第136話 コロネ、うさぎ商隊の話を聞く
「つまり、皆さんは、元軍人さんってことですか?」
「ああ。国軍の中でも、自由度の高い特殊師団って感じだったぞ。ちなみにコロネはデザートデザートについては聞いたことがあるか?」
ブリッツが尋ねてきた。
軍とか、特殊師団とか、ちょっと展開が早い気がするけど。
デザートデザートって国名だよね、確か。
響きのまま、砂の国だったような気がする。
でも、それ以外のことはほとんどわからないかな。
そう、答えると、ブリッツが頷きながらも苦笑する。
「まあ、この町からはかなり離れているし、そんなもんか。砂の国デザートデザート。位置はこの大陸の西側だ。この国の王都からさらに向こうってところだぞ。国土の大半が砂漠か、半砂漠で、後はオアシスとちょっと草原、という感じか。そのため、町のある場所は水辺か、このサイファートの町と同様に地下の深くを活用しているところが多い。砂漠の下にも町があったり、遺跡があったりするからな。なあ、ギムのおやじさん」
「そういうこった。何だ、ブリッツ。俺も話に参加させる気かよ。おめえ、今、ノリノリで喋ってたじゃねえかよ」
「うるさいな。いいだろ、別に。あんたは一応、調理部隊長なんだから、紹介したって問題ないだろ。第一、地下に関してはあんたの得手だぞ。あ、コロネ、こっちのひげもじゃのちっちゃい爺がギムネムだ。通称、おやじさん。調理部隊の四つの班を統括する総責任者だ。一応、宮廷料理人で言うなら、総料理長みたいな肩書だぞ」
「相変わらず、おめえも口が悪いな、ブリッツ。そんなんだと、隊長に嫌われんぞ」
「あんたが口の悪さを言ってんじゃないよ。大体、あの隊長がそんなこと気にするか。自然が一番好きだって言ってたぞ。それに勘違いするな、わたしはバーニーの親友でもあるんだからな。そういう感情は持ち合わせていないぞ」
「まあ、おめえが納得してるなら、別にいいけどよ。さておき、紹介に預かった以上は、俺からもあいさつするとしようか。調理部隊長のギムネムだ。種族は『土の民』。得意なのは戦場料理系か。どっちかって言えば、味よりも栄養と隠密度高めの調理法が優先されるって感じか。がっはっは。だから、嬢ちゃんやオサムみたいな繊細な料理はまだまださ。今日やってきたのも勉強がてらってとこだな。ま、よろしく頼むぜ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ギムネムと呼ばれた男は、口の周りに立派な黒ひげをたくわえた初老の人って感じだ。ずんぐりむっくりというか、背が低いのがっしりとしていて、なかなか迫力がある。
こうして、ブリッツと並んでもおんなじくらいだし。
ただ、料理人と言えども、鍛錬はしているのかな。
首とかもしっかり鍛えられている感じはするし、さすがは元軍人さんって感じだね。
「ギムネムさん、『土の民』ってどういう種族なんですか?」
ちょっと気になったので聞いてみた。
今まで、コロネが聞いた種族名としては、あまり聞きなれない感じだし。
「ああ、『土の民』ってのは、人間種から進化した種族のひとつで、土中での生活が可能になった種族のことだ。嬢ちゃんは人魚種については知っているな? その別名が『水の民』って言うのさ。他にもこの手の種族はいくつかあるみたいだな」
「あ、なるほど、そうなんですね」
人魚種が水中生活できるように進化した種族なら、それと同様に土の中でも生きられるように進化したのが『土の民』とのこと。
いや、土の中で生活ってのは、あんまりピンと来ないけど。
「ま、俺も誕生した経緯までは知らねえよ。ただ、デザートデザートの場合、地上で人間が生きていられる環境が少ないからな。まあ、一種の自然進化の類じゃねえか? 流砂にでも飲まれたやつが、後天的にスキルでも身につけて生き残ったとか、そんな話だろ」
「まあ、その辺はさておき、ギムのおやじさんを始め、うちの連中には『土の民』も多いんだ。デザートデザートと言えば、王族も獣人だし、獣人種の国ってイメージが有名だけど、実は『土の民』もけっこう多いのさ。彼らの協力があって、地下の開発が可能になったからな」
なるほど。
うさぎ商隊にも、『土の民』出身の人がかなり多いらしい。
というか、デザートデザートって獣人の国なのか。
確か、以前も聞いたことがあったかもしれないけど、ほとんど記憶になかったよ。
「とは言え、向こうだと、差別階級のひとつだったがな。隊長が俺たちを雇用してくれてなかったら、今もそんな感じだろ。そういう意味でも俺たちは隊長に恩義がある。一度受けた恩はきっちり返す。それが俺たち『土の民』の流儀ってやつさ。なあ、おめえら!」
「「おお!」」「「はい!」」「「ですよ」」
あ、ギムネムに呼応して、周りにいた人たちも頷いているね。
ここにいる半分くらいは『土の民』の人たちなのかな。
ブリッツ曰く、ロンの部隊は、隊長であるロンの性格とか、その運用法による影響で、普通の国軍とはまったく異なる構成になっているらしい。戦場で結果を示すまでは、どちらかと言えば、色物の部隊として見られていたとのこと。
だが、逆にそのおかげで、マッドラビットを味方にしたり、『土の民』の勢力を取り込んだりして、他の追随を許さない、国外にも名の知れた部隊へと成長したのだとか。
「まあ、隊長の二つ名が『神出鬼没』だからな。砂漠戦ではほぼ敵なし。諸外国からも『砂漠のロン』と言えば、敵に回したくはない相手だったはずだぞ。ま、戦闘能力に長けたっていうよりも、機動力だな。移動戦術などを駆使して、彼我のダメージ差を思いっきり広げるって感じか。実際、撤退戦もかなり多いしな。その代わりに味方の被害は常に最小限にとどめて、離脱だ」
「隊長自身、味方を大事にする人だからな。そうでなければ、俺たち『土の民』も使い減らされていたはずだ。変わり者ではあるが、少なくとも信じるに値する人だ」
要するに、ロンの部隊は、攻撃するのに割に合わない部隊だったってことらしい。
マッドラビットの機動力、『土の民』の土中戦術、そして、不意を突かれたり、戦況が不利になるとすぐに離脱して、状況を建て直す、そのロンの戦術眼。
相手をしても、自分たちの戦力だけが削られるのだ。
それは普通はやってられないと思うだろう。
そこまで聞いて、ふと、思う。
どうして、彼らは今、この町の側で商隊などやっているのだろうか。
普通に聞いていれば、デザートデザートの主戦力だよね?
「でも、それじゃあどうして、皆さんはここにいるんですか?」
「それは簡単だ。隊長が、とある罪で国外追放になったからだ。で、何だかんだで、わたしら、元隊長麾下の面々も、その多くが隊長を慕って、そのままサイファートの町まで、って感じだぞ」
「え!? 国外追放ですか?」
聞いている限り、すごい人としか思えなかったんだけど、何をしたんだろ。
でも、罪を犯したにしては、すごく部下の人に慕われているよね。
「まあ、別に大したことはしてないよ。国を転覆させようとした大臣を殺して、そのごたごたに巻き込まれていた王女を誘拐って名目で助けた、ってだけだ。少なくとも、デザートデザートの本国も、国外追放は表向きの処置ってことで収まってる。向こうでは、相変わらず隊長は、国の英雄だよ。ただ、ちょっと面倒なのが、その大臣ってのが、ゲルドニアの元王族だったんだ。融和に見せかけて、送り込まれたようなやつだから、死んだところで、知ったこっちゃないが、それでも、色々と面倒は付きまとう。だから、表向きはゲルドニアを立てる形で、こういう感じになったんだ」
うわ、想像していた以上に面倒くさい話だね。
実際、最初の頃は国外追放ではなく、国際的な指名手配だったらしい。
今は、問題となっているゲルドニアがそれどころではなくなってしまったので、ようやく、指名手配を取り下げたのだとか。
「まあ、その指名手配にしたところで、ゲルドニア以外には、暗黙の了解として、捕まえなくていいって話は通してくれたらしいけどな。この国の王だって、隊長のことは知っていたはずだぞ。でも、事情を知って、どっちにつく方が得か、ちょっと考えればわかることだろ? ふふ、なかなかどうして、王のやつはたぬきだよな。逮捕の件だけじゃない、ここに商隊を構えることも含めて黙認することで、デザートデザートにも、うちらにも恩を売っている形なのさ」
「はっはっは。それは半分違うなブリッツ。俺たちと直接、事構えるのが面倒なだけだろう。だったら、魔王領の側で、勝手にそちら側に目を光らせてくれていた方がメリットがでかい。そう考えているだけだろ。そんな人情的な話で王族が動くわけがない」
「おい、今の王は冒険者出身だぞ。根っからの王族じゃないんだから、いいだろ、人情的で。相変わらず、おやじさんは王族嫌いだな。曲がりなりにも身内にもそういうやつがいるんだから、あんまり嫌がるなよ。それ以上なら、わたしが怒る」
「はっはっは、怒るな怒るな。心配せずとも、隊長の奥さんは別だ。俺たちもあの人には世話になっているからな。とは言え、それ以外に関しては長年のしこりってもんがある。その辺りの機微はわかってくれや」
ちょっと政治的な話になってきたかな、と思ったらブリッツが怒りだして、ギムネムが笑いながら謝っている状況になってしまった。
まあ、ロンさんに関する事情は色々とわかったけど、そんなことよりも、今のやり取りの中に聞き捨てならないことがあったよ。
「え!? バーニーさんって王女様なんですか!?」
「元だ、元。今は王族の継承権とかは失われている。元第三王女で、今はただのわたしの親友だよ。そんな大したことじゃない。特に、この町だったらな」
だから、隊長もこの町を選んだんだよ、とブリッツ。
えー、普通に早番で毎日パンを作ってるよバーニーさん。
さすがに王女様というのと、ちょっとイメージが違うというか、びっくりしたというか。大分、この町にも色々な人がいるなあ、と慣れてきたと思ったら、普通にこういうことが飛び出してくるから、頭が痛い。
ええと、コズエさんがコトノハの元大臣で、ドーマさんが『帝国』の元貴族で英雄だったよね。
少しずつ感覚が麻痺してくるなあ。
「というか、ラビくんが世が世なら王子様かあ。むしろそっちがびっくりですよ」
ちょっと向こうを見ると、ブランたちと一緒にクエストの参加者を相手しているラビの姿が見える。
うん、どう見ても、王子様には見えないよね。
「そりゃあ、半分は隊長の血を引いているんだから、そんなに王族っぽくないだろ。そもそも、王族ったって、身分や立場を切り離せば、ただの人だ。わたしにそう言ったのもバーニーだぞ。だから、わたしはそういうもんだと思ってるぞ」
まあ、それもそうか。
相手の立場に慮って、こっちもコロコロと態度を変えるようじゃダメだものね。
向こうの店長もそんなことを言っていたし。
「ま、ともあれ、わたしらの商隊に関する話は以上だな。そういう背景があるから、どうしても、商隊というよりも、傭兵団とか軍団っていう雰囲気になりがちなんだ。それでも、基本、入りたいってやつは受け入れるから、ここ数年で大分、軍とは関係ない連中とかも、増えてきたんだぞ。孤児院出身のやつらとか。そうそう、チャトランもそうだな。張り切りすぎて無茶するのが困ったもんだが、ま、その辺は仕方ない。経験不足な分はゆっくりと育てるさ。しばらくは、この町にも迷惑かけるかもしれないけどな」
そう言って、ブリッツが頭を下げる。
また、この間のスタンピードのようなことがあるかも知れない、と。
「あ、そうそう。チャトランで思い出した。これから、病院の方に見舞いに行くんだが、その時、わたしの分のプリンのうちひとつを持って行ってやろうと思ってさ。今日、休みをもらえた連中も引き連れて、このクエストにやってきたってわけ」
「あ、そうだったんですね。わかりました。今、小麦粉の方を確認しますね」
「ああ、全員分頼む。プリンに余裕がなければ、引換券の方でも構わないぞ。さっき、ブランがそういうことを触れ回っていたからな。ふふ、こう見えて、わたしも甘い物は好きなんだぞ。一応、精霊種だしな。ちょっと、楽しみだ」
「はい、少々お待ちください」
嬉しそうに笑うブリッツにお辞儀しつつ。
小麦粉のチェックに入るコロネなのだった。




