第13話 コロネ、地下水路を見る
「こちらが倉庫になります」
バドに案内されたのは、家の裏側に併設された大きな倉庫であった。
これが小麦を保管している倉庫らしい。
今もシーズンなのか、採取されたばかりの麦の穂が積まれている区画、すでに麦の状態で保管されている区画、そして、粉となって袋に詰められたものがある区画、などに分けられていた。
「小麦は麦の状態から、ふるいでゴミなどを取りのぞいた後、粉にします」
そして、できたものが、この小麦粉なのだそうだ。
粉を見せてもらうと、やはりパン工房でも目にした黒いものが混じった全粒粉だ。
ふと、コロネが気付く。
「ところで、製粉……粉にするにはどうしているのですか?」
倉庫を見る限り、それらしい道具や器具は見当たらない。
「ああ、粉を作る水車が地下にあります。ご案内しましょう」
「地下、ですか?」
「はい。コロネさんはこの町の地下に水路があるのをご存知ですか?」
初耳だ。そんなものがあるとは知らなかった。
そうコロネが首を横に振る。
ではこちらへ、とバドが倉庫の奥へと歩いていく。
ちょうど入り口から見えづらい角度で、地下への階段が設置されていた。
確かに水が流れる音がする。
バドについていく形で、ブランと一緒に階段を下りていくと、そこには、東西方向に走る水路と、大きな水車小屋があった。
「この水路は、この町の水道になっております。水魔法を活用されており、いつでも一定の水の流れを保つことができるのだそうです。私も魔法は門外漢ですので、あくまでも伝聞ですがね。とにかく、このおかげで、各小麦農家は水車を使って、粉をひくことができるのです」
以前は石臼を使って、粉にしていたのだそうだ。
そのため、一定の速度を保つのが重労働で粉の品質も、今よりももっと悪かったのだそうだ。
「町として、水路を作るにあたり、この活用法を考えてくださったのもオサムさんです。何でも、故郷の方では水車が使われていたのだとか」
「でも、町の水路ってことは、これは下水道ですよね?」
衛生的に大丈夫なのだろうか。
「コロネさん、この町の下水道はきれいなのですよ。少なくとも、私が見た王都のものとは比べ物になりません。下手をすれば、飲用もできるほどです」
「理由があるんですよ。ね、父さん。もうそろそろ現れる頃だと思うけど……ちょっと、水の流れを見ていてください」
「理由……?」
言われた通り、水路を見るコロネ。
取り立てて、水が流れている以外に変化はなさそうだけど。
「……あれ? 何か聞こえる?」
上流のほうから、声のような、歌のような音が聞こえてきた。
なんだか、どことなくかわいい声だ。
「もっ、もっ、もー!」
「もっ、もも、もっ、もも!」
「もーもっ、もっ、もも!」
と、水から飛び跳ねたり、水に飛び込んだり、水の中を泳いだりしている生き物が何匹も現れた。緑色の丸っこい生き物で、大きさはコロネの両手にぴったり収まるくらいだろうか。
「え……緑色の丸い生き物?」
そうだ。どこかで聞いたことがあると思ったら、温泉でだ。
「はい、妖怪種のミドリノモです。地下水路は彼らの住みかになっているのですよ。彼らも生き物ですので、食べるものが必要なわけです。でも、彼らにとってのごちそうは汚れたものなのですよ。ですから、地下水路の管理をお願いしているのです」
なるほど、あれがミドリノモなんだ。
初めて目にしたが、何となく愛嬌があってかわいい。
歌を歌ったり、ミドリノモ同士でじゃれ合ったりしているのを見ると、ほっこりしてしまう。
コロネたちが見ている横を、楽しそうに、通り過ぎていくミドリノモたち。
ごはんを食べているようなものなのだろう。
「ミドリノモたちは定期的に水路をめぐっているのです。彼らが通ったあとは、ほらこの通り」
すごい。
確かに元からきれいな水ではあったけど、さらに澄んでいる。
山奥の清流とか、透明度の高い海などの水のようだ。結構な勢いで水が流れているはずなのに、底まで見通せるのは驚きだ。
「とは言え、さすがに上水道として使うのは、町の中でも反対意見が多いので、そういうことはしておりませんがね。おっと、話がそれましたね、上に戻りましょうか。小麦をお分けしましょう」
バドに先導され、また倉庫へと戻っていく。
その途中でブランと話をする。
「すごいね、この町。とても、できてから十年とは思えないよ」
「ですね。ぼくは町と一緒に育ってきたので、ずっと見てましたけど、驚かされることが多いですよ。父に言わせると、それでもぼくは慣れがあるそうですが。外から来た人が実情を知ったら、驚く程度じゃすまないんじゃないですかね? そういう意味では、コロネさんは落ち着いているほうだと思いますよ」
さすがはオサムさんと同郷です、とブランが頷く。
確かに向こうの世界のほうが変に技術が発達していたと思うけど、こっちの魔法や生き物も大概だと思う。
それでも、コロネはこういうものだ、と思ってしまっている。
狼に襲われたり、オサムのお店を見たりしていると、感覚が麻痺してくるのだ。
そうこうしているうちに、倉庫へ着いた。
すでに上がっていたバドが、手頃な小麦粉の袋をコロネに渡してくれる。
「もっと必要ですか? アイテム袋がないと重いと思いますが」
「いえ、これで十分です。足りなくなったら、今度は買いに来ますのでよろしくお願いします、バドさん」
オサムへのご厚意に、コロネが甘えるわけにはいかない。
次からはちゃんとお客として来なければならない。
「ははは、なるほど。オサムさんと同じことをおっしゃる。わかりました。それでしたら、言っていただければ、ブランに届けさせますよ。せがれは毎日パン屋に通っておりますから」
「はい。ばっちり届けますよ」
「ありがとうございます。ブランくんもありがとう。あ、そうだ……」
色々あって忘れていた。
コロネには聞きたいことがあったのだ。
「ねえ、ブランくん。家の横に木でできた小屋があったよね? もしかして、何か飼っていたりするの?」
「ええ。あそこでは、クイックコッコを飼っているんですよ」
「クイックコッコ? にわとり?」
「にわとり……がどんなモンスターかわかりませんが、鳥ですよ。たまごを産む鳥型モンスターでコッコ種と言いまして、その中でも、朝夕でたまごを産んでくれるのがクイックコッコなんです」
「やっぱり! というか、二回も産むの!? ブランくん、お金払うから、たまごを売ってもらえない!?」
もしかすると、たまごか乳製品がないかな、と思っていたが、やっぱりだ。
現状、小麦粉の精製のめどが立っていないことを考えると、コロネにとって手に入れたい食材はたまごの方である。
「構いませんが……それほど数は取れませんよ? あくまで、うちで食べる程度ですから、それでよければ大丈夫ですよ。ね? 父さん、そろそろ夕方のたまごが採れるかな」
「もちろんです。では、今から採ってきますよ。初回ということで、お代は頂かないということにしましょうか。これは今後のお付き合いのためのサービス、ということで」
「ありがとうございます!」
思わず笑ってしまう。
笑顔になる自分が止められないのだ。
食材を集めている時、オサムも同じような思いをしていたのだろうか。
クイックコッコは、向こうの鶏をまん丸くしたような感じだった。
ちょっとおでぶな感じで、触り心地もよかった。
思わず、もふもふしてしまった。
たまごはどうした、コロネ、といった感じだ。我ながら。
とりあえず、夕方採れた分、十個のたまごを譲ってもらった。
「今日はありがとうございました。おかげで展望が見えてきました」
「お役に立てれば光栄ですよ」
「コロネさん、明日もパン作りに行きますので、よろしくお願いします」
後ろのほうでは、他の皆さんも見送ってくれている。
そちらに向かって、コロネは深々とお辞儀した。
今度来るときは、みんなに食べてもらえる甘い物を作って、持って来よう。
心の中で、そうつぶやいた。
そうして、ブランの家を後にした。




