第148話 コロネ、冒険者カードについて教わる
「ということは、モンスターでも、冒険者ギルドで登録することができるってことなんですね」
アズの話だと、そうなるよね。
冒険者って言えば、普通、人間とか、それに近いイメージがあったから少し驚きだ。
そうなって来ると、いよいよ、モンスターとそうでない者の境界線がどの辺りにあるのか、よくわからなくなってくるんだけど。
「もちろん。ステータスってのはそういうものだからね。生きとし生けるものなら、個別にそれぞれ存在するっていうのかな。種族によってとか、言葉が話せるからとか、人型に近いとか、まったく関係なしだよ」
ぐるぐるフレンチトーストを、もぐもぐと食べながら、アズが続ける。
「あのね、コロネ。基本、『モンスターとは』っていう定義には、すべての存在が含まれるんだよ。種族とか、動物かモンスターかを分けているのは、話が通じるかどうかっていう部分が大きいけど、人間種にしたところで、モンスターのひとつであることは違いないんだからね」
色々な分類があるにせよ、基本はそういうこと、とのこと。
人間や獣人、妖精や精霊、竜や魔族、他にも神族だったり、ドワーフだったり、樹人種だったり。色々な種族があるが、結局のところ、根はひとつなのだそうだ。
「それを明確にしているのが、ステータスだね。あれ、基本は何も役に立たないように思われているけど、ひとりひとりに刻まれたものだから。同じものはひとつもなく、それそのものが存在の証明でもある。実は、あんまり軽く考えちゃダメなんだよ」
「そう言われるとそうですよね」
レベルだ、スキルだって観点から見ると、途端に胡散臭くなるけど、ステータスって、ひとりひとり違うんだものね。
だから、個別認証に使われているんだし。
そこで、ふと思う。
コロネは、自分の名前を持っていたけど、そうでない場合はどうなんだろうか。
「アズさん、まだ名前がない存在でも、ステータスには名前が刻まれているんですか? あと、前に、『竜の牙』のアイちゃんの種族がわからないって聞いたんですけど、そっちみたいに、記憶が失われている場合はどうなるんでしょうか?」
名前も、ひとりひとりの存在に刻まれているんだろうか。
その辺りについては、ちょっと気になる。
だとすれば、真名とか、ステータスで一発だよね。
そう聞くと、アズがうん、と頷いて。
「いい質問だね。ステータスってのは、面白いもので、その時々の状態に応じて変化するんだよ。冒険者カードの場合、そこまでは対応していないけどね。だから、細かい部分で変わってしまったと自覚した時は、再登録してもいいことになってる」
「再登録ですか?」
「そう。例えば、誰かと結婚して、名前が変わりましたって時は、再登録すると新しい名前で登録されるんだ。何らかの劇的な変化によって、自己の認識が変わった場合、自然、ステータスも変化する。結局のところ、名前って、自分自身がそう思うことで成立している概念ってことかな。『我思う故に、名あり』。だから、名前がない場合、名無しって感じになるわけだね」
「あー、その話には続きがあってね。ただし、種族というか、自分が属している分類? それがわかっている場合は、その名称プラス番号とかコードネームって感じの名前になるはずだよ。『俺は牛だー! ホルスンだー!』っていうのが無意識でも刻まれていれば、『ホルスン三号』とか『ホルスンミルク』とか、そういうのが個別であったりするってわけだよん」
アズの説明に、ドロシーも補足してくれた。
ステータスに関する研究は『学園』でも行われているのだそうだ。
現時点では、まだまだ解明できていない部分も多いが、モンスターでも、個別のステータスは持っているらしい、ということまではわかっているとのこと。
面白いのは、名前という概念を理解していないモンスターでも、固体名には微妙な違いがあるらしい。
さっきの例で言うなら、『ミルク』っていう単語を知っていたホルスンが、自分はミルクなんだと思い込んで、そういう名前になったんじゃないか、というのが現時点での説なのだとか。
「まあ、偉そうなことを言っても、それが正しいかはわからないんだけどねー。ほんと、このステータスってのは謎だよねー」
「一応、逆説的に、モンスターも自分が何者であるか、わかっているってことになるしね。『暴れ牛5』とか、そういう名前があるってことは、そういうことだものね」
まあ、結局のところ、よくわからないってのが正しいみたい。
ただ、そういう部分から、モンスターの名前を把握している部分があるから、それについては疑っても仕方がないらしい。
『竜の牙』のアランが作っているモンスター図鑑も、そういう方法でモンスターの名称を集めたものなのだそうだ。
なるほどね。
「話を戻すと、そもそも、ステータスには種族名は記されないから。名前を持っている場合、それが名前になってるよね? だから、ステータスを見ても、名前持ちの場合、種族はわからないよ。アイの場合もそんな感じだよね。名前が刻まれているから、種族は不明ってね。あと、同じような感じで、妖怪種が真名を『隠し名』にしている場合も、ステータスには表示されないよ。そういう意味では、まだまだ謎だらけなんだよね、このステータスって」
「そう言えば、性別も項目がないですものね。なぜか、装備とかはあるのに」
「うん、性別もそうだよね。何か理由があるのかもしれないかな。まあ、実際、分類不可能なケースとかもあるから、項目がないのかも。僕みたいな例とかね」
そう言いながら、アズが苦笑する。
自分でも、どっちの性別なのか、よくわからない、とのこと。
あと、お医者さんのギンみたいに、どっちにもなれたりとか、そもそも性別の概念がない種族もあって、今のところは「だからじゃね?」という感じらしい。
もしかすると、また別の理由があるかもしれないけど。
「あと、装備に関しては、冒険者ギルドがカードを開発する時に、そういう要望があったから、それがわかるようにしただけらしいよ? その辺は、着ている装備の素材とかから、ざっくりと『なんとかの服』って表記になるって感じ。まあ、何だろうね。このカードを作った人が面白半分に組み込んだ項目らしいよ」
「え、面白半分ですか」
この冒険者カードを作った人って、先々代の教皇さんだったよね。
すごい人だって、聞いていたんだけど。
「いや、まあ、何かと曰くつきの人物だからねえ。天才と何とかは紙一重というか。たぶん、教会の中でも評価は分かれると思うよ。そういう意味で伝説の人だから」
そうなんだ。
その人の伝説を知っているのか、ドロシーやメイデンなども苦笑を浮かべている。
どうも、すごくて、ちょっと変な人らしい。
まあ、それはさておき、アズに色々教えてもらったおかげで、新しいことを知ることができた。やっぱり、この町の代表的なギルドの一員だけあって、すごいんだね。
「アズさん、こういうことにも詳しかったんですね。イベントとか見てると『三羽烏』って、面白要員だと思っていましたよ」
「ははは、まあ、そうだよね。というか、それ、トライのせいだから。僕やローズは別に好き好んで、今の色物スタイルをやってるわけじゃないからね。ま、そうは言っても、トライがギルドの責任者だから、僕らもその方針には従うって感じかな」
そう、口では言いながらもにっこりと微笑むアズ。
何だかんだ、言いながらも、今の立ち位置は嫌いじゃないみたいだね。
「とりあえず、四六時中、冒険者ギルドというか、ドムさんのお店に入り浸っているから、そっち関係のことは、なかなか詳しいのは間違いないね。ディーディーさんとかがいそがしい時は、僕らに聞いてもらっても構わないよ。本当に慌ただしいとき以外は、アルバイトができる程度には暇だからね」
「わかりました。今後、何か相談事があったらお願いします」
「うんうん。こっちも、美味しいものをごちそうになってるから、どこかでお返ししないとね……って、あれ? もうちょっともらおうと思ったら、もうないの?」
「あれ?」
あ、アズとの話に夢中になっていたから気付かなかったけど、いつの間にか、三枚あったはずのフレンチトーストが大皿から消えてしまっていた。
え!? もう全部食べちゃったの?
「ふふふ、油断大敵だよ、コロネー。そっちが話に集中している間に、黙々とみんなで食べていたのさー。美味しかったよ」
「いや、別にいいけど、ドロシー。わたしはともかく、アズさん一切れしか食べてないじゃない。それはどうなの?」
いや、ドロシーらしいけど、そんな誇らしげに言われても、って感じだ。
すると、ドロシーが口元に笑みを浮かべたまま、真剣な目つきになる。
「甘い! 甘いよ、コロネ! このフレンチトーストより甘いよ! 美味しいものを前に我慢ができるほど、この町のみんなは甘くないんだよ! いい? 誰も彼もが食いしん坊なんだから、この生き馬の目を抜く町で、そんなことを言っていたら、やっていけないよ? 『美味しいものは全力で!』、これ、サイファートの町の基本方針だよ!」
「え、そうなの?」
いや、そんな基本方針、初めて聞いたんだけど。
ふと、周りを見ると、メイデンやピーニャ、リリックやナズナ、アズに至るまで、ドロシー以外の全員が微妙な表情をしているけど。
「まあ、嘘だけどね」
いや、嘘なのかい。
危ない危ない、思わず突っ込んじゃうところだったよ。
別にコロネはそっち系のキャラじゃないからね。
「あう……ごめんなさい、コロネさん。わたしもけっこう食べちゃいました」
「あ、別にナズナちゃんを責めてるわけじゃないよ。それにわたしもそこまで気にしてないし。この時間だと、そんなにおなかが空いているわけでもないし……まあ、そうだね、アズさんの分は、また別に機会に作ればいいか。結局、アズさん以外のみんなはしっかり食べられたの?」
「なのです。朝食べたフレンチトーストとは、また別の美味しさだったのです。アイスが加わると、何だかものすごいことになるのですよ」
「そうだ、ね。これなら、お店で出しても喜ばれるか、な。問題は、作る時間とかの方だと思う、よ。出すとすれば、コロネがいる日か、アズやナズナがもうちょっと慣れてからの方がいいとは思うけど、ね」
「私もすごく満足って感じです、コロネ先生。美味しい物をいっぱい食べて幸せです」
「はい! 美味しかったです!」
「別に僕も自分の分は食べられたしね。これ以上となると、ローズにばれた時の方が怖いから、大丈夫だよ」
まあ、みんながそう言ってくれるなら、それでいいかな。
ひとつ問題があるとすれば、自分で味を見れなかったってことだけど、まあ、その辺は今までの感覚で何となくわかるから、そこまで問題じゃないしね。
「おー、何だか丸く収まったみたいだねー。コロネの怒りを集中させようとした、私の目論見はもろくも崩れ去ったのでありました。まる」
「まあねえ、ドロシーの話を聞いてると、怒るのが馬鹿らしくなってくるしねえ」
わかっていてやってる分、タチが悪いんだよね。
そういう考え方は嫌いじゃないけど。
「でもね、ひとつだけ言い訳させてもらえる? 何だかんだで、一番食べたのはショコラだと思うよ」
「え! そうなの!?」
「うん、ナズナちゃんの側にやってきたから、それで分けてあげたら、これがけっこう食べる食べる。面白いから、私もちょっと手伝っちゃったよ」
あ、いつの間にか、ショコラがテーブルの端で満足そうに震えている。
というか、ドロシーが横で何かやってると思ったら、そういうことか。
「ほらねー、コロネが飼い主なんだから、しっかりしないとー」
「あー、それはごめんね。今後はもう少し気を付けるよ」
何となく謝りながらも、あれ、どうして、コロネが謝ることになっているんだろうと思いつつ。
そんなこんなで、お茶会の時間は過ぎていくのであった。




