第141話 コロネ、クエストを振り返る
「いや、すごいですね。まさか、本当に前もって用意した分の小麦が、ほとんど小麦粉に化けるとは、僕もびっくりですよ」
間に合ってよかったです、とブランが笑う。
そうだよね。確実に、数日分の作業量だと思ったもの。
今日のクエストにいっぱい人が集まってくれたのも、さることながら、一時間半で分離作業が完了することも含めて、集まってくれた皆さんが頑張ってくれた証拠だろう。
後は順次、この『やや小麦粉』を挽いていけば、きれいな小麦粉の完成だ。
これなら、今日確保できた小麦粉で、パン工房で必要な、優に数日分は余裕でカバーできるはずだ。別に毎日人が集まらなくても、定期的な安定供給は、一応可能であることがよくわかった。
そうなると、問題はこの小麦粉クエストの取り扱いだ。
さすがに、今日は初日ということもあり、物珍しさで人が集まったけど、いつもそうとも限らないだろう。
とは言え、早ければ、数十分、精々が一時間ほどで終わる作業と考えれば、報酬をひねれば、ちょっとした暇つぶしに、クエストを受けてくれる人は一定数確保できるかもしれないよね。
となれば、クエストそのものは捨てたもんじゃない気もするし。
「そうだね。後は一通り確認して、品質ごとに分けていった方がいいかな。まあ、それは今すぐにそうしなきゃっていうより、後々のことを考えて、ブラン君たちも小麦粉をそういう目で見てほしいっていう意識づけのためだけど」
粉の質、大きさ、色などによる分類についてだ。
これらを少しずつでもいいから、意識していって、向こうでの小麦粉に近づけるのだ。そうすれば、品質の数値管理も可能になるはずだ。
その辺りは、小麦を作っているブラン君側の方が、毎日接することで、慣れというか、目利きを覚えてもらいたい、という感じだね。
コロネの場合は、手の感覚かな。
結構、こういうのって、触覚が侮れないんだよね。
「今日集まった小麦粉も、分類した方がいいんですね?」
「うん、そうだね。それで大まかでもいいから、分類ごとに番号を振って、それぞれを管理できる体制を目指すって感じかな。お菓子作りに使う小麦粉は一から五、うどん作りに適している小麦粉は六から八とか。用途ごとに、選べるようにしていく感じね」
「わかりました。ですが、僕らも小麦粉について、そこまでは考えたことがなかったものでして。コロネさんが言う、分類がどういうものか、少し漠然としているので、教えてもらってもいいですか?」
「そうだね。小麦粉の場合、分類の目安となるのは、『タンパク質』と『灰分』。大きく考えるとこのふたつなんだ。ブラン君、これらの言葉を聞いたことはある?」
「タンパク質の方は、たぶん、オサムさんが定期講習会で話していたことがあると思います。栄養学でしたか? 父さんがそんなことを言っていましたから。ですが、灰分という言葉は聞いたことがありませんね。初耳です」
あ、逆にタンパク質のことは知っているんだね。
詳しい内容までは、ブランも把握してはいないみたいだけど、少なくとも知識としてはオサムが町の人に説明をしているみたいだね。
まあ、それもそうか。
他の人に料理を教える過程とかでも、触れる機会はあるだろうしね。
そのことに興味を持った人がいれば、それを説明する機会もあるだろう。
定期講習会、か。
やっぱり、ちょっと面白そうだ。
「それじゃ、タンパク質そのものの説明は割愛するね。栄養素の一種ってわかってくれていれば、それでいいから。で、話を戻すと、わたしがいたところの小麦粉は、粉に含まれるタンパク質の含有量と、粉に含まれる『灰分』の比率によって分類されていたの」
タンパク質の含有比率による分類が、まあ、よく聞く、薄力粉、中力粉、準強力粉、強力粉の分類方法だ。最も、タンパク質が少ないのが薄力粉で、後は順々に多くなるにつれて、強力粉へとなっていくのだ。
「ただ、タンパク質の方の分類は、実のところ、ほとんどが小麦の種類で決まってしまうのね。ブラン君の家で作っている小麦は硬質小麦。タンパク質を多く含んだ小麦だから、分類できたとしても、強力粉と準強力粉、それに強めの中力粉までって感じかな」
「なるほど。そうでしたか。ということはうちの小麦では、タンパク質が少ない小麦粉は作れないってことですね」
「残念ながらね。本当は、薄力粉……一番タンパク質が少ない小麦粉が、お菓子に適している小麦粉なんだよ。強めの小麦粉は麺類とか、パンとか、そういうのに向いているかな。だからまずは、美味しいパン作りに力を入れていく感じだね」
とは言え、作れないこともないし、コロネのいたお店でもタイプ45とか、タイプ55とか、日本で言う中力粉相当以上の小麦粉でお菓子を作ることも普通にあったから、実際、物によっては、もうすでに作れないことはないんだけどね。
まあ、今、壁になっているのは、どっちかと言えば、砂糖の方だ。
小麦粉は中力粉や強力粉で補えるけど、さすがに砂糖に関してはねえ。
とりあえず、いっぺんに色々とはできないから、次のターゲットは菓子パン作りかな。そっちを進めている間に、砂糖の件を探っていくことにしよう。
まだまだ先は長いから、慌てない慌てない。
「まあ、お菓子に関しては焦らず、ゆっくりやるから大丈夫。まずは白パン作りを安定させないとね。で、今度は『灰分』に関する分類ね。灰分っていうのは、今日やってもらった、分離による余分なものが残っている比率のことね。まあ、殻やその他がまったく不要物ってわけじゃなく、それらも風味などの要素になったりもするんだけど、便宜上、灰分が少ない純粋な小麦粉ほど、色が白くてきれいだから、そちらの評価が高めかな。ほら、リディアさんが作業してた小麦の色を覚えてるかな。あれを粉にしたら、たぶん、一番等級が高くなるはずだよ」
「あ、つまり、余分な混ざりものが少ない方が品質がいいってことですね?」
「まあ、分類上はね。味に関しては好みによって少し評価が変わるかもしれないけど。とにかく、こっちの分類はこの小麦粉でもできるから、こっちをしっかりやっていこうか。できあがった小麦粉を並べて、比較すればわかりやすいと思うよ。さっき言ったように、リディアさんのを1として、混ざりものが増えるにつれて、数字を増やしていく感じだね。これは、多く含まれるほど、色味がくすんでくるから、タンパク質の方よりは見分けがつきやすいかな」
灰分が増えれば、黄色みやベージュ色に帯びてくる感じだ。
これは、あんまり経験がなくても、色の問題だから、見分けやすいかな。
「わかりました。では、粉にした後で、そちらのチェックもしてみますね」
「うん、お願いできるかな。あと、ブラン君、ちょっと相談してもいい? 今後のクエストに関する話なんだけど」
「はい、大丈夫ですが、どうしたんですか?」
さっき、うさぎ商隊のギムネムから受けた話について、ブランにも伝える。
白い小麦粉の購入権と引き換えに、小麦粉作りに協力していくれるってやつだ。
必要に応じた人材派遣というのは、けっこういい話だと思うけど。
「なるほど……ということは、クエスト自体を廃止するってことですか?」
「うーん、それも考えたんだけどね。元々、このクエストを通じて、新しいお菓子のチェックとかもやっていこうと思っていたんだよね」
市場調査みたいな感じかな。
だから、全部が全部なくなってしまうのも、勿体ない。
そもそも、プリンの件で、告知みたいなこともされちゃったし、クエストを完全になくしてしまうのは、少しまずいだろうしね。
ブランが小麦粉作りの責任者ってことは変わらないし、クエストを減らしても、それ以外の日は、やってきたうさぎ商隊の人たちを監督する立場だから、オサムとの契約も有効のままで大丈夫だろうけど。
「それでしたら、クエストは回数を減らしてみてはどうですか? コロネさんも塔の営業日もお仕事されるんですよね。それなら、その日はお休みにして、という感じで」
まあ、そうするのが妥当かな。
いざという時、身体がふたつあるわけじゃないからね。
「そうだね。それじゃあ、クエストは週二回で、うさぎ商隊さんの協力は週三回。それで、一週間分の小麦粉を確保するのを目標って感じにしようか」
結局、ブランとの相談した結果、クエストは月の日と木の日で、うさぎ商隊の方は火の日と金の日と土の日で、という感じになった。
塔の営業日はお休みだ。
「しばらくは報酬はプリンのままでいいかな?」
「ですね。それで、クエストの受注人数が減ってきたら考えればいいと思います」
「了解。うんうん、後は、ギムネムさんかブリッツさんに話をすれば、何とかいけそうだね。ありがとう、ブラン君」
一定量の小麦粉が安定供給できれば、パン工房も新たな展開が見込める。
いよいよ、惣菜パンの方にも着手できるかな。
ふふ、楽しみだよ。
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。本当にすごいですよね、コロネさんが町にやってきてから一週間くらいですよね? まさか、ここまでとんとん拍子で話が進むとは思いもしませんでしたよ」
僕も最初はパン工房でアルバイトをしてましたし、とブラン。
そう言えば、そうだよね。
まだ、一週間かあ。
逆に言えば、頑張れば一週間でもここまでできるってことかな。
いや、別にうぬぼれるつもりはないけどね。
オサムが下地を作っていてくれて、その他にも周辺の様々な協力があってこそ、だ。コロネひとりではなにもできなかっただろう。
そう考えると、人の力っていうのはすごいね。その繋がりというか、結びつきというか。みんなの力を合わせれば、どんどん前へと進んでいける。
だからこそ、だ。
次は何をすることができるだろうか。
そんな将来に期待を膨らませながら。
小麦粉クエストを振り返りながら、笑みを浮かべるコロネなのだった。




