第140話 コロネ、プリンクラブに加わる
「とにかく、教会の方にも、プリンの取り扱いにつきましては、きっちりと配慮するように、わたくしからも働きかけますので、ご心配なく」
「まあ、カミュやカウベルが商売っ気を出すとも思わないから、それよりも、本部の連中に対する牽制って感じだな」
今度は至って真面目な口調で、プリムに念押しされた。
アキュレスも、その意見には同意なのだそうだ。
一応、神聖教会も権威というものがあるため、信仰を高める手段に対しては、強く出てくることが、時々あるのだそうだ。さすがに、この町でどうこうという話ではないそうなのだが、見えないところというか、ここから離れた場所でいつの間にか、という可能性は十分にあり得るとのこと。
善意のみで、ここまで組織は大きくならない。
教会と言えども、努力の積み重ねが必要なのは変わりないのだそうだ。
「えと、でも、そうなりますと、プリムさんたちは大丈夫なんですか? そんなことをすれば、教会に目を付けられるんじゃないですか?」
今、プリムたちが言っているのはそういうことだよね。
曲がりなりにも、一貴族が教会に牽制とかしちゃっても大丈夫なのかな。
「大丈夫です、コロネ様。それほど、大袈裟な話ではありませんので。そもそも、事実の確認に過ぎませんし。教会も悪の黒幕というようなことではございません。権力を背景に白いものを黒にするような真似は、獣人種の方々がもっとも嫌うことですから」
プリムが言うには、教会の上層部も、明らかに旗色が悪いことには踏み込んでは来ないらしい。一部の強かな一派に動く隙を与えなければ、他の良心的な派閥の方から、待ったをかけられるようになっているとのこと。
カミュたちは一応、後者なのだとか。
ふーん、なるほどね。
「あれ? でも、それでしたら、カミュさんが下手なことをしなければ、問題ないってことですよね」
「ええ。そういうことですが、念のため、です。今、立ち上げたギルドの方々が目を光らせている。そのことをお忘れなく、とお伝えすることが、結果的に意味を成してくるわけです」
「まあ、早い話が、カミュたちにとっても、援護射撃になるってことだ。これは、別にコロネだけのためじゃない。今後も含めて、この町を基盤とする者にとって助けになる、そういうことも視野に入れた行動だ」
「そうだなあ、商業ギルドとしても、他の商人からの余計な横やりは避ける必要がある、とだけは言っておこうかなあ。この町の食べ物に手を出した場合のリスク、それを今一度、ギルド関係者に再確認してもらうのは大切なんだぞ。火の粉がどこに飛んで行くか、わかったもんじゃないからなあ」
何だか、話が大きくなってきたねえ。
アキュレスもボーマンも、プリンの権利を護るというより、そうしないことで起こる何かを恐れているようにも見える。
それが何か、と聞かれてもわからないんだけど。
もしかして、オサムが関係しているのかな。
さすがに、真意については、ちょっと聞きにくい空気が漂っているので、踏み込みにくいんだよね。
「ともあれ、コロネ様が作るお菓子につきましては、プリンに限らず、応援していきますから、あまりお気になさらずに。あくまでも、ファンが増えました、ということを理解して頂ければ、それで十分ですよ」
そう言って、口元に笑みを浮かべるプリム。
言外に、コロネが知るのはまだ早い、と言っている感じだ。
まあ、そういうことなら仕方ない。
そのうち、真相にもたどり着くこともあるだろうね。
今は、よく分からない、みなさんの配慮に感謝しておこう。
こういうやり取りって、あんまり得意じゃないし。
「そうそう、忘れるところでした。コロネ様もギルドにご参加いただけますか? 名誉会員という形で結構ですが」
「それって、ギルドのマスターとかじゃないですよね?」
名誉会員というのが、どういう立場なのかよくわからないけど、さすがにギルドマスターとかやってくれというのは、ちょっと勘弁してほしいので、聞いてみた。
「はい。僭越ながら、わたくしがファンクラブの会長を務めさせていただくことになっておりますので、ご心配なく。名誉会員ということで、会員番号ゼロ番を空けておりますので、できましたら、というお願いですね。やはり、コロネ様にご参加いただけませんと、ギルドとして締まりませんので」
「えと、ゼロ番ですか……」
いや、ちょっと番号が重いかな。
さすがにそういうのは恥ずかしいよ、と思っていると、アキュレスからも頼み込まれてしまった。
「俺からも頼む。いざという時、プリムの暴走を止められる者が必要なんだ。そういう意味でゼロ番を引き受けてほしいんだよ。幸いというか、プリムのやつ、コロネには心酔しているからなあ……言い方は悪いが、防波堤になってくんない? 俺としても、どっちかと言えば、教会より、暴走したプリムの方が手に余るんでな」
「む……坊ちゃん、わたくしはそんなつもりで、コロネ様に相談しているのではございません。変なことを言わないでください」
「だがなあ、お前が本気になったら、止められるのは何人かしかいないぞ。普段なら、そこまで心配しないんだが、プリンが関わると、なあ? みんな」
アキュレスが苦笑しつつ、周りの人々に話を振ると、皆さん同じような意見のようで、少し困っているような、面白半分で笑っているような、そんな表情を浮かべて頷いた。
「ほらな? 俺だけの印象じゃないだろ? 第一、自嘲しろって言っても、聞かないだろ」
「当然です。今後もプリンのために、邁進していきますとも」
「な? コロネ。頼むよ、今後の安全のためにも、引き受けてくれ」
ええと、さすがに邁進するプリムを止める自信はないんだけど。
まあ、今後も彼女が満足するようなお菓子を作っていけば、いいのかな。
現実逃避気味にそんなことを考える。
だってこれ、引き受けないと収拾がつかない感じでしょ。
ほぼ、選択肢がないものね。
「わかりました。できる範囲で頑張れせていただきます。ということで、いいですか?」
「ああ。良かった良かった。ありがとう、コロネ、助かったぜ。これで、プリムの首に鈴をつけられたって感じだな」
「坊ちゃん……後でご覚悟くださいませ。ともあれ、コロネ様が引き受けてくださるのでしたら、わたくしにとっても喜ばしい限りです。ではこちらの書類にサインをお願いします。念のため、内容はご確認ください。ギルドの入会手続きの書類です」
「ああ、それは正式な書類だぞ、コロネ。書き終わったら、俺が冒険者ギルドまで持っていくから、それで申請完了だ」
早速、渡された紙を確認する。
ギルドの入会申請書か。
ふむ、まあ、ドラッケンが念を押しているから心配ないかな。
あ、本当にギルド名が『プリンクラブ』なんだね。
注意事項とかは、向こうで言うところの雇用契約書に近いかな。なるほど、ギルドに入るのって、就職するのに近いんだね。まあ、もっとも、給料とか雇用形態とか、そういう条項は入っていないけど。
一通り確認して、問題なさそうなので、サインする。
そう言えば、きちんとした書類はこれが初めてかな。
アキュレスとも交わしたのは、口約束だったしね。
「こっちの世界でも、紙による手続きが主流なんですか?」
「いや、冒険者ギルドでも、カードがあれば、手続きできるし、基本は口約束が多いんじゃないか? クエストが関与する場合は別だが、そもそも、紙も地域によっては高価だしな。いよいよ重要な取引とか、信用が大切な契約については、契約に関する魔法もある。一番重い契約はそれだな」
ドラッケンが書類を受け取りながら、教えてくれた。
ギルドの場合、カードに刻まれるため、申請が通れば、書類はあくまでも保管義務があるというだけのものになってしまうのだそうだ。
書類は偽造が可能なため、最終的に頼りになるのは契約魔法と呼ばれるものらしい。
もし、契約を一方的に不履行にした場合、その代償を受ける。
シンプルだが、それが一番効果があるとのこと。
今回の場合、ギルドへの入会も退会もそれほど縛りがあるわけではないので、どういう形でも問題ないのだそうだ。
「プリムさん、どうして、紙の契約書なんですか?」
「形式美です。それと、こちらのギルドはあくまでファンクラブですので、そういう意味合いもあります。自分はプリンが好きです、とサインを頂く。それが、この場合は重要なのです」
よくわからないけど、そういうものなのかな。
それにしても、契約魔法か。
相変わらず、色々な魔法が活用されているんだね。
あ、そうだそうだ。
プリンを配っている途中だったよね。『プリンクラブ』の衝撃が大きくて、肝心のプリンがそっちのけになっていたよ。
「ちょっと、皆さんの小麦粉を確認させてもらっていいですか。その際、今ではなくて、後で、パン工房での引き換えでも構わない方は、言ってください。引換券をお渡ししますので」
今度は今までよりも数が多いので、チェックしつつ、プリンや引換券を渡すような感じで進めていく。
というか、このギルド全部で何人いるのかな。
リディアも、ということは、この場にいない人もいるかもしれないし。
何だか、えらいことに関わってしまったのではないかと不安になりつつ。
コロネは、その場にいるみんなにプリンを配っていった。
「えーと、これで皆さん、全員に行きわたりましたか?」
「はい、大丈夫ですね。ありがとうございます、コロネ様」
プリムも一緒に確認してくれた。
ちなみに、プリムとアキュレスは、いつでも塔を訪れるため、引換券でいいそうだ。
この場はむしろ、まだプリンを食べたことのない人への啓蒙活動に使うのだとか。
「コロネさーん、そっちはどうですか?」
「コロネ先生、私の方は配り終わりましたよ」
あ、そうこうしているうちに、ブランとリリックがやってきた。
他の子供たちは、クエストに参加してくれた人々と一緒に、小麦粉を片付けるのを手伝ってくれているのだそうだ。
「そうだね。残っていたのが、ほとんどが『プリンクラブ』の人たちだったみたいだね。後は、まだの人っているのかな?」
「ええと、あと数人ってところですかね。思いのほか、皆さん早く作業を終わらせてくださったので、ちょっとびっくりですね」
クエストを始めて、一時間ちょっとというところで、この状態だものね。
コロネたちが思っていた以上に、身体強化以外の方法を試してくれていた人が多かったってことだ。
土魔法を使ったり、リディアみたいによくわからない方法で作業したり。サウスやアズのように振動系のスキルを使ったケースもあったし、風魔法や火魔法でトライしてくれた人もいたらしい。殻の部分だけを焼く、繊細な火魔法の使い方とか。
まあ、ちょっと焦げた小麦粉もできちゃったから、完全な成功じゃないけど、おかげで、色々な可能性が見えたって感じかな。
こういう試行錯誤をしてくれるのって、本当にありがたいよ。
「コロネさん、まだプリンは残ってますか?」
「うん、皆さん、気を遣って、引換券を受け取ってくれた人も多かったからね。これなら、子供たちに配る分もあるんじゃないかな? バイト代とは別だから、申し訳ないけど、一個ずつだけど」
「そうですか。では、あと少しでひと段落ですので、もう少し頑張りましょうか」
「うん、そうだね。もう一頑張りだね」
そんなこんなで、片付けの手伝いに加わるコロネたちなのだった。




