第106話 コロネ、うどん屋に強力粉を渡す
「あ、見えた見えた。あそこがうどん屋さんだね」
ミキから教えられた通り、温泉のところから探してみると、あっさりそれらしいお店が見つかった。木造でできた味のある建物という感じだ。お店の前には水車もあるし、何となく、向こうで言うところの純和風な感じで懐かしい気がする。
水車って、どっちかと言えばおそば屋さんのイメージな気がするけど、うどんも水が大切だろうから、どっちでもいいのかな。
ちなみに、時刻は夜明け前の朝だ。
さっき塔を出てくる時、ピーニャにも会ったけど、小麦粉を見て、すごく喜んでくれた。今日はいつもよりちょっと早起きだったそうだ。
『やったのです! これで、白いパンが作れるのですね! コロネさんも焼き上がりを楽しみにしているといいのですよ』
やっぱり、想像していたよりも小麦粉がいっぱい手に入ったのがうれしかったらしい。とりあえず作ってみて、お店でも試食として出せるだけの量が確保できそうだ。
これは帰ったあとの朝ごはんが楽しみだよ。
さておき。
今はコノミさんの召喚術講座だ。
早速、お店の扉をノックして、中へと入る。
「ごめんください。コノミさん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「はいはい、おはようございます。こちらこそよろしくね」
「もう、場の準備の方はできてますわ。ま、気楽に構えてもらって、大丈夫ですわ」
「まあ、お互いに忙しい身と聞いている。さっさと済ませるとしよう」
お店の中には、すでにコノミと、式神の楽鬼、活鬼のふたりがスタンバイしていた。もうすでにお店のための仕込みを終わらせたのだそうだ。
さすが、うどん屋さん。朝早くからやっているんだね。
要するに、コロネの件が終わらないとお店を開けないのか。それは早いところ済ませないと申し訳ないね。
「ふふふ、朝早くから、ごめんなさいね。こっちの都合に合わせちゃって」
「いえ、教えていただくのはこちらですし。あ、コノミさん、ちょっといいですか? 昨日、ブラン君と一緒に作った小麦粉を持ってきたんですよ。もしかすると、新しいうどんが作れるかもしれませんので、お店で試してもらってもいいですか?」
とりあえず、持ってきた小麦粉の袋を取り出して、近くにあったテーブルの上に載せる。お試しだから、五キロくらいだけど、必要があれば、ブランのところに言えば、回してもらえるようになっている。
「お、こいつは随分ときれいな小麦粉やなあ。確か、オサムんとこで使っているのも、こんなんでしたわな」
「ああ。数が少ないから、回せないって代物だろ。つまり、ブランのところからも仕入れられるようになったってことか? コロネよ」
「はい、そうですね。ちょっと硬めのうどん用ですけど、コノミさんのお店でも、この小麦粉のうどんを作っていただけたらなあ、って思いまして」
「あらあら。そうね、こちらの小麦粉が手に入るのなら、ちょっと試してみましょうかね。オサムさんからも今のうちのうどんは、特殊な作り方だって言われているのよね」
何でも、全粒粉のみの小麦粉を、魔法などの工夫によって、完成度を高めているらしい。そのまま、オサムから教わった製法では、ぼそぼそとした食感になってしまったため、その後、コノミが色々と試して、今の状態までもっていったのだとか。
それでも、食感はかなり改善されたが、色味などはどうしても、真っ白い小麦粉のものとは別物になってしまうため、その点では悩んでいたそうなのだ。
「だから、この小麦粉はありがたく、試させていただくわね。大丈夫。これまでの蓄積があるから、多少の質の違いは補うことができるの。いざとなったら、妖怪種にそういうことが得意な子がいるしね」
「そうなんですか?」
へえ、妖怪種ってすごいね。
確かに、ユノハナやミドリノモ、それにミケ長老もかな。魔法とは別系統のスキルというか、ちょっと想像以上の能力を持っている者ばかりだものね。
そっか。そういうやり方で、食材を変化させる方法もあるのか。
一から探すだけじゃなくて、もしかしたら、妖怪種の協力を仰ぐことで、砂糖に近い、粉で甘いものにたどり着けないかなあ。ちょっと、そっちもチャレンジしてみよう。
もう、とにかく、グラニュー糖がないと、変則レシピばっかりになっちゃうし。
「まあ、そうですわな。わしらもうどんをこねる時、『美味しくなあれ、美味しくなあれ』ってな感じでやっているんですわ。力のコントロールと小精霊の活用ですわな」
楽鬼が手をこねるように動かしながら、教えてくれた。
やっぱり、そういうことしているんだね。
全粒粉からうどんを作るのって大変なんだね。
まあ、このあいだのうどんもそれなりに美味しかったし、お店のものはそれ以上ってことなのかな。
「おい、適当なことを言うな。その製法と物体の性質変化は別物だろうが。俺たちではそれはできんだろ」
「いや、頭の固いやつやなあ。せやから、小粋なジョークやろうが。何で、コミュニケーションにはこういうのが大事やってわからんかなあ。真面目いっぺんとうやと、つまらんやろ」
「貴様の場合、冗談だと気付かれんことがあるだろうが。見ろ、コロネのやつ、信じ込んでるだろうが。適当なことを言うもんじゃない」
「はいはい、そこまでね。コロネさん、この小麦粉はおいくらになるのかしら?」
「あ、はい。今日の分は、お試し用ですので、ただで大丈夫ですよ。気に入っていただけたら、ブラン君のところで、うどん用にも卸せますので、そちらでお願いします。まず、この新しい小麦粉を認知してもらわないといけませんので、その辺は良心的な価格になっているはずですよ」
ふたりの漫談をバッサリ切って、尋ねてきたコノミにそう答える。
というか、ジョークだったのか。
楽鬼の話は、話半分に聞いているくらいでいいのかな。ノリが重要な感じのしゃべりなんだろうね。
「わかったわ。それでは早速、今日の営業から試してみましょうかね。それじゃあ、小麦粉については、預かるとして。そろそろ、始めましょうか。一応、何かあってもいいように、地下の方に、そういうことに向いている場所を用意しているから、そっちに向かうとしましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
こうして、コノミたちに案内されて、地下へと向かった。
「それにしても、この町って、どこの家にも地下室があるんですか?」
魔法屋もそうだし、ブランの家にもあった。
もちろん塔にも地下があるし、そういう意味では、少し驚きだ。たぶん、向こうの世界と同じくらいには、地下が活用されているような気がするよ。
「ええ。土木屋さんでそういうのが得意な人がいるの。そうじゃなくても、この町って、地下に遺跡があるから、そっちの構造をうまく利用しているところも多いのかしらね。たぶん、全体マップはかなりややこしいことになっているとは思うわ」
コノミが言うには、地下利用と一口に言っても、その職業や生活スタイルによって、様々な使い方がされているらしく、活用されている深さについては、それぞれが把握できていないところもあるとのこと。
さすがに、冒険者ギルドは町の開発に携わっているため、その情報を持っているだろうけど、それを全体マップとしては公表していないのだそうだ。どうしても、個人の家の話になってしまうし、隠しておきたい使い方もしているので、表には出せないのだとか。
ああ、そっか。
一応、塔の地下部分については、シークレットだったっけ。
危ない危ない。この町の人はみんな普通に知っているから、油断していたよ。
ちなみに、遺跡についても当然、シークレットだ。
これについては、ドムも王様に報告はしていないかも、とコノミが付けたす。
それだけ、このサイファートの町は特殊な立ち位置にあるのだとか。
話を聞いている限り、自由都市というか、普通に別の国という感じだよね。ほんと、王都からの影響はほとんど感じられないし。
それで、王様も良いって、明言しているらしい。まあ、周りの貴族からは色々な意見があがっているらしいけど、その辺は放置状態なのだとか。何となく、そっちの方は面倒くさそうなので、色々大変そうだね、という感じで流しておくけど。
「うちの場合は、ミキのトレーニングにも使っているから、地下室には式神対応の設備が整っているのね。さすがに、暴走状態とかになっちゃうと、みんなに迷惑をかけちゃうから、開けた場所でのトレーニングとかはちょっとねえ……妖怪種のイメージが悪くなるようなことになれば、私もお母さんから叱られちゃうのよね」
怖い怖い、とコノミが苦笑する。
というか、むしろ、コノミよりも他のふたりの方が真顔だけど。
「まったく笑えませんわ。大姐さんの説教なんて、想像するだけで寒気がしますわ」
「これに関しては俺も同意だ。あの御方に逆らおうという式神……いや、妖怪種は皆無だろうな。長老ですら、逃げ回っていたくらいだ」
いや、コズエさん、そんなに怖いの?
どんなことをしたら、こういう評価になるんだろうか。
コノミくらいの反応なら、まだわからなくもないんだけど、いかにも強そうな式神のふたりが怯えるようにしているのって、むしろシャレになってなくて怖い。
うん。触らぬ神に祟りなし、だね。
「ええ。そうならないように全力を尽くしているから、コロネさんは大丈夫よ。心配しないで。別に、悪さしない子にはお母さんも優しいから。はい、着いたわ。この部屋がトレーニングのためのお部屋よ」
そういって、案内されたのは、そこそこの広さのある部屋だった。
魔法屋さんの地下と同じくらいかな。少し天井が高いような気がするけど。
あ、壁には魔法屋の地下や、塔の地下の訓練場とは違う、イラストのようなものが描かれている。妖怪の絵かな。鬼の絵とか、色々な動物が元となっているような、でもちょっとだけ普通の動物とは違う感じの不思議な絵が壁に描かれている。向こうで見かけるようなおどろおどろしい妖怪絵とは異なり、どこかコミカルな感じがするけどね。
後は、文字かな。
梵字のようなコロネにも読めない謎の文字がところどころに書かれている。
ちょっとした不思議空間だ。
奥の方には、祭壇のようなものもあるし。
「うわあ、何だかすごいですね」
「ふふふ、初めて見る人は驚くかもしれないわね。一応、これらひとつひとつが結界のような役割を果たしているの」
「これは妖怪の絵、ですか?」
「そう。妖怪の絵、よ。ただ、普通の絵ではないのよね。ね? ポン太?」
コノミが微笑みながら、ひとつの絵を指差した。
茶釜に入ったたぬきの絵だ。
と、コロネが見ている前で、その絵が突然、変化した。
「はいはい、いらっしゃい。姐さん、今日はぼくでいいの?」
「ええ。お願いね」
「はいはーい。それでは、いくよー。えいっ!」
「うわっ!?」
絵が動きだしたので、ちょっとびっくりしていたんだけど、それだけに留まらなかったよ。ポンという音と共に煙が出てきたかと思うと、その絵がいつの間にか、本物のたぬきになっていた。コロネの半分くらいの背丈で、目の前に立っている。
え!? もしかして、ここに描かれている絵って、すべて、妖怪種なの?
「やあ、いらっしゃい、お客さん。ぼくの名前はポン太。妖怪種の茶釜たぬきだよ」
そう言って、笑顔でコロネを見つめるポン太。
あまりの出来事に、呆気にとられているコロネ。
そんなこんなで、召喚術の訓練がスタートするのであった。




