第130話 コロネ、孤児院の話を聞く
「ところで、カウベルさん。新しい子供たちを受け入れるのっていつごろなんですか?」
ちょっとだけ、気になっていたので、尋ねてみた。
一応、コロネは部外者なのかもしれないが、やっぱり少し心配でもあるのだ。
「いえ、受け入れの目途が立ち次第というところでしたので、コロネさんのおかげで、その見通しが立ちましたので、たぶん、早々にシスターカミュが動くと思いますよ。そうですね、明日、明後日という感じでしょうか」
「えっ!? そんなに急なんですか?」
今、まさにアイスの作り方を伝授したばかりだよね?
教会でも試作とか、そういうことはしなくても大丈夫なのかな。
だが、当のカウベルは言えば、さも当たり前かのように、落ち着いた笑みを浮かべている。
「コロネさんも、そのうち、シスターカミュがどういう人なのか、わかると思いますよ。基本、思い立ったら動くべし、という考え方の人ですから。普段は飄々としておりますが、本当に、彼女の行動に無駄はないですよ。むしろ、周りがそのペースについていけず、振り回されているという感じですね」
それでもわたしは慣れましたが、とカウベルが苦笑する。
ふたりはもう長い付き合いなのだそうだ。
慈愛のカウベル、奔放のカミュ、という感じだろうか。
「そうですよ、コロネ先生。そもそも、この弟子入りが決まったのも、突然だったじゃないですか。私もシスターカミュの性格は知っていましたから、すっかり流されてしまいましたけど、本当に、あの方の仕事量についていくのは大変ですよ。ねえ、シスターパンナに、シスターシズネ?」
「あ、はい、そうですね。パンナたちも、突然、シスター昇格を伝えられました。いえ、そのうち、そういうこともある、とは神父さんより聞いていましたけど、いきなり、孤児院で『今日から、あんたらシスターだからな。十分だけ猶予をやるから、さっさと町の教会に移る支度しな』、とこうですからね。さすがにそのテンポにはびっくりですよ」
「はい。自分も久々に里での非常訓練を思い出しましたよ。慌てて支度して、この町へという感じです。不思議な方ですよね、シスターカミュって。こう言っては失礼ですが、あんまりシスターらしくない気がします」
「それにも、色々と事情があるのですよ。あなたたちも、もう教会のシスターなのですから、シスターカミュの方針にも、少しずつ慣れていってくださいね。無茶振りはしますが、基本、できないことは求めてこない人ですよ」
ふうむ、相変わらず、カミュってそういう感じなんだね。
さすがに十分で支度しろっていうのは、けっこうな無茶振りのような気がするけど。
まあ、荷物をまとめずなら、四十秒で用意できるのかもしれないけどね。
「事情ですか?」
ふと、カウベルの一言が気になった。
やっぱり、カミュの立ち位置は教会の中でも特殊なのだろうか。
そもそも、こっちの世界の教会がどういう組織なのか、詳しくは聞いていなんだよね。
「ええ、そうですね。そのうち、コロネさんも知ることがあるかもしれませんね。いえ、コロネさんだけでなく、シスターリリック、シスターパンナ、シスターシズネも同様ですね。少なくとも、わたしの口からはちょっと説明できません」
めずらしく、カウベルがちょっと悪戯っ子のような表情をしている。
相変わらず、この町の人には色々と背景があるようだね。
さすがはクセ者ぞろいの町だよ、まったく。
「ともあれ、シスターカミュはシスターカミュですよ。それ以上でも以下でもありません。彼女がひとりの心優しいシスターである、ということをわかっていれば、何も心配ありませんよ」
「まあ、そうですね……あの人は、ちょっと困った、でも、いざとなると頼りになる人ですよ」
「孤児院にも、毎日のように顔を出しては、食べ物を持ってきてくれましたしね。ただ、パンナたちが孤児院でお世話になり出した時には、もうシスターでしたよね? そこだけが不思議でした」
「あ……たぶん、パンナ。あ、いえ、シスターパンナ。それについては触れてはいけないことのはず。正直、自分は恐ろしくて確認する勇気はないです」
え、ちょっと待って。
パンナたちもけっこう長い間、孤児院で生活していたんだよね。
ということは、カミュって、もしかして見た目と年齢が大分違うのかな。
何となく、カウベルの方を見ると、にっこり笑って首を傾げられた。
うん。
たぶん、触れてはいけないことなんだろうね。
「ええと……ひとつだけ。カミュさんって、人間種ですか?」
「ええ。そうですよ。人間種であることは間違いありませんよ」
それ以上はご勘弁ください、とカウベルが謝って来た。
ということは、人間種なのに、年を取らない、ということかな。
もしかして、『不老』スキルとかもあるのかな?
さすがにそのあたりはよくわからないけど。
いや、単純に、老けにくい体質ってだけかも知れないけどね。向こうでも、どうみても十代のくらいの三十代の人もいるし。
「ま、まあ、話を戻すと、明日にも新しい子供たちがやってくるって感じなんですね。そうなると教会も孤児院も色々と慌ただしくなりますね」
今、リリックが離れちゃって大丈夫なのかな。
無理に弟子入りを進めない方がいいと思うけど。
「突然、子供たちが増えるのはいつものことですから。別にこういった機会以外にも、シスターカミュの目に留まったり、この町の周辺で迷い子が見つかりましたら、その時々で保護しておりますからね」
「そうですね。確か、パンナたちと入れ替わりで、新しい子が孤児院にやってきてましたし。確か、サイナちゃんと言いましたか」
「ですね。何でも、少し前にダークウルフさんのところで、保護されたらしいですね。ちょっと元気になったから、孤児院へ、という感じらしいです。自分たちもすれ違いみたいな感じでしたので、詳しくは聞けませんでしたけど」
「そうですか。それは初耳ですね。確かに、シスターカミュもあなたたちが来てからは、そちらの対応に追われていましたから、孤児院に行けていませんでしたしね。その子については、後で確認してみますね」
え!? カウベルも知らない?
いや、気になったのは、そこじゃない。
新しく来た子ども、か。
「ちょっといいですか? カウベルさん、もし差し支えなかったらで構わないのですが、その子が迷い人かどうか、わかったら教えてもらえませんか?」
不意に、もしかしたら、という感覚があった。
オサムの話だと、そろそろ閉じてしまっているだろう、ということだったが、いつ、その子が保護されたのか、それによっては、ひとつの可能性が浮かんでくる。
コロネと同じく、飛行機事故に巻き込まれた者のひとりである、という可能性だ。
「もしかして、コロネさんがご存知の子ですか?」
「いえ、その名前には聞き覚えはありません。ですが、もしかすると、わたしと同じところから来た可能性があるかも知れない。そういうことです」
「わかりました。そういうことでしたら、早急にシスターカミュにお願いしてみます。ちょうど、アイスも届けてもらう予定でしたので、それと合わせて、という感じですね」
「ありがとうございます」
当然、違う可能性もあるだろうが、念のため確認しておくのは大事だろう。
とは言え、仮にそうだったとしても、コロネに何ができるか、と言われるとちょっと難しいところだが。
「それでは、わたしたちは教会へと戻りますね。おそらく、そちらの確認も早い方がいいでしょうし、このまま、シスターカミュとも相談しますので」
カウベルがすぐに椅子から立ち上がって、他のふたりにも促す。
何だか、こちらの都合で催促してしまったようで悪いけど、少しありがたい。
思い立ったら即行動は、カミュだけの話ではないようだ。
「はい。シスターカウベル。そして、コロネさん、今日はありがとうございました」
「ありがとうございました。今後も、自分たちにも色々と教えてください」
「はい、こちらこそ。また来てくださいね」
そんなこんなで、三人は調理場から教会へと帰って行った。
あとに残ったのは、リリックのみだ。
「コロネ先生、今日は他に何か教わることはありますか?」
「そうだね。ちなみにリリックはこの塔については、オサムさんから聞いているの? そもそも、荷物とかはどうしているの?」
住み込みということは、コロネやピーニャが寝泊まりしている区画にやってくるということだろうね。まだまだ空室はあったから、その辺は問題ないだろうけど、今日の今日まで、荷物の運び入れをしていたとは聞いていない。
コロネの場合、この身ひとつだったから、何もなくて当たり前だったけど、一応、リリックはこの町で暮らしていたのだから、私物のひとつもあるだろうに。
そう思って、尋ねたのだが。
「はい。塔につきましては、案内されましたよ。ですが、そもそも私の荷物と言いましても、必要なものはアイテム袋に入ってますから。それで引っ越し完了ですよ」
「あ、そうか。生き物でなければ、アイテム袋が使えるものね」
何となく、引っ越しは大変だろうというイメージがあったけど、こっちの世界だと、アイテム袋を使えば、そこまで面倒ではないのかな。
でもこれ、冷静に考えると、危険物も持ち込み放題だよね。
そういうのって、どうやって対応しているんだろ。
まあ、アイテム袋が普及しているってことは、それに関する安全装置とか、対策とかもあるのかな。まだ、普段から自分のアイテム袋を持っていないから、詳しいことは聞いていないんだけど。
後で、ドロシーにでも聞いてみよう。
王宮内に武器を山ほど持ち込むとか、普通にできたらまずいだろうから、何かはあるんだろうけど。
「なるほど。とりあえずは、改めて説明することはないってことだね。ちょっと良かったよ。わたしもこの塔については、知らないことの方が多いから」
「あれ? そうなんですか? コロネ先生」
「うん。だって、わたしがやって来てから、まだ一週間だよ? さすがにそんなに色々とまでは教えてもらえるはずがないじゃない」
まだ、エレベーターも自力で使うこともままならないしね。
今のところは精進あるのみ、だよ。
「まあ、そっちのことはオサムさんが帰って来てから、改めてって感じだね。それよりも、もうすぐ、良い時間だから、プリンを持って、ブラン君の家まで行こうかなってところだね」
「あ、話に聞いていたクエストの件ですね」
「そうそう。白い小麦粉の精製クエスト。一応、報酬がプリン二個なんだよね。まあ、今日は初日だし、どのくらいの人が集まっているのか、ちょっと楽しみかな」
そして、ちょっと不安でもあるが、案外、それほど大した人数は集まらないかもしれないけどね。それはそれでちょっと寂しいけど、混乱が生じるよりはいいかな。
正直、物がプリンでそこまで大事になるかどうかについては半信半疑なのだ。
「それじゃあ、リリックもプリンの準備を手伝ってもらっていいかな? けっこう、ひっくり返らないように袋に詰めるのってコツがいるんだよね」
「はい。わかりました、コロネ先生」
そんなこんなで、天地無用のプリンの詰め方をリリックに教えつつ。
クエストに向けた準備を進めるコロネなのだった。




