第117話 コロネ、お弟子さんを受け入れる
「おーい、コロネ。ちょっといいか?」
もうすぐやってくるリリックを待つために、パン工房から三階の調理場へとやってきたコロネだったが、入るなり、オサムに呼び止められた。
というか、オサムを見ると、普段の黒いコックコートではなく、ちょっとした軽めの鎧を身にまとった、冒険者のような服装をしている。
町ではよく見かける装いだが、オサムがそういう服装をしているのは、ちょっとめずらしいので少し驚いた。
「はい、どうしました? オサムさん」
「ああ、ちょっと用事があるから、外に行ってくる。まあ、夜までには戻ってこれるだろうが、一応、伝えておかないとな」
「外ですか?」
まあ、普通に考えれば、オサムだって出かけたりするよね。
外って町の外ってことかな。
他の人の話を聞いている限り、オサムはかなりの使い手らしいし、そういう意味では心配ないのかもしれない。
「ああ、教会に頼まれていた冷蔵庫の件で、それを取りに行ってくるのと、後は、そのついでにちょっと色々とあいさつって感じだな。そこそこ遠いから、ちょっと時間がかかるが、まあ、夕方には戻ってこれるだろうぜ」
「わかりました」
へえ、冷蔵庫を取りに行くのか。
さすがに予備までは塔にも置いていなかったみたいだね。
どうやら、冷蔵庫などについては、町中では作っていないようだ。
例の魔道具技師に人のところなのかな。
「とりあえず、明日の仕込みの続きなんかは、ガゼルに手伝ってもらっているから、何かあったら、二階の厨房に行ってみてくれ。本当に緊急の時はガゼルに伝えてくれれば、俺もすぐ戻るからな」
何でも、後はゆっくり処理をするだけなので、料理法を教えるついでにガゼルに任せているのだそうだ。一応は、宮廷料理に通じるものがあるので、そういう意味でも彼が適任なのだとか。
あれ、明日の料理をもう見ちゃってもいいのかな?
「オサムさん、仕込んでいるのって明日のお試しメニューですよね? わたしが見てもいいんですか?」
「はは、別にそこまで隠すほどのもんじゃないさ。だが、そうだな……いよいよ、緊急事態ってわけじゃないのなら、二階の厨房には入らないこと。これでいいか?」
そう言って、悪戯っ子の表情でオサムが笑う。
あれ、これは藪蛇だったかな。
まあいいや、その辺は明日のお楽しみということにしておこう。
「はい。ちなみにもうガゼルさんは来ているんですか?」
「ああ。ガゼルのやつも白いパンのサンドイッチを食べてたぞ。そうそう、俺も食ってみたよ。美味かったな、あのパン。あれなら、向こうの天然酵母のパンにも引け劣らないだろうぜ。ありがとうな、コロネ」
オサムの話だと、料理人の間でも評判は上々だったそうだ。
今日のパンについては、小麦粉以外はピーニャたちの頑張りだから、コロネだけがってわけじゃないんだけど、やっぱり、美味しいって言ってもらえるとうれしいね。
がぜんやる気が湧いてくる感じだ。
「後は……そうだな、冷蔵庫とは違うが、リリックが来たら渡しておいてくれないか。こっちは倉庫のストックにあったから、とりあえずって感じだな」
そう言って、オサムがひとつのアイテムを袋から取り出した。
あれ、これってちょっと大きめのクーラーボックスかな。
「オサムさん、これ、クーラーボックスですか?」
「ああ。一応、魔晶も組み込んである。温度は一定にしか保てないがな。教会でアイスを売るにしても、どうせなら、青空市とかでも販売できた方がいいだろ。で、持ち運びに便利なこいつの出番ってわけだ。こっちに関しては、補助の一環として、サービスって感じだな」
すでに、冷凍庫と同じ温度で設定されているのだそうだ。
実際、青空市とかで売った方が、売り上げが良さそうだしね。
それに、教会に大挙してお客さんがやってきても困ってしまうだろうし。
市場なら、いざというときはボーマンたち、商業ギルドの人々が協力してくれるとのこと。そういう意味ではちょうどいいのかもしれないね。
「とりあえずは、一個渡しておくから、それ以降で必要になったら、応相談って感じだな。まだ、在庫はあるが、町のあちこちで行商みたいなことをするんだったら、それはそれで面白いから、ちょっと乗っかるのもありだろうしな。特にコロネの場合は」
なるほど。
冷たい系のお菓子を一緒に売ってもらったりもできるかもしれないってことか。
今、一番の懸念材料のプリンとか。
ちょっと考えておこう。
「わかりました。じゃあ、これ渡しておきますね」
「ああ、頼むな。それじゃあ、俺も出かけてくるからな。まあ、ピーニャとかもいるし、心配はないだろうけどな」
そう言って、オサムは出かけて行った。
さて、こっちもそろそろ、お弟子さんがやってくるかな。
朝の作業の確認をしつつ、コロネはリリックが来るのを待った。
「おはようございます、コロネ先生。今日からよろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
「おはようございます、リリックさん……ってあれ?」
いや、リリックはわかるのだが、その他にも、カウベルに、そして初めましてのシスターさんがふたり、一緒にやってきていたのだ。
あれ、弟子入りするのってリリックだけだよね?
「コロネさん、もしよろしければ、わたしたちにもアイスの作り方を教えていただけませんか? シスターリリックを間に介すより、一度に説明を受けた方が、確実だと思われますので。いかがでしょうか?」
状況を説明してくれたのは、カウベルだ。
教会としては、早いうちに製法を学んでおきたいので、今日、リリックが弟子入りするのに合わせて、シスターの都合がつく際は、一緒に勉強していきたいとのこと。
まあ、確かにその方が二度手間にはならないよね。
その方がいいかな。
「わかりました。それで構いませんよ。こちらとしても、今日に関しては人手が多いのは助かりますし。でも、教会の方は大丈夫なんですか?」
確か、リリックが弟子入りを少し躊躇していたのは、カウベルの負担増大が原因じゃなかったっけ。今、シスターがほとんどここに来てしまって、教会の方のお仕事は大丈夫なのかな?
「ええ、それでしたら、今日の午前中は大丈夫です。子供たちは今、フィナさんの魔法の授業を受けているところですので、その間でしたら、シスターカミュひとりで十分対応できますので」
何でも、教会の孤児を対象に、魔法屋のフィナが魔法教室を開いてくれているのだそうだ。ちょっとした学校って感じかな。孤児の他にも、この町の子供たちなら誰でも参加できるのだそうだ。
なるほど、ちょっと楽しそうだ。
うん。それなら、こちらとしては言うことはないけどね。
ちなみに、朝のお勤めは終わってから来たので、大丈夫なのだとか。
「あ、そうですね。コロネさん、こちらのふたりが新しく、この町の教会に加わることになりました、シスターパンナとシスターシズネです。おそらく、お会いするのが初めてですよね?」
「は、はい。パンナと言います。種族はフィンチの鳥人です。得意なのは歌うことです。よろしくお願いします」
「自分はシズネと申します。種族は鬼人種。少しだけ、クウガ流が使えます。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。料理人のコロネです。得意な料理は甘いもの関係ですかね。今日、一緒に作るメニューも冷たい甘いものですよ」
パンナとシズネ、新しいシスターはふたりとも孤児出身なのだそうだ。
簡単に、彼女たちについても教えてもらった。
まず、パンナの方だが、フィンチ種、つまり、カナリアの鳥人とのこと。
やや、黄色系が強い金髪の穏やかそうな少女で、年齢はコロネより少し下くらいだろうか。
元々は、両親が冒険者で、パンナも連れて、一緒に旅をしていたそうなのだが、ある時、大規模なスタンピードに巻き込まれてしまったのだそうだ。
フィンチ種の特殊スキルのおかげで、パンナは両親に救われたのだが、その代償として、両親の命は失われてしまったという。
カミュが現場に着いた時には、生き残っていたのはパンナだけだったらしい。
一方、シズネの方は、この町からは大分離れた場所にある、クウガの里の出身で、向こうでいうところの忍者と呼ばれる一族の末裔とのこと。
パンナと比べると少し背が高めで、今はベールで隠れて分からないが、鬼人種特有の角があり、シスターの恰好をしていないときはそれが隠れるように黒髪を束ねているのだそうだ。
こちらはこちらで、色々な事情が重なって、里が壊滅状態になってしまい、生存者は数えるだけであったとのこと。
その後、色々あって、カミュによって、町の東の孤児院に引き取られたそうだ。
なお、ふたりとも、この町ができて数年でやってきたため、孤児院の中でも古いほうになるのだそうだ。年齢を考慮して、ようやく、シスターへと昇格したとのこと。
そうなんだ。
やっぱり、孤児院ともなると、色々な子供たちがやってくるってことだよね。
何となく、複雑な感じだ。
「大丈夫です。パンナはお父さんとお母さんに助けてもらいました。だから、その分、頑張って生きていく必要があります。それに、助けてくれたのがカミュさんでよかったです。今は、みんなと一緒で、幸せです」
「はい。神妙にならないでください。自分の場合も、護るべきものを護るための戦いの結果です。結果として、里は失われましたが、幸い、牙様は無事でした。それで十分です。後は、自分がクウガ流を再興できれば、というところです。ふふ、シスターのまま、新たな道を進むというのも悪くないですよ」
いや、すごいね。
年下の子たちに、こちらが気を遣われてしまった。
コロネ自身も、大概な人生を歩んでいるつもりだったけど、こっちの人に比べるとまだまだ普通な感じがする。
苦境を乗り越えることで、人は成長する、か。
だったら、こちらも気にしすぎるのも失礼だよね。
「わかりました。それじゃあ、改めまして、アイスについて、その作り方に入りたいと思います。まずは、簡単に説明から入りますので、その後に実践という感じですね」
いざ、と四人へと向き直る。
そんなこんなで、コロネのお料理教室が幕を開けた。




