第118話 コロネ、氷菓の説明をする
「さて、皆さんに教える料理は、アイスですが、まずはこのアイスについて、説明していきたいと思います」
とりあえずは、アイスの種類については知っておいてもらった方がいいかな。
作り方を説明して、はい、おしまいです、でもいいけど、いくつか基本形を覚えてもらえれば、後は、いくらでも応用が利く料理だし。
「ちょっといいですか? コロネ先生」
「はい、どうしました。リリックさん」
「いや、それですよ。その言葉遣いです。先生は先生なのですから、敬語は使わないでください。私たちは弟子として来ているのですから」
いや、そうは言っても、リリックはともかく、カウベルたちはそういうわけじゃないから、その辺はどうなんだろ。
ちょっとだけカウベルの方を見ると、彼女も頷いている。
「そうですね。コロネさんが苦痛であるというのでしたら、別ですが、この町でも基本はそういう感じですね。教える側が先生になりますので、教わる者の立場はあまり気にしない方がいいかと思います」
まあ、わたしはそういうのが苦手なんですけど、とカウベルが苦笑する。
ふむ。
そういうものなのかな。
だったら、郷に入っては郷に従う方向で行こうか。
ピーニャの時とおんなじだね。一応、見た目はそう思えないけど、本当はピーニャの方が年上だしね。
「わかりました。そういうことなら、少し口調を崩させてもらうよ? じゃあ、気を取り直して、アイスクリームのバリエーションについての説明ね。そもそも、アイスっていうのは、パティシエの分類の中では、グラスと呼ばれる部門にあたるの。グラス、要するに氷菓子全般。主に、冷凍庫で冷やして食べる、お菓子の中でも特に冷たいもののことね」
パティシエは工程によって、いくつかの部門に分かれている。
基本、大きなお店では大体は、各パートごとにスタッフが分かれていて、その専門職が作業工程を担当している。アイスクリームを担当するのはグラシエと呼ばれる、お菓子職人なのだ。
ちなみに、コロネがいたお店でパティシエを名乗るためには、それらの全部門での修業が必要とされていた。生地を作ったり、それを焼いたり、デコレーションをしたり。それらはすべて別の部門にあたるため、ひとつひとつを修行していく必要があったのだ。
この辺りは、店長のモットーのひとつでもあり、パティシエを名乗るためには、総合的にお菓子作りを経験しなければならなかった。というか、あの国の場合、パティシエという称号はそれくらい重いものだったし。
ケーキだけ作れても、パティシエを名乗れるわけじゃないんだよね。
「グラス、ですか?」
「そう。アイスクリームはその部門の中の料理のひとつって感じかな。リリックはわたしのお弟子さんってことになるから、少なくとも、それらの部門をひとつひとつ学んでいってもらうよ。まずは、グラシエを目指してってところだね」
まあ、そもそもがアントルメ……ケーキ関係の部門は、もう少しケーキ向けの小麦粉を手に入れてからの話になるし、ショコラティエの部門は作ることすらおぼつかないから、消去法でってことになっちゃうんだけどね。
まあ、まずはグラシエの部門からだ。
「ただ、アイスについては、基本形を一通り覚えてもらえれば、あとは果物や野菜、お酒とかかな、それらのフレーバーを工夫すれば、無限にバリエーションを作ることができるから、最初が肝心ってことだろうね」
「つまり、アイスは、この前にお店で出されたものだけではないってことですか?」
「そうだよ。あれはあくまでもアイスクリームの基本形なの。まあ、バニラが足りないから、本当に基本形かって言われると、ごめんなさいって感じなんだけどね。それはともかく、リリックが食べた、あのアイスに果物を加えることで、それぞれの果物のアイスへと変化するのね。この加えるもののことをフレーバーっていうんだけど、はっきり言ってしまうと、よっぽどのクセのある食材以外は、このフレーバーになり得る可能性を秘めているんだよ。甘くない野菜はもとより、海産物を使ったアイスもあるしね」
トマトとかセロリとか、コロネがすごいなと思ったのは、牡蠣のソルベだろうか。
そもそも、海産物でアイスを作るという発想がすごい。
十分に火を入れることで生臭さを飛ばすことができるんだけど、普通は、その組み合わせを試そうとは思わないよ。
まあ、逆に言えば、チャレンジは大切ってことかもしれないけど。
「甘くない野菜でも、アイスを作ることができる、と?」
ちょっと驚いたようにシズネが聞いてくる。
どうやら、ハチミツ系統の甘すぎるものは得意ではないらしい。
なるほどね。鬼人種の人って、そういう系統の味が苦手なのかな。
ムサシも似たようなことを言っていたしね。
「うん、ただ、甘さのコントロールはするけどね。どっちかと言えば、食材の自然な風味を付け足す感じかな。それじゃあ、説明の続きね。グラスの部門で、教える料理は大きく分けると四種類かな。アイスクリーム、ソルベ、パルフェ、グラニテ、あ、あとは、アイスパウダーも説明だけはしておくね。たぶん、今の塔の設備だけだと作れないけど」
基本形は四種。
ただ、パルフェに関しては、アレンジでレパートリーが多いけど。
まあ、大まかに分けるとこの四種類に、パウダーを加えて五種類かな。
「それぞれひとつひとつ説明していくよ。まずアイスクリームね。これが今日作っていく料理だよ。ミルクと生クリームにたまご、それに砂糖やハチミツなどを加えて、それを低温で凍らせたもののことね。まあ、色々と地方によって定義が違うんだけど、わたしの場合は、アングレーズと呼ばれるソースを炊いて作ったものを指している感じだね」
「コロネさん、アングレーズってどういうソースでしょうか?」
カウベルが興味深げに聞いてくる。
乳製品と聞いて、やはり彼女もアイスについては色々と知っておきたいみたいだ。
「正確にはクリーム・アングレーズって言って、ミルクとたまごとお砂糖で作ったクリームのことを指すの。ただ、ひとつだけ、バニラっていう材料が足りないから、今日作るのはなんちゃってのアングレーズだけどね。一応、オサムさんがそれらしい食材は存在しているって言っていたけど、まだわたしの力だと入手できないから、それについてはごめんなさいって感じかな」
「そうなんですか。ミルクとたまごとお砂糖、ですね」
「ちなみに、コロネ先生、アングレーズってどういう意味なんですか?」
「アングレーズっていうのは、わたしのいたところのとある地名だよ。こっちで言えば、サイファートの町で作ったクリームって感じかな」
「なるほど、地名なんですね」
まあ、いわゆる、イングランドのクリームってやつだ。
製法的にはカスタードの一種に数えられる感じだね。
アイスクリームを作るためには、まずアングレーズが基本となる。
「まあ、細かい作り方については、実演しながら伝えるね。それじゃあ、次は二つ目。ソルベについての説明ね。別名はシャーベットとも言って、まあ、簡単に説明するとたまごや乳製品に火を入れないアイスクリーム全般がソルベになるかな。アングレーズを使わずに作るアイスクリームのことをソルベって言うの」
そのため、牛乳を使うソルベも存在する。
まあ、大まかに分けると、果物などの果汁にシロップを混ぜて凍らせたものは、ソルベと考えてもらって問題ないかな。
素材の香りや味わいをストレートに楽しめる氷菓だね。
「アイスクリームがとろけるような滑らかな感じだとすれば、ソルベは果物の味を活かしたねっとりとした食感が際立つ感じかな。シロップ……砂糖やハチミツを溶かして濃縮した水のことね。それを使って味付けするから、なめらかなんだけど、アイスクリームよりも口に中に味と風味が残るってわけ。まあ、言葉だと違いが説明しづらいから、食べてもらった方がいいけどね」
「コロネ先生。ということは、アイスクリームはソルベの一部ってことですか?」
「うーん、まあ、そういう解釈もあるみたいだけどね。でもやっぱりアイスとソルベは別物かなあ。やっぱり、あの口の中で溶ける感じはアイスならではの食感だから」
たぶん、向こうで一般的にイメージされるシャーベットは、グラニテに分類されるかなあ。でも、これもシャーベットの一種ってことで間違いないらしいし。
まあ、細かい定義については、料理人の数だけあるってことでいいのかも。
「ソルベは糖度、まあ、果物の甘さによって、凍り方が全然違ってくるから、その辺りに注意が必要な料理なの。うーん、さすがに糖度計とかはないだろうから、それに関してはわたしの勘に頼る感じかなあ」
小精霊で甘さの見極めができたりすればいいんだけどね。
そういうことはできないのかな?
後で、ピーニャにでも聞いてみよう。
「甘さで、違うんですか?」
「うん、糖度が低いと氷のようにカチカチに凍るんだけど、糖度が高いとねっとりとした感じで凍るのね。使ったフレーバーによって、硬さを調節するのもソルベのポイントだね」
あとは食べる人の好みの問題とか、他の料理との組み合わせとかによるかな。
そもそも、無限に種類を作ることができるから、これという正解が存在しないんだよね。
「さて、今度は三つ目の説明ね。パルフェっていうのは、たまごの黄身とシロップを使って作るパータボンブっていう生地、それに泡立てた生クリームを混ぜ合わせて凍らせたもののことを指すの」
「パータボンブですか。さすがにまったく想像がつきませんね」
まあ、お菓子作りをしたことがないから当然だよね。
パータボンブは意訳すると卵黄生地って感じかな。
それにホイップクリームとフレーバーを合わせて凍結させる料理がパルフェだ。
いわゆるパフェとは異なる料理なんだけど、フランス語にしちゃうとどっちもパルフェになるから、日本だとちょっとややこしいかもしれないね。
この場合のパルフェは、グラスの一ジャンルのことなんだけど。
「まあ、その辺は作って、食べてみてのお楽しみかな。パルフェはアイスよりも生クリームの量が多いから、しっかりとした硬さになるのね。だから、アイスクリームでケーキを作ったりするときは、その生地として利用できるんだよ」
「ごめんなさい、コロネさん。そもそも、そのケーキがわかりませんが」
「あっ、ごめんごめん。そうだよね。あー、そうなると、先にアイスクリームケーキにたどり着きそうかな。ケーキっていうのは、パティシエの料理の中でも重要なもののひとつなのね。というか、わたしがお店をやるとしたら、ケーキをいっぱい作れる状態になってから、かな。だから、今はそういうものがあるらしいってことだけ覚えていてくれればいいよ。作れるのは、もうちょっと先になりそうだしね」
そう考えると、まだまだ手を付けないといけないことがいっぱいあるね。
うん、やりがいがあるよ。
頑張ろう。
「まあ、今日のところはアイスクリームだけだから、あんまり気にしないで。物がないと説明してもイメージがわかないと思うしね。それじゃあ、残りの説明も続けるよ」
真剣な表情で頷く四人を前に、コロネのアイス講座は続いていくのであった。




