第147話 コロネ、ぐるぐるフレンチトーストを振る舞う
「おー、これがパンの耳だけで作ったお菓子? フレンチトーストだったっけ」
「うん、ぐるぐるフレンチトーストだね。横に添えているのが、これも作り立てのアイスクリームだよ」
紅茶を人数分、カップに注ぎながらドロシーが聞いてきた。
たぶん、アイスを食べるのも初めてだよね。
その際だから、きっちりと味見してもらおう。
しっかり冷やしていたせいか、まだアイスはちょっと溶け始めただけだ。
まあ、元々ソースみたいな食べ方だから、このくらいでも大丈夫だろう。
それぞれのフレンチトーストを六等分くらいに切り分けて、ひとりひとりが座っている前に置かれた小皿の上に載せていく。
そして、アイスクリームとハチミツを少々、という感じだね。
「うわあ、何だかいいにおいがしますねー」
「これって、まだお店とかにも出したことがないメニューだよね? 僕も初めて見たよ。もしかして、普通番って、こういうことが時々あるの?」
「お茶会としては、これが初めてか、な。でも、コロネが味見を持ってきてくれることはあった、よ?」
「なのです。新作の実験台……もとい、味見要員なのですよ。早番の人たちは新しいパンを使った料理のチェックという感じなのです」
ナズナとアズはフレンチトーストを前にちょっと興奮気味だ。
時間が経つとおいしくなくなるものは、どうしても近くにいる人に味を見てもらうって感じになっちゃうんだよね。今後も、アルバイトの人には適当に新作を食べてもらうことにはなるだろう。
まあ、あくまでサプライズ的な感じかな。
「でも、いいですね、コロネ先生。私も白パンは初体験なので、ちょっとドキドキしますよ。アイスはアイスで、こういう風に食べるのは初めてですし」
「えっ!? これ、白いパンでできているんですか? わたしもさっき白パンは食べられなかったので、うれしいんですけど」
リリックの言葉に、満面の笑みを浮かべるナズナ。
大食い大会でもその片鱗は見せてくれたけど、彼女は食べることが大好きなのだそうだ。美味しいものを食べるとほんのり幸せな気持ちになるとのこと。
「それじゃあ、フレンチトーストも紅茶も行きわたったかな。はいどうぞ、お召し上がりください」
『『いただきまーす!』』
みんなが一斉に、一口目に手を伸ばす。
一応、ナイフとフォークは添えてあるので、それで、という感じかな。
それぞれが口に運ぶのを見ながら、ちょっとドキドキする。
この瞬間だけは、いつも少し緊張するね。
「やったね! これだよ、これ! 朝味見したのとおんなじ味だよ。うん、やっぱり、ちょっぴり食べるのよりうれしいね! いや、これ、十分美味しいよ。耳を使ったから、どうってわけじゃない気がするんだよねー」
「うん、確かにふわっとした感じは控えめだけど、逆に食感がしっかりしているって感じか、な。ぐるぐるってしている部分が、見た目も面白いし、その節目の部分がぷつんぷつんとかみ切れる時のアクセントになっているのか、な? 味は、食パンの真ん中を使ったものと比べても、十分に美味しいと思う、よ」
「おいしいです! 表面はカリカリっとしていて、中はかみしめるとバターとか色んな味が口の中に広がって……すごいです! あったかいお菓子もあるんですねー」
良かった。
ドロシーやメイデンも喜んでくれているみたいだね。
普通のフレンチトーストと比べても、それほど遜色がないって印象みたい。
うーん、やっぱり、パン自体の味がしっかりしているのかな。コロネが思っていたよりも、フレンチトーストって感じになっているみたいだし。
ナズナも目をきらきらさせながら、興奮を伝えてくれるので、作ったものとしては、本当にうれしい。
そういえば、あったかいデザートを出すのって、彼女にとっては初めてかな。
プリンやアイスだけだと、お菓子って冷たいものってイメージになっちゃうものね。
いけないいけない。
もうちょっと、火を通した系のデザートも作っていかないとダメだ。
しっかりと小麦粉や白パンを活用していこう。
「コロネ先生! これ、ものすごく美味しいです! サクッとして、ふわっとして、たまごやミルクがそれをひとまとめにして、上からハチミツもかかって、とにかく、美味しいです! いや、すごいです。これ、私も作ったんですよね? これはちょっと信じられないですよ!」
「うんうん、良かったね、リリック。で、このフレンチトーストの他にも、パンを使った変則レシピって、いくつかあるのね。だからまあ、そっちの方もおいおいって感じかな。明日、作る料理でも試してみたいものもあるし」
「ホントですか!? わかりました、頑張りますよ!」
一応、アルルやウルル向けに、ベリーを使った料理も検討中だ。
後は、白パンとアイスとも組み合わせて、という感じかな。
ふふふ、ちょっとだけお楽しみに、ってね。
「うん、うん、これ美味しいね。フレンチトーストって言うの?」
「はい、パンをたまごとか牛乳とかを混ぜた液に浸して、しばらくしてから、たっぷりのバターで揚げ焼きした料理ですね。アイスクリームを添えたのは、おまけみたいなものですが、一緒に食べるとちょっと味わいが変わって、いいですよ」
「そうなんだ。いや、まずいなあ……僕だけ美味しいものを食べちゃって、ローズが駆けこんで来たりしなきゃいいけど。『アルバイトはちょっと面倒ね』とは言っていたんだけど、この手の話を耳にしたら、突然やってくるかもしれないよ」
「そうなんですか?」
あ、そう言えば、『三羽烏』の中では、ローズが一番、お菓子にこだわっていたものね。
ということは、彼女も何か動き出すかもしれないってことかな。
そう聞くと、アズがちょっと真剣な表情で頷いて。
「まあ、さすがにプリムさんみたいなことにはならないだろうけど、ローズはローズで、本気になったら行動力があるからね。ま、困ったことになりそうなら、僕か、トライに言って。何とか、ふたりがかりで食い止めるから」
「はあ、わかりました」
こうして、コロネが知らず知らずのうちに、何かの芽は育っていくのでありました。
いや、他人事みたいに考えている場合じゃないけど。
まあいいや。
後は野となれ山となれ、だ。
「いや、コロネさん、これは何なのですか!? 朝もびっくりしましたが、このアイスはすごいのですね。それだけでもとっても美味しいのですが……」
ピーニャが興奮気味に、アイスをフレンチトーストに乗せて、一緒に食べている。
「これですよ、これ! 何なのですか!? あったかくて、冷たくて、甘くて、ふわっとしてて、カリッとしているかと思えば、しっとりしていて……どう表現していいか、まったくわからないのです。いや、お菓子ってすごいのですね!」
「あー、それは私も思ったよ、ピーニャ。何というか、今までのコロネの作ったお菓子に、さらに奥行きができたって感じ? ひとつひとつだけでも美味しいんだけど、組み合わさると、なんかすごい! って感じになるよね。うまく、表現できないけど」
「うん。本当に、新しい衝撃だよ、ね。色々な要素がうまく混ざり合っているのか、な。美味しさには、様々な種類があるってことに気付かされるよ、ね」
「いや、というか、ですね、コロネさん。これ、十分、お店で出せるレベルなのですよ。パンの耳を使った残り物レシピって言ってましたが、とんでもないのです。実際、ぐるぐるフレンチトースト単品でも、十分、お店の商品として、耐えうる力というか、味を持っているのですよ」
ピーニャ、ドロシー、メイデンの塔との関わりが深い三人がそろって、太鼓判を押してくれた。ということは、フレンチトーストはメニュー化ってことかな。
うーん、じゃあ、それでいいかな。
アイスだけじゃなくて、果物のソースとか、添え物を工夫すれば、このぐるぐるフレンチトーストでも、ちゃんと目玉になるかもしれないね。
まあ、元々、パンの耳を使い切ろうレシピだし、みんなが納得してくれるなら、こっちとしても文句を言う筋合いはないものね。
「じゃあ、そうしよっか。後は、添え物を工夫しよう。毎日アイスを確保できるか、って話もあるから、果物を簡単に調理したものを添えるって感じかな。日によって変えていけば、『本日のぐるぐるフレンチトースト』って感じで、まあ、何とかなりそうだしね」
「はいなのです。やったのです! これで、パンの耳を使った料理も提供できるのですよ。めでたしめでたしなのです」
「良かったねえ、ピーニャ。あ、コロネ、ちなみにパンの耳をそのまま、安く売るって選択肢はないの? そっちはそっちで需要がありそうなんだけど」
「えーとね、パンの耳をもう一度焼いたり、揚げたりする方向で検討かな。そっちなら、日持ちもするし、冷めても美味しいから、そういう形でお店に出そうかなって。今日は残りの耳を卵液に漬けちゃったから、できないけど、明日以降にでも、タイミングを見て、作り方とか説明するよ」
ラスクとか、揚げパンとか、そういう方向性かな。
特に、ラスクとハチミツの組み合わせはなかなかだ。
まだ、ジャム類については販売を検討していないけど、ハチミツなら、青空市で入手可能だしね。この町の人でも家で食べれるんじゃないかな。
「そうだね……おっ、と。あ、ショコラ、目が覚めたんだね。フレンチトースト食べる?」
「ぷるるーん! ぷるっ!」
話している途中で、ショコラが肩の上に載ってきたので、その口元に切り分けたフレンチトーストを運ぶ。
ぱくっと一口。幸せそうにぷるぷる震えているショコラ。
でも、身体の大きさの割には、けっこう食欲が旺盛だよね。
「わ、かわいいですねー、コロネさん。この子、スライムさんですかー?」
「うん、そうだよ。粘性種のショコラ。今はわたしの家族なんだ」
ナズナにもそう説明しておく。
後はついでに、ショコラの存在についても少しずつ、伝え広めていく方向で動いていく感じかな。いちいち説明するのが面倒になったってわけじゃないけど、コロネの家族ってことが知れ渡れば、まあ、変なことにはなりにくい気がするし。
「ふーん、粘性種かあ。ショコラ、ちょっといい? 『今、僕が言っていることがわかる?』 どう?」
「ぷるる? ぷるっ!」
アズの言葉に、ショコラが一瞬、はてなマークを浮かべ、すぐさま、頷き返した。
えーと、今のアズは何をしようとしたのかな?
普通に、ショコラにしゃべりかけたようにしか見えないんだけど。
「あー、やっぱり、ちょっとわからないかな。ごめんね、ショコラ」
「アズさん、今のって、何ですか?」
「うんとね、もしかしたら、言葉が通じないかって思って、ちょっと言葉に意味を乗せてみたんだけど、完全には通じていないみたいだなって。もしかして、ショコラって、生まれたばっかりなのかな?」
「あ、はい。そうみたいですね。生まれてからそれほどは経っていないようですよ」
「あー、やっぱりね。たぶん、まだ言葉自体がわからないんだね。うん、わかった。そうなると出身がどことかってのも、わからないだろうし。了解」
何かに納得したようにアズが頷く。
そして、今、彼女がなぜそんなことをしたのかを説明してくれた。
アズ、というか、ギルド『三羽烏』は新しく町に加わった住人のチェックなども仕事にしているのだそうだ。もちろん、門番のダンテが問題なしと判断すれば、それで大丈夫ではあるけど、出身地や背景については、彼らもそれとなく確認するようにしているのだとか。
へえ、酒場でまったりしてたり、イベントに参加しているだけじゃなかったんだ。
「うん。そういうわけだから、コロネも暇を見て、ショコラを冒険者ギルドで登録しておいてね。一応、今のやりとりをもって、僕のチェックはクリアだから、それ以上は調べる気もないし」
「そうなんですか? 今のだけで大丈夫なんですか?」
「というか、今日のクエストの時に、色々な人と会ってるでしょ? あれで、敵意とか悪意とかのチェックは済んでいるから、後はショコラ自身の言葉を聞きたかったんだけど、僕も、この子の言葉がわからなかったからね。それでおしまい」
要するに、町への適性については大丈夫なのだそうだ。
面談については、幼いから難しい、という結論が出たとのこと。
「まあ、ほら見てよ。こんなに幸せそうに、食べ物を食べる子に悪い子はいないよ。そういうことだよね」
フレンチトーストをもぐもぐしながら、幸せそうにしているショコラ。
そんなショコラを撫でながら、笑顔を浮かべるアズ。
何だか、よくわからないけど、ショコラが町に認められ事にホッとするコロネなのだった。




