第135話 コロネ、うさぎ商隊に出会う
『おっ! こいつは美味いな! 期待通りだぜ』
プリンをその場で一口食べて、サウスが嬉しそうに翼を羽ばたかせている。
というか、竜の姿でもスプーンとか使えるんだね。
左手で器用に容器を持っているし。
鉤爪っていうのかな。それを使って、しっかりと支えているのだ。何というか、ドラゴンさんのそういう姿ってシュールだよね。
本当にアニメ映画みたいな感じだ。
「良かったねー、サウス君。ほら、ジャムパンだけじゃなかったでしょ?」
そう言いながら、ルーザもプリンを口に含んで、ご満悦という感じだ。
あ、早番の人にも、まだプリンを出したことはなかったかも。
「やっぱり、コロネさんのお菓子は美味しいです。わたしも牛乳はあんまり得意じゃなかったんですが、これなら食べられます。臭みもないですし、甘くてぷるぷるしてて、とっても美味しいですよ」
『ジャムはまだ、果物って感じが残ってるしな。それに比べるとこっちのは新しい料理って感じがするぜ。量的にはちょっと物足りないが、今の身体なら、これでも何とか大丈夫って感じだな』
あ、そうか。
今のサウスは本体じゃなくて、仮の姿ってことだもんね。
「そういえば、サウスさんの本来の姿ってどのくらいの大きさなんですか?」
『ぶっちゃけ、確定した大きさってのはないんだが、竜種としての威厳が保てる大きさが基準ってとこだな。つっても、町の中でその姿を取る場合、マギーん家の地下で寝てる時くらいだぜ? 周りがびっくりしちまうよ』
「そうさね。まあ、この町なら別にみんなもびっくりはしないだろうけどさ、無駄に大きくなったって、燃費が悪くなるだけだしねえ。食費も馬鹿になんないから、あたし的にはこっちが本体ってことにしてるさね」
『ま、少量の飯でも満たされるっちゃあ満たされるから、効率はいいけどな。たまには外に行って腹いっぱい食わないと欲求不満だぜ』
なるほどね。
そう考えると、竜種って便利な種族だよね。
食べ物が少なければ、小さくなればいいのか。
いよいよ、威厳とかそういうものとは縁遠くなってる気がするけど。
「ふふ、そんなことより、あたしもこのプリンは気に入ったよ。すごいねえ、これ。プリムが色々と画策するのが分かる気がするさね。特に一口目かい? 最初の一口は衝撃だね。身体全体に美味しさが広がっている感じがしたよ。次からは味をしっかり味わえるんだけどね。不思議な感覚さね」
「ああ、そういうこともありますよね。わたしとか、味見ばっかりしているせいか、舌が慣れてきちゃってるんですけど」
お菓子における、一口目の衝撃というのは何となくわかる。
本当に美味しいスイーツだと、こういうことが割と起こる気がするのだ。
口に含んだ瞬間の多幸感というか。
二口目からは、そういう感じは収まっちゃうんだけどね。
身体が欲している甘さとか、味とか、そういうものと一致した時に起きる現象なのかな。根拠についてはよくわからないけど。
『で、結局、プリンの売り出しは未定か? 値段とか、そういう話も噂に上がってきていないしな』
「ええと、オサムさんのお店の営業日で売り出しますよ。太陽の日は素材次第ですけど。プリムさんの話とか色々聞きまして、現在、調整中ってところですかね。そのうち、教会経由でも売り出しますし、このクエストの報酬に関しても、プリンが出回ってきたら、他の料理に切り替える予定ですし」
正しい噂は早めに流しておいた方がいいんだっけ。
教会でもプリンを売るかもっていうのは、伝えておこう。
いつから始めるとか、細かい部分は何ひとつ決まっていないんだけどね。
カウベルも、まずアイスを軌道に乗せてからって言っていたし。
「え! そうなんですか!? コロネさん!」
「ふうん、それは楽しみだねえ。ちなみに価格は?」
「普通のプリンでしたら、銀貨一枚でスタートってとこですかね。ちょっと高めですけど、数量が安定してきたら、値を下げていく感じになりそうです。まあ、この間のバナナプリンとかは時価になりそうですけど」
一個千円とか、向こうだとぼったくり価格だけど、こっちの場合、値段調整が難しいんだよね。一応、期待度考慮と、話を聞いている限り、このサイファートの町の平均収入が高めで安定しているみたいなので、この辺から様子を見ている感じだ。
さすがに、オサムの定食と同じくらいの価格っていかがなものかと思ったけど、その他ならぬオサムからの助言に基づいて、銀貨一枚からにしてある。
定食を銀貨一枚前後にしてあるのは、オサムのただのこだわりなのだそうだ。たぶん、リディアの大盤振る舞いがなければ、もっと単価が上がっているはず、とのこと。
まあ、どうしても、向こうでの金銭感覚が残っているから、オサムの気持ちもよくわかる。
いくら貴重とは言っても、料理人としては考えさせられるものがあるのだ。
商人なら、双方納得の高め設定とかも、普通にするだろうけど。
まあ、贅沢な悩みってところかな。
食べるのにも困ったら、そんなのんきなことは言っていられないだろうし。
「そうさねえ、そのくらいが妥当かねえ。オサムのはどっちっていうと、価格破壊だからねえ。王都とかで同じものを店で出そうとすれば、値段が跳ね上がるはずさ。そもそも、揚げ物なんかは油の値段を考えれば、普通は、金貨何枚って話になるだろうしね」
あたしらにとってはありがたいけどね、とマギーが苦笑する。
この町の料理店は、味や質の割に、値段が王都や他の国の価格と比べても、びっくりするくらい安いのだそうだ。
普通に、商業ギルドが介入してきたら、ただでは済まない程度には。
食材の安定供給、調味料や油、機材や設備、その他もろもろ、冷静に考えれば、商人が見たら卒倒するというのも頷ける話だろうね。
まあ、その辺りも、この町が閉鎖的な理由のひとつらしいけど。
ロンの商隊も、食材関係は一切手を付けていないそうだ。
町とのやりとりは、商隊内で消費する分だけで、横流し禁止という風になっているのだとか。まあ、そもそもオサムの食材の多くがそんな感じだものね。
「コロネさん、明日もプリンは売り出されるんですか?」
「うーん、太陽の日って、食材持ち込みの日だよね? たぶん、別の料理が主になる感じかな。リディアさんとか、『あめつちの手』が持ち込んだ食材でお菓子を作るから、それが余った分を提供って感じになると思う」
プリンをメニューに載せてもいいんだけど、それだとオサムが作ったルールに反するからねえ。乳製品を持ち込める人もいないだろうし、そうなると、プリンに流用できる甘い物かな。それを持ち込んでもらえれば、出せる日もあるって感じだ。
『なーる、つまりは別の料理が出るってことか。なら、プリンにこだわる必要はないんじゃないか、ルーザ。そっちを楽しみにすればいい』
「それもそうだね。そちらも新しい料理なんですよね?」
「うん、確定しているのはふたつくらいだけどね。今も、倉庫で食材の準備中って感じだよ」
明日のメニューは、フレンチトーストとアイスがメインになりそうかな。
その他は、もうちょっと検討ってところだろう。
おっと、いけない。
そろそろ、他に移らないと、まずいかも。
「それじゃあ、皆さん、ごゆっくりどうぞ。クエスト完了の用紙については、ブラン君から受け取ってください」
「ああ。忙しいとこ、色々聞いちゃってすまないね、コロネ」
『ま、そのうち、ゆっくり話そうぜ。マギーん家にも遊びに来いよ。俺の本来の姿ってやつを見せてやるよ』
「はい、ぜひ。今度はドラゴンさんのこととか、空の食材の話とか教えてください」
「そうさね。空の食材と言えば、『竜の郷』を外すことはできないだろうねえ。ふふ、暇な時は来るといいさ。午後なら歓迎するよ」
「わかりました。ありがとうございます」
そんなこんなで、三人にもお礼を言って。
コロネは次の呼び声があるところへと向かった。
「おーい、こっちも頼めるか?」
声をかけてきたのは、金髪の小さい子だった。
ピーニャと同じくらいかな。肩にかかるか、かからないかくらいのクセッ毛に、まっすぐとこちらを射抜くようなぱっちりした目。外見は子供っぽいが、ちょっと底しれなさを感じる。
いや、もうすでに、門の詰所で会ったことがあるよね。
ロンの商隊のブリッツだ。
茶色のポケットがいっぱいついた登山服のようなものを着ていて、彼女の周りにも同様の服装をした男女が多数いるところを見ると、それが制服で間違いないようだ。
「はい、すみません、お待たせしまして」
「いや、いいよ。あんたには、チャトランを見守ってもらった恩もあるしな。ああ、そうだ。あの時、自己紹介をしてなかったな。わたしはブリッツ。種族は精霊種。雷の精霊だ。よろしくな」
見た目に似合わず、男らしい喋り方って感じだね。
ブリッツの性格もそういう感じのようだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。料理人のコロネです。今はオサムさんのお店で働かせてもらっています」
「ああ。それは知ってる。あんた有名だしな。ほら、わたしの他にも、うちの連中があんたの料理に興味を持って、こんなに集まったってわけだ。お前たちもあいさつしな。ひとりひとり紹介は面倒だから、ひとまずあいさつだけでいいや。コロネもいそがしそうだしな」
『『『よろしくお願いします!』』』
ブリッツの指示の直後、その場にいた男女全員から揃ってあいさつされた。
何というか、すごいね。
ロンの商隊の人って、きっちりしているんだね。
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします。今日は大勢で、クエストに参加いただきましてありがとうございます」
おかげさまで、小麦粉がいっぱい確保できそうだよ。
本当、ありがたい話だよね。
「ちなみに、皆さんはロンさんの商隊の方々なんですよね?」
「ああ、そうだ。わたしも含めて、隊長を慕って集まった連中だよ。コロネは商隊については何か聞いているか? 必要なら簡単に説明するぞ」
「あ、お願いできますか? わたしも噂程度でしかお話を聞いていませんから。そもそも、商隊のお名前もわかりませんし」
話の中で、『ロンの商隊』としか出てこないのだ。たぶん、それが正式な名前ではないとは思うんだけど、それだけ、ロンさんの印象が強いってことだろう。
「はは、確かに、隊長の名前ばっかりで、正式な商隊名を呼んでいるのはいないな。わたしらですら、そうだしな。じゃあ、そこからだな。わたしらは『たまうさぎ商隊』だ。まあ、『たまうさぎ』ってのは、隊長のスキルから採った名前だよ。『玉兎』スキル。詳細は伏せるが、一言で言えば、同族統制のスキルだよ」
ブリッツによると、そのスキルのおかげでマッドラビットたちがロンに従っているのだそうだ。最初はスキルによる部分が強かったらしいが、世代が進むにつれて、今ではロン自身の能力や人柄に対して、マッドラビットたちも従っているとのこと。
一種のカリスマのような人らしい。
「『たまうさぎ商隊』ですね」
「ああ、だから、二つ名がうさぎ印の運び屋ってわけだな。とは言え、便宜上、商隊を名乗ってはいるが、実情は少し異なる」
「そうなんですか?」
「だから、わたしの紹介の続きをもって、どういう組織か説明しておこう。わたしの商隊内での立ち位置は、隊長の補佐だ。そして、同時に偵察部隊の部隊長でもある。ま、後で紹介もするが、こっちにいる連中は調理部隊の隊員が多い。つまりはそういう組織ってわけだぞ」
そう言って、楽しそうに口元に笑みを浮かべるブリッツ。
いや、説明が少しずつ物々しくなってきているんだけど、どうなのかな、これ。
それにしても、ブリッツが隊長補佐兼偵察部隊長?
けっこう、偉い人なんだね。
って、いやいや、驚くところはそこじゃないよ。
「ええと、つまりはどういうことなんでしょうか?」
「ま、要するに隊長に率いられる、元デザートデザートの一個師団。それがわたしらってわけだ。ふふ、これでも今は普通の商隊なんだぞ」
誇らしげに語るブリッツに、少しだけ呆気に取られつつ。
彼女の話の続きが気になるコロネなのだった。




