第134話 コロネ、属性魔法について教わる
「コロネ先生。そろそろ、小麦粉の確認をしませんか? どうも、あちこちで作業が終わっているみたいなんですけど」
うわ、いけない。
サウスたちと話し込んでいるうちに、状況が慌ただしくなってきたみたいだ。
リリックに指摘されて気が付いた。
とは言え、見た感じでは来てくれた人の多くは、この状況を楽しんでいるというか、別の方法を色々試してみてくれている人が多いみたい。新しい小麦粉に興味がある人もいるのかな。
向こうでは、ブランも捕まって、色々と聞かれているみたいだ。
まあ、あんまりゆっくりしていられる感じでもないけど。
「ごめんね。リリック。手分けして配ろう。たぶん、まとまって、配るよりはいいだろうしね」
「わかりました。じゃあ、私は向こうの方から行ってみますね。コロネ先生は、マギーさんたちが終わった後で、あっち側をお願いします」
「うん、わかったよ」
言うなり、リリックはてきぱきと作業へと向かっていった。
こういうところの判断力はさすがだよね。
カミュたちに鍛えられているせいかな。
コロネも負けずに頑張ろう。
こういうところでは、むしろこっちの方が教えられている感じだしね。
「では、お待たせしました。皆さんの分の小麦粉をチェックしますね……はい、三袋分で問題ありません。ちなみにこちらって、サウスさんがひとりでされたんですか?」
「はい、分離の時はサウス君の力でお願いしました。『竜気』による振動ですね。普通にふるうよりそっちの方が早かったですし」
わたしとお母さんは袋詰めとか補助しただけです、とルーザが笑う。
へえ、『竜気』か。何だか、よくわからないけど、すごそうな響きだね。
それも竜種のスキルか何かなのかな。
「『竜気』っていうのは、竜種が魔素をコントロールする時に発生する現象の一種さね。サウスの場合、空気を震わせたりすることができるから、それを利用させてもらったって感じかね。あたしは風が得意で、サウスは火が得意なもんだから、土魔法以外の方法を試してみたけど、結局、『竜気』による振動分離が比較的スムーズというところかね」
『まあ、火魔法系統だけで、土魔法を使うのは結構疲れるからな。この方法なら、俺も息をしているのとあんまり変わんねえから、無難だぜ。ほら』
そう言って、サウスが実践してくれた。
オレンジ色の光のカーテンというか、バリアというか、そんな感じのゆらめく光が現れて、サウスの身体全体を包み込んでいる。
その周辺部が震えているのがわかる。
あ、サウスが言葉を発している振動をかなり強めた感じだね。
もしかすると、竜種がこの姿で喋る時も、その『竜気』を使っているかもしれない。
いや、その前にかなり気になることをサウスが言った。
「え、火魔法だけで、土魔法を使うことなんてできるんですか?」
さすがにちょっと意味がよくわからない。
火魔法と土魔法って何となく、イメージが全然違うんだけど。
『うん? ああ、そうだぜ。いや、俺もこの町で教わるまで、知る由もなかったがな、想像以上に魔法って奥が深いみたいなんだよな』
「ちなみに、コロネは今、魔法についてはどの辺りまで聞いているんだい?」
「わたしですか? まだ基礎四種とか、そのくらいですよ。知識としては、火、水、風、土の四属性に光と闇を加えて、その六つが基本属性ですか? そのくらいしかわからないですね。後は、氷魔法があるらしいとか、付与魔法とか、その辺りだけですね。メルさんの魔法は正直、目にしただけで使い方とかはさっぱりでしたし」
光魔法はメイデンが、氷魔法はアイが見せてくれたよね。
メルのは結局、どういう属性の魔法なのか、よくわからなかったけど。
当の本人も見せるだけ見せて、細かい方法とかは説明してくれなかったし。
「はは、なるほどね。基礎四種は使えるかい?」
「ユニークスキルと併用が条件ですけどね。ほら、マギーさんにもお見せした例の魔法ですよ」
あんまり、チョコ魔法については大っぴらにしないでほしいと、念を押しつつ、そう伝える。まあ、チョコレートについてはあんまり広まっていない辺り、あの時いた人は口が堅かったみたいだけどね。
「ふむふむ、なるほどねえ。それじゃあ、各属性魔法が別ルートから使用可能ってことは聞いていないんだね?」
「あ、そういえば、氷魔法についてはカウベルさんが、水魔法と何かでも使うことができるって言ってましたね」
でも、それは基本の属性以外の話じゃないのかな。
どうも、コロネが思っている以上に、魔法の属性って複雑な話のようだ。
「そうさね。細かいことは、またフィナとかに聞いた方がいいだろうけどね。まあ、簡単に説明すると、魔法の全ての属性は相互関係、いや、相克関係かい? まあ、お互いに補い合う関係になっているのさね。ほとんどの魔法ってのは純粋なひとつの属性では発動されていないって感じかね」
「そうなんですか?」
『おい、マギー。その説明だと、ちょっと違うぜ。相克だと打ち消し合いだけだろ。正確には、属性の足し算と引き算で、ほぼ全部の属性までたどり着くことが可能って話だ。つっても、俺も、メルの受け売りだけどな。あいつが、その組み合わせのほとんどを把握しているはずだ。たまに、新発見とかがあったら、定期講習会で発表とかしてる』
「いやー、あたしも何となくで魔法を使ってるから、細かい説明は苦手なんだよ。さすがはサウスさね。なりは小さいけど、そういうところは竜種っぽいねえ」
「意外と細かいんだよね、サウス君」
『いや!? ここは俺を褒める流れじゃないのか!? きちんと補足したろ!』
「だって、サウス君、親しみやすい存在を目指してるんでしょ? こういう感じがいいんじゃないの?」
『まあ、そうなんだが……もうちょっと何だ、こう、俺の扱い何とかならんのか、と』
何だか、サウスがふてくされちゃったけど、要するに、基本の属性も含めて、魔法には色々な組み合わせがあるってことらしい。
「サウスに関してはいつものことだから流すけど、この町じゃあ、定期的にお互いの研究内容とかを持ち合って、発表する会があるのさ。定期講習会。『学園』とかだと、学会発表とか言うらしいね。まあ、その会で、あたしも教わったんだけど……まあ、見てもらった方がわかりやすいかい。サウス、ちょっと火魔法から土魔法のやつ、やってみて」
『ああ、これけっこう疲れるから、基礎レベルでいいな? じゃあいくぞ』
そうサウスが言うなり、彼の前に炎の光が現れた。
あ、これはコロネでもわかるよ。
基礎魔法の『ファイアライト』だね。
『で、ここからだな。基礎の火魔法から、上級魔法として純化した火魔法を引き算する。そうすると……こうなる!』
途端に火魔法の光が、いや、火魔法そのものが瞬時に小さくなって、後にこぶし大の大きさの土くれが現れた。
え!? 何で?
いや、意味がよくわからない。
火魔法から、火魔法を取り除いて、どうして土魔法になるの。
「コロネ、今の見ていてわかった? 『ファイアライト』から純化した火魔法を除くと、土魔法の『アースバインド』になるのさ。今の工程を式にすると、『火』-『火』=『土』。そんな感じさね」
「ええと……そう言われましても、全然理屈がわからないんですけど。火魔法から火魔法を引いたら、何もなくなるんじゃないんですか?」
普通に考えれば、そうじゃないのかな。
どうして土魔法になるんだろ。
まあ、向こうとは物理法則とか少し違うのかも知れないけど。
「ここでの肝は、『純化』って部分さね。一口に属性魔法って言っても、基礎や初級、ちょっと複雑な中級魔法までについては、実際はわずかに他の属性も含んでいるらしいんだよ。あたしも上級のコントロールは苦手だから、実感もわかないし、知識として知っているだけだけどね。まあ、簡単に言えば、『ファイアライト』は火魔法に分類されてはいるけど、火の属性以外に、他の属性の要素も含んでいるって感じさね」
『だから、純化した火魔法の要素を引けば、後に土魔法が残る。まあ、見てわかると思うが、普通に土魔法を使うより、かなり小さい発動だよな。このやり方だと、そのまま属性魔法を使うより、かなり効率が悪いってわけだ』
「あ、そういうことなんですか。属性魔法ってそういうものだったんですね」
なるほどね。
つまり、その属性同士のつながり、というか、入り混じった状態を相互関係と呼んでいるのだそうだ。
火魔法と言っても、火だけでは発動していない。
水魔法と言っても、水だけでは発動していない。
そういうことらしい。
「これは、元々、メルの先生が導き出した理論らしいのさ。『魔法属性に関する加減理論』だったかね。それによって、今でいう上級魔法が付け加えられたって感じさね。元々は大規模魔法の系統が上級に相当していたからね。でも、今は属性純化した魔法が上級魔法で、その魔法を使ったものが上級応用に相当するのさ」
つまり、単独の属性に『純化』しているかどうか、それが上級魔法の基準になっているのだとか。
「ということは、今、サウスさんが使った方法も上級魔法なんですか?」
『ああ。火の基礎魔法から、火の上級魔法を引いて、土の基礎魔法に。そういう使い方だな。この方法のおかげで、ちょっと大変だが、本来、俺があんまり得意じゃない土魔法も使えるようになったってわけだ。いやー、こういうのって奥が深いよな』
サウスがそう言って、笑みを浮かべた。
メルが研究にのめり込むのも頷ける、とのこと。
「この属性の引き算が別ルートという方法を生み出したって感じさね。まあ、おかげで魔法の可能性が飛躍的に膨らんだしね。まったく、大したもんさね」
マギーによると、この式も答えが一種類ではなくて、使い方、魔素のコントロールのバランスなどによって、複数の答えが存在する場合もあるのだそうだ。
今の式の場合も、あくまでサウスの使い方なら、という条件付きらしい。
話を聞いていると、魔法って、科学に近い部分があるみたいだね。
ちょっとややこしくて、ついていけているか、ちょっと不安だけど。
とは言え、面白い、とは思った。
工夫次第で、色々とできそうだしね。
「まあ、コロネの場合、始まったばかりだから、少しずつ学んでいけばいいさね。興味があったら、定期講習会に顔を出してみるのも手さ。もうじき、次の会の予定が立つだろうから、その辺は、オサムとかに聞いてみればいいさね」
「わかりました。ありがとうございます」
そうだ、プリンプリン、と慌てて三人のプリンを用意しつつ。
今、魔法について教わったことを反芻するコロネなのだった。




