第12話 コロネ、農家をたずねる
「それにしても、助かったわ。ハチミツは委託商品だから、売れ残したくなかったの」
ホクホク顔で、エミールがコロネに言う。
何でも、そのハチミツはエミールの家の側にある孤児院で作っているものなのだそうだ。子供たちが手伝って、収穫しているため、エミールとしても、何とかきちんと売ってあげたいと思っていたのだとか。
「森の中に孤児院があるんですか?」
確か町の外はモンスターが出ると聞いていたのだけど。
エミールも森で暮らしているから、それほどおかしい話ではないのかも知れないけど、さすがに子供たちが森の中にいるのは大丈夫なのだろうか。
「一応、神聖教会の支部みたいな扱いになっているわ。そこにいる神父さんも強いから、心配はいらないわ。もちろん、子供だけで行商に来るのは危ないから、私が売りに来るのに便乗しているの」
それに、ハチミツは友好的なモンスターの協力で採取できるのだそうだ。
そのため、町の中ではそのモンスターが嫌がるため、養蜂場はどこの町でも、町の外にあるのが普通なのだとか。
「あれ、教会がハチミツを売っているのですか?」
「そうよ。慈善事業じゃないんだから。孤児といえども、働かないと食べられないじゃない。この町にある神聖教会も色々と食べ物を作って売っているわよ。この町じゃあオサムさんがいるから、パンを焼いたり料理したりするときは、貸し調理場まで行くけど、普通は教会のオーブンを借りたりするわね」
つまり、教会というのは、神の教えうんぬんだけでなく、食べ物などをきっかけに町へと根付いているのだそうだ。
そういえば、向こうの世界でも、お菓子作りは修道院などが得意だったのを思い出す。人間現金なもので、食べ物がからむと信仰が強まるものらしい。
というか、オサムは教会を敵に回していないんだろうか。
少し心配だ。
「それに、孤児院とこの町の教会では、定期的に孤児たちを行き来させているわ。こっちの教会でもお仕事はあるし、森の中にいるだけじゃ、経験が不足しちゃうから」
なるほど。
教会としても、孤児たちの行く末を考えているのだそうだ。
もし、何かの才能を発揮して、ひとり立ちできたらそれはそれでいいし、そうでなければ、教会関連の仕事についてもらうため、その際にしっかり働ける人材を育てているのだそうだ。
よくできている。
ちなみに、この町の教会でも乳製品を売っているのだそうだ。
「早朝のお祈りが終わったら、売ってもらえるわ。興味があるなら、お祈りに参加してみるといいわ」
「そうなんですね。色々教えていただきありがとうございます」
「いいえ。また、市場で見かけたら、商品を買ってね」
そう言って、エミールは店じまいを済ませて、門の方向へと向かっていった。
驚かされたのは、彼女がそのまま荷車をひいて行ってしまったことだ。
しかも軽々と。
「すごいなあ。あれも魔法なのかな?」
まだまだ、コロネには知らないことがありそうだ。
ふと、周りを見ると、今度こそほとんどの出店がたたまれてしまっていた。
お客らしき人も、まばらになっている。
「あれ? コロネさんじゃないですか」
と、そのうちの一人から声をかけられた。
見ると、朝のアルバイトで一緒だったブランだった。
「あ、ブランくん、こんにちは」
「はい。お会いできてうれしいです。コロネさんも買い出しですか?」
「うん、そうだよ。どういう食材が売っているか調べてたの。まあ、市場の存在を知ったときには、ほとんどのお店が帰っちゃった後だったんだけど」
聞けば、ブランはいつもこの時間に青空市を利用しているのだそうだ。
閉店間際だと、少しだけ、物が安く手に入ることがあるとのこと。
もちろん、今日中に売らないとまずいものだけなのだが。
「うちは兄妹が多いので、ぼくは頑張らないといけないんです。お兄ちゃんなので」
家が小麦農家のブランは、五人兄弟の長男なのだそうだ。
小麦自体はそれほど珍しい食べ物ではないので、ブランのアルバイト収入は家計にも助かっているのだとか。
「そうだ、これからうちに来ませんか。ぼくの家族を紹介しますよ。大したおもてなしはできませんが、小麦でしたらお分けできますよ」
ブランからの厚意に、ありがたく寄らせてもらうことにする。
折角だから、ごあいさつしていきたいし。
この世界での小麦農家、というのを一度目にしておきたかったというのもある。
「では、こちらです」
ブランの案内で、ふたりは家へと向かった。
「着きました。ここがそうです」
着いた場所は、町の北東に位置する区画だ。
このあたりを見渡すと、ブランの家以外にも、農業を営んでいる家がたくさん集まっているのが見える。
ここまでの道すがら、ブランの家についても話を聞いた。
何でも、ブランの両親はこのサイファートの町ができるときに、開拓民としてやってきたのだそうだ。農地を切り開いて生活していくために、この新天地へと来たのだとか。
最初の頃は、色々とうまくいかず、苦労も多かったらしいが、何とか町ができあがって、今のように農家としてやっていけるようになったのだそうだ。
ブランが生まれたのは、町に来て二年目のことだったらしい。そのため、ブランも両親の故郷については、よく知らないとのこと。
改めて、ブランの家を見ると、平屋建ての広めの一戸建てだった。家は石造りだが、横に併設して木造の建物がある。どうやら家畜小屋のようだ。奥の方には小麦の農地が広がっている。
「すごいねえ、広いね」
これを全部開墾するなんて大変だったろう。
十数年でこの広さなら、向こうの世界ではすごいことだ。機械がない分、魔法がある、という点では同じくらいだろうし。
「オサムさんのおかげだって、両親は言ってますけどね。じゃあ、こちらへどうぞ。食堂まで案内します」
ブランが家の扉を開けて、コロネを招き入れる。
「おーい、今帰ったよ。お客さんをつれてきた」
「あ、おかえり、ブラン兄。って、女の人と一緒なんてめずらしいね」
「なになに? ブラン兄が女つれてきたって! 父ちゃん母ちゃん、大変だよ!」
「トロン、うるさい。いいじゃない、兄さんだっていい年なんだから」
「ブラン兄、けっこんすゆの?」
「違う違う。アルバイト先に、料理人として新しく入ったコロネさん。オサムさんの同郷の人なんだって。たまたま市場で一緒だったから招待しただけだよ……すみません、コロネさん。うち、いつもこんな感じで騒がしくて」
五人兄弟勢ぞろい、といったところなのだろう。
ブランは謝ってきたが、コロネはこういう雰囲気が好きだったので、全然気にしていなかった。何となく、これだけでも楽しそうな家庭が伝わってきて、幸せな気持ちになってくる。
ちなみに兄妹はそれぞれ、次男のアリュー、三男のトロン、トロンと双子で長女のテスタ、末の妹のセモリナ、というそうだ。
「こんにちは。お招きに預かりました。コロネです。よろしくお願いします」
「それでは、こちらへどうぞ。あ、ここは土足で大丈夫ですよ。塔の部屋とは違いますから」
「お邪魔します」
言って、リビングへとついていく。
今更だが、こちらの一般家庭では、玄関で靴を脱ぐ習慣はないらしい。基本土足だ。塔もお店はそうなのだが、従業員用の休憩室や宿泊室はカーペットが敷かれており、入り口でスリッパに履き替えるようになっている。
本当は畳を用意したいんだが、とはオサムの談である。
「ただいま、父さん、母さん。あ、母さん、これ今日の分の食材。大分おまけしてもらえたから、母さんが次行った時に、改めてお礼を言っておいて。で、こちらの女性がコロネさん。さっき話した通り、昨日からオサムさんのお店で働いている料理人さん」
「そして、コロネさん。こちらがうちの両親です」
「はじめまして、お邪魔します。コロネと言います。よろしくお願いします」
「そうですか、あなたが。いやいや、はじめまして。ブランの父のバドです。こっちが家内のモルです。ブランともどもよろしくお願いします」
「息子がお世話になりました。何でも貴重なものを頂いたとか。ありがとうございます」
ブランの両親がそろって頭を下げる。
バドはひげをたくわえた穏やかそうな男の人。モルもほっこりとした人柄がにじみ出る感じの人だ。
それにしても、貴重なものとは、チョコレートのことだろう。
うん、と心の中でつぶやく。
すでに大事になりかけている気がする。
「いえいえ、それほどのものではありませんから。ただ、わたしのスキルについては、ここだけの話でお願いします」
両親とブランにそれとなく口止めしておく。
コロネの経験上、もう手遅れのような気がするが仕方ない。
「もちろんですよ。この家に、人様のことを吹聴するものはおりません」
「はい、もちろんです。それで父さん、コロネさんをうちをお招きしたのは、小麦のことでなんだ……いいかな?」
「ああ、好きなだけ持っていってもらいなさい。お前のことだけじゃない、そもそもオサムさんの関係者というだけで、コロネさんには恩を返す理由があるからな」
恩についてはよくわからなかったが、バドが言うには、この農場を作るのに、オサムにはとてもお世話になったのだそうだ。
「オサムさんがいなければ、最初の年で、開拓団は全滅していたかもしれません」
町を作るためにやってきた開拓団だが、このあたりはまだレベルの高いモンスターが多く残っていたのだそうだ。想像以上に危機的な状況の中、助けとなってくれたのが、オサムを中心とした冒険者のパーティだったのだという。
詳しくは、長くなるので割愛されてしまったが、モンスター退治だけでなく、開墾前で食料に困っているとき、開拓団に食べ物を提供してくれたのが、オサムたちだったのだそうだ。しかも無償で。
『ここに町を作るってんなら、協力しないわけにはいかないしな。良い町を作ってくれよ。そうしたら、俺の夢にも近づけるってもんさ』
その時、オサムが何を思っていたのか、バドには分からなかったそうだが、結果、今のように栄えたサイファートの町になり、自分たちも幸せに暮らしているのだとか。
「ですから、私たち家族は、返しきれないだけの恩があるのですよ。では、コロネさん、倉庫の方へ案内しましょう。こちらです」
そうなんだ。
バドについていきながら、コロネはオサムのことを思う。
その行動が一本芯の通ったものであること。
修行先の店長もそうだが、突き詰めた料理人はそういう人が多い気がする。
自分もそういう風になれるだろうか。
頑張ろう、そう思うコロネであった。




