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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第3章 初めてのクエスト編
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第114話 コロネ、フレンチトーストを食べる

「あ、このくらいでいいかな。はい、これで焼き上がりね。後は、お皿に移して、上からハチミツをかければ、フレンチトーストの完成だよ」


 ふたをしたフライパンの中でじっくりと火を通したフレンチトースト。

 表面はこんがりとしたきつね色で、ところどころが少し焦げていて、その部分がカリッとバターで揚げ焼きされた感じがしっかりと目でも伝わってくる。

 うん、新鮮なバター、牛乳にたまご、そして何といっても、昨日作った小麦粉でできた今朝焼いたばかりの食パンが、ほんのりと黄金色にお化粧されたようになっている。

 だから、というべきか、それらが焼けた香ばしい香りがふたを開けた瞬間に広がってきて、食欲をそそる。

 ちょっと空腹にはこたえる匂いだね。


 お皿に移して、ハチミツをかけると、立派なパンを作った一品料理といった感じだ。

 よくよく考えれば、現状で手に入り得る最高の食材のオンパレードだし。

 新鮮さ、という意味では、向こうで普通に入手できるものよりも上を行っているかもしれないよね。

 ふふ、焼きたてのパンをフレンチトーストって、自家製パンが手に入る環境ならではのお試し料理だね。これはこれで、美味しいそうだよ。


「できたのです、コロネさん! パンを普通に焼き直したのとは全然違うのですね! とってもいいにおいなのです! 早速、食べてみたいのですよ!」


「そうだね。冷めないうちに食べようか」


 いても立ってもいられなくなっているピーニャと一緒に、いそいそと朝食の準備を整える。今日の残りのメニューはポテトサラダとあっさり風味のチキンスープだ。

 後は例によって、ハーブティーを用意して、食卓の完成だね。

 いつもと時間帯が少し違うせいか、今日はピーニャとの朝ごはんだ。

 ちなみにショコラはフレンチトーストの調理中に肩で眠ってしまったみたい。何となく、寝息のようなものを立てているし。

 ごはんだよ、と声をかけるとゆっくりと起きて、伸びをした。

 何となく、かわいいね。


「それでは、いただきますなのです」


「いただきます」


「ぷるるーん!」


 あいさつも早々にピーニャがフレンチトーストに手を伸ばした。

 今日は、ナイフとフォークを使って、切り分けて食べる感じにしている。

 とりあえず、ピーニャが食べる様子を見守ってみる。

 黄金色のトーストは、ナイフを入れるのと同時に、かけられたハチミツが断面に流れ落ちて、ちょっとだけ半熟状態のパンと混じり合う。

 しっとりとした内側のパンが、溶け落ちたバターとハチミツを吸い込んで、よりいっそうふんわりと膨れ上がっている。

 ああ、見ているだけでも美味しいそうだよ。

 ピーニャがおそるおそる口に運んで、一口噛みしめる。

 次の瞬間、緊張していた表情が緩んで、幸せいっぱいの笑みが広がっていく。

 やっぱり、そういう笑顔を見るとこっちまでうれしくなってしまう。


「どう? ちゃんと出来上がっているかな?」


「いや、コロネさん、この料理はすごいのですよ! さっき焼きたての白い食パンを味見した時も、すごい衝撃だったのですが、このフレンチトーストはそれ以上の味なのです。表面はカリカリとしていて、噛んだ瞬間、最初はサクッとした食感なのですが、中身の方はとってもジューシーで、ふんわりとしているのです。これはたまごとミルクの効果なのですかね? それにちょっと焦げたバターが染み込んで、ものすごく香ばしい感じになっているのです」


 そして、とピーニャが止まらずにもう一口食べて。


「パンの中もふんわりとして、ほんのり甘いのですが、上からかけられたハチミツ! このハチミツが何とも言えないのです。溶けたバターとハチミツが口の中で混ざり合って、甘さと香ばしさのハーモニーといった感じなのです。ごめんなさいなのです。ピーニャはこういう表現があんまり得意ではないので、うまくは言えないのですが、とにかく、このフレンチトーストはとても美味しいのです」


 そこまで、笑顔で伝えたところで、少しだけ真顔に戻るピーニャ。

 あれ、何か気になることでもあったのかな。


「ちなみに、コロネさん。今食べているのは、浅漬けのフレンチトーストなのですよね?」


「あ、うん、そうだよ。どっちかと言えば、パン寄りのおいしさが活きる感じのフレンチトーストだね。一日寝かせた作り方だと、もうちょっとだけ食感と、浸した液との一体感が違ってくるって感じかな」


 それに関しては、今はあんまり語らないでおこう。

 ぜひ、明日の営業で、ピーニャにはその前の厨房で、かな。そこで口にしてほしいと思う。今食べているものとも、さらに違う、デザート寄りのフレンチトーストというものを味わってほしいからね。


「だから、今日のフレンチトーストが美味しいとしたら、どちらかと言えば、パンそのものが美味しかったってことでもあるかな」


 ようやく、ここで、こちらも味見してみる。

 表面はカリッときつね色。

 ナイフを入れた感触はカリカリ、スーッ、そして、バターとハチミツがとろーり、といった感じ。

 早速、一口食べてみる。

 口に入れた瞬間、バターの焦げた香り、表面のカリカリした食感、そしてすぐにあふれ出る半熟でふわっとしたパンの味、かけられたハチミツの甘さ、それらが混然一体となって、口の中で何とも言えない美味しさを奏でている。

 いや、正直、驚いた。

 やっぱり、料理は素材が命だね。

 想像していた以上に、ひとつひとつの食材がしっかりと個性を主張しているのだ。そしてそれらがケンカするわけでなく、ひとまとまりになって、美味しさへと転じている、というか。

 作っていながら驚いちゃったけど、これなら、お店で出しても大丈夫なレベルだね。

 よかったよかった。


「うわ、これ、美味しいね。これなら、明日の生クリーム入りもちょっと楽しみだね」


 味もそうだけど、それを食べた人たちがどういう顔をするのか。

 ちょっと楽しみだ。

 少なくとも、現状を考えると、かなりの自信作と言える感じにはなったかな。


「それなのですよ、コロネさん。この短時間浸しただけの方でも、こんなに美味しいということは、一日浸すと、もっともっとすごいことになるのですか?」


「それは、食べてみてのお楽しみとしか言えないね。どうしても、好みの問題もあるし。今食べているフレンチトーストの方が美味しいって思う人もいるはずだよ? まあ、少なくとも、朝ごはんっていう感じなのは、こっちかな。生クリーム入りだと、甘いものが得意じゃない人から言わせると、食事って感じじゃないみたいだし」


 まあ、そもそも、女性の大多数は頷いてくれると思うけど、逆に男の人の場合、やっぱりごはんは甘すぎない方がいいって意見も多いんだよね。

 甘いごはんが許せない人とか。

 年代によって違うとは思うし、向こうでも、大分、そういう風潮は収まってきているけど、こっちの世界が甘いものがあまりないっていうことを考慮すると、どこまで、すんなり受け入れてもらえるかまでは未知数なんだよね。


「なのですか……そちらも食べてみないとわからないのですが、少なくとも、このフレンチトーストについては、お店で採用したいと思うのですよ。今、ピーニャも作り方を覚えたですし、これなら、アルバイトさんたちでも、すぐに作れるようになるのです」


「ということは、朝食の時間も、これを作る体制にするってこと?」


 今の状態を見ていると、パン作りでけっこう修羅場みたいになっているから、いざ、お店でイートインとして提供するとしても、調理が間に合うのかな?

 ラッシュ時が終われば、ピーニャも余裕を持って仕事しているみたいだし、最初はその方が無難な気がするけど。

 そう伝えると、ピーニャもその意見に頷いて。


「今のままでは難しいのです。早番のアルバイトさんも少し増やして、白いパンを作れるようにする必要があるのです。それに、普通番もまだまだ人数を増やすべきなのです。ただ、近いうちに、早い段階で、早番と並行する形で、パンが焼きあがったらすぐに、そのパンを使ってフレンチトーストを作れるようになれば……なのです」


「あ、ピーニャも朝食メニューとしても検討しているんだね」


 やっぱり、フレンチトーストは朝食によく合うかな。

 というか、あれ? ちょっと待って。


「いや、ピーニャ、早番の時間帯と同じ感じで出勤できる調理スタッフが確保できれば、朝、すぐにフレンチトーストに取りかかれるよ? 別に焼きたてのパンから、一から作らなきゃいけないわけじゃないんだから」


「ですが、コロネさんも言っていたのですよね? 浅漬けのフレンチトーストの方がパン寄りの味ということは、できればそっちを作りたいのですよ」


 焼きたてのパンと、一晩おいたパンで食べ比べたわけではないので、何とも言えないがお店としては、浸す時間が短いパンなら、焼きたてのパンを使いたいとのこと。

 なるほどね。

 パン工房の責任者らしい考えだよね。


「だったら、開店直後限定で、生クリーム入りの方を最初だけ出せば? 浅漬けのフレンチトーストが出せる時間帯になったら、そっちにシフトすればいいんじゃないかな。たぶん、それで、メニューの差別化も図れるだろうしね」


「ああ! それで良さそうなのです! 生クリーム入りの方は、朝早く来てくれたお客さん限定という感じにするのですよ。それでいいですか? 元々コロネさんがオサムさんの営業の時に提供するメニューのひとつのはずなのですしね。パン工房としては、浅漬けの方を売りにしていく感じにするのです」


「わたしとしてはどっちでも大丈夫だから、ピーニャの好きにしていいよ。まあ、ちょっとこわいのが、生クリームの方に集中した時のことだけど」


 下手に限定感を出し過ぎると、別の問題が発生しそうだよ。

 今、まさにプリンでそうなりかけているし。

 ただ、ピーニャは色々とそういう問題を乗り越えてきているだろうから、大丈夫かな?


「心配ないのです。限定を売り切ったら、普通のフレンチトーストにしてもらうのです。パン工房はあくまでもこっちを売りに、という感じで説明するのですよ。そうすれば、太陽の日と水の日のコロネさんのお客さんも増えるのです」


 あくまでも、限定というより、味を見てもらう程度にとどめる、とのこと。

 それで、どうしてもの人はオサムの店の営業日まで待ってもらうという感じかな。

 何だかんだ言っても、この町の朝食を支えてきたピーニャの努力は、町の人みんなもずっと見てきているので、その辺りは無理を言ってくるようなお客さんはいないそうだ。

 まあ、ピーニャ本人の人柄による部分も大きいと思うけど。


「何とか、道筋が見えてきたのですよ。アルバイトをしたいっていう人は結構来てましたので、これで早い段階で回せるようにできそうなのです」


「良かったね、ピーニャ。わたしもできることがあったら言ってね。告知みたいなことだけしてもらっても悪いし」


 空き時間なら、調理の手伝いとかもできるかな。

 最初のうちはピーニャだけで教えるのは大変だろうし。

 そういう部分でなら手伝いながら、並行して、一緒にリリックにも覚えてもらったりとかもありだよね。


「いえいえ、コロネさんにはお世話になりっぱなしなのです。気にしないでください。まあ……いよいよ困ったらお願いするのです。その時は、よろしくなのです」


「うん、わかったよ」


「では、朝食の続きなのです。せっかくなので、ゆっくり味わいたいのですよ」


 初めての味なのです、と笑いながら、フレンチトーストを口へと運ぶピーニャ。


「ぷるるっ! ぷるるる!」


「あ、ごめんごめん、ショコラ。はい、どうぞ」


 ショコラの口元にフレンチトーストを近づけると、むにゅっと伸びて、そのまま包み込むような感じで、それを食べた。

 へえ、粘性種ってこういう風に食事するんだ。初めて見たよ。

 何度か、咀嚼のような仕草を見せた後、うれしそうにぷるぷると震えてるみたい。うん、どうやら、美味しかったようだね。

 というか、ノリで食べさせているけど、固形物でも普通に食べられるんだね。今度からはコロネの分を分けるのではなく、ショコラのごはんもちゃんと用意した方がいいみたいだね。


 ぷるぷる震えるショコラを見ながら、そんなことを考えて。

 そんなこんなで朝食の時間は過ぎて行った。

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