第109話 コロネ、召喚獣と出会う
「コロネさんに質問ね。チョコレートの発生条件について。その生み出す数には上限がある。これについてはどう?」
コノミによる質問が始まった。
これも分類法の続きなのだそうだ。
ここからは、少し条件をしぼっていくため、あえて質問形式に切り替わっている。
「はい。上限がありますね。わたしの場合、一口大のチョコが八個までです」
「なるほどね。ちなみに、それは一日あたりってことでいいかしら?」
「そうですね。たぶん、それで間違いないと思います。昨日、メイデンさんとの検証でもそうじゃないかって話になりましたし」
さすがに、このあたりの情報は共有されてないみたいだね。
一応、チョコ魔法の詳細については伏せてくれるってメイデンも言ってたし。
「わかったわ。他に、チョコレートを生み出すときに、気付いたことはある? 例えば、コロネさん自身が何かに呼ばれている感覚とか、コロネさんもそのチョコレートは食べたことがあるわよね? その時に感じたこととか、何でもいいわ」
「感覚ですか……うーん、そうですね……」
そこまで気になるような感覚はあったかなあ。
他の魔法とかと違う感じについて、ってことかもしれないけど。
「しいて言うなら、使いやすいというか、わたしが覚えた他の魔法より、すんなり使える感じがしますね。イメージと直結した感じで、すっとチョコを出すことができるという感じはしました」
「つまり、呼び声に対して、応じてくれやすいってことかしらね。やっぱり、と言うべきか、あるいは、と言うべきか難しいところだけど、何となくわかったわ。一応、味についても教えてもらっていい?」
「味は、わたしが向こうで作っていた時のチョコと同じ味ですね。だから、不思議に思ってはいたんですよ。もし、召喚でどこかから呼び出していたとすると、どうしてこの味になるのだろうかって」
オサムの話だと、向こうの世界とこっちの世界はつながっていないので間違いないらしいし。だとすれば、向こうのお店のチョコレートを召喚しているという選択肢もなさそうだ。でも、こっちの世界にはまだチョコそのものが確認されていない。
本当にどういう理屈なのかわからないのだ。
「なるほどね。たぶん、それはコロネさんとつながった状態にあるってことを示しているのでしょうね。ええ……これでおそらく、というところまで、絞り込むことができたわ。どうもありがとう。質問は以上で終わりになるわ」
そう言って、コノミが微笑を浮かべた。
あ、コロネの召喚のタイプがわかったみたいだ。
ちょっとだけ、ドキドキするね。
「コロネさんの召喚術について、分類順に追って説明するわね。でもちょっとその前に、この部屋の真ん中まで行きましょうか。楽鬼、活鬼、ポン太。所定の位置についてもらっていい? もし、暴走した時は、私たちで抑え込むわよ」
「はいな」「了解だ、姐御」「はいはーい」
暴走、か。
さっきも言っていたけど、確か術師の制御が弱って、召喚された存在の力を抑えきれない時に暴走するんだっけ。詳しい説明はまだされてないけど。
とりあえず、言われたとおり、部屋の真ん中まで移動する。
そして、コロネの周りには、それぞれ、コノミ、楽鬼、活鬼、ポン太が前後左右の四方向の少し離れた位置で待機する感じになった。ちなみに正面がコノミだ。
「じゃあ、先に暴走についての説明をするわね。基本的に暴走が起こりやすいのは、一番最初の召喚の時、術師が弱っている時、術師の手に余るものを召喚してしまった時の三つになるわ。術師の力量が未熟だったり、不調により制御が甘かったり、自分の力量をわきまえず上位の存在を召喚してしまうと、召喚されたものが術師の手を離れて、勝手気ままに動き出してしまうの。これを暴走と呼んでいるわけね。だから、別に、呼ばれたものが暴れるってだけじゃないの。そのまま、好き勝手にどこかへ放浪してしまったり、そういう場合も暴走に入るのよね」
なるほど。
別に召喚されたものが、誰も彼も好戦的なわけではなく、『あんたに従う義理がどこにあるんだ?』という感じで、去っていくだけのケースとかもあるらしい。たとえば、古龍の一種を召喚した際は、言うことも聞いてくれず、だけど、今のこの辺の世界に興味があるから、と勝手気ままに動き回って、結局騒動になってしまったとか。
強い存在がそのまま、動き回るだけで、周りへの影響は大きいのだとか。
まあ、小さな台風みたいなものだろうか。
「だからね。召喚したけれど、帰ってくれないケースもあるのよ。一時召喚のつもりが結構な時間滞在していったりね。そういう時は、お母さんやコトノハの上層部の人とかが、説得したり、酒盛りをしたりして、満足するまで接待したりとか。やっぱりね、召喚術は召喚された側の都合も配慮しないといけないってことかしら」
「まあ、前にも言ったが、そもそも上位の存在を召喚するには、儀式なり、多くの魔力が必要となる。今のコロネでは呼び出すことができないぞ。だが、それでも万が一というのがある。特にユニークの場合はな。気を抜くなよ」
「ええ。コロネさんもチョコ魔法はイメージで使いやすいって言ったわよね? だから、ここからは少し用心してね。そう、使い方を認識した瞬間に発動する可能性があるから。だから、初めての召喚の時は暴走しやすいの。完全に不意を突かれてしまうから」
自分のイメージと召喚術のスタイルが一致した時に発動してしまうらしい。
ふたりからの忠告通り、気を引き締める。
「それじゃあ、話を戻して、分類から判断したコロネさんの召喚術について説明するわ。まず一つ目の分類については、コロネさんと召喚する存在は対等関係だと推測されるわ。そう判断した理由は後で、ね。続いて、二つ目の分類だけど、これはたぶん、最後のパターン、例外のものになると思われるわ。チョコレートの数に上限がある。そして一日で回復する。おそらく、コロネさんが召喚しているのは、たまごの一部よ。そして、そこから導き出される三つめの分類は、常時召喚型。まだ、この世に生れ出ていない存在、それをたまごで召喚する。そのため、対等な召喚となるの。以上で、説明完了ね」
「たまご……ですか」
つまり、このチョコはたまごの欠片というか、それを分割した召喚ってことかな。
一日で回復するのは、召喚が不成立でリセットされているから、らしい。
細かい部分での理屈はよくわからないけど、そういうことみたいだ。
「たぶん、コロネさんは一口大のチョコしか意識していなかったでしょ? だから、今度は八個まとめて召喚することを意識してみて。それがひとつのたまごであるような感じにね」
「一度に、全部、たまご……うわっ!? え!? え!? いつもと魔法の感覚が違う!?」
手のひらの上に茶色い光が現れて、それが次第に大きくなっていく。
うわ、右手に何か重みが!
慌てて、両手でその光を支えるような感じで持ち直す。
「大丈夫、落ち着いて。それがたまごなら、コロネさんにとって怖いものじゃないの。あなたにとってのパートナーであり、家族であり、自分の分身のような存在。そういうものだから。だから、それを受け入れるようにしてね。大丈夫、何かあっても、私たちがいるわ」
コノミだけでなく、周りの三人もゆっくりと頷いてくれた。
うん。大丈夫、コノミさんたちを信じよう。
「はい……あ、だんだんたまごっぽくなってきた」
そして、次の瞬間、手のひらの上から発生していた茶色い光が収まると、ひとつの両手大の大きさの茶色いたまごが現れていた。
まあ、現れたというより、徐々にたまごの形になっていったって感じだけどね。
思っていたよりも重い。
というか、チョコ八個分にしては、ちょっと大きすぎる気がするんだけど。
「お、何とかうまくいったようですわな。まずまずや」
「ああ。間違いない。常時召喚のたまごだ。コロネ、早いとこ名前を付けてやれ」
「名前、ですか?」
あれ、まだ生まれてないんだけど。
名前が必要なのかな。
「そうそう。式神もそうだけど、このたまごの場合もそうだよ。妖怪もそうだね。存在を固定するためには、名前が重要なんだ。これ、召喚術以外でも鍵になるから覚えておくといいよ。真名ってやつ」
「そういうことね。コロネさんがふっとイメージした名前でいいわ。チョコレートでできた存在だから、そういうのに合った名前ね。深く考えないで、最初に浮かんだものがいいと思うの。式神と違って、名に目的を混ぜる必要もないしね」
名前かあ。
どうみてもチョコレートでできたたまごだよね。
そういうことなら、ふっと頭に浮かんだ名前がある。
「それでしたら……ショコラ、で」
チョコレートの生き物。だったら、それらしい名前の方がいいよね。
だから、ショコラ。
コロネが最後に修行していたショコラティエ。
たぶん、自分にとって、一番好きな部門もそれだから。
「うん、ショコラ……これで決まりだね。あなたの名前はショコラだよ」
早く生まれてきてね。
そう、願いを込めて、たまごに向かって話しかける。
それだけのつもりだったんだけど。
「あれ!? また、光ってますけど!?」
「ええ。名前を与えたことで、存在が固定されたのね。もう生まれるわよ。常時召喚型の召喚獣ってそういうものだもの」
「えっ!? そうなんですか?」
いや、そんな説明初耳なんだけど。
だから、名前を付ける必要があったのか。
あ、もうたまごにひびが入っているね。
うわ、どういう子が生まれるんだろうか。ちょっとドキドキするね。
何だか、展開が早くて、半分くらいついていけてないんだけど。
「あ、たまごが割れた!」
「ぷるるーん!」
たまごが割れて現れたのは、全身がぷるぷるした感じの子だった。
全身の色は、そのままチョコレートと同じ色で、身体はぷるんぷるんしていて、すごく柔らかそうな感じだね。どっちかと言えば、チョコレートというより、プリンみたいな感じだ。それがまん丸くなったり、伸び縮みしたりしている。
一応、顔と胴体と手みたいなのはあるのかな。
形を変えながらも、目や口や両手のようなものは、はっきりとわかる。
「あらあら、かわいいわね。チョコレートモンスターなのかしら? どちらかと言えば、粘性種に近い感じね。まあ、ともあれ、この子がコロネさんのパートナーね」
なるほど。
チョコレートモンスターか。
つまり、フードモンスターの一種なのかな。粘性種、スライムに近い種族みたいだね。
ちょっとだけ、頭をなでてみる。
あ、液体のチョコレートと違って、ドロドロしていない。ちょっとだけぷるんとしていて、すごく触り心地がいい感じだ。
なでられているこの子……あ、ショコラだね。
ショコラも何となく、嬉しそうだ。
「初めまして、ショコラ。わたしはコロネっていうの。よろしくね」
「ぷるるーん! ぷるぷる!」
嬉しそうに震えるショコラ。
そんなこんなで、コロネに新しい家族が増えたのだった。




