おー、面白そうだね。料理がらみなら、新聞でも取り扱うよ。オープンが決まったら、教えて? たぶん、そっち系の話が好きなのは、この町の外にもたくさんいると思うから、ネタとしては申し分ないし」
「そうねえ、塔の地下でオープンって可能性もあるから、新聞の方ではうまくぼかしてもらえる? あー、それとも、塔の外で、あんまり離れていないところにお店を持った方がいいのかも、もう少し、その辺りを検討してからね」
「うん、わかったよ。ひとまずは、ボクの中でネタを温めておくことにするよ」
それにしても、ジルバの中では、本気で話が進んでいるみたいだね。
立地のこともすでに計算に入っているんだ。
確かに、塔の周辺って、まばらに住宅とかが立っているだけで、お店も閑散としているものね。
町の中央部には、シンボルとして塔があるってだけのイメージだ。
この辺の空いている土地に、カフェを作るのはありかなあ。
「ふふ、夢が広がるわね! ちょっとわくわくするもの」
「そうですね、新しいことをするのって楽しいですものね。わたしも、リリックにお菓子作りを教えていって、やれることが増えてきたら、色々挑戦したいですし。ね、リリック?」
横を見ると、リリックが笑いをこらえていたので、話を振ってみる。
まあ、色々悩みもあるだろうけど、気にせず、みんなのノリについていこうよ。
そんな感じで。
「はい! コロネ先生。私も頑張りますので、新しいことにチャレンジしましょう。ふふふ、皆さん、ありがとうございます」
「そうそう、リリックちゃん。あんまり気にしないで。それを言ったら、あたしなんて、マスターを誘拐しようとした犯人なんだから。もっと、気にやまないといけないもの。こういうのは気楽に笑い飛ばすのが一番よ」
「あー、確かにそうですよね」
「あら、コロネちゃんたら、ひどいわひどいわ。でもね、落ち込んでいたって、しおらしくしていたって、誰のためにもならないじゃない。本当に反省しているなら、迷惑をかけた分だけ、その人のためにプラスになることをしないと、ね」
「なのです。今では、ジルバさんはなくてはならない人なのですよ」
そんなジルバとピーニャの言葉に、リリックが破顔する。
これで、乗り越えてくれるかな。
そう思って、思わず笑みを浮かべるコロネなのだった。




