第116話 コロネ、召喚獣を偽る
「でも、やっぱり、コロネも召喚系のスキル持ちだったんだね」
ショコラをぷにぷにしながら、ドロシーが言ってきた。
どうやら、夜の森に行った時点で、それとなくは察知していたらしい。
いや、それなら、教えてくれればいいのに。
「ルナルが気付いてたよ。一応、あの森はルナルの異界の中だからね。そうじゃなければ、気付けなかったとは言っていたかな。やっぱり、生まれる前の召喚獣とのパスって、直接触れていてもほとんど感知できないらしいから」
「あ、そういえば、ルナルも召喚獣なんだってね」
コノミに言われるまで知らなかったよ。
どちらかと言えば、言葉遣いとかも含めてドロシーより大人っぽいし。
「そうそう。基本、幻獣って召喚獣なんだよ。まあ、自力でたまごからかえったのも多いから、ひとりの召喚師と最初からつながっているケースはあんまりないんだけど、ルナルは割とそっち系かな。元々はうちのお母さんの召喚獣なんだよ」
ドロシーが言うには、何でも、幻獣には、たまごが生まれる聖地のような場所が存在しているそうだ。一応は幻獣島のどこかからその場所に通じているらしいけど、さすがのドロシーもその場所への行き方まではわからないらしい。
おそらく、魔女の中でも知っている者はいないだろう、とのこと。
ただし、魔女と幻獣の場合、親同士の召喚契約がなされた場合、幻獣の子供がたまごとして生まれた時、最初から魔女の子供とつながって生まれてくるものがいるらしい。
親の契約をその子供同士で引き継ぐという感じだろうか。
この場合、それがドロシーのお母さんとルナルってことみたいだね。
「ということは、ドロシーの家って代々魔女ってことなの?」
「うん、そんな感じだね。お母さんは今も幻獣島にいて、たまに『学園』との間を行き来しているって感じかな。『予知の魔女』シプトン。一応、ルナルはお母さんが召喚したってことでいいみたいだね。私も直接召喚したところを見たことはないけど。とりあえず、色々あって、私の教育係として、ルナルを押し付けられたんだよねー。だからね、ああいう口調は崩さないくせに、口うるさいの」
最近はマシになったけどね、とドロシーが苦笑する。
基本、ドロシーの魔法はルナルの手解きの部分が大きいらしい。
そのため、修行も異界で行なっていたせいか、レベル1のまま、魔力だけは大幅に成長してしまったそうだ。
「わたしも話を聞いたけど、驚いた、よ。普通、レベル1のままで、上級魔法を使いこなすなんて、ちょっとありえないもの、ね」
「まあねえ、魔法の基本はお母さん、応用はルナル、で、その相手はルナルが作り上げた世界そのものだから、ステータスの経験にはまったく反映されなかったんだよねー。おかげで、『学園』に入学したとき、周りから色々言われたもん。さすがにレベル2くらいで『学園』に合格したのって私くらいじゃないかな。お父さんが試験官の人に前もって、事情を説明してくれていなかったら、レベルだけで落とされていたんじゃない?」
「え、ドロシーのお父さんって、そんなことができるの?」
確か、バドの話だと、『学園』って王都の貴族学校とかよりも位置づけでは上なんだよね。試験の前に色を付けることなんてできるものなのかな。
「まあ、お父さんは『学園』で教師もやってるからねえ。それに、誤解のないように言っておくけど、『学園』の合格基準って、魔法やスキルの実技試験だから、ずるして入ったわけじゃないよ。そもそも、レベルで判断するような試験官が混じっていたから、そこに口添えしたってだけ。その頃は、まだレベルと能力の関係について、あんまり知られていなかったみたいだね。魔女の隠れ里、というか幻獣島では当たり前のことだったから、ちょっと驚いちゃったよ」
ドロシーのお父さんは元冒険者なのだそうだ。
幻獣島の攻略挑戦者のひとりだったんだけど、その際にドロシーのお母さんと知り合ったらしい。
今は、スキルや魔法に関する考察や研究を進めているそうだ。
何というか、ドロシーのサラブレッド感はすごいね。
そして、レベルと魔法についての関連性の話だね。
「うん、その辺りは、大陸ではあまり細かくは知られていないか、な。もちろん、強さとレベルが関係していないってのは常識だけど、ね。さすがに、魔法に関しては最初にある程度の魔力がないと基礎魔法は覚えられないっていうのが、当たり前になっているの、ね。このサイファートの町では違うけど」
「えっ! そうだったんですか?」
普通に、ピーニャたちから魔法屋を進められたから、それが当たり前だと思っていたよ。どうやら、大陸の他の地域での常識と、この町での常識には大分差がありそうだ。
「なのですよ。ほら、フィナさんの場合、アイテムを使った魔法習得法があるので、そういうことができるのですが、この町でも、一から基礎魔法を覚えるとなれば、ある程度は魔力が必要になるのです。なので、普通はちいさい子が魔法をポンポン使えるようにはなりにくいのですよ」
「まず、身体を鍛えて、それに伴った魔法習得の努力を並行して行なって、その上でようやく基礎魔法っていう手順を取るの、ね。わたしもそういう方法で習った、の。だから、フィナさんみたいなやり方は、エルフに伝わる特殊な方法って思った方がいいかも、ね。わたしが知る限り、この町とエルフの街の他に、同じような習得法を公にしているところって、ほとんどないもの」
大陸の各国に精通しているメイデンも補足してくれた。
よほど、人間種に好意を持っているエルフでもない限りは、魔法屋のようなお店を開くことはないのだそうだ。
ちなみに、この町の場合でも、アイテムを使わず、魔法を学ぶ場合は、似たような手順を取っているらしい。とはいえ、入門としてフィナなどが身体強化を覚えさせてくれるので、それを軸にすれば、魔力の成長を促すことは難しくはないとのこと。
あ、そっか。
まず、身体強化を覚えて、そこから伸ばしていって、基礎魔法という感じか。
それもあるから、この町の子供たちはほとんどが身体強化を使えるんだね。
「うん、本当にすごい町だと思うよー。魔法にしたところで、魔女の隠れ里でやっているような英才教育を施しているでしょ? 何ていうか、本気で、強くなることを目指せば、世界でもトップクラスまで成長できるかもしれない環境だよねー」
「だからこそ、なのです。町へと入る条件が辛くなってしまうのは、そういうことが背景にあったりもするのですよ」
下手にこの町の情報が大陸全土に伝わると、そのことで、国によっては体制がひっくり返りかねないのだという。
たとえば、一部の国では、魔法取得は身分階級によって制限されているが、もし、この習得法が広まれば、今は下級の身分の者が、それまでの不満から爆発する可能性もあるし、そういう燻っている状況に火種を投げ込むようなことになってしまうのだとか。
たぶん、王都がこの町に手を出さないのも、その辺にも理由があるのだろう。
今の王はあっさりと王政が崩壊しかねないことに気付いているのかもしれない。
「まあ、先進的な教育にはリスクがつきものってことだよねー。封建的な社会にとっては劇薬みたいなものだから、取り扱いには注意って感じかな。大体、魔女に関するあれこれだって、この町だから話せることが多いもの。下地のない土地で、魔女であることを明かすのはご法度って感じだよん」
実際、魔女は幻獣種と一緒に研究を続けているため、他の場所よりも新しい事実にたどり着きやすいのだそうだ。
向こうでいうなら、魔法全盛の時代に科学の理論にたどり着くような感じだろうか。
まあ、普通は迫害、弾圧の対象だよね。
後世ならいざ知らず、その当時では異端の考え方だもの。
「って、あれ? 何でこんな話になったんだっけ?」
「たぶん、わたしがルナルについてドロシーに聞いたからじゃないの?」
元々は、ショコラをふたりに紹介したからだと思うけど。
大分、話がずれてきたみたいだね。
相変わらず、ドロシーはショコラをぷにぷにし続けている。
何だか、ショコラも気持ちよすぎて、とろとろしてきているけど、大丈夫かな。
「あっ、そうそう……それにしても、こいつ触り心地がいいねえ。フードモンスターかあ。そっち方面は割と歴史が浅いから、生態とかはわかっていないんだよねー。ほら、『無限迷宮』に『闇鍋』ってあったでしょ? あそこも教会本部が名前を挙げているだけで、どこにあるかについては非公開なんだよね」
私も知らないもん、とドロシーがぼやく。
あれ、そうなの?
つまり、名前だけが知られている場所ってことかな。
でも、それだと警告の意味がないような気がするんだけど。
「なのです。『無限迷宮』の中には、場所が非公開なものがいくつか含まれているのですよ。下手に情報を出すと、挑戦して、余計な事態を引き起こす人が出てくるからなのです。たぶん、『海神殿』で懲りているのでしょうね」
「ああ、町がひとつ壊滅したってやつだね?」
イグナシアスとミーアから聞いた、西の港町の話だ。
今は人が住める状態じゃないみたいだしね。
「そうそう。まあ、教会としては、本当はそういう事態を避けるために警告しているんだけどねー。まあ、話を戻すけど、ほんと、フードモンスターについては謎が多いんだよね。そもそも、倒すと食べ物になっちゃって、生物としての性質がなくなっちゃうんだよ。だから、そこから研究しても食べ物を調べているだけって感じ。結構、前にお父さんがぼやいてたもん」
へえ、そうなんだ。
というか、ドロシーのお父さんって色々研究しているんだね。
「うん。今までもフードモンスターってほとんど意思疎通が取れないことで有名だもの、ね。それに物がものだけに、ダンジョンの奥地で遭遇しても、倒しちゃうことが多いみたいだ、よ」
そもそもが浅い階層にはほとんど現れないのだそうだ。
そのため、冒険者にとって、食料が減ってきている時に遭遇すると、まず生け捕りという選択肢はなくなってしまうとのこと。
「とりあえず、多いのは、ゴーレムみたいなタイプとかみたい。まあ、ショコラを見ていると、液状というか柔らかいものはスライムタイプもなのかもしれないけどね。だからね、コロネもショコラを紹介する時は、普通に粘性種ってことにした方がいいかも。ちょっと希少価値が高すぎるもん」
「なのです。今、このことを知っているのは、コノミさんたちと、ここにいる人間くらいなのですよね?」
「うん、本当に今さっきのことだからね」
「それじゃあ、ショコラは茶色のスライムってことで。マッドスライムかな。確か泥系統のスライムにそういうのがいたはずだから、そうしよう!」
「ぷるるっ?」
そうだね。ショコラはよくわかっていないみたいだけど、その方がいいかな。
ピーニャによれば、コノミはかなり口が堅いことで有名なのだそうだ。基本、コトノハに関しては、そういう情報がほとんどだから、当然かな。
だから、そちらに関しては心配いらないとのこと。
念のため、ジルバがダンジョンで拾ってきたという設定で行くことが決まった。
はぐれスライムをコロネが育てるという感じかな。
「良かったね、ショコラ。これで大丈夫だよ」
「ぷるるーん! ぷるっ?」
あ、やっぱりわかっていないみたい。
まあ、そんな仕草もちょっとかわいいんだけどね。
「それじゃ、そろそろ、私たちは仕事に入ろうかな。そろそろ開店時間だよん。今日は忙しくなりそうだしねー」
「でも、まだ白いパンについては情報を出していないのです。今日のところは、お客さんに一口分に分けた、サンドイッチを味見してもらうだけにとどめるのですよ」
「ピーニャ、目算がちょっと甘い、よ。ついこの前の時も、ジャムで騒動になったのを忘れていないか、な」
「なのです。まあ、あのくらいなら、おふたりとピーニャで大丈夫なのですよ。最初にソーザイパンを売り出した週に比べれば……まだ、甘いのです」
ちょっとだけ、ピーニャが遠い目をしている。
何があったのか、知らないけど、よっぽど大変だったみたいだね。
「うわ! 一番きついときと比較して大丈夫だっていう工房長がここにいるよ! ピーニャ、気を付けてよ。その発想は過重労働への一本道だよ?」
「うん……これは、早いところ普通番の人数を増やさないと大変、ね」
「ごめんなさいなのです。新しいパンのおかげでテンションが上がり気味なのですよ。とりあえず、いよいよの時は、すぐ強制閉店するので、お詫びのパン引換券は用意しておくのです」
「まあ、そういうことなら大丈夫かな。それじゃ、始めようか」
「うん、それじゃ、コロネ、また夕方、ね」
「はい、お願いします」
慌ただしく、開店準備を始める三人を見ながら、コロネは朝食の後片付けをする。
そんなこんなで、朝のパン工房での時間は過ぎていくのであった。




