第139話 コロネ、プリンクラブに囲まれる
「……ええと、一応、呼ばれているから、来たんですけど……」
「コロネ様! こっちです! こっちです!」
『『『わあああああっ!』』』『『『待ってましたー!』』』
ええと、引き返しちゃダメかな?
ちょっとだけ、他のところと温度が違いすぎるんだけど、ここ。
目の前にいるのは、プリムを中心とする、男女、年齢、種族、色々と混ざった、よくわからない集団だ。
知っている顔は、プリムの他には、貴族のアキュレスや、新聞記者のリッチー、ギルド『三羽烏』のトライオン、ローズマリー、アズーンの三人に、冒険者ギルドのマスターであるドラッケン、いや、商業ギルドからもボーマンとテトラもか。
うん?
もしかして、大食い大会関係の人も多いのかな?
そういう視点で見てみると、まったく知らない人が多い反面、ステージ上で目にした顔がちらほらと混じっている。
大会準優勝のシャーリーさんとか、象の獣人のガーナさんとか。
まあ、主催というか、黒幕がプリムなのは火を見るより明らかだ。
とりあえず、彼女に聞かないことには話が進まない。
「プリムさん、こちらは一体なんの集まりですか?」
恐る恐る。
本当に、下手に刺激しないように、慎重にプリムに聞いてみた。
そんなコロネの気持ちを知ってか知らずか、とてもいい笑顔を浮かべるプリム。
何というか、クールビューティーって感じのイメージが影も形もない。
まあ、それはそれで似合っているけど。
「良い質問ですね、コロネ様。では皆さん、行きますよ。さん、はい」
『『『僕たち、プリンクラブの一員です』』』
「というわけなんですよ、コロネ様」
「いや!? まったく意味が分かりませんよ!? プリムさん!」
それだけは声を大にして言いたい。
本当に、意味がわかりませんよ!?
何さ、プリンクラブって!?
というか、プリムが普段のポーカーフェイスとはまったく関係のないドヤ顔だし。
周りの人たちは、こっちを熱い視線というか、まっすぐな眼差しで見つめてくるし。いや、あなたたちは、楽器屋の前でトランペットを眺めている少年か。
うん、これこそまさしく異世界だね。
何というか、常識が通じないという意味で。
「つまりですね、コロネ様。色々あって、わたくし達は、ひとつのギルドを立ち上げることにしたのですよ。そう、あれは、わたくしが初めてプリンを食べた時から、いつかこういう日を夢見て、頑張って来たと、こういうわけです」
「いや……プリムさんがプリンを食べてから、まだ四日ですよね?」
「はい。まあ、その辺りはただのノリですね」
ノリなんだ。
まあ、とりあえず、よくはわからないけど、プリムの謎のプリン計画の一端が、今回の話なんだろうね。
ギルド? 今、ギルドを立ち上げたって言ったよね?
ええと、つまり、プリンクラブってのはギルド名ってことかな。
「少なくとも、それだけ、わずかな期間でわたくしも頑張りました。プリンの美味しさを皆様にお伝えするために、あらゆる手段を行使しまして、途中、コロネ様からのバナナプリンのナイスアシストにも支えられ……見てください! これだけの支持者を得ることができたのです。これもプリンの底知れない潜在力の現れです!」
「まあ、プリムは少し行き過ぎだが、否定する要素はないからな。どんどん突っ走ってもらうのは、見ていて楽しいぜ」
そう、笑っているのはプリムの主のアキュレスだ。
周りの人たちも、そんな彼の言葉に頷いている人も多い。
「ですよ。プリンは確かに、ぐらうまー、な食べ物です。これを周知するのは、グルメ記者としても当然の務めです」
「大食い大会が終わった後で、しばらくすると、また食べたいなー、って思うことがあるんだよ。いや、これは本当に」
「とは言え、私たちにできることと言っても、コロネさんを応援することぐらいですから。なるべく早く、生産体制が整うことを願って、こうしてギルドを結成したわけです」
「はあ……いえ、それは本当にありがとうございます。わたしとしても嬉しいです」
リッチーやシャーリー、そしてテトラなどが真面目にそう言ってくれるのは、こちらとしてもグッと来るものがあるよ。
真剣に、プリンについての想いを伝えてくれるのは、料理人冥利に尽きるというか。
でもね。
プリムくらいの温度になると、さすがにこっちも身構えてしまうんだよね。
「というか、そもそも、ギルドってこんなに簡単に作れるものなんですか?」
特に、このサイファートの町って、ギルドとかも厳選しているんじゃないの?
さすがに、プリン愛好家という名目でひとつギルドができました、っていうのは、ちょっと軽すぎる気がするんだけど。
「いや、コロネ。確かに、ここに新しくギルドを作るのにはいくつか条件があるがな。難易度が上がるのは、そもそもこの町に認められているかどうかっていう点だからな。ほら、ここにいるやつらはもう、町の人間として認知されているやつばかりだろ? 後は単純に手続きの問題なんだ」
「そうなんですか? ドラッケンさん」
「ああ。そもそも、ここで言うギルドってのは、立場の弱い冒険者が集まって、寄り集まって、協力し合うためのものだからな。だから、冒険者である限り、複数のギルドにまたがって参加するのは別におかしなことじゃないのさ。何も問題がない。条件さえクリアしてくれれば、取り立てて問題視するようなことじゃないしな。まあ、冒険者ギルドや商業ギルドみたいなのは、特殊な例で、世界規模の組織としてのギルド設立となると、国とか色々絡んでくるから、簡単じゃないんだが」
なるほど。
同じ、ギルドっていう響きだけど。
世界規模の組織と、仲間同士の組織ではちょっとだけ毛色が違うってことか。
さすがに前者を立ち上げるためには、それ相応の条件が必要とのこと。
「つまり、プリムさんが主催で、新しいギルドが作られたってことですね」
「はい。その通りです、コロネ様。プリン好きのプリン好きによるプリン好きのためのギルド、それが『プリンクラブ』なのです。当然、プリンのためでしたら、一切の妥協は許しません。それはプリンに対して失礼な態度ですから」
「まあ、プリム、いや、会員番号一番はそう言っているが、別にプリンが美味しいと思ったなら、自由に参加していいようにはなっているな。ちなみに、会員番号二番はリディアだとさ」
ははは、とアキュレスが笑う。
一桁ナンバーは、誰も彼も、只者ではないらしい。
いや、一桁ナンバーって何さ。
ギルドというより、ただのファンクラブみたいになってないかな。
「ちなみに、ギルド設立の条件ってなんですか?」
「そうだな。この町の場合、冒険者ギルド、商業ギルド、教会、領主代行、その他もろもろの許可を取ることだな。それらすべての承認があれば、ギルド設立が可能になる。そうすれば、後は冒険者ギルドに持ってきてくれれば、ギルドの手続きに入るって感じだな。何で、冒険者ギルドかっていうと、一応、ギルドに関する情報は、各冒険者ギルドの支部で情報を共有する必要があるからだ。これも、戸籍と同じ扱いになるってわけだ」
はあ、なるほどね。
え? ということは、プリンクラブも正式に、世界にその存在を示したってこと?
うわ、期せずして、プリンの名前が世界進出だよ。
むしろ、そっちの方が大丈夫なのかな。
まあ、ちょっと話を戻そう。
それにしても、今ドラッケンが挙げたのって、この町の重要組織のほとんどだよね。それらすべてから承認を得るのって、やっぱりハードルが高そうだ。
「つまり、プリムさんは、その承認をこのわずかな期間で集めたってことですよね?」
「はい、頑張りました!」
「ははは、というか、ほとんどはあっさり認可したぞ。関係者の多くも、このギルドに参加しているからな」
「いや、さっきも思ったんですけど、ドラッケンさんとかボーマンさんまで参加していいんですか? 仮にも、大組織のギルマスですよね?」
「まあ、細かいことは気にするな、コロネ。それにな、別に冒険者ギルドだろうと、商業ギルドだろうと、掛け持ちが禁止のところはないんだぞ。まあ、教会はグレーゾーンだが、この町なら、カミュが許可すれば、何とでもなるだろうしな」
そうなんだ。
いや、やっぱり、この町って特殊な立ち位置なんだろうね。
説明を受ければ受けるほど、よくわからなくなっていくよ。
「それで、結局、このギルドって何をするギルドなんですか?」
そこが肝心だ。
結局、それが何なのかを聞いておかないと、こちらとしてもどう対応していいのかよくわからないのだ。
「まず、ひとつはプリンの名を世界に知らしめることですね。そして、それがコロネ様の手によることであることを発信していくことです。結果的にそれが、プリンを護り、コロネ様の今後のプリンの生産への一助となると考えるからです」
「え!? わたしのことも!? でも、別にプリンはわたしが考案した料理じゃないんだけど……」
これ、向こうの世界だと、ごく一般的な料理だよ?
それを堂々とわたしが作りましたっていうのは、ちょっと勘弁してほしい。
一応、向こうの出身の人もいる可能性があるんだし。
「いけませんよ、コロネ様。先程、ちょっと小耳にはさんだのですが、教会でもプリンを売り出す計画があるそうですね?」
「いや、どこで聞いたんですか? プリムさん」
そのことはまだ、ほとんど話していないはずなんだけど。
どういうルートかは知らないが、プリムの情報網はすごいねえ。
「茶化さないでくださいませ。いいですか? コロネ様。こういった権利関係というのは侮れないのです。出所がどこで、本家がどこであるか、それは最初にはっきりとさせておくのが、鉄則です。どうも、コロネ様は良いものを作りさえすればいいとお考えのようですが、事、金銭が絡む問題につきましては、作り手が商才というものを示す必要があるのですよ。先見の明なきものに、商売上の信頼は得られません」
「おじさんも補足しておこうか。今のコロネの考え方は職人の考え方だなあ。確かにそれも大切だがなあ。料理人として、一人で立つ覚悟があるのなら、それだけでは不足だぞ。分かる者さえ分かればいい、良いものさえ作ればいい。それだけではなく、どう売るか。そこをもう少し考えると、商人として第一歩という感じだなあ」
あ、さっきもギムネムに注意されたところだね。
いけないいけない。
プリムもボーマンも、商売をする上で、基本的なことを注意してくれているのだ。
これが、少しずつ、経営視点を学んでいくということか。
「すみません、わたしが軽率でした」
「いえ、コロネ様はそのくらいまっすぐでも構いません。ですから、このギルドが意味を成すのです。大切なのは、忠告を受け入れる懐の大きさです。わたくしたちはそれぞれの立場から、それぞれの視点をもって、プリンが世界に広がるお手伝いをしていきたいだけです。その際に、コロネ様が悲しまないように、ですね。ええ。それだけですとも」
「プリムさん……」
何となく、今まで不安に思っていた自分が恥ずかしくなった。
そこまで真剣にプリンについて考えていてくれていたなんて。
よし!
プリムさんを信じて、こっちもこっちで頑張らないといけないね。
「そうして、野望が達成しました暁には、わたくしもプリンに囲まれて、夢のような生活を送るのです。ふふふ、ええ、本当に楽しみですね」
「「「「結局、私利私欲じゃねえか!」」」」
「何をおっしゃるのですか、皆様? コロネ様はプリンがたくさん売れて幸せ、皆様もプリンがたくさん食べられて幸せ。そして、わたくしもプリンに囲まれて幸せ。誰も困らないではないですか。まったく、失礼な話ですね」
「はは、まあ、そっちの本音の方が信用できるよな。ある意味、プリムらしいぜ」
みんなに突っ込まれながらも、いつものように淡々と返すプリム。
そんな彼女に、アキュレスが苦笑し、続いて、周囲にちょっとした笑いの輪が起こっていく。
思わず、コロネもそんな空気の中で笑っていた。
結局、肩透かしされたが、それはそれ、だ。
真剣にプリンを好きでくれる人がいる限り、頑張ろう。
そう思うコロネなのだった。




