第152話 コロネ、闇狼の話を聞く
「ところで、さっきの黒い靄は一体何だったんですか?」
ダークウルフが現れる前に、ふわふわと浮いていた靄だ。
今、天井の方を見ても、影も形もなくなっている。
『あれか? まあ、闇狼の特殊スキルとでも言っておくか。そもそも、俺の場合、この町の中に入るためには、あれを使う必要があるからな』
「許可があれば、門から町の中には自由に入れるんだけど、ね。うーさんの場合、門をくぐるにはちょっと大きい、し。かと言って、塀の上を越えるのは、ちょっと難しいから、ね」
防犯上の理由なんだけど、とメイデン。
つまり、ダークウルフさんは、あの靄を使って、この町に入るのだそうだ。
いや、どういう使い方をするのかは、説明してくれなかったから、よく分からないんだけどね。
どうやら、闇魔法の一種らしい。
詳細については、秘密みたいだけど。
と言うか、空を飛んだり、塀を飛び越えたりすれば、町に入れちゃうと思ったら、実はちょっと仕掛けがあるということに驚きだ。上の方が開いているように見えて、この町を取り囲んでいる塀、というか、防護壁か。それには特殊な何かが施されているとのこと。
普通は門からしか出入りできないそうだ。
なるほどね。
まあ、ダークウルフさんの場合、そのままじゃ、塔にも入れないし、エレベーターに乗れないかな。
別の方法でもないと、地下まで降りられないよね。
「その能力で、ダークウルフさんはここまで、やって来れたんですね」
『ちょっと待て、さっきから気にはなっていたが、その、ダークウルフさん、というのはやめろ。俺にも名前ぐらいある』
「うん。うーさんっていうんだよ、ね」
『違う! 俺の名はウーヴだ! まったく、いい迷惑だぞ。うーちゃんだの、うーさんだの、俺への畏怖をなくさせるような呼び方は、即刻やめてもらおうか』
ウーヴの咆哮と共に、辺りに暴風が巻き起こる。
いや、怒鳴ると、けっこう周りへの影響がすごいよね。
言葉が通じてないと、これも全部、単なる咆哮にしか聞こえないんでしょ?
この威圧感で、その吠声だと、やっぱり怖いよね。
今は、話している内容が内容なだけに、あんまり怖くないけど。
「でも、最初に言ったのって、奥さんだよ、ね? そっちから、お墨付きをもらっているんだけど、わたしたちも」
『まったく余計なことを……』
「今の、奥さんに伝えておこう、か?」
『だからやめろと言っている! わかったわかった! 好きに呼べばいいだろ。ふん、貴様ら人間はいつもそうだ』
何だろう。
目の前の大きな狼さんが、何となくかわいく見える。
実は、怖いのは見た目だけで、意外と付き合いやすい性格なのかもしれないね。
「ウーヴさんって結婚されてるんですね」
「そう、子供たちもいる、よ。この辺一帯の監視とかは、うーさんが家族でやっている感じか、な。一応、うーさんひとりでも、ほとんど事足りるみたいだけど、ね」
『別に大っぴらに言うことでもあるまい。とは言え、この町で取り繕ったところで、俺の威厳云々に関しては今更だしな。ふん、まったく忌々しい話だ』
「ふふ、こう見えて、愛妻家で親バカ」
『だから! そういうことまで言うなと言うのに! コロネよ、貴様はこういう風になるなよ。まったく……』
最初に会ったときはメイデンも大人しかったのに、とウーヴがぶつぶつ言っている。
どうも、何かのきっかけで、こんな感じの対応になってしまったらしい。
そう言えば、メイデンにしては、しっかりと目を合わせて話せてる感じだよね。
さっきは、アズやナズナ相手でも、ちょっとは逸らしてたのに。
実は、このふたり仲がいいのかな。
そう聞くと、メイデンが笑って。
「うん、どっちかと言えば、人間っぽくない方がわたしにとっては話しやすいから、ね。うーさんは普通に接することができる人だ、よ」
『俺にとっては、まったく普通ではないがな。普通は、畏れ半分に、後は好奇心とか、恐怖とか、敵意とか、そういうのが入り混じった感じか。ふん、まあ、俺もこの町ができてから、大分丸くなったもんだ』
「そうなんですか」
ウーヴがつんつんした性格なのは、基本、対峙した者は倒すことが多かったからなのだそうだ。特に、人間種と遭遇した場合、まず相手が発狂したり、いきなり襲い掛かってくることばかりだったらしく、そうなると、本気を出さざるをえず、倒すしかなかったと苦笑まじりで話してくれた。
『今となっては、話せばわかるやつも多いと思っているがな。ふん、だが、勘違いするなよ。俺にとって、貴様らは護ってやるべき存在にすぎん。あくまでも、俺の穏やかな一面は、契約に則っての仮の姿だと認識しろ。俺以外の闇狼が大人しいわけでもないし、俺とて、無礼があれば容赦はせん。ゆめゆめ、そのことは忘れるな。喰らうぞ』
「はい、気を付けます」
『ふふん、いいぞ。コロネよ。そのくらい素直な反応は少ないから、俺もうれしい』
「でも、うーさんったら、女の子相手に、喰らうぞ、なんていやらしい、よ? まったく、肉食系なんだから」
『誰がそっちの意味で言った!?』
なんだろう。
メイデンとウーヴに掛け合いを見ていると、どんどん怖くなくなっていくんだけど。
確かにダークウルフの威厳もへったくれもないよね。
メイデンはメイデンで、普段よりもからかい要素が強いみたいだし。もしかすると、素はこんな感じなのかな。ちょっと意外だ。
『おい、どうでもいいが、話が進まんぞ。俺がコロネの訓練に手伝ってもいいと言ったのは、ひとつ借りがあったからだぞ。ふん、俺としたことが、初対面の相手に笑顔を振りまくなど、一生の不覚だ』
「え? 借りですか?」
何のことだろう。
ちょっと覚えがないんだけど。
『ほら、コロネよ、貴様あの時、俺に食べ物をくれただろ。最初は毒見のつもりだったのだが、まさかあれほどまで美味いものだとは思わなかったからな。思わず、感情を表に出してしまったんだ。警戒行動中のあの態度は、俺にとっての不覚だからな、それを忘れてくれという話だ。ふん、いや、それと、あれが何なのかは分からなかったが、あの食べ物をくれた礼、という意味でもあるがな』
「あ、チョコレートの話ですか」
『ふむ? チョコレートと言うのか。それは知らない名だな。貴様の料理については、妻からも聞いているが、それについては初耳だ』
あ、ウーヴが思いのほか、チョコレートに食いついてる。
というか、奥さんもお菓子については知ってるんだ。
この町の噂ネットワークってすごいんだね。
「はい。チョコレートに関しては、今のところ、わたしのユニークスキルでしか、作ることができませんので、秘密にしてるんですよ。これに殺到されても、対応できませんし」
ちょうど、今さっき、ショコラが脱皮した分のチョコレートがあったので、それを見せつつ、説明する。
一応、ショコラに関しては伏せた方がいいのかな?
あ、でも、今後も訓練を手伝ってくれるのなら、ここだけの話にして、正直に説明した方がいいのかもしれないけど。
どうしようか、とメイデンの方を見ると、彼女も頷いて。
「うん。実は、うーさんがあっさり協力してくれたのも、そのチョコレートが原因みたいなんだよ、ね。今日はただで来てくれたけど、今後、訓練に付き合うなら、それを食べさせてもらえるとありがたいって話だ、よ。そうだね、うーさんが今後も手伝ってくれるなら、コロネが外に行くための訓練も、より実戦的になると思う、よ」
『俺もそこそこいそがしい身でな。その対価というやつだ。可能なら、また喰ってみたいとは思ったが、作るのが難しいというのであれば、無理強いするつもりもないがな。ふん、まあ、さっき喰った白パンも美味かったがな』
別に、美味しければ他の食べ物でも構わないとのこと。
ふむ、どうしようか。
「ちなみに、ウーヴさん、チョコレートに関しては秘密を守ってもらえます? それでしたら、訓練を手伝っていただく代わりに提供できますけど」
『案ずるな、コロネよ。俺も秘密は守るぞ。話すなと言われれば、妻にも言うつもりはない。ふん、闇狼の誇りに賭けても、だ』
「ふふ、うーさん、奥さんには甘いから、こう言ってるってことはよっぽどだ、よ」
『だから! 真面目な話で、茶化すなと言っている! メイデン、いい加減にしろよ』
あー、でも秘密は守ってくれるかな。
だったら、ショコラのことも含めて、話をしてもいいかな。
「わかりました。でしたら、今後もチョコレートをお出ししても大丈夫です。一応、それについて、ショコラのことも説明しておきますね」
『ふむ? そのちびすけが何か関係あるのか?』
「はい。この子、実はわたしの召喚獣なんです。チョコレートモンスターのショコラ。わたしのユニークスキルが『チョコ魔法』って言って、ウーヴさんに以前食べてもらったチョコレートもそれを使って、生み出したんですが、それと同じスキルを応用して、この子を召喚したんですよ」
『ほう、つまり、そのちびすけはチョコレートでできているということか』
「たぶん、今の身体は純粋なチョコレートと違いますから、そのまま食べてもダメだと思いますけどね。ですが、今さっき、ショコラに何かできないか、って聞いたら、脱皮みたいな感じで、チョコレートを作ってくれたんですよ。ほら。今、わたしが手に持っているのが、その時出てきたチョコレートです」
「ぷるるーん!」
コロネの肩の上で、ショコラも誇らしげに胸を張る。
ぷるぷると、どこか楽しそうに震えている。
「あ、コロネ。それはわたしも初めて聞いた、よ? ショコラが自分から、チョコレートを生み出したってことな、の?」
「はい。ほら、ショコラも色々とフレンチトーストとか食べていたじゃないですか。それで身体が少し大きくなって、さっきチョコレートを出してくれたら、その分、ショコラの身体もちょっとだけ小さくなったって感じです。まだ、わたしもさっき、エレベーターの前で、初めて見ましたけど、そんな感じですね」
一応、ショコラ自身の身体も消費しているみたいなので、多用できないこともメイデンたちに説明する。
「なるほど、ね。ということは、コロネもまだショコラの能力については、よくわかっていないってことか、な?」
「はい。もうちょっと検証が必要ですね。わたしのチョコ魔法も含めて」
『ならば、訓練の前に確認してみてはどうだ? 俺も、少し興味があるしな』
「そうだ、ね。それじゃあ、手始めに、コロネとショコラ、ふたりの『チョコ魔法』の検証から始めよう、か」
そう言って、笑みを浮かべるメイデン。
そんなこんなで、チョコ魔法の検証を始めるコロネたちなのだった。




