第119話 コロネ、氷魔法について聞く
「ところで、四人とも、調理の際は、そのシスター服で大丈夫なの?」
アイスクリームの種類を説明する途中だが、ふと気になったので聞いてみる。
清潔はどうかもそうなんだけど、それよりは火を扱ったりする時の問題だ。
あれ、向こうの教会の場合、シスター服でお菓子とか作っていたっけ?
その辺りまでは、よく知らないなあ。
「はい、大丈夫ですよ、コロネさん。バターやチーズを作る際もこの服装です」
「えっと、何でも、この修道服には加工がされているって、一昨日教わりました。普通の白衣よりも清潔状態を保てたり、耐火性能がある、らしいです」
「見た目以上に動きやすいですし。自分もカミュさんと訓練をさせてもらいましたが、この修道服、すごいですよ」
カウベルに、パンナ、シズネがそろぞれ、シスター服についての感想を聞かせてくれた。何でも、服の素材や作り方に秘密があるらしく、汚れなどは弾いてくれるし、加えて、破けたりしにくくなっているのだそうだ。
穢れなき乙女の衣装というわけで、カミュがそういうものに切り替えたのだとか。
なお、当のカミュはお酒をこぼしても大丈夫、と笑っていたそうなのだが。
相変わらず、理由が飲んだくれな感じだね。
「ただ、コロネ先生。私はどうしましょうか。一応、シスターではなく、今日からこちらで弟子としてご厄介になる身ですから、白衣に着替えるのでしたら、そうしますけど」
「うーん、そうだねえ。ちょっと、オサムさんとかとも相談してみるね」
お店のお手伝いもするとなれば、給仕の制服の方がいいだろうし、コロネの弟子という立ち位置を貫くのであれば、パティシエの制服を用意した方がいいよね。
オサムと、後は『あめつちの手』の三人に相談といったところかな。
「今日のところは、その性能がいいシスター服のままで行こうか。たぶん、パン工房の白衣とか、お店の予備のエプロンよりいいでしょ」
「わかりました」
それじゃあ、衣類の件について確認したところで、続きを始めますか。
「それじゃあ、続きの説明ね。四番目、グラニテ。余分なものはほとんど加えずに、果物などの素材のみで作った氷菓子のことだよ。シャリシャリした食感と、そのさわやかさから、肉料理の前の口直しなんかに使ったりするかな。まあ、パティシエの場合は、他のデザートのアクセントに使ったりするのね。単体でも美味しいけど、他のものと組み合わせることによって、より引き立つ感じのものかな」
果物の果汁や、コンポートにした煮汁とか、あとはドリンクやお酒を凍らせるといった感じの料理がグラニテだ。
いわゆる、アイスクリームの初めて、なんかの歴史をたどった時、古くから作られてきたアイスクリームの原型みたいなのも、グラニテになるだろうか。
今でいうグラニテは、完全に凍らせる前の半凍結の状態で、何度も、混ぜて砕いて、という工程を繰り返すことで、ざらめのような粉状にしているものが多いかな。
この工程で工夫することで、様々な食感を生み出すことができるのだ。
「グラニテには、お酒などがよく合うから、実はカミュさん向けの料理かな。生クリームなどの乳製品は使わないから、液体そのものの味をはっきりと楽しめる氷菓子ね」
「コロネさん……それはシスターカミュには、あまり言わないでくださいね。さすがに教会の子供たち総出で、お酒の料理を作るのは教育上あんまり……よろしくないです」
さすがに、カウベルが渋い顔をしている。
シスターとしての能力は折り紙付きなのだが、モラルという意味では問題を抱えているカミュだ。その分、彼女が色々と苦労しているのだそうだ。
ご愁傷様です。
あ、そういえば、お酒について気になることがある。
「そういえば、この町の場合、子供でもお酒は飲めるの?」
「いえ、そういうのは、十五歳からですね。ただし、一人前と認められた場合は、十二歳くらいからでも大丈夫だったはずです。それが、この国の法律上認められていたことだったと思いますね」
へえ、思ったよりも早いかな。
ちなみに一人前というのは、自立した生活を送っていることが条件なのだとか。
要するに親元にいる場合は、十五歳からって感じかな。
「ただ、基本は十五歳からですね。成長を阻害する恐れもありますし、少量でしたら問題ないですが、普段から飲んでいると、魔法の制御が難しくなるんですよ。魔素のコントロールとお酒には因果関係があるようですね」
「あ、そうなんですか。それは大人でも、ってことですか?」
「はい、コロネ先生。酔っている間はそうですね。ただ、子供の場合、その状態が持続することがあるんですよ。ですから、お酒は一定の年齢になってから、という風に決められているんです。魔法が使えなくなる可能性がありますから」
リリックが真剣な顔で教えてくれた。
なるほど、そういう側面もあるんだね。
お酒の年齢制限って色々な理由があるけど、こっちの世界の場合、それが特に明確な感じだ。さすがに魔法を使えなくなるっていうのはこわいよね。
だから、子供たちもお酒についてはしっかりと言いつけを守っているのだそうだ。
「でも、カミュさんも四六時中酔っぱらっているイメージがありますけど、あれは大丈夫なんですか?」
「ええ、ですから、子供たちへの印象が悪いのでやめてほしいんですよ。興味本位で飲みたがる子が出てきてしまいますから。ですが、シスターカミュのあれはあれで、理由がありますから、本人のこだわりも含めて、黙認という感じですかね」
なるほど、一応、理由はあるのかな。
神様に奉じるとか何とか、言っていた気もするしね。
「まあ、話を戻すと、果物の果汁そのものを凍らせたデザートだね。作り方にちょっとした工夫をすると、ただ、凍らせるよりも食感が楽しめるようになるって感じかな。それじゃあ、最後に、これはたぶん、実演できないだろうけど、こういうものがあるってことで知っておいてもらえばいいよ。五番目、アイスパウダーについて」
これについては作り方に工夫が必要だ。
通常の冷凍庫だけでは、作ることが難しい料理だね。
「アイスパウダーってのは、文字通り、食材を凍らせて、粉状に砕いた料理なの。アイスクリームやソルベの元となる材料、アングレーズなどの総称をアパレイユっていうんだけど、それを超低温で瞬間凍結させて砕くとできる感じかな」
基本、アイスパウダーはどのような材料からでも作ることができる
向き不向きがほとんどない調理法なのだ。
ただ、アングレーズなどの細かい気泡が含まれているものの方が、パウダーにした時に溶けにくくなるので、その辺りがポイントかな。
「コロネ先生。ちなみに超低温って、どうやって凍結させるんですか?」
「うん、わたしのいたところに、液体窒素っていう空気を液体化させたものがあるんだけど、それがマイナス百九十六度かな。それくらいの低温を作り出すことができるの。えーと……ここにある温度計で、マイナス五十度までしか目盛りがないかあ。まあ、詳しく説明するのは難しいけど、冷凍庫の温度よりもずっとずっと低いって感じかな。その液体窒素をかけて、凍らせて、砕くと粉になるってわけ」
さすがに普通の室温計だと、マイナス二百度まで測れないもんね。
調理に液体窒素を使うのって、どっちかと言えば、料理というより実験みたいな感じになっちゃうし。
ただ、パウダーの場合、空気を一切含まないので、口に入れた瞬間、香りが際立ちやすいのだ。コロネのいたお店ではデザートにかけたり、飴細工の中に入れたり、そういう使い方をしていた。当然、発案は店長だ。
「なるほど、瞬間凍結ですか。ということは、氷魔法の一種ってことですよね?」
「あ、ごめん。そもそもわたし、氷魔法について詳しく知らないの。逆に教えてほしいんだけど、そういう風な使い方ができる魔法ってあるのかな?」
魔法で瞬間凍結って。
あ、ということは、こっちの世界でも魔法でパウダーを作ることはできるのかな。これは、諦めずに何でも色々と探してみた方が良さそうだ。
液体窒素とかとは別の手段があるかもしれない。
「ええと、使い手が少ないので、私も確信は持てないのですが、前に見たことがある氷魔法が、一瞬で食材を凍らせていた気がします。確か、冬の時期のイベントで氷像を作る時に、間違って、果物とかも一緒に凍らせてしまったらしいですけど」
「そうですね。この町にも何人か氷魔法の使い手がいます。冬の氷像祭りは、オサムさんの立案ですけど、この町の場合、雪が降るところまで寒くなりませんので、氷魔法を使って代用したそうですよ。氷の中に果物が入っていて、それはそれできれいでしたね」
へえ、今度は氷像まつりか。
オサムが発案で、ボーマンが悪乗りしたって感じらしい。
何だかんだで、今ではちょっとした名物になっているみたいだけどね。
氷のすべり台とか、子供たちにも評判がいいそうだ。
まあ、それはともかくとして。
「それは、一瞬で凍らせることができるってことなの?」
「はい。たぶん、氷魔法でしたら。凍らせるだけの場合は、中級まで必要ないですかね、もしかすると、氷の初級魔法で可能じゃないですか?」
「そうなんだ。ちなみに、氷魔法って基本の魔法じゃないよね。どうやって覚えたりするのかな?」
「ごめんなさい。さすがにそこまではちょっと……」
「純粋な氷魔法は適性によるみたいですね。純粋でない方法でしたら、水魔法の中級と別の魔法の組み合わせで、同じような効果にたどり着けると聞いています」
謝ってくるリリックに代わって、カウベルが補足してくれた。
氷魔法という形で使える術師はあまり多くないそうだ。
ただし、大体の魔法には、別ルートでたどり着ける組み合わせがあるそうで、複数の属性を織り交ぜることで、凍結の魔法を使うことができるらしい。
「詳しくは、フィナさんか、メルさんに聞いてみた方がいいと思います。お二方でしたら、純粋な氷魔法も使えるはずですしね」
そうなんだ。
さすがはコロネが知る中でも、この町の魔法のトップツーだね。
基本以外の属性の魔法も、けっこう使えるとのこと。
「すごいね。色々と知らないことがあるから、勉強のしがいがあるよ。もうちょっと魔法について詳しく知れれば、もっともっと複雑な調理法が使えるようになるかもしれないしね」
「コロネ先生、この塔の設備でも足りないものって、けっこうあるんですか?」
リリックが少し驚いたように聞いてきた。
彼女たちに言わせれば、ここまで料理のために設備が整っている場所は他には考えられないそうだ。たぶん、どの教会と比較しても、このレベルのものはあり得ない、と。
「まあ、わたしの故郷と比較すると、ってだけだよ。逆に、向こうにはなかったものも多いしね。だからこそ、それらを組み合わせれば、もっともっと面白いことができるかもしれないって感じかな。ちょっと楽しみだよ」
特に魔法については、かな。
科学的な知識と、魔法の技術を混ぜれば、面白いことになりそうだし。
オサムが色々と試していた時も、こんな気持ちだったのかな。
「まあ、それはさておき。これで、グラスに関する説明はひと段落かな。いよいよ、アイスクリーム作りに入っていこうか」
ふふ、と思わず笑みがこぼれる。
やっぱり、この世界は面白い。
改めて、そう思うコロネなのだった。




