第146話 コロネ、鉱物種の話を聞く
「コロネ先生、こっちも焼き上がりました!」
「うん、大丈夫。問題ないね。これで、パンの耳を使ったフレンチトーストの完成だね。後は、横に、ちょっとこれを添えて……」
リリックが焼き上げている間に、冷凍区画から取って来たアイスを添える。
すでに、コロネとピーニャが作っていた分はできていたので、これでめでたく、三つのぐるぐるフレンチトーストがお皿の上にそろったってわけだ。
今の人数でのお茶会なら、これで十分かな。
「はい、これでできあがり、っと。別々に食べてもいいし、フレンチトーストにアイスを乗せても面白い感じなるよ。ピーニャたちの分のアイスは取っておいたから、これで味見って感じかな」
「おー、コロネさん、すごいのです! フレンチトーストってこういう食べ方もあるのですね! ハチミツもかけるのですか?」
「うん、アイスを添えて、その上からかけてもいいんじゃない? こういう組み合わせで色々やってみるのも楽しいよ」
そうだね。
フレンチトーストとかをお店で出すのなら、一緒に添えるシロップとかも工夫した方がいいかもしれないね。ハチミツだけじゃなくて、もっと色々考えておこう。これ用で、コンフィチュールとかも用意しておこうかな。
うん、どんどん美味しさが広がるね。
と、リリックが少し驚いた表情を浮かべている。
「コロネ先生、アイスって温かい料理と一緒でもいいんですか?」
「まあ、その辺は食べてみてのお楽しみって感じかな。それじゃあ、ドロシーたちを呼んでこようか」
「もう来てるよー。というか、今来たよー、コロネ。いい匂いが漂ってきてたから、メイ姉とかも声かけて連れて来たよ」
お、ドロシー早いね。
何でも、我慢できなくて、巻きで掃除の方を終わらせたのだそうだ。
後ろからは、メイデンと一緒に、アズやナズナもやってきた。
ふたりとも、早くも普通番の制服を着ている。
あ、よく似合っているね。
特に、アズが給仕の制服を着ていると、お人形さんみたいな感じでかわいい。長い黒髪に給仕服。色白の美少女がその服装で微笑みながらたたずんでいると、一枚の絵画みたいな感じだし。
何だろう、アズって同性に対しても、フェロモンのような色気というか、惹きつけるような何かを漂わせているんだよね。不思議な魅力だよ。
一方のナズナも、ふわふわっとした栗色のショートヘアを揺らせて、一生懸命って感じの表情をしているね。ちょっと、制服の方が大きめかな。やっぱり、それぞれのサイズの服じゃなくて、用意された服を選んだのかな。
半獣化してない時は、サーファよりも小柄だものね。
「さすが、ドロシー。この手の嗅覚はすごいねえ」
「ふっふっふ。そう褒めるでない、コロネさんや。ま、朝の分だけじゃ食べ足りないんだよねー。今宵の私のお腹は、お菓子に飢えているのだよ」
そう言いながら、腕を組んでポーズを取るドロシー。
手には、それとなくポットが握られているけどね。
さっき言っていた通り、紅茶を入れてきてくれたらしい。
「メイデンさんたちもお疲れさまです。もう、お仕事の説明は大丈夫なんですか?」
「うん、一通りは終わったか、な。後は実践しつつって感じだ、ね。どっちにしても、明日は変則の勤務だから、まあ、あんまり緊張しないでもらうだけって感じだ、よ」
「あはは、また、メイデンさんも難しいことを要求しますよね。初めてのお仕事なんですから、緊張するに決まってるじゃないですか。僕はそれでもお客さんのほとんどを知っていますから大丈夫ですけど、ナズナちゃんにあんまりプレッシャーをかけないでくださいね」
「は、はい! 肩の力を抜いて頑張ります!」
「いやいや、ナズナちゃんや、もうすでに肩に力が入っているよん。リラックスリラックスー。まあ、メイ姉も仕事はきちんとしてるけど、そんな怖いわけじゃないから、一生懸命やってれば大丈夫だって」
「うん、言い方がきつかったら、ごめん、ね? 教える時は手を抜かないのが、わたし流だから、ね」
「いえ! ご心配なく! ……実はわたし、要領があんまりよくないので、自分に気合いを入れないと、また何か失敗しそうでして。ですので、がんばりますよー!」
おー、ナズナが燃えている。
というか、あんまり気合いを入れ過ぎると、気持ちが空回りするような。
まあ、その辺はドロシーもメイデンもわかっているみたいで、ちょっとだけ苦笑しているかな。いざとなったら、フォローするから、的な感じでドロシーから目配せされた。
そうだよね。
初めてのアルバイトとかって、普通緊張するよね。
「それにしても、アズさんもナズナちゃんも、その服装が似合ってますよね。もう、すでにちゃんとした店員さんって感じですもの」
「いやいや、お恥ずかしいです。ここでしたら、お菓子が食べられるかもって、そういうのに釣られて選んだんですけど、制服のことは忘れてました。こういう服装って、ちょっと恥ずかしいんですよね、僕」
「え? すごく似合ってるじゃないですか」
むしろ、コロネとかが給仕服を着ているより、本職さんって感じだ。
ちょっとうらやましいくらいなんだけど。
「あー、コロネはまだ知らないもんね。アズってば、ちょっと事情があって、そういう性癖なんだよ。ほんと、もったいないよねー。こんなにかわいいのに、それに似合った服とかが苦手なんて、この世界の損失だよ」
「いや、いきなり、何て説明をするのさ、ドロシー!? 性癖って。別に性癖じゃないって。ただ何となく苦手だってだけだってば!」
そう言って、アズがぷんぷん怒っている。
何というか、そういう擬音が本当によく似合う感じだ。
「ドロシー、それを言うなら、性質だ、よ」
「まあ、どっちでも似たようなものだって。そうそう、コロネ、鉱物種って知ってるよね? たぶん、どこかで会ったことあるんじゃないかな」
「鉱物種って、ドワーフの旦那さんですよね?」
「いや、それはそうですけど、随分と平たく覚えましたね、コロネさん」
アズが少し呆れたように言ってくる。
別にすべての鉱物種がそういうわけではないとのこと。
まあ、それはそうだよね。
この町で会ったのは、グレーンとクレイヴのふたりだから、そういうイメージなんだよね。後は、金属の身体を持つゴーレムさんってことくらいかな。
「でも、その鉱物種がどうしたって言うの?」
むしろ、その話の流れがよくわからないんだけど。
何で、いきなりその話、って感じだ。
「だからね、アズはその鉱物種なの」
「えっ!? そう……なんですか? あれ、確か鉱物種って男性限定種族じゃありませんでしたっけ?」
この世界はドワーフが女性限定種族で、それに対になる形で鉱物種がいるため、だから男性限定って聞いていたんだけど。
しかも、アズの姿は普通の人間種と変わらないよね。
それは確かに驚きだ。
「え、アズさん、鉱物種なんですか?」
「はい、実はそうなんです……あー、素性を説明しますから、その代わりに敬語を崩してもいいですか? 慣れないものですから、自分でも気持ち悪いんですよ」
「あ、はい。それで構いませんけど」
「ふう……では気を取り直して。僕が鉱物種であることは間違いないんだけど、それはそれとして、コロネは鉱物種について、どこまで聞いているの? 男性限定種族ってのは知っているよね?」
「はい。ジーナさんとかから話ぐらいは聞いてます。男性限定種族で、身体は何らかの金属でできているゴーレムさんで、言葉は話せないんですよね。ドワーフさんたちにはわかるみたいですけど。あと、確か、繁殖期というものがあって、その際は人間に近い姿になるんでしたか? そのくらいですかね」
後は、食べ物は繁殖期以外は、身体から吸収する感じで、そのためにお酒とか、水物を好むって話は聞いている。繁殖期は普通に口から食事がとれるらしいけど。
「そうそう、そんな感じ。で、僕のことを説明すると、僕は鉱物種の変種なんだ。本来は、女性体が生まれるはずがないんだけど、なぜか、僕の場合、女性体として生まれてきちゃったって感じかな。一応、女の子の身体なんだけど、普通の鉱物種とは違うってのは間違いないんだよね」
「それは、私とかも温泉で確認したから間違いないよん。アズの場合、突然変異みたいだね。だからどうしたって話じゃないけど。鉱物種としては稀な女性体で、しかも、その副作用なのか、常時、繁殖期状態って感じ? だから、今のアズって人化とかそういうスキルとは無関係なのね。そもそも、繁殖期のある鉱物種の場合、人化スキルは覚えられないから」
人間種が人化を覚えないのとおんなじね、とドロシーが補足してくれる。
へえ、そうなんだ。
色々と初めて聞く話が飛び出してきているね。
「説明ありがとう、ドロシー。でも、鉱物種って男の子しかいないから、そういう風に育てられちゃって、自分の中で何だか変な感じになっているってわけ。正直、かわいいって言われるのも、あんまり、ね……複雑な感覚っていうか。まあ、そういうわけ」
「いや、でもね。この容姿で飾らないのはもったいないって。だから、ローズとか、ウルルとか、色々な人がよってたかって、アズの魅力を引き出しているって感じだよん」
「僕としては、あんまり嬉しくないんだけど……まあ、最近は何を言っても聞いてもらえないから、諦めてるって感じかなあ。自分ではピンとこないけど」
照れ隠しなのか、本気で嫌がっているのか、戸惑ったような感じでアズが苦笑する。
色々流された結果、自分でもどう感じているのか、よくわからないのだとか。
何だろうね。
無理やり女装させられた男子が、かわいいって言われて複雑な感情を抱いているのと同じようなものかな。
こうやって、女装に染まっていくというか。
いや、この場合、アズはちゃんと女の子なんだけど。
「まあ、常時繁殖期な上に、この容姿に、この雰囲気だからねえ。本人にも自覚してもらわないと、ちょっとしたハニートラップ装置みたいになっちゃうからねー。男も女も引き寄せる誘蛾灯って感じ?」
「いや、ドロシー、例えにものすごく悪意を感じるって。さすがの僕もちょっと怒るからね」
「ごめんごめん。まあ、他意はないよ。この手の話はあんまり深く考えすぎない方がいいから、軽くした方がいいんだって。これも愛情表現のひとつだってば」
「まあ、ドロシーだから仕方ないか……とにかく、そんな感じだよ、コロネ。ちょっとひ弱に見えるかもしれないけど、鉱物種だから、身体強化系には長けているんだ。だから、格闘神官をしているんだよ」
なるほどね。
そう言われると、格闘家のイメージがそれほどおかしくないから不思議だ。
内側はゴーレムさんって感じなんだ。
ふと、リリックの方を見ると、ちょっと微妙な顔をしているのに気付く。
「あれ? リリック、どうかしたの?」
「いえ、コロネ先生……大したことではないんですけど、そろそろお茶会を始めませんか? 大分、アイスが良い感じになってきてるんですが」
「あっ! いけない! ええと、うん、まだ溶け始めてないね! よし、とりあえず、話の続きは食べながらにしようか。今、席の方に運びますから、ちょっと待ってくださいね」
リリックの指摘に、いそいそと準備に取り掛かるコロネ。
そんなこんなで、お茶会がスタートするのだった。




