第133話 コロネ、竜種に出会う
「コロネさーん、こっちも終わりましたよー。お願いしまーす」
続いて、リリックと一緒の向かったのは、ルーザちゃんとマギーさん親子のところだった。あ、ふたりだけじゃなくて、すぐ側に、小さな赤いトカゲさんみたいな子もいるね。大きさは五十センチくらいだろうか。
背中には翼もあって、それを羽ばたかせながら、ホバリングしているという感じだ。
もしかして、この子が竜種のサウス君かな。
ちょっと、いや、かなりイメージしていた竜と違うんだけど。
どちらかと言えば、向こうで言うところのぬいぐるみのようなドラゴンさんだ。目とかもくりくりとしてかわいいし、どこからどう見ても、マスコットにしか見えない。
「ルーザちゃんたちも来てくれていたんだね。どうもありがとう。助かるよ」
「はい! ブランからも話を聞いていましたので、わたしもお手伝いに来ました。今日は、お母さんだけじゃなくて、サウス君も一緒ですよ」
「ほら、今日の早番で、白いパンを試食させてもらったじゃないかい。あれ、本当に美味しかったからねえ。これは、小麦粉作りもしっかり参加しなくちゃって、そう思ったわけさ。ふふふ、あのパンが毎日食べられるようになったら最高さね。ま、そんな話を家でしていたら、こいつもついていくって聞かないからねえ。折角だから、こき使っていたってわけさ。ねえ、サウス?」
『いや、あのな。俺、ふたりのノルマまでやる必要はなかったんじゃないかって思うんだけど、その辺はどうよ? これ、ずるじゃねえの?』
楽しそうにサウスをなでるルーザと、その光景を見ながら笑い飛ばすマギー。
当のサウスはと言えば、少し疲れたような表情をしているようにも見える。
いや、さすがに竜の表情とか見るのは初めてだから、何となく、なんだけど。
ただ、サウスの声、というか、発せられている言葉がちょっとだけ不思議な感じを受ける。口で喋っているというよりも、どちらかと言えば、空間に響かせているという感じだろうか。
ちょっとした震えもあるのだ。
やっぱり、種族によって、声の出し方も色々とあるんだね。
「ちなみに、こちらのかわいらしいドラゴンさんが、サウスさんってことでいいんですよね? わたし、竜の方を初めて見ましたので、ちょっとびっくりしましたけど」
「はい、そうですよ。こっちのちっちゃいのがサウス君です。この姿の時はちょっとドラゴンの威厳があんまり感じられませんよね」
「あはは、可愛らしいはよかったね、サウス。ま、初対面で怯えられるよりは全然いいんじゃないのさ。折角だから、あいさつしな。それが人間種の流儀さね」
『つーか、お前らがこの姿になれって言ったからじゃねえかよ。まったく……あ、わりぃ、自己紹介が遅れたな。俺がサウスだ。種族は竜種。得意属性は火。今の立ち位置は、マギーん家の居候ってところだな。ま、よろしく頼むわ、コロネ』
「はい、こちらこそよろしくお願いします。料理人のコロネです」
見た目はかわいらしいけど、口調は大分砕けた感じだね。
たぶん、そっちの方がサウスの素なんだろう。
笑顔も見せてくれたが、やっぱり、ぬいぐるみが笑っているようにしか見えないよ。
「ええと、居候さんなんですか?」
『そ。マギーにも、ルーザにも色々と縁があってな。こんな姿だから、お手軽に見られているかもしれないが、俺、一応、れっきとした竜種だからな。そこんとこ、忘れないでくれよな』
「まあ、細かいことを話すと長くなるから割愛するけど、あたしとサウスが契約関係にあるってところさね。ゲルドニアで『空賊』をしていた時からの仲だよ。今のサウスの姿からじゃ、想像もできないだろうけど、こう見えて、百歳近いんだよ、こいつ。ま、竜種の中じゃあ、まだまだ子供だけどね」
マギーによれば、ゲルドニアというのは大陸西部にある国のひとつで、『竜の郷』と交流を持っていた数少ない国だったのだそうだ。
だった、と過去形になっているのには理由があって、今は竜種との交流を絶っている状態なのだとか。もうすでに『竜の郷』へ立ち入るためのルートは封鎖されていて、竜種以外が側に寄ることすらできなくなっているらしい。
事情は色々あるそうだが、今のゲルドニアの体制について、竜種が見限ったことが原因とのこと。
うーん、また複雑な背景があるみたいだね。
むしろ、サウスが百歳っていうことの方が驚きだけど。
「今、ゲルドニアを牛耳ってるのは『空軍』の連中さ。元々、ゲルドニアの飛竜部隊っていうのは有名で、その存在そのものが国力の証みたいなもんだったんだけどねえ。どこでボタンを掛け違えたのか、その『空軍』のやつらがクーデターを起こしちまったんだよ。おかげで、本来はきっちり住み分けていたはずの『空賊』の領域まで、手を伸ばしてきて、結果として、竜種の逆鱗に触れちまったって、まあ、簡単に説明すると、そんな感じさね。ま、この辺までは影響することじゃないし、コロネ、あんたはあんまり気にしなくてもいいさ。そういうことがあったってだけさね」
一応、マギーたちがこの町にやってきたのも、その辺りが原因とのこと。
細かいことは聞けなかったけど、やっぱり、人それぞれ色々とあるんだね。
「まあ、何で、わざわざ『空軍』の話をしたかっていうと、連中が騎乗している飛竜と、サウスみたいな竜では、全然違うってことが言いたかったのさ。いわゆる、飛竜っていうのは、竜種ではなく、モンスターに属する亜竜のことを指すからね。一緒に思われると、温厚なサウスといえども、侮辱されたと感じるくらいのことだから、最初に念を押しておこうと思ってね」
「なるほど。つまり、サウスさんは、本物のドラゴンさんってことですよね?」
『ああ。誇り高き竜種の末席だ。なんつってな。ははは、別にそんなにかしこまる必要はないぜ。マギーも言ったが、俺はまだまだ未熟もんだ。そのうち、人型になった姿も見せるかもしれないが、ガキもいいとこだぜ。百年生きていても、ルーザと姿見がそう変わらないんだ。だから、人型はあんまり好きじゃない。かっこ悪いからな』
ちょっとだけ、自嘲気味にサウスが苦笑する。
多少はサウス君と呼ばれることを気にしているみたい。
それにしても、やっぱり竜種の方も人の姿になれるんだね。
「人型にもなれるんですか? つまり、『人化』スキルってことですよね?」
『いや、そのスキルと、竜種の変化はそもそも違う。そうだな、コロネの竜種についてのイメージを正しておくか。コロネ、竜種とは何か? 簡潔に思ったことを答えよ』
ちょっとだけ、真剣な口調でサウスが尋ねてきた。
というか、この町の人って、この手の質問が好きだよね。
ひょっとして、町の教育方法と何か関係があるんだろうか?
何というか、教わるだけじゃなくて、考えさせる教育が混じっている気がする。
さておき、竜種について、か。
えーと……向こうでいうところの恐竜をかっこよくしたイメージだけど、そもそも恐竜を説明するのが難しいんだけど。
「そうですね……強くて大きくてかっこいい、空を飛んだり、火を吐いたりする、そういう感じですかね」
何だか、途中から、特撮とかの怪獣が混じっちゃったけど、そんな感じかな。
実際、改めて、ドラゴンとは何か、と聞かれると説明するのがなかなか難しいね。
『なーるほど、な。コロネ、それ、外見とか能力とかのイメージだよな。確かにそれで半分正解だ。一応、迫力がある姿見が竜種の本体ってことで、正しいんだけどな。それだけじゃあないんだよ。竜種ってのはな……』
「魔法体と実体が混じり合った種族なんですよ、コロネさん」
『おい! それ、俺のセリフ! 何で、いっつも美味しいところで、邪魔するんだよ、ルーザ! 俺を困らせて、そんなに楽しいのか!?』
「うん、とっても楽しいよ、サウス君。だって、サウス君の困った顔って、かわいいんだもの」
『いや! 何、良いこと言ったみたいな表情してるんだよ!? 人の困り顔が好きだなんて趣味悪いぞ……ああ、だから、頭をなでるな。更に威厳がなくなるだろうが』
うん。何となく、このふたりの関係がわかってきた気がするよ。
サウスは意外とノリがいいから、いじられキャラなんだね。
そもそも、本来の姿を見たことがないから、コロネにとっては、人懐っこいぬいぐるみさんなんだよね、竜種って。
「ふふ、まあ、このふたりはいつものことさね。話を戻すと、竜種は他の種族と異なり、実体とは別に魔法体と呼ばれる身体が融合した種族なのさ。まあ、言うなれば、二重存在って感じかね」
「二重存在ですか?」
さすがにそういうのは、こっちに来てからも初めて聞いた言葉だ。
確か、魔素が空気中に混じっている、魔法のための構成要素だったよね?
エルフはその魔素が認識できるとかいう話だったと思う。
魔法体と魔素は違うのかな。
「まあ、二重っていうと語弊があるかい。竜種の場合、この身体は実体でもあり、魔法体でもあるってところなのさ。ほら、サウスの身体に触れることはできるだろ? でも、同時に、この身体は必ずしも実体であるわけではないって感じさね。説明だけだと、わかりにくいだろうけど、早い話が、竜種ってのは変化に長けた種族ってことさ」
実体であり、実体でない。
つまり、魔法体を軸にすれば、己の構成している姿見を変えることができるのだという。理屈の上では、竜種はどんなものにでも化けられるということらしい。
『くそう……全部説明しちまって、俺の見せ場はどこに行ったんだよ。まあ、マギーの言ってるのは事実だが、そんなことができるのは、それこそ確固たる自分を得た竜種ぐらいさ。俺ぐらいだと、いくつかの型にはめて、それに変化する感じだぜ。さもなければ、自分を見失って、魔法体に飲まれる』
「ま、当然さね。『竜の郷』でも、変幻自在とまで、なっているのはいなかったはずさ。いくら長命であれ、力を持っていたところで、竜種といえども、できないことはできない。まあ、それは当たり前のことさね」
そう言って、マギーが笑う。
竜種というだけで、別にことさらに崇める必要はないのだと。
自分たちと同じで、話も通じれば、食べ物も食べられる。
ひとつの種族として、付き合っていけばいいのだと。
『そう言えるのは、この町にいる連中とか、マギーみたいに竜種に近しい連中だけだからな。つっても、俺も、そのくらいの温度の方が、気が楽だ。竜種であるというだけで、畏れられるのは、それなりにしんどいんだよ』
特に俺みたいな子供の竜にはな、とサウスが苦笑する。
なるほど、ドラゴンにはドラゴンなりの苦労があるのかもしれないね。
『ま、そういうことだから、コロネも気にせず接してくれるとうれしい。それでお菓子とかくれると、さらにうれしい。そんな感じだな。ま、よろしく頼むぜ』
「はい。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
また、新しい人と知り合うことができた。
しかも、ドラゴンさんだ。
何となく、サウスとの出会いが嬉しくて仕方がないコロネなのだった。




