第128話 コロネ、竜の牙にプリンを渡す
「すみません、お恥ずかしいところをお見せしまして」
ちょっとだけ頬を赤らめたミストが謝ってきた。
口論の方もひと段落したみたいだ。
その間にこちらは、冷蔵庫からプリンを持ってきたんだけどね。
「いえいえ。で、こちらが持って行ってもらうプリンです。皆さんの分も合わせて少し多めに入ってますので、どうぞ」
「はい、コロネさん、ありがとうございます」
「ただ、これも乳製品使用してますので、アイテム袋は使わない方がいいみたいですね。そのため、おいしく食べられる期限も短めですから、なるべくお早目にという感じです」
それこそ、クーラーボックスでもあれば確実だったんだけど、あれはオサムがいないとどうしようもないし。まあ、持ち運び一時間くらいなら大丈夫かな。
今のところ、使い捨ての保冷剤とかもないしね。
「でも、コロネさん、これ、少し冷やしておけば大丈夫なんですよね?」
「え? ええ、冷蔵庫でしたら、もう少し長持ちしますけど……」
「アイ、袋周辺に結界を張れる? できれば冷蔵庫くらいの温度で」
「うん、ちょっとはなせば、だいじょうぶ。『氷結結界:微弱』。これでいい?」
「そうだね。このくらい大きめに張っておけば、いいんじゃないかな。ありがとう、アイ」
「うん、やっぱり、スライムさんたちといっしょに、おいしいもの食べたいしね」
あ、すごい。アイが魔法で結界を張ったんだね。
へえ、氷魔法って、こういうこともできるのか。
今、コロネが渡した普通の袋の外側を包み込むような感じで、淡い青白い光がほわほわと発光した状態になっている。
なるほど、これが結界か。
「これって、もしかして、低温保存ができるってことですか?」
「うん、もうちょっと広げれば、暑いときも便利だよ」
「すごいですよね、アイの『氷結結界』。まあ、さじ加減が難しいみたいなんですけどね。私たちと会ったときは、冬の雪山って感じの温度でしか使えなかったみたいなんですけど、大分、弱めの使い方もできるようになったみたいで。歩く冷蔵庫って感じです」
「うーん、なんか、ほめられてないよね」
どうも、アイ自身が冷たさに関して耐性があるそうで、部屋が凍り付いた状態でも、へっちゃらで過ごせるのだそうだ。
たぶん、そのせいで、制御がおざなりになっていたんじゃないか、とのこと。
アランやミストに言われて、制御のトレーニングをして、今くらいの微弱な使い方ができるようになったのだとか。
そっか、微弱で冷蔵庫並みか。
でも、すごいなあ、氷魔法。
これは冗談抜きで、使えるようになりたいよ。
アイテム袋が使えない食べ物の輸送がすごく楽になるもの。
「そんなことないって、いつも感謝してるもの。それじゃ、コロネさん、プリンの方はお預かりしますね。このお礼は、新しい焼き物を作ってから、ということで」
「ああ、俺たちの分まで用意してくれたからな。こちらも、ダンジョンで何か食材を見つけたらお礼に持って来よう。ありがとう、コロネさん」
ミストを始め、アランや他のメンバーたちからも改めてお礼を言われた。
やっぱり、プリンはあんまり出回っていないから、うれしいみたいだね。
「いえ、こちらこそ、です。あと、もし差し支えなければ、食べたあとの感想も教えてください。味の方を微調整しますので」
特に、スライムさんたちの味覚について、かな。
モンスター系統の人の好きな味っていうのはちょっと興味があるし。
まあ、サイくんとか見てると、大きく味覚が異なるって感じでもないのかな。
ダークウルフさんもチョコレートで喜んでいたしね。
「了解だ。では、俺たちはすぐにスライムの村に向かうとしよう。お早目に、なんだろ? それじゃあ、仕事中に邪魔したな。失礼する」
「それでは、コロネさん、また」
「はい、わざわざありがとうございました」
そんなこんなで、『竜の牙』の人たちは行ってしまった。
おっと、そうそう、他のみんなにプリンを食べてもらう途中だったっけ。
いけないいけない。
「ごめんね、ちょっと待ってもらっちゃって。それじゃあ、改めて、プリンを味見しようか。せっかく、自分たちで作ったのに、食べないともったいないものね」
「コロネ先生、残個数は大丈夫ですか?」
「わからないけど、いざとなったら、後日引き換えてもらう感じにするよ。パン工房でも、そんな感じにしているんだって」
ピーニャが言っていたが、やむを得ず閉店した場合、来てもらったお客さんには、お詫びも込めて、引換券を渡しているのだそうだ。
一応、ただ券ね。
そうすることで、また来てもらえるし、とりあえずは納得してもらえるとのこと。
そのため、パン屋の引換券を流用して、コロネのサインを入れた引換券も用意はしてある。あくまでも念のため、だ。
さすがに、今日作った分、以上の人がクエストに集まっているとは思えないけどね。
「まあ、数のことは気にせず、二種類一個ずつ味見してみてよ。やっぱりね、作り立てのプリンって美味しいからね」
改めて、次のアイスを混ぜるまでの間の、プリンの試食会が始まった。
「うわあ! すごいです。アイスも美味しかったですけど、私はこっちの方が好きですね。ぷるぷるしたのが何とも言えないです」
「本当、これが、ほとんど乳製品のみで作れるのは驚きです。ハチミツも含めて、教会で作るのに申し分ないものですね。なるほど……ちなみにコロネさん、こちらが美味しく食べられる期限はどのくらいですか?」
リリックが興奮している一方で、カウベルは食べながらも今後のことを真剣に考えているみたいだ。やっぱり、乳製品はあしが早いから、その辺りは気がかりなのだろう。
「そうですね。冷蔵庫に入れていれば、多少は持ちますけど、可能でしたら、当日中。生クリームを使ったものは翌日まで。使っていないものは二日後ってところですかね。さすがに冷所保存なら、すぐには腐りませんけど、味が落ちるのは早いです。特に、生クリームを使った方は。基本は当日中ですね」
「わかりました。生クリーム入りの方が、味が落ちやすいということですね」
「確かに、この生クリームの方がふわふわしていますものね。ぷるぷるの方よりも繊細な感じがします。わたしはこっちの方が好きですね。ふわふわとろっとしていて、甘さにも層がある感じです」
「自分は、生クリームを使っていない方が美味しいです。特に、下のカラメルでしたか? こちらとの組み合わせがいいですね。生クリームの方は、カラメルと混ぜると、ちょっと味が変わる感じがしますし」
おっ、パンナとシズネもしっかりと味を見ていてくれるみたいだね。
特にシズネの指摘はなかなか鋭い感じだ。
「そういうことなら、シズネは今度カラメルソースを作る時は、ちょっと、ハチミツの量を工夫してみてね。ひょっとすると、シズネの味覚に合わせた方が、町の人の好みの味付けになるかもしれないし」
「えっ!? コロネさんの分量ではダメなのですか? 自分の意見はあくまで、何となく、ですが」
「うん、だからね。わたしの味付けの方が好きな人もいるだろうし、シズネの好みの味付けの方が好きな人もいるってこと。だから、わたしのいたところでは、お菓子のお店がたくさんあったの。お店によって味がちょっと違うから、比べて、自分に合った味を探すのもひとつの楽しみだったんだよ」
「そうなのですか?」
「コロネ先生、ということはお店によって味を変えた方がいいってことですか?」
「そうだね。同じお店の支店とかは別だけど、個性があってこそ、選ぶ楽しみがあるわけじゃない? それがうまくいけば、相乗効果でお店同士が味を高め合うようになるって感じかな。大事なのは、自分の味が絶対だと思わないことかな。『本当の美味しさは、常に、努力した更にその先にある』ってね。これはわたしに色々と教えてくれた店長の言葉なんだけど。どこまでも、美味しさを追求することが必要って感じだね。今の状態に満足して、歩みを止めてはいけないんだよ」
シンプルで当たり前のことなんだけど、人の好みや味覚は日々変化する。
安心できる味が、変わらない味だとすれば、日々変化する味覚に対応するのが、変えていく味ってことだ。
この、変わらないと変えていく、その両立が大事だと店長は教えてくれた。
言葉自体は矛盾しているけど、その意味は何となくわかるような気がする。
「まあ、結局は、自分の味を見つけないと、ぶれぶれになっちゃうから、注意が必要なんだけどね。最初は基本が大事かな」
偉そうなことを言っても、コロネもまだまだ経験不足だし。
店長の言葉をそのまま引用しているだけに過ぎない。
それでも、だ。
お弟子さんをとった以上は、自分がまっすぐ立たないといけないとは思っている。
たぶん、そのこと自体が、自身の成長にもつながるだろうから。
「すごいですね、コロネ先生。お菓子作りって奥が深いんですね」
「まあ、料理全般に言えることだけどね。ふふ、みんなにとって、お客さんにとって、すごく身近なことだから、それぞれのこだわりがすごいんだよ。料理人も真摯に応じないと、あっさりとお客さんは離れちゃうよ」
こわいこわい、と笑いながら。
改めて、気を引き締めなおす。
こっちの世界はお菓子に対するハードルが低めだから、その状況に甘えないようにしなければいけないだろう。
たぶん、そうなった時が自分がダメになる時だ。
「はい! 私も頑張ります!」
「うん、それじゃあ、そろそろプリンの味見は終わったかな? 時間になったから、最後のアイスクリーム作業に行くよ。これを混ぜ終わったら、アイスのできあがりね」
「「「「わかりました」」」」
プリンの後片付けをした後で、保管庫の方へと向かう。
何とか、ここまで来れたかな。
思わず笑顔になるコロネなのだった。




