第120話 コロネ、アイスの作り方を教える
「では、アイスクリームを作っていくわけだけど、ここで、改めて生クリームの作り方を説明した方がいいかな?」
たぶん、カウベルやリリックはバターを作っているから、生クリームの精製についても知っているとは思うけど、念のため、だ。
少なくとも、この町で生クリームを積極的に料理に使っているという話はあんまり聞かないし、オサムが一部活用しているだけみたいだしね。
教会では、そのままバターを作るところまで行っているんじゃないかな。
「コロネさん、生クリームですよね? バターを作る時に必要な、撹拌する前のもののことですよね」
「一応、ここにいる全員が知っていますよ、コロネ先生。バター作りについては、このふたりにも説明が済んでますから」
カウベルとリリックの言葉に、パンナとシズネも頷く。
やっぱりね。バターを作る人が生クリームを知らないわけがないよね。
バターの作り方って、低温で生クリームを撹拌するだけだし。
そうすることで、クリームがバターとホエー、つまり乳清に分離するのだ。
さすがにバターが作れて、クリームを知らないってことはないだろう。それを料理に使うかどうかは別にして。
「うん、その認識で問題ないよ。それじゃあ、説明しなくても大丈夫だろうから、そのまま、生クリームを集めに行くよ。保管庫の方でけっこうな量を作っているから、みんなも手伝ってね」
「「「「わかりました」」」」
では、まずは生クリームを集めてこようか。
そのまま、そこにいる全員で保管庫へと向かった。
「はい。というわけで、生クリームがいっぱい集まりましたー。ここから、改めて、アイスクリームを作っていくよ」
「あ、ちょっと待って欲しいのです! ピーニャも参加するのですよ!」
生クリームの準備も終わり、さあ、アイス作りを始めようかというところで、慌ててピーニャがやってきた。
あれ、お店の方は大丈夫なのかな?
新しいパンの試食もあるから、けっこう慌ただしいって言ってたのに。
「参加するのはいいけど、ピーニャ、パン工房の方は大丈夫なの?」
別に、今慌てて覚えなくても、後で時間がある時にでも説明するよ?
そう、ピーニャに伝えたのだが。
「いえ、何度もコロネさんの手をわずらわせるわけにはいかないのです。いい機会ですから、一緒に覚えた方がいいのです。それに、パン工房の方は、まだ今のところは普段通りなのですよ。新しいパンの試食については予告していないのです」
ピーニャが言うには、本当に慌ただしくなるのは、噂が広まってからなのだそうだ。今ならまだ、普通番のふたりで対応できるとのこと。
まあ、そういうことならいいけどね。
そうでないのなら、後でドロシーたちに怒られちゃうから。
「まあ、そういうことなら、テキパキとやっちゃおうか。ピーニャは生クリームまでは覚えているものね」
「なのです。その辺りは大丈夫なのですよ」
「それじゃあ、アイスクリームを作るよ。材料はテーブルの上に用意したものね。牛乳、生クリーム、たまご、それにハチミツね。まあ、本当はハチミツじゃなくて、お砂糖の方がいいんだけど、手元にないから仕方なく、ね」
後は、バニラも入っていない。
ともあれ、今ある材料だと、こんな感じになってしまうから仕方ない。
「ちなみに、カウベルさん。教会経由でお砂糖って手に入ったりします?」
「ごめんなさい。お話には聞いたことがありますけど、わたしではわかりませんね。シスターカミュなら、作っている地域くらいはわかるかもしれませんが、教会関係ではなかったはずです。もし仮に他の支部で作っていれば、彼女が入手しているはずですから」
申し訳なさそうに、カウベルが謝ってくる。
まあ、それもそうだよね。
簡単に手に入るなら、そもそも、青空市や教会で売っていないはずがないものね。
ハチミツも孤児院だから、教会関係だし。
「いえ、こちらこそ、無理を言っちゃってすみません。お菓子作りには必須の材料なもので、少しでも情報を集めておきたかったんですよ。オサムさんもお砂糖については、全然教えてくれませんし」
前から気になっていたんだけど、そこまで隠す理由って何なんだろう。
この町のシークレットに関しては、色々と教えてくれているのに。
バニラみたいに、知ればコロネが無理してでも、町を飛び出そうとするとか思っているのかな?
さすがに現実を知った今となっては、そういう無茶はしないつもりだけど。
「まあ、お砂糖は置いておこうか。まずはアングレーズの作り方から行くよ。アイスクリームっていうのは、簡単に言えば、アングレーズを作って、それを冷やし固めたもののことを指すの。だから、手間はかかるけど、実際の工程自体はそれほど難しいものではないのね」
ソルベマシンやパコジェットを使わない場合、冷凍庫に入れてはかき混ぜ、入れてはかき混ぜを繰り返して、空気を含めていくのが必要になるので、そこがちょっと大変なんだけど、逆に言えば、その作業での時間拘束くらいだしね。
「まずは、牛乳と生クリームを合わせていくよ。分量については、わたしにとっての基本量でいくけど、この比率を変えることで、味と食感に変化が出てくるから、量については人それぞれって感じかな。慣れてきたら、色々試してみて、美味しい分量を探してみてね。料理人によって好みが分かれてくるはずだから」
そもそも、シンプルなアイスクリームでも作り手によって、バランスが変わってくるのだ。これに果物などのフレーバーを加えたら、それこそ、分量なんて、何が適量かはその食材に合わせるしかないしね。
牛乳自体の質によっても異なるから、結局、試行錯誤が大切かなあ。
「つまり、コロネ先生のは目安ってことですか?」
「そうだね。一応、このあいだ、お店で出したもので、この町の牛乳に対しての適量を微調整しているって感じかな。でも、あくまでも目安だよ?」
特に、この町の場合、生乳のままで、成分を均一化していないから、裏を返せば、同じ牛から採れる牛乳でも、日によって味が違うのだ。結局は、適した分量については説明のしようがない。
それこそ、料理人の勘に頼る部分が大きいんだよね。
できれば、初心者向けの条件付けができるといいんだけど。
まあ、それについては、今後の課題かな。
魔法とか、小精霊とかで、うまい識別法でも探ってみよう。
「たぶん、これはカウベルさんやリリックたちの方が詳しいと思うけど、牛乳の味や質って、その日の牛のコンディションによって変わってくるのね。だから、牛乳の味を確認して、それによって、調整する努力はした方がいいかな」
「つまり、牛と相談してみる感じでよろしいですか?」
「あっ! そうか。カウベルさんは『牛の気持ち』スキルを持っていたものね。それで状態把握ができるなら、牛の体調に合わせた調整がしやすいかも。今後は、アイスを作る際は、ちょっと試してみてもらっていいですか?」
そっかそっか。
そういう方法もあるかな。
酪農家の何となくわかる、を一歩進めたスキルだものね。
いやいや、この世界ってすごいね。色々な可能性を秘めているもの。
「わかりました。今後は毎日のお仕事になりそうですから、それで頑張ってみます」
「ええ、それでお願いします。さて、牛乳と生クリームを混ぜて、ひとまずここでストップね。なぜ、この工程を先に説明したかっていうと、本当はこの工程は前日のうちにやっておいて、ここにバニラという材料を加える作業があるからなの。香りと風味付けの工程ね。今は材料がないから飛ばすけど、バニラが手に入ったら改めて説明するね」
この状態で一晩冷蔵庫で寝かせることで、バニラの風味が移るのだ。
味も落ち着いてくるため、実は手を抜けない工程だったりする。
まあ、ものがないとイメージしづらいと思うけど、バニラアイスは基本だから。
「つまり、そのバニラの味付けに一晩ということなのですか?」
ピーニャは何度か、バニラのことは聞いていたから、理解が早いかな。
プリンにアイスにと、バニラの香りは重要度が高いのだ。
「そういうことだよ。まあ、今日のところは一晩置いたことにして、ちょっとハチミツを加えてしっかり撹拌して……こんな感じかな。後は次の工程へと進むね」
しっかり泡立てた牛乳と生クリームは、ひとまず横に置いて、と。
「今度はこれとは別に、卵黄、つまりたまごの黄身だけと、ハチミツを加えて混ぜていくよ。分量は今からやるからちょっと見ててね……はい、こんな感じね。これをしっかりと混ぜていく感じかな。よく混ぜることで、空気が抱き込まれるの。こうやって、白っぽくなるまで混ぜることをブランシールって言うんだけど、ここで、しっかり混ぜることで、たまごがダマになりにくくなって、たまご独特の臭みも抜くことができるんだよ」
「コロネ先生、ダマって何ですか?」
「あ、そっか。ダマっていうのは熱した際に、均一じゃないと早く固まってしまう部分のことを言うの。これがあると、そこだけ滑らかな食感を阻害しちゃうのね。イメージとしては、溶かしそこないって感じかな。小麦粉とかでも同じようなことが起こるしね」
「なるほど、そういうものですか」
やっぱり、当たり前に使っている専門用語も翻訳だけだと通じないね。
そもそもの意味が分からないと、どうしようもないってことかな。
「はい、こんな感じかな。ちょっとだけたまごの黄身が白っぽくなっているでしょ? それじゃあ、ここまでの工程をみんなにもやってもらうね。ボールとか機材は人数分あると思うから、まとめて作っちゃおう。はい、では始めてみて」
コロネの号令と共に、他の五人が今までの工程を行なっていく。
というわけで、それを見ながら、今のうちに、牛乳と生クリームの方を弱火にかけておくとしよう。次の工程の説明のためだ。
さすがに見ていても、ここまでの作業でつまってしまう人はいないみたいだね。
ちょっとパンナが緊張しているくらいかな。
それでも十分に、ちゃんとできている感じだし。
「うん、そんな感じで大丈夫かな。それじゃあ、そこでまたこっちに注目してね。今、作業してもらった間に、最初に用意した牛乳と生クリームを弱火にかけておいたの。これは弱火でゆっくり加熱していく感じだね。で、こんな感じで沸騰したところで、火を止めて、と。今、かき混ぜてもらった卵黄の方へと混ぜていくんだけど、ここで注意ね。混ぜる際は、この熱した牛乳を少量ずつ卵黄へと加えていくの。そうしないと、あっという間に黄身が固まって、ダマになっちゃうから。それじゃあ、見ていてね」
ポイントしては、少量ずつ加えることと、手早くかき混ぜながら、という感じかな。
後は、準備段階で卵黄をしっかりとブランシールしておくことだね。
そうすることで、気泡がクッションとなって、加熱を緩和してくれるのだ。
「はい、こんな感じかな。後は、これをもう一度鍋に戻して、またゆっくりと加熱していくのね。今度も弱火でじっくり加熱して、八十三度まで。ここでの注意点は加熱のし過ぎね。八十五度を超えると卵黄が固まって分離しちゃうの。このアングレーズは、たまごの黄身が固まるのを利用したソースだから、完全に固めちゃダメってことね」
説明しながらも、慎重に温度を見極めていく。
たぶん、ここが一番失敗しやすいところだろう。
「ゆっくりと木べらで混ぜながら……はい、表面が滑らかになったら完成ね。後はこれを一度こして……はい、以上で、アングレーズの完成だよ。後はこれを冷やしていく感じかな」
「ちなみに、コロネさん。その温度ってどうやって測るのですか?」
「うーん、そうだねえ。ピーニャ、食品用の温度計ってないのかな?」
「ええと、オサムさんに聞いてみないと何とも、なのです。少なくとも、ピーニャは温度計を使っているところを見たことはないのですよ」
「そっか。それじゃ、しょうがないね。わたしが感覚で伝えていくから、後は覚えてもらうしかないかな。まあ、最初は失敗してもいいから、このくらいでギリギリの温度っていうのは把握する方向で努力って感じね。それじゃあ、加熱の工程を行ってみようか」
まあ、毎日作っていけば、感覚もつかめるようになるだろうしね。
焦らずに進んでいけばいいかな。
みんなが真剣な表情で鍋に向かうのを見ながら。
そんなこんなで、もう少しだけ、アイス作りは続くのだった。




