第112話 コロネ、フレンチトーストの準備をする
「まあ、白いパンが手に入るなら、フレンチトーストはシンプルな料理なんだけどね。わたしが住んでいたところでは、普通の家とかでも作れるお手頃で簡単な、でも、作り方次第で美味しくなる料理なんだよ」
たくさんの食パンと、材料を並べた状態で、ピーニャに説明する。
すでに、パン工房の白衣に着替えて、保管庫の方からは必要な材料の方は持ってきてある。とりあえず、今回も味の違いをわかってもらうため、複数の作り方でフレンチトーストについて説明しようと思う。
「フレンチトーストなのですね?」
「うん、そうだよ。ちなみにピーニャは普通のトーストについては知ってるよね? それとも、もうすでにフレンチトーストも作ったことがあったりする?」
コロネも、ドムのお店で焼いたサンドイッチは食べたので、たぶん、こっちの世界でもパンを再度焼く料理については知っているよね。
ただ、こちらの料理がどこまで、お菓子寄りになっているのかが今ひとつ把握できていないんだよね。
偉そうなことを言って、もうすでに知っている料理だとすれば、恥ずかしいし。
まあ、あんまり生クリームや牛乳を使った料理が多くはなさそうなので、一応、フレンチトーストくらいから、と始めてみたんだけど。
「トーストについては問題ないのです。食パンを焼いたもののことなのですよね? 一応、冒険者も旅先でパンを食べるときは焼いたりはするのです。トーストという感じで呼ばれているのは知ったのは、オサムさんから聞いたからなのですが」
パンにバターがあれば、焼いて食べるのは割と普通のことらしい。
後はハチミツをかけたり、とか。
ジャムについては、先日、コロネが作ったのが初めてとのこと。
なるほどね。
「ですが、フレンチトースト、というのは聞いたことがないのです。そもそも、フレンチって何なのですか?」
「一応、わたしのいたところの、とある地名が由来なんだけどね。あんまり深い意味はないみたい。そもそも、同時多発的に生まれた料理だし。まあ、普通のトーストに対して、たっぷりのバターなどを使って、揚げ焼きにするから、そう呼んでいるらしいよ」
正直、語源については聞かれても困るという感じのものなんだよね。
確か、フレンチさんが作ったからっていう説もあるんだっけ?
でも、この手の料理は古くから存在していたらしいし、コロネとしては、あくまでも調理法としてのフレンチを指している方が、何となく納得がいったので、そういう風に思ってはいるよ。
うん、異論は認める。
「バターを使った、揚げ焼きなのですか?」
「うん。フレンチトーストの定義は、すごくシンプルなの。牛乳、たまご、砂糖などを混ぜ合わせた液、この液のことを、フラン生地とか、卵液とか言ったりするんだけど、その液に浸したパンを、バターで焼くだけ。以上、これだけだよ」
「えっ!? それだけなのですか?」
「そうそう。すごく簡単でしょ? ただ、ここでポイントになるのは、液の作り方とその浸し込み時間ね。浸す時間が短ければ『パン』寄りの、長ければ『お菓子』寄りの料理になるの」
たぶん、家庭で食べるフレンチトーストのほとんどは、短い浸し込みのものが主流だろう。その場合、甘い感じのパン料理となる。逆に、お店とかで出される、長めに浸し込まれたものは、パンの風味を残したデザートという感じへと変化する。
どっちが好きかは好みの問題だけど、一口にフレンチトーストと言っても、その調理の仕方で、大分、風味も食感も変わってくるんだよね。
「まあ、今日は、両方試してみようか。短く浸したパンはすぐ焼いてもいいから、さっとやって、朝食として試食してみようね。明日用のパンは、一日がかりで浸すから、今は食べられないけどね」
片面あたり、十二時間。計二十四時間。
これだけで、カフェなどで供されるフレンチトーストの味にぐっと近くなる。
結局、料理って、いい食材とちょっとしたひと手間、それだけでも味の差が出るんだよね。その食材にあった特別な調理法ってのもいいけど、シンプルな料理になると、大切なのはその二点に尽きると思う。
後は、分量のバランスか。
そのあたりは数をこなして、覚えていくしかないかなあ。
「なのですか。ということは、今、そのフレンチトーストが食べられるってことですか!? ちょっとうれしいのです!」
「うん。ピーニャは朝食を待っていてくれたから、そのお礼ね。まあ、それは半分冗談だけど、他の人たちは、明日の営業の時に試してもらいたいかな。わたしが作りたいのは、デザート寄りのフレンチトーストだからね」
逆に言えば、ピーニャがお店で出す分には、パンの味が生きている作り方でも悪くないはずだから、味と作り方を確認してもらうって感じかな。
そうすれば、お店でも出せるようになるしね。
「わかったのです。では、お手伝いするので、作り方を教えてほしいのです」
「うん。それじゃあ、ピーニャ、以前のおさらいね。まずは生クリームを用意するよ。というわけで、そこのパットからクリームを選り分けてみてね」
「了解なのです」
せっせと生クリームを集めるピーニャ。
現在、この他にも生クリームは製造中だ。
それに関しては、アイスクリーム作りでも使うから、そっちはまだ保管庫の方に置いてある。リリックにも、生クリームから説明する必要があるしね。
「コロネさん、こんな感じでいいですか?」
「あー、うん、ばっちりだよ、ピーニャ。これだけ集まれば大丈夫かな」
「なのですか。フレンチトーストにも生クリームを使うのですね」
「ちなみに、使わなくてもできるよ? あ、そうだね。どっちのパターンも試してみようか。これだけ食パンがあるんだしね。じゃあ、まずは生クリームなしのフレンチトーストからね。それじゃあ、材料を用意するよ。たまごと牛乳とそれにハチミツ、と」
たまごと牛乳を混ぜ合わせて、卵液を作る。
ここで、ハチミツも使うわけだが、この場合、分量には注意が必要だ。
「目安としては、このくらいの量かな。本当は砂糖を使った方がいいから、ハチミツに関しては分量に注意って感じね。多すぎると卵液がしっとりしないからね。で、これらを混ぜると……はい、できましたー」
「これだけでいいのですか?」
「うん。そうだよ。それほど難しくないでしょ? それじゃあ、ピーニャもやってみてね。生クリームなしの方は、味の比較のためだから、今、ピーニャにお願いした分だけでおしまいね。後の材料は全部、生クリーム入りのものを作るから」
「わかったのです」
教わったのと同じように、たまごと牛乳、そしてハチミツを混ぜていくピーニャ。
もうすでに、身体強化は使っているみたいだね。
そうそう、コロネも身体強化については、少しずつだけど、使用時間が長くなってきたのだ。これもメイデンの特訓のおかげだね。
まだ一日なのに、すごい伸びな気がする。
『枯渇酔い』がひどかっただけに、ちょっとうれしい。
後は、目指せ! 地下へのエレベーター、だ。
「はい、コロネさん。こんな感じでいいのですか?」
「うんうん、ばっちりだよ。それじゃあ、今度は、これに浸すパンの方を切り分けていこうか。まず、少し厚めに食パンを切って……このくらいかな。そうして切ったパンを今度は耳を切って、さらに半分に切る、と。こんな感じね」
厚さは四センチくらいだろうか。
浸す時間が短いときは、もうちょっと薄くてもいいかな。
「コロネさん。耳は使わないのですか?」
「そうだね。後で、卵液が余ったら、耳だけのフレンチトーストを作ったりもできるよ。あとは、耳を油で揚げて、ハチミツやお砂糖にまぶしたり、とかかな。パン工房で売るメニューなら、お砂糖が使えるからね。わたしがフレンチトーストとして使うのはまずいけど、まあ、ピーニャが作る分には、揚げ耳の砂糖がけとかもありだと思うよ」
耳がいっぱい集まったら、それを渦巻き状にして、フレンチトーストにすることもできるのだ。これ、ちょっとしたまかないレシピの流用だけど、すごいアイデアだと思うよ。見た目もきれいだし、食感も耳で統一されているから、これはこれで美味しいのだ。
お店で出せないものは、まかないレシピで。
食べ物を無駄にするとバチが当たるのです。
もう、もったいない、は日本だけの言葉ではないんだよね。
「これでよし。それじゃあ、このパンを卵液に浸して……と。こんな感じかな。じゃあ、この朝食用のパンが浸されている間に、生クリームを使った、フラン生地を作るよ」
何となく、フレンチトーストの場合、生クリームを使うのがフラン生地、使わないのが卵液というイメージだ。
まあ、どっちも牛乳とたまごは混ざっているから、アパレイユになるんだけどね。
日本語に訳すときはイメージがわかりやすい方がいいかなあ、と。
「今度は、まずたまごをしっかりと解きほぐして、そこに材料を加えていく感じかな。まず、砂糖……ここではハチミツね」
言いながら混ぜるが、改めて思う。
やっぱり砂糖がいいよー。どうしても、ハチミツの代用レシピだと、食感とかがねえ。まあ、ない物ねだりをしても仕方ないんだけど。
「はい、こんな感じで、たまごとハチミツが混ざったら、牛乳と生クリームを加えて、さらに泡だて器でしっかり混ぜる、と。はい、こんな感じできれいに混ざったら、最後の仕上げね。これを丁寧に裏ごししまーす」
一度、裏ごしすることで、フラン生地がパンに染み込みやすくなるのだ。
この辺の一工夫は割と大事な工程だろう。
「それじゃあ、今度のフラン生地は多めに作るから、ここからはふたりで頑張ろうか。明日、お店で出せる分は確保したいからね」
「はい、なのです。頑張るのですよ!」
もう後は、ひたすら同じ工程の繰り返しだ。
フラン生地を作る。パンを切って、浸す。
そうこうしているうちに、ようやく、準備していた食パンの下ごしらえが完成した。
「良かった。これでひとまずは大丈夫かな。後は、この浸したパンを低温で保管して、置いておく感じだね」
まあ、正確には、十二時間後にひっくり返す工程があるんだけど、その辺は説明だけで大丈夫かな。ふたりがかりで、保管庫へと持って行って、おしまいだ。
例によって、保管中のメモ書きを残して、これでオッケーだね。
「こんな感じだね。ピーニャ、お疲れ様。手伝ってくれて、ありがとうね」
「いえいえ、こちらこそ、なのです。ピーニャにとっても、フレンチトーストの作り方を覚えて、お店で出すためなのです。いくらでも頑張るのですよ」
ほんと、ピーニャは偉いよね。
まぶしくなるくらい、心がまっすぐだもの。
そういうのを見ていると、もっと頑張らなくちゃと思うよ。
「それじゃあ、向こうに置いておいた、朝食用のパンを焼いちゃおうか。浅漬けのフレンチトーストだよ」
「やったのです! 早速、食べてみたいのですよ!」
喜色満面の笑みを浮かべるピーニャと共に。
朝ごはんの準備は続くのであった。




