第149話 コロネ、動物村の話を聞く
「それじゃあ、ナズナちゃんは元々この町の出身じゃないの?」
フレンチトーストもなくなって、お茶を飲みながらまったりした時間が流れる。
そんな折、話題はナズナの家族の話になった。
「はい、わたしのうちはおじいちゃんの治療のためにやってきました。前に住んでいたところのお医者さんでも、どうすることもできなくて、でも、そのお医者さんがギン先生のことを紹介してくれたんです。それで、家族みんなで一緒に、この町に、って感じです」
何でも、お医者さん仲間の筋では、サイファートの町は知る人ぞ知るって感じの立ち位置なのだそうだ。
まあ、それはそうだよね。
ギンは元より、メルとか、看護師のクリスとかもすごかったもの。
はっきり言ってしまえば、魔法を使った治療法なら、向こうの世界でも治療不可能な人を助けることができそうだったし。
縫合手術で、翌日から治療箇所のリハビリを始めるなんて、聞いたことがないよ。
「ナズナちゃんのお爺さんも、ケンタウロスなの?」
「はい。うちは、と言いますか、わたしの出身地は、基本、同じ獣人で集まって暮らしていますから、両親が別の獣人さんってことはあんまりなかったですよ。たぶん、そういうのが多いのは、デザートデザートの方だと思います」
何でも、ナズナの出身地は、デザートデザートとは別の、有名な獣人たちの共同体なのだとか。
そっか、獣人の集落と一口に言っても、色々あるだろうしね。
「アニマルヴィレッジです。またの名は『アニマルラビリンス』です」
「いわゆる獣人種のるつぼ、って言われてる場所だよん。そうそう、あそこも『幻獣島』ほどじゃないけど、クセが強いエリアなんだよねー。準異界って感じ? 確か、ミーアとかもそこの出身だよ」
「へえ、そうなんだ」
ナズナの話に、ドロシーも補足してくれた。
何でも、そのアニマルヴィレッジという場所は、異界というほどではないけど、隣接したエリア同士が、変則的なつながり方をしているのだそうだ。
「住んでいる人にとっては、普通のことだよね? ナズナー」
「はい。移動手順というのがありまして、行きたい町や村を目指す方法が、各町々ごとにあるんですよ。ただ、そういうことがあるせいか、商人の人とか、町同士を行き来する職業の人とか、そういう人以外は、あんまり、他の町に行こうって感じはありませんねー」
ナズナが言うには、町はひとつの獣人種ごとにそれぞれあって、それらがいっぱい集まって、アニマルヴィレッジという場所を形成しているとのこと。
要するに、ヴィレッジと言っても、ひとつの町があるわけじゃなくて、たくさんの小さな町や村がいっぱいあるエリアらしい。
「まあ、自由都市群というか、自由都市連合って感じかなー。場所的には、この大陸のやや北東部ってところだよ。この町からも、王都とかと比べてもけっこう近くにあるのね」
「なのです。後は、アニマルヴィレッジは、山脈を挟んで『帝国』に隣接していたりとか、すぐ側に教会本部があるので有名なのです」
「えっ! そうなんだ」
つまり、北の『帝国』から、少し南東へ来たところがアニマルヴィレッジってことなんだね。そして、すぐ側には神聖教会の本部がある、と。
獣人種の多くも暮らしているらしいし、実はけっこうな重要なところなのかも。
ちなみに、サイファートの町からは、北の山を越えて、もう少し行ったあたりにあるのだそうだ。
へえ、ちょっと意外だ。
教会本部って、王都とかの側というか、大陸の中央にあるものだと勝手に思っていたよ。
「はい。ですから、慣れない人が迷った時は、教会の本部にいる方に頼めば、行きたい町まで案内してくれるみたいですよ。そういうサービスもあるらしいです」
ナズナがうれしそうに説明してくれた。
そのため、アニマルヴィレッジの住民は、教会への信頼が篤いのだそうだ。
全体のエリア移動に関する情報も、教会本部が把握しているとのこと。
ほんと、色々手広くやっているね、教会も。
「でも、聞けば聞くほど、どういうところなのかピンと来ないんだけど。気候というか、環境的にはどういうところなの?」
森とか、平野とか、そういうイメージがまったく伝わってこない。
獣人にとって住みやすい環境なのかな。
となると、ちょっとしたジャングルとか、平原のイメージなんだけど。
「うーんとね、いわゆる、想像できるありとあらゆる環境がそろってるって感じ? これ、たぶん、エリア同士が無理やりつながってるせいだと思うんだけど。私はほら、『幻獣島』出身だから、そういうのはけっこう、見覚えがあるんだよ。異界同士が微妙に重なり合っているっていうのかな。あるひとつの異界から、隣の異界に移る時、環境がガラッと変わっちゃうの。例えば、草原を歩いていたかと思えば、いつの間にか、高い山の上のようなところにいたりとか」
え? どういうこと?
つまり、エリアっていう区切られた区画があって、そのエリアごとに環境がまったく違うってことなのかな。
いや、まだよくわからないけど。
「ちなみに、わたしがいた町は、山のふもとで水辺も近いところでしたよ。ですが、東西南北それぞれの隣町は、草原が広がっているところだったり、氷山に囲まれているところだったり、砂漠ですか? 後は、深い森の中だったり、そういう感じでしたね」
「まあ、まだ、法則性がはっきりしてる分だけ、マシかなあ。でも、初めて足を踏み入れた人は、まず間違いなくパニックになるだろうね。そういう場所だって、情報を耳にしていれば別だろうけど。ふふ、『幻獣島』初級編って感じだねー」
すごいね。
隣町に氷山があったりするんだ。
普通、地域の環境って、それぞれが影響を与えていると思ってたんだけど、さすが異世界だね。
このアニマルヴィレッジの場合、それぞれの区画が独立した小さな世界みたいな感じになっているらしい。
要するに、切り取られた環境の複合体ってことか。
「この世界がこの世界たるゆえん、その一端ってところだ、ね。新しく発生したエリアがあるところは、環境に歪みが生じることがある、の。付け加えるなら、このサイファートの町があるエリアも、新しく現れたエリアのひとつだ、よ」
あ、つまり、元から存在したわけじゃないってこと?
それはちょっと驚きだ。
この町もそうだということも含めて。
「そうそう。あ、いい機会だから話しておこうか。コロネもたぶん、地図に関しては目にしたことがないと思うんだけど、ぶっちゃけ、正確な世界地図、いや、部分的な地図もそうだけどね。そういうものは作るのが難しいって思ってもらった方がいいよ。この世界ってそういうところだから」
「え、それじゃあ、地図自体が存在しないの?」
「いや、地図はあるよ。測量とか得意な人もいるし、この町を含めた周辺地図は定期的に作られてはいるよん。一応、冒険者ギルドとかで頼めば見せてくれるから、後で見てみればいいと思うけどね。まあ、その時にでも、ちょっと古い地図から順々に見比べてみるといいよ。そうすれば、地図を作るのが難しい理由がよくわかると思うんだ」
一応、この町の冒険者ギルドで、地図を一般に公開しているとのこと。
ちなみに、王都とか、他の都市などでは、防衛上の都合から非公開のところも多いのだそうだ。
地図というのは、正確であれば正確なだけ、機密情報が増えてしまうらしい。
へえ、そういうものなんだ。
それはさておき、この町の周辺地図の話だね。
「たぶん、町が開発される前の地図が一番古いのかなー。この辺りって、そもそも測量が可能になったっていうか、人が入れるようになってから、そう長くないから。私やコロネが小さい頃に生まれた、というか、現れたエリアだね」
「えっ!? それって、町ができるちょっと前ってことだよね?」
いや、さっきから疑問ではあったけど、そもそも生まれたとか、現れたっていうのがよくわからない。
ドロシーの話だと、何もない場所に突然、土地というか、空間が現れたように聞こえるんだけど。
え、もしかして、この世界だと、そういうのが当たり前なの?
「ピーニャも冒険者として、この辺にやってきたのは、新しくできた場所だったからなのですよ。この辺りは元々、『魔王領』との隔たりというか、普通には通ることができない空間が広がっていたのです。ですが、ある日、突然、普通の平野が現れて、そして、少しずつ、人が歩いて来れるところが増えてきて、そして、今も少しずつ広がっている、という感じなのです」
「今もまだ、ここから北東や南東のエリアには不可侵の場所が残ってるよ。踏破不可能な領域で、『空虚の海』って呼ばれる場所だね。何もない空間が存在してるっていうのかな。ちょっと空間魔法を使えない人に説明するのは難しいんだけど、ニュアンスとしては、そこに何かがあるような気がするんだけど、入ることも出ることもできない場所って感じだね。あ、不可視の壁があって、向こう側もぼやけてしまって見えないって、言った方がわかりやすいかな」
「つまり、この町って、元々はその『空虚の海』の中にあったってこと?」
「うんうん、そういうこと。この辺は二十年くらい前はまだ、人が存在できる場所じゃなかったってわけ。いやあ、コロネは理解が早くて助かるよー。これ、説明を聞いても、わからない人には、ほんと伝わらないからね。ほら、私の家で、私がこの町にやってきた目的を話したことがあったじゃない? そのひとつが、この新しくできたエリアの状況確認なんだよ。何か異変があったら、アラディアのおばばに報告しないといけないのね」
あ、そっか。
ドロシーって、魔女組織から派遣されてやってきたんだものね。
つまり、新しく現れた土地の監視役ってわけか。
それだけ、このサイファートの町周辺はまだ謎が多いってことだよね。
「ちなみに、こういうことって、よくあることなの?」
「まあね。だから、世界地図っていうものは存在しないと思ってもらって構わないよ。いや、まあ、便宜上、暫定的な地図はあるけど、その都度、更新しないと、まったく意味がないからねえ。どこかにポンと新しい空間が生まれたら、その分だけ、世界が広くなるでしょ? それを一から測り直すのもねえ。労力を考えたら割に合わないから、結局、それぞれの国が定期的に、自分たちに必要な分だけ測って、地図を作っているって感じかな。それをざっくりとまとめて、全体図にってね」
むしろ、『空虚の海』と通常空間が置き換えられるのは、簡単な方らしい。
いきなり、新しい空間が現れて、その分、その周囲が広がってしまうと、場合によっては地形が変わってしまうこともあるとのこと。
「自然災害の中では、けっこう厄介な方だよ。『空間変動』ってやつ。まあ、大規模なものは、ここ百年くらい起こってないみたいだけど、昔はそれによる地震や空間の膨張で、町ごと崩れたこともあったみたい。今でも、不定期でそれが原因のちっちゃい地震とかは発生してるけどね」
なるほど、『空間変動』か。
そういう自然災害もあるんだね。
世界が変わると、災害の種類も色々違うものなんだなあ。
というか、ほのぼのしたお茶会が、大分ずれてきているのは気のせいかな?
元々は、ナズナの出身地の話だったような気がするけど。
まあ、コロネにとっても、ちょっと興味のある話だから、これはこれで、という感じだ。
サイファートの町の由来も聞くことができそうだしね。
そんなこんなで、世界に関する話がもうちょっとだけ続くのだった。




