第113話 コロネ、フレンチトーストを焼く
「はい、というわけで、フレンチトーストを焼いていきましょう」
「わああ、ぱちぱちぱち、なのです」
「ぷるるーん! ぷるぷるぷる!」
「いや……ピーニャ、そのセリフは何なの?」
「違うのですか? こうやって、盛り上げるといいって聞いたのですが」
別に拍手するでもなく、口で言っているだけのピーニャに思わず突っ込む。
というか、ショコラも真似しているみたいだし。
そもそも、誰に聞いたのかもよくわからない。
確か、リディアも以前、似たようなことをしてなかっただろうか。
一応、確認してみたけど、このノリに関しては、オサム発のものじゃないらしいんだよね。一体、誰が広めているんだろ? ちょっと謎だ。
まあ、いいや。
改めて、現状について確認すると、今、目の前にあるのは熱したフライパンとバター、そして、さっき卵液に浸しておいた食パンだ。
すでに、パン工房の調理場まで三人とも戻ってきている状態だね。
「まあ、雰囲気作りとしてはありがたいかな。さておき、後は、このパンをフライパンで焼いていくだけだよ。ここで、大事なのは溶かし入れたバターを使って、じっくりと弱火で焼いていくってことかな。特に、卵液にハチミツを使った場合、砂糖を使った時よりも焦げやすくなるから。弱火でゆっくり火が通るまで焦らないのが大事だね」
「なるほど、なのです。でも、焼くだけ、なのですね?」
「うん。そういうこと。慌てて作ろうとしなければ、決して難しい調理ではないはずだよ。お店で出すとなると、数をこなす必要があるから、その辺との兼ね合いになるかもしれないけど、じっくり、ね。そうすることで美味しく焼けるから」
目安としては、浅漬けの場合で十分以上、明日作る寝かせたバージョンだと、十五分以上ってところかな。最初から、時間をゆっくりめに考えておくと、イライラせずに作れると思うけどね。
「それじゃあ、焼いていくよ。ピーニャも横のフライパンで真似してみてね。さすがに二人分別々に作ると時間がかかっちゃうから」
「はいなのです。一生懸命、ついていくのですよ」
というわけで、ふたつ並んだフライパンで、それぞれフレンチトーストを焼いていく感じだね。
「火加減はこのくらいで。あんまり熱しない感じかな。この状態で、バターを敷いて、焼いていくのね……こんな感じ。パンを入れたら、ふたをして、片面ずつ焼いていくよ」
「あ、本当に、結構弱い火力なのですね……はい、こんなところでいいのですか?」
ちょっとだけ、緊張しながらも、真剣な表情で、パンをセットするピーニャ。
まあ、そんなに力まなくてもいいんだけどね。
初めての料理って、こういう感じかな。
「うん、それで大丈夫。後はいい頃合いでひっくり返して、両面焼くだけだね」
しばらくは待つ時間だ。
ちなみに、他の早番のアルバイトさんたちはもう朝食を食べ終わって、帰ってしまっているそうだ。さっき、ピーニャがあいさつを済ませてきていた。
何だかんだで、今日に関しては、普通番が来る前に、開店準備までもっていってしまったから、まだドロシーやメイデンは姿を見せていないみたい。
いや、新しいパン食べたさで、料理人のお手伝いも早めに集まってくれたのだそうだ。どこから情報が出回っているのか知らないけど、随分と耳が早いね。
「とりあえず、パン工房でも、この白パン関係で、もっと人を増やそうと思っているのですよ。早番のアルバイトさんもそうなのですが、普通番のメンバーを増やして、店番の他に、調理スタッフという感じですかね」
焼いている合間に、ピーニャが相談してきた。
何でも、このフレンチトーストの作り方を聞いて、これなら、お店でもすぐに試せると感じたのだそうだ。
「あれ、普段はカフェみたいなことをやっているんじゃないの?」
確か、ドロシーやメイデンも席の方に何かを運んでいたような気がするんだけど。
「今のお店で食べられるのは、セットメニューなのですよ。基本のパンと、オサムさんたちが作ってくれたおかずとスープのセットか、パンと飲み物のセットなのです。基本は温めるだけで、その都度は作っていないのですよ」
大体が、朝食や昼食時のメニューか、パンと飲み物の組み合わせだけだという。
ちなみに飲み物は、果実を使ったジュースなのだそうだ。
「一応、飲み物については、果実のジュースだけでなく、ハーブティーも解禁になったのです。意外とパンに合う組み合わせも見つかったのですよ」
「へえ、そうなんだね。そういえば、ジュースも提供しているんだね」
「なのです。ジュースは、果樹園で作っているものを持ってきてもらっているのです。新鮮で美味しいのですよ」
あ、そうなんだ。
ハーブティーの解禁についても知らなかったけど、ジュースについても初耳だ。
そういえば、お祭りの出店でも果樹園が出店していたよね。
確か、ひとつ頂いた記憶があるよ。
おっと、そろそろひっくり返さないとね。焦げる焦げる。
ピーニャにもフレンチトーストを裏返すように指示する。ひっくり返して、もう一度ふたをしつつ、いい機会なので、果樹園についても聞いてみる。
「そういえば、果樹園ってどこにあるの?」
「果樹園は町の南東部のエリアにあるのですよ。かなりの大規模なため、色々な人が働いているのです。たぶん、孤児院から人員を最も多く受け入れているのが、レーゼさんの果樹園なのです」
ピーニャによれば、南東部のほとんどを果樹園が占めているのだそうだ。
そういえば、あんまりその辺りには足を運んだことがないかな。
果物と言えば、最初に青空市で入手したから、そっちのイメージの方が強かったけど、そうだよね。作っている場所があるのなら、そこまで行った方がいいよね。
「レーゼさんって、もしかして背中から羽根を生やした人のこと? 昨日、青空市で会ったんだけど」
お祭りで、子供たちとジュースを売っていた人だ。
その時はあいさつしなかったけど、まあ、忙しそうだったしね。
あれ?
それだけだったっけ?
「あ、それはツバサさんなのですよ。鳥人種のハーピーなのです。ツバサさんも果樹園の職員さんのひとりなのですよ」
へえ、鳥人種か。
その名の通り、空を飛べるらしい。
このサイファートの町には、飛翔系のスキル持ちもけっこういるのだそうだ。
まあ、そうだよね。
ピーニャも、ふわふわと浮いていたりするものね。
妖精種も浮揚スキル持ちらしいし。
「レーゼさんは、樹人種のドリアードなのです。『人化』スキルを使っていないときは、本当に森の人という感じなのですよ」
「そうなんだ。樹人種ってことはエルフと同じ種族ってことだよね」
「なのです。ですが、エルフが人寄りの種族だとすれば、ドリアードは植物寄りの種族なのです。樹木を依代とする精霊型と樹そのものの樹木型に分かれていて、成長すると、両方の属性が混ざっていくと聞いているのです。まあ、人化している状態ですと、あんまり見分けがつきにくいのですが」
樹人種の他にも、緑を基調として種族は色々あるため、人化してしまうと、判別が難しくなるのだそうだ。そういえば、メルも蛇人種で、緑系統だものね。
そういう意味では『人化』スキルって、それぞれの個性を殺しちゃう感じだね。
「ともあれ、コロネさんも果樹園に行ってみるといいのですよ。レーゼさんたちには一度あいさつをしておくと、果物などのやり取りができるかも知れないのです」
「うん、そうするよ。大規模ってことは人をいっぱい雇っているってことだものね。色々な人に会えそうだよ」
「あ! それで思い出したのです。そうではなくて、パン工房で人を雇う話なのですよ」
あ、そうだそうだ。
途中で余計な質問をはさむから、ややこしいことになっちゃって。
ごめんごめん。
「要するに、新しいパン作りのスタッフの追加と、フレンチトーストみたいなカフェで出せる料理を作れるスタッフの育成ってことだよね?」
「なのです。ちょうど、コロネさんへの関心が高まっているのを利用させてもらうのですよ。それとなく、問い合わせをしてきた人に、パン工房のお仕事についても話をしているのです」
そうなんだ。
ただ、問い合わせの対応をしているだけだともったいないから、その状況を利用しているのだとか。色々と迷惑をかけてごめんね、ピーニャ。
というか、意外と強かなところがあるよね、ピーニャも。
抜け目ないというか。
さすが工房のトップだよ。
「もし、コロネさんが大丈夫なら、このフレンチトーストのレシピを広げていきたいのですが……まずいですか?」
「別にそれで大丈夫だよ。そもそも、向こうで家庭で作れるお菓子については、特に製法を隠すつもりもないしね。どんどん広めちゃって問題なしだよ。ちなみに、ピーニャが教えていくってことでいいのかな?」
そもそも、ひとり勝ちを目指しているわけではないのだ。
向こうでのお店レベルのレシピは別だが、普通のレシピについては隠すつもりはないよ。まず、お菓子というものを広めていかないとお話にならないもの。
とはいえ、お弟子さんができる以上は、それ以外にも教えるとなると、新米先生には荷が重いので、その辺は確認するけどね。
「なのです。パン工房での話ですので、ピーニャがそれについては責任を持つのですよ。ジャムなどと同じ感じなのです」
「うん、それなら、わたしからは特に言うことはないよ」
「ふぅ、良かったのです。これでパン工房も新体制へと変われるのですよ」
ほっと肩をなでおろすピーニャ。
そして、思い出したように続けて。
「ところで、コロネさん。フレンチトーストはもう少しかかるのですか?」
「もうちょっと待ってね。もうそろそろだから」
あと、一分くらいかな。
そんなこんなで、雑談しながら、焼きあがるのを待つコロネたちなのだった。




