第150話 コロネ、町の成り立ちを知る
「でも、こういうことはドロシー詳しいよね」
「ふふふ、それが魔女だからねえ。コロネがお菓子とかに詳しいのとおんなじだよん。専門職だもの、そういうことはお任せあれってねー」
ちょっとだけ、誇らしげに胸を張るドロシー。
この手の話は、長生きしている幻獣からも協力を得ているため、これまでの経緯などの蓄積には自信があるらしい。
「ともあれ、この町が作られたのも、『空虚の海』がなくなってしまったからなのですよ。それまでは、壁の向こうに『魔王領』があることは知られていたのですが、お互いが行き来するのが難しい状態だったのです。魔族が襲来すると言っても、特殊スキル持ちの魔族が単独で、とかそういう感じなのですね。ところが、普通の空間が橋渡しをしてしまって、普通に行ったり来たりできるようになってしまって、さあ大変なのです。そこで何とか対応策を、というのがそもそもの始まりなのですよ」
「うん、割と有名な話だよ、ね。今のこの国の王様が、志願者を募って、新しい町の建設に乗り出したってのは、ちょっとした話題になったものだ、よ」
「まあ、ほとんどがうまくいくはずがないって評価だったみたいだけどねー」
ピーニャが町づくりに参加したひとりとして、教えてくれた。
ドロシーやメイデンは、町がある程度形になった後で、やってきたから、最初の頃の話については、伝聞でしかわからないとのこと。
もちろん、オサムもピーニャ同様に、スタートから参加しているそうだ。
そう考えると、実はピーニャってすごいよね。
「王都としては、魔族の侵攻が始まるという恐怖感があったのです。そのための、拠点が欲しかったというのが一番の理由なのですね。まあ、今となっては、その意味合いも大きく変わってしまったのですが、とりあえず、その目論見はうまくいったと言っても良いのではないでしょうか。結果として、町が栄えていったわけなのです」
「あれ、ということは、今は魔族の侵攻とか、そういう話じゃないの?」
何となく、思いっきり途中を端折られたように聞こえたけど。
そう聞くと、ピーニャが頷いて。
「なのです。今は、そちらは小康状態と考えてもらえば大丈夫なのです。その辺りが、この町の面倒くさい事情に絡んでくるのですが、簡単に説明すると、色々あって、その手の問題は解決済みなのですよ。もちろん、魔族が襲撃してくる可能性もゼロではないのですが」
「はー、そういうことがあったんですかー」
コロネと同様に、初めて聞いたらしいナズナが、しきりに頷いている。
さすがにこの辺りの話は、子供たちでも知らない子が多いそうだ。
まあ、詳しい話はともかく、とりあえず、今のところは、突然、魔族による侵攻が始まるとか、そういう危機的な状態ではないとのこと。
相変わらず、ざっくりとしか教えてもらえないけど。
「ちなみに、リリックは知っていたの?」
一応、リリックにも聞いてみた。
教会が、この件にどう関与しているのか、ちょっと気になったし。
「細かい部分とか、当時の状況がどうだったとか、そういう部分は知りませんが、一応、知識としては、という感じですね、コロネ先生」
教会の方でも、事情は把握しているとのこと。
最初から街づくりに関わっていたわけではないらしいけど。
ほとんどがリリックもシスターになる前の話なので、彼女も他の人から聞いた程度でしか、わからないそうだ。
なるほどね。
となると、その手の話を知っていそうなのは、カミュとか、カウベルか。
ふと、アズの方も見ると、にっこり笑って頷かれた。
「うん、僕も当事者のひとりだからね。最初から知ってるよ。というか、うまい具合に今みたいな感じに収まって、ほんとに良かったよね。最初は、もっともっとひどい状況になると思ってたもの」
へえ、アズも古株のひとりなんだね。
ということは、『三羽烏』の他のふたりもそうなのかな。
ピーニャも、そんなアズに対して、頷いて。
「なのです。その件は、もしアズさんたちがいなかったら、もっと面倒になっていたはずなのです。そういう意味では感謝なのですよ」
「やめてよ、ピーニャ。僕らは別に感謝される立場じゃないよ。ただ……そうだね。この町にみんなが集まって、この町のために頑張ったから、今があるんじゃない? たぶん、それが一番大事なことなんだと思うよ」
何があったのかについては、詳しくは教えてもらえなかったけど、何となく、ピーニャとアズの表情を見ていると、今の町の姿に満足しているように見えた。
まだ、この町は発展途上だけど、それでも、ここまで来れて良かったと、そう、ふたりの態度が物語っていた。
サイファートの町の成り立ち、か。
これだけ、風変りな町だもの、やっぱり色々とあったんだろうね。
「で、話を戻すと……って、コロネ、これ元の話ってなんだっけ?」
ええと、あれ?
改めてドロシーに聞かれて、詰まってしまう。
お茶会のほのぼのした雰囲気はどこに行ってしまったんだろう?
面白いけど、何というか、かなり真面目な話だよね。
大分、コロコロと話が転がってるなあ。
「ナズナがどこから来たかって話だよ、ね? というか、地図の話から、本筋と逸れすぎだと思う、よ」
「あ、そうそう、そうだった。ありがと、メイ姉。話を戻すと、アニマルヴィレッジもこの町みたいに、新しく現れたエリアって感じだったみたいだね。まあ、新しいと言っても、百年、二百年、三百年って単位だけど。その当時、獣人種の中でも、元いた土地でトラブルを起こしたとか、まあ、そういう色々な事情を抱えた人たちが、新天地を目指して大移動したってのが始まりらしいよ」
「はい。獣人種が静かに暮らせる場所、それが今のアニマルヴィレッジです」
実際は、新天地というよりも、逃げ込んだ先という感じだったらしい。
だが、その新しいエリアは、特殊な環境を擁していた。
いくつも乱立された異界のような空間に、ひとつひとつが適応するのに難しい環境。
それらは、人間種にとっては、危険な場所として映ったのだそうだ。
小規模な戦闘こそあったものの、結果として、その獣人たちの住みかは守られ、今のような発展を遂げたとされている。
「その途中で、教会が今のような組織になっていったって感じかな。その存在自体は昔からあったんだけど、獣人種の生産スキルを軸に、食べ物を使って、世界を席巻していくっていうやり方は、その当時の教皇によるところが大きいみたいだね」
「はい! 『食は本部にあり』。教会がアニマルヴィレッジの側に、本部を設置したのも、そこで供給される食料のためです。事実上、教会とアニマルヴィレッジは協力関係を保っています。世界的に見ても、教会の信仰が特に深い場所です」
ドロシーの言葉を、リリックがうれしそうに補足する。
つまり、アニマルヴィレッジは教会の食料拠点のひとつってことか。
「ということは、食材もいっぱいあるってこと?」
だとすれば、かなり興味があるかな。
ナズナの故郷ってだけじゃなくて、この町から、それほど離れていないという意味でも、なかなか魅力的なところだ。
「ですね。ホルスンに協力してもらう酪農システムも、それの元になった村もありますし、生産系モンスターばかりの町もありますよ。案外、この町でも入手が難しい食材が見つかるかもしれませんね」
リリックの話だと、全部が全部、教会とつながっているわけではなく、独自路線の村や町もあるため、カミュの伝手でも入手できない食材とかもあるそうだ。
でも、いいなあ。
そういう意味では、町の外に出られるようになったら、目指したい場所だね。
ナズナにも、余裕がある時にでも、色々教えてもらおう。
「まあ、住んでいる人たちは普通だけど、その地形は一筋縄じゃいかないからねー。コロネも興味があるなら、精進あるのみだよん。魔法にせよ、身を護る手段にせよ、最低限のことは自分でできるようにならないとねー」
「そうだ、ね。コロネもアニマルヴィレッジを目指すのなら、この後の訓練も頑張ろう、か。ふふふ、もうお客さんも来て、待ってるからね」
「はい、よろしくお願いします、メイデンさん」
というか、ゲストの人、もう来てるのか。
いや、それなら、のんびりとお茶会をしている場合じゃないような気もするんだけど。
「あ、コロネ先生の訓練の時間ですか。でしたら、その間、私も教会の方に行ってもいいですか? バター作りを少しでも進めておきたいですし」
「うん、夕食は塔で食べるんだよね?」
「はい、その時間には、一度戻ってきます。教会は教会で、子供たちやシスターがごはんを食べる時間ですしね。私もこちらでご厄介になる身ですから、夕食はこちらで、という感じです」
夕食が終わったら、また、教会の方に行って、バターやチーズ作りを手伝うとのこと。
そう考えると、リリックもけっこういそがしいよね。
こっちで、わたしの仕事を手伝ったり、教会で乳製品作りのサポートをしたり。
しばらくは二重生活が続きそうだ。
あんまり、無理はしないようにね。
「それじゃあ、今日のところは、お茶会お開きって感じかなー。アズとナズナちゃんも、それで大丈夫? お茶、もう一杯くらい飲んでおく?」
「はい! もう十分です。ありがとうございます!」
「じゃあ、僕は一杯だけ、お茶を飲んでから終わりにするよ。まだちょっと余ってるんでしょ? もったいないもんね」
「ほいほい……っと。そうそう。何だかんだ言って、お茶の葉っぱは貴重だからね。こっちでも栽培できるといいんだけど」
ドロシーが、アズにお代わりを注ぎながら、苦笑する。
どうも、チャノキはルナルの異界でも、うまく育たなかったそうだ。
何か、育てるための要因が不足しているらしい。
「たぶん、ハーブも普通の環境だと育たなかったから、そっち関連で、条件があると思うんだけどね。ま、今のところは『幻獣島』からの定期便で入手できるから、ひとまずそっちで何とかできるけどね」
「となると、お店で出すのは難しそうだね」
「なのです。とはいえ、今はハーブティーも出せますし、ジュースもありますので、そこまで急いでお茶にこだわる必要もないのですよ」
ピーニャ曰く、別の植物を使ったお茶なら、この町でも売っているとのこと。
それでも、お菓子類に合うのは、やっぱり紅茶だから、その辺も探っていく必要がありそうかな。
ま、今はできることから、ひとつずつだね。
「それじゃ、お茶会はこれにて終了ですね。皆さん、お疲れ様でした」
「なのです。明日からもよろしくお願いするのです」
「「「お疲れ様でしたー」」」
そんなこんなで、お茶会はお開きとなったのだった。




