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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第3章 初めてのクエスト編
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第115話 コロネ、普通番と約束をする

「あー! いいなあ! ふたりだけで、何か美味しそうなもの食べてる!」


「今日は、白いパンが加わるだけじゃない、の?」


 ピーニャと朝ごはんを食べていると、少し離れたところから大声をかけられた。

 いや、声の主はドロシーとメイデンなんだけど。

 ああ、びっくりした。

 いきなりだったから、フレンチトーストがのどに詰まるかと思ったよ。


「ごほごほ……いや、ね。明日からのメニューを試作してたの。これは朝食兼味見だよ、ドロシー」


「あ、ごめんごめん、びっくりさせちゃったかー。はい、お水お水ー」


 ドロシーが水の入ったコップを渡してくれたので、ありがたくいただく。

 そうえいば、もう普通番が来る時間なんだよね。

 今日は、いつもより予定がずれているから、何となく変な感じだ。


「まあ、それはさておき、改めて聞くけど、その食べているものは何なのかな? パティシエのコロネさんや」


「白い食パンを使った料理だよ。フレンチトーストって言うの。明日の営業の時、リディアさん用のバナナを使ったのを作るから、今日のはその簡易版って感じかな。ハチミツだけのシンプルなタイプだよ」


「ちなみに、これについては、パン工房でも販売を検討しているのですよ。ピーニャも作り方を覚えたのです。もう少し、早番と普通番の人員を増やして、調整したら、パンを買いに来た人が、お店の中で食べられるようにするのです」


「なるほどねー。いや、そういうことを聞いているんじゃなくて。もうちょっと量は作ってないのかなーって」


「うーん、ごめん、今はこれだけだから……食べかけでよければ、味見する? わたしの少しだけ残ってるけど」


 一応、卵液は残っているけど、これ、後でパンの耳を浸そうと思っていた分なんだよね。もう肝心の白パンの方が残ってないし。

 店頭の味見用はすべて、サンドイッチになっちゃってるから、せっかく作ったそれをわざわざフレンチトースト用にするのもあれだしね。

 ただ、食べ差しを振舞うのもどうなのかな、と我ながら、ちょっと悪いかなと思っていると、あっという間に、ドロシーの手が伸びてきた。


「食べる食べるー! いただきまーす! ほら、メイ姉も!」


 切り分けられていた小さな欠片をひとつまみするドロシー。

 そして、食べながらメイデンにも促している。

 相変わらず、こういう時の遠慮が一切ないね。いっそ、清々しい感じだ。


「うわっ!? 何これ!? すごく美味しいね! いや、そもそも、いつものパンと食感が全然違う感じだし。バターとハチミツが口の中に広がるって言うの? こんなにちょびっとなのに、この一口ですごい幸せ!」


「どれどれ……ちょっとだけ、味見、ね? ……あっ、ほんと。普段のパンよりも柔らかい感じだ、ね。これは、何かをパンに吸わせてるからなの? パン自体からも何か旨みが染み出てきているみたいだ、ね」


「すごいじゃない、コロネ! これ、いいね!」


 ちょっと興奮しながら、ドロシーが肩をバンバンとたたいてくる。

 いや、ちょっと強いよ。痛い痛い。

 まあ、喜んでくれているから、こっちもうれしいけどね。

 やっぱり、ふたりとも普段から、ここのパンを食べつくしているだけに、パンの味の違いには敏感みたいだね。普通、フレンチトーストにしちゃうと、卵液の風味が強くなるから、そっちの方に意識がいっちゃうんだけど、きっちり味見してくれているみたい。

 まあ、パン工房で焼いたパンが美味しいというか、風味が強いからだろうけどね。


「ちなみに、今日はもう作らないの?」


 もうちょっと食べたいよー、とドロシーがつぶらな瞳で訴えてくる。


「いや、もうパンの耳しか材料がないんだってば。一応、普通番の仕事終わりに合わせて、パンの耳で作ったフレンチトーストを作ろうかな、くらいには思っていたんだけど」


 お店で出せないけど、まかないなら大丈夫かな、と。

 普段のパン工房のサンドイッチは耳を切らないけど、フレンチトーストの場合は耳が余っちゃうからね。耳を揚げたものと、ぐるぐるフレンチトーストは残ったパンの耳で試してみようとは思っていたのだ。

 本当は、そっちをふたりにも出すつもりだったしね。

 夕方のティーパーティーといった感じだ。


「そっちはそっちで、美味しいよ? さすがにパンの耳だけのメニューだから、お店では出せないんだけど、従業員だけで食べちゃえば問題ないでしょ」


 明日、改めて作るから、それで今日のところは勘弁してよ、と伝える。

 と、ピーニャが口をはさんできた。


「ちなみに、コロネさん。そのパンの耳を使ったものはどうしてお店では出せないのですか?」


「うーん、どうしてっていうか、余った部分を使ったまかないレシピだから、お客さんに提供するのが何となく悪いかなって感じなんだけどね。確かに、下手をするとまかないで作ったものの方が美味しい時もあるんだけど、そこはお店のイメージと照らし合わせる必要があるかな」


 実際、味に関して言えば、申し分ないまかないレシピもあるんだけど。

 そういうものを出す、ということに悪いイメージを持つお客さんもいるのだ。

 当然、お店としてもその意見はごもっともだと思うしね。

 まあ、一部のお客さんをのぞけば、まかないを食べてみたいと思っているお客さんも多かったりするんだよね。コロネも、他の料理店のまかない飯とか、美味しそうって思うことがあるし。あれはお店で出せないからこそ、何となく特別な調味をしていたりするのだ。和食のお店のリゾットとか。


「ふーん、それだけなら、この町の人はあんまり気にしないと思うよ? 美味しいものが大好きな人たちばっかりだもの」


「そうだ、ね。イメージと会わないからって怒り出すような人はいないと思う、よ。料理をしているお店もそう。お客さんから『こういうものは作れない?』って聞かれたら、じゃあ、試しに作ってみようか、っていう料理人の人も多いもの、ね」


「なのです。そもそもが、この町の料理って、ほとんどがオサムさんのアイデアを軸にしているのですよ。逆に言えば、コロネさんたちがこだわるような、お店のイメージというものが存在していないのです。ほとんどが食べたことがないような新しい料理なのですしね。ですから、イメージという意味では、これから作るもの、という感じでいいと思うのですよ」


 まあ、それもそうかなあ。

 向こうの世界だと分業が進んでいるから、なるべく家庭でお母さんとかが作れるお菓子類とは被らない、専門的な料理を出すのがお店の常だと思っていたけど、よくよく考えたら、こっちの場合、家でお菓子とかを、まず作らないものね。

 基本は、調理できる環境を借りて作る風潮だから、自宅でちょっとしたお菓子を作るのは難しいだろうし。普通の料理にしたところで、この町の場合、飲食店に頼っている部分が大きいしね。

 塔にしたところで、オサム自体、何でもこなすせいで、和洋中がごちゃまぜになっているし。これ、こっちの人に料理人の当たり前みたいに思われると、けっこう大変だよね。一通りプロレベルのものを出せるようになるまで、どのくらいかかるんだか。


「それじゃあ、夕方、パンの耳のフレンチトーストとか作るから、味見してよ。それでピーニャがお店で出せるかどうか判断してみてね」


 最終的にはピーニャの判断ってことでいいかな。

 個人的には、こういうメニューはお店で出さないからこそ、だと思っているから、それを前面に出すのはちょっと、という感じだし。

 まあ、常連さんに出したら、それが評判になって、結局メニュー化したってケースも多いんだけどね。


「はいなのです。基本、ピーニャは美味しければ正義なので、問題なければ、あっさりゴーサインなのですよ。まあ、人手の問題があるので、すぐにというわけにはいかないのですが」


「あっ、そうそう、ピーニャ、アルバイトやりたいって人がいたよ。たまに、どうしても外せない仕事があるから、それ以外の日だけど、アズが普通番をやりたいって。それに関してはトライの了承も取ってあるってさ」


「わたしもひとり、いい? ナズナも普通番ならできそうだから、やってみたいって。朝が弱いから早番だと厳しいみたいだ、よ。ちょっと、そろそろ、人手が欲しいと思っていたらから、わたしからも推薦したいか、な」


「なのですか。はい、大丈夫なのです。そのふたりなら、問題ないのですよ。他にも誰か希望者がいたら、教えてほしいのですよ。どうも、おふたりが毎日お仕事に来てくれるので、普通番のイメージが毎日勤務みたいになってしまっているのですが、別に、毎日である必要はないのですよ。この調子で調理スタッフも増やしていければ、なのです」


「わかったー。じゃあ、本人に伝えておくね」


「了解、ね。ちなみに明日から、とかでもいい、の?」


「なのです。時間は作ることができるので、ピーニャが対応するのですよ」


 パン工房の責任者ですから、とピーニャが胸をはる。

 そういうところは頼りになるよね。

 それにしても、『三羽烏』のアズに、ケンタウロスのナズナちゃんかあ。

 パン工房もどんどんにぎやかになるね。


「おっけー、それじゃあ、ようやく気になってたことに突っ込めるねー。コロネ、その肩に乗っている生き物は何なのかな?」


「うん。どうやら、召喚術がうまくいったみたいだ、ね。ね、コロネ?」


「ぷるっ!? ぷるるーん?」


 ああ、そうだ。ふたりにショコラのことを話してなかったよね。

 さっきから、ゆっくりフレンチトーストを食べたままだったショコラが、注目されて驚いたようにぷるぷると震えている。


「わたしの新しい家族のショコラ。一応、確認はしてないけど、チョコレートモンスターみたいだよ。召喚術でフードモンスターを召喚したって感じかな」


「へえ……うわっ、何この感触! ぷにぷにして気持ちいい! あはは、こいつめー! ぷにぷにー」


 面白がってドロシーが、ショコラの身体をなでまわしている。

 嫌がるかと思ったら、ショコラはショコラで、ぷるぷると気持ちよさそうにしている。まだこの子についてはわからないことだらけだね。


「なるほど、ね。やっぱり、チョコ魔法は召喚術の一種だったってことか、な。ちなみに今の状態でコロネは魔法は使える、の?」


 あ、そういえば、それはまだ試していなかったかな。

 というか、ショコラが生まれたのも今さっきだしね。

 さすがに色々と検証とかしているタイミングはなかったしね。


「まだ試してないですね。この子が生まれたのがうれしくて、すっかり忘れてました」


「そう。それなら、今日の訓練でちょっとやってみよう、か。夕方、また訓練の続きをするから、ね」


「はい、わかりました。よろしくお願いします」


「うん、今日は、面白いゲストに声をかけているから、コロネもちょっとびっくりするかも知れない、ね」


 ちょっとだけメイデンの顔にいたずらっ子っぽい笑みが浮かぶ。

 面白いゲストかあ。

 ものが戦闘訓練だけに、ちょっとドキドキするね。

 まさか、ドーマさんとかじゃないよね?

 これ以上、スパルタになったら、ついていくのが大変だよ。


 コロネがメイデンの笑みに怯えつつ。

 そんなこんなで、朝の時間が過ぎていくのであった。

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