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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第4章 パンとサーカス編
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第156話 コロネ、闇狼の威圧を受ける

「今までのは、身体能力とか、魔力の増強、それに周辺警戒と、それに対応する反射の精度をあげるための訓練って感じか、な。基礎のトレーニング、ね。そして、今からやるのは、精神面の強化だ、よ」


「精神面の強化、ですか?」


 どちらかと言えば、先程よりも真剣な表情を浮かべるメイデン。

 基礎トレーニングとは違い、ここから先はリスクも生じてくるとのこと。


「うん、簡単に言えば、失敗すれば死ぬ、という状況を乗り越えることか、な。命をやり取りする状況に身を置くことへの自覚、その恐怖心の克服。言い方は悪いけど、死を傍らに置いて、落ち着いていられるか、それを養うのがこの訓練の目的、ね」


 これについては、個々で乗り越え方が違うので、自分で手段や理由付けを見つけるしからない、とメイデン。


「例えば、闘争本能を高めている人もいる、よ。自分より強い相手と戦うことに、恐怖ではなく、興奮を覚える感じか、な。わたしの父様もそんな感じ、ね。恐怖心を何かに置き換えるか、あるいはそのままの形で抑え込むか、ね。その人の性格や、本質によっても色々な方法があると思う、よ」


『ふん、まあ、そんなのは今更な感じだがな。負ければ死ぬ。それは自然の摂理というものだ。ゆえに、強くあらねばならんのだ。生まれて以来、安全な場所でしか過ごしたことがない赤子に、いきなり求めるのは酷かもしれんが、少なくとも、その安全が誰によってもたらされているか、それを意識すべきだとは思うぞ』


 野に生きるとは、そういうことだ、とウーヴも言う。

 彼も親として、そういう教えはしているとのこと。


『いくら俺が子供に甘いと言っても、生存がかかる領域については、軽んずるつもりはない。己の身は己で護れ。それができずに命を落とすことになっても、致し方ないことだ。厳しい言い方だが、それについて来れなければ、楽にしてやるのも優しさだ』


「まあ、人間種の場合はうーさんたちと違って、群れることで安全を確保してる部分があるし、ね。そもそもの地力も違うし、成長の速度もあんまり早くない、し。あんまり、子供のころから、そういう命がけの状況が続くと、逆に心が荒んでくるんだ、よ。だから、あんまり厳しいことを言わないで、ね」


『ふん、数の力、か。まあいい、俺にしても、人間どもが個々に俺と同等まで強くなっても困るからな。ふふん、貴様らは数が多いのだから、案外、そのくらいがちょうどいいのかもしれんな』


「それで、具体的には、どういう訓練をするんですか?」


 ふたりが言いたいことは、よくわかった。

 となると、問題はこれから何をするのか、ということだ。

 うん、やっぱり嫌な予感しかしないよね。


「はっきり言ってしまえば、死線を乗り越えるってことか、な。今から、うーさんに、全力で戦闘態勢に入ってもらうから、その状態と対峙してみて、ね」


「全力で……?」


 ええと、ちょっと待ってもらえますか?

 いきなり、全力とかちょっとシャレにならないような気がするんだけど。


「うん、こればかりは、うーさんのさじ加減になるから……一応、手加減はしてもらおうとは思うけど、最初に、大丈夫、死にはしないから安心して、とも言えないんだよ、ね。この訓練の場合、その死ぬかもしれない状況を克服するためのものだから。だから、大丈夫、とはわたしも言わない、よ」


『別に俺も、貴様が憎いわけではないから、その辺りは気を付けるがな、コロネよ。だが、俺の全力の殺気を受けて、無事かどうかまでは俺もわからんぞ。俺は貴様ではないのだからな。さっきも言ったはずだ、死ぬなよ、と』


 うわあ、ふたりとも考え方がスパルタだ。

 頑張れ、生き残れ、必死についてこいよ、って感じだよ。

 うーん、何となく、方向性は違うけど、向こうの店長を思い出すなあ。

 パティシエの修行に行った初日に、ガツンと言われたのとか。

 自分に厳しい人って、考え方とか似通っているのかな。

 まあ、そのおかげかどうかはさておき、コロネも変な意味で免疫はついてるけど。


「ぷるるーん! ぷるっ!」


「え? ショコラもやるの?」


「ぷるるっ!」


 どこか楽しそうに、ぷるぷる震えながら、ショコラが頷く。

 いや、よくわかってるのかな?

 何だか、一緒に遊びたいって言ってるみたいなんだけど。


『はっはっは! いいぞ、ちびすけ。だったら、貴様も参加しろ。コロネが死なないように護ってやれ。ふふん、それでこそ、野生のモンスターたる、だ』


「うん、良いと思う、よ。これは精神面の訓練だから、たぶん、そっちの方が、成長できるかも、ね。それじゃ、ショコラもコロネと一緒にいて、ね」


「ぷるるっ!」


 何だか、よくわからないうちに、ショコラも訓練することになっちゃったね。

 とりあえず、ショコラを肩に乗せた状態で、ウーヴと少し離れて向かい合う。

 やはり、会話をしている時はあんまり怖くないけど、いざ、こういう風に相対すると、その迫力が伝わってくる。

 狼というだけでも怖いのに、その大きさが向こうの狼より、一回りも二回りも大きいのだ。優に五メートルはあるだろうか。映画とかで、大きい狼とかと会うシチュエーションはあったけど、いざ、自分がその立場になると、本当に怖い。

 闇色の目を見ていると、吸い込まれそうな感覚に襲われる。

 たぶん、余計なことを色々考えてしまうのも、逃避のようなものなのだろう。

 具体的に何をするのか、わからない分、得体のしれない違和感が体にまとわりついているような感じだ。

 何となく、ショコラに手を伸ばしてなでる。

 ぷにぷにした触感が、手に伝わってきて、それで、少しだけ平静に戻れる。

 いや、この感触はすごいよね。

 こんな状況でも、癒しとか、大した肌触りだよ。


『おい、メイデンよ。言われた通りで良いのだな?』


「うん、わたしが責任を持つ、よ。いざという時は、すぐに、メルを呼んでくるから」


 メイデンの言葉に、場の緊張感が高まっていくのがわかる。

 何かある可能性は否定できない。

 そういうことだろう。

 問題があるとすれば、今をもって、これから何が起こるのか、コロネにはまったくわからないということだろうか。

 説明が一切ない、死の恐怖って、言葉の響きの方が変な想像を掻き立ててしまって、それが少しずつ膨らんでいくのだ。嫌な感覚だ。


『わかった。いくぞ……!』


 途端、ウーヴの雰囲気が変化した。

 敵意の伴った視線。

 闇色の靄、いや、オーラというか、陽炎のようなものが濃度を増して、ウーヴの身体を包み込んでいく。

 殺気。こちらを殺すという明確な意志。それが、はっきりとした形をもって、正面からコロネへと飛ばされているのが、わかる。経験の薄いコロネでも、はっきりと、だ。

 檻がない状態で、猛獣と対峙すると、こうなるのだろうか。

 飛行機事故の直前の感覚は、無機物な死、というイメージによって、支配されているような感じだったが、これはまったく違う。

 明確に、こちらを殺す、という強い意志。敵意というのは生温い、ただただ、目の前の敵を屠るというためだけの感情。じりじりとした空気とでも言うのだろうか。感覚的には、訓練場の温度そのものが下がっていくような錯覚を覚える。

 驚きなのは、そんなことを考えていられる自分自身に対して、だ。

 なぜだろう。

 死が迫っている、と感じる状況でも思考はまだ生きているのだ。

 冷静というのとは、少し違うだろうけど。


『ガアアアア――――――!!』


「――――っ!?」


 先程の怒鳴り声とは、一線を画す咆哮。

 訓練場一帯が震えている。

 耳にした瞬間、肌へと空気の震えが伝わった瞬間、それらひとつひとつが、殺される、という感覚を容赦なく、引き起こしていく。

 怖い、とか、恐ろしい、とか、そういった言葉で表現できるようなものではなく、一個の生き物としての本能、そう本能だ。

 この場に留まっていたくない。

 今すぐ、悲鳴を上げて逃げ出したい。

 死にたくない。

 生物としての魂の叫びが、身体の中を渦巻いていく感覚。

 と、同時に違和感もある。

 どうして、わたしは、そう認識できている?

 おかしい。

 ウーヴの死の咆哮に震えている自分と、それを少し俯瞰して見ているような自分。

 何だ、これ。

 これが走馬灯を見ている時の脳の動きってこと?

 確かに、本当に死が迫った時は、びっくりするほど冷静になれるって、聞いたことがあったけど、そういうものなのかな。

 例えば、ショコラの感触とか、そういうものも意識できる。さっきと変わらず、ぷにぷにしているし。当のショコラも、恐怖でおののいているかと思えば、そうではなくて、コロネと目の前のウーヴを交互に見ながら、ちょっと楽しそうにしているのが伝わってくる。

 いや、ショコラの場合、これが遊びだと思っているのかな。

 コロネも、これが本気じゃないと、思っている?

 だから、少し冷静でいられているってこと?

 よくわからない。

 いや、このよくわからない感覚が、死への恐怖だとすれば、こんなものどう克服したらいいのか、わからないよ。

 だって。


 今なら、たぶん、普通に動けるもの。


『ふん……』


 殺気はそのままで、一瞬だけ、ウーヴの視線が、メイデンへと移る。

 と、メイデンがそれに気付いて、血相を変えた。


「えっ……!? ダメだ、よ!? うーさん、ちょっと待って!?」


 え? 何が、とコロネが思った、その瞬間だった。

 さっきまで、穏やかな闇狼だったはずの、殺意の塊が、もの凄い勢いで、眼前まで迫ってくるのに気付いて。


 あ、これはあの時と一緒だ。


 思い出した。

 この世界にやってきて、初めて、ウーヴと出会った時。

 その時の感覚だ。

 しかも、今のはそれよりもずっと――――――。


 なるほど。

 これが、死の恐怖、か。

 突進してくるウーヴの姿が、ゆっくりと、たぶん、スローモーションで見えているのだろう。ゆっくりと、近づいてくるのを感じながら。

 コロネの思考は、いったんそこで、ストップした。





「ぷるるーん!? ぷるるっ!」


「え!? ショコラ!?」


 いや、思考が止まっていたのは、本当にわずかな時間だったのだろう。

 ショコラが動いたのに気付いて、すぐに、何が起こっているか、気付く。

 近づいてくるウーヴに向かって、ショコラが飛びかかったのだ。

 え? これって、わたしを護ろうとして?

 ちょっと、ショコラ、ちょっと待って!


『――――!? おい、ちびすけ、ちょっと待て!?』


 ウーヴが動揺を浮かべたのも一瞬。

 そのまま、ウーヴの身体がショコラへと衝突し、その存在そのものを吹き飛ばした。

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